582.昼食と笛の音
ケルンさん達と合流した俺達は、一度、里へ戻る事となった。
倒したパラサイトの調査と範囲を広げた偵察は、交代の方々に任せ、俺達は里への帰路につく。
里へ戻る間に、ケルン隊とヤム隊の状況も聞くことが出来た。
前衛に立った戦士達が怪我を負ったものの、大怪我をした者はいなかった。
まぁ、パラサイトの種は素早い相手だが、動きは直線的だ。
集団で対処すれば、そう難しくは無いのだろう。
パラサイト自体も、そもそも近づかずに焼くのだから、怪我しようがない。
問題は、増殖力だ。
偵察に出た人の報告待ちだが、そう広まっていない事を祈ろう。
里に戻った俺達は、戦士達の待機所でもある詰め所にやってきた。
とはいえ、各々、自宅にて昼食を取るらしい。
この里には、宿や食事処は無い。
祭りやらで一堂に会する時以外は、それぞれの家々で食べる習慣だそうな。
俺とテラさんは、分けて貰ったキノコと山菜を、詰め所にある簡易炊事場にて、焼いて、焼いて、焼きまくった。
テラさんがキノコの種類を見極め、焼きの指示を行う。
俺は、それに従うだけだ。
傘の大きすぎるキノコは、風の刃で切り分ける。
焼いたキノコと山菜の横に、小さく塩を盛りつけ、完成だ。
塩も油も、鉄の鍋も、この里では貴重な物だろうに『自由に使ってくれ』と気前良く許可が出た。有難い。
流石に、今から肉の為に獲物を狩って来るとの申し出は、丁重に断った。
使った鉄鍋を洗い終え、卓へ戻ると、先に料理を運んでくれていたテラさんが、椅子に座ったまま手招きをしていた。
料理を前に、長い耳を上下させているテラさんは、可愛らしい。
「ほれ、こっちじゃ、こっち」
テラさんの声に反応し、周囲の視線が俺に集まる。
詰め所には、当然、待機中の人達がいる。数は七人。
室内には、六人掛けの卓と椅子。それが二組。
俺とテラさんは、そのうちの片方を二人で占拠する形になっていた。
もう一つの卓で、彼らは少々狭そうに座っている……食べ終えたら空けますので、暫し、ご辛抱を。
「お待たせしました。≪自然の息吹≫よ」
俺はテラさんの隣に座り、空の木製カップへ向け指をさし、茶を注ぎ入れた。
立ち昇る香りに目を綻ばせたテラさんを眺めていると、目が合った。
それがなんの合図かぐらい、分かる。
すぐにお互い卓へ視線を戻し、同時に口を開いた。
「「いただきます」」
重なる声が心地よく、そして食欲が増してくる。
さぁ、キノコだ、キノコ。
木製のフォークを取り、キノコへ突き刺す。
加工されたフォークの先端はそう尖ってはいないが、柄の長い乳白色のキノコを簡単に貫いた。黄色がかった焼き色が、良い。
少し膨らんだ傘から噛り付く。
柔らかな食感と同時に、キノコに残った水分がジュッと口の中に零れ落ちる。
これは、味わいの汁だ。
火の通った熱さを持つキノコを、一噛み、二噛み……噛めば噛むほどに、キノコの旨さが口に広がってくる。
それに臭みの無い良い香りだ。
フォークは突き刺したそのままに、口を付けていない方のキノコの柄に、盛った塩をちょっとだけ付ける。
残りの柄を、口へ放り込むと、塩のしょっぱさが、キノコの味わいを引き立ててくれる。やはり塩は偉大だ……取り過ぎも問題だけど。
「山で食べたキノコも美味しかったですけど、これも良いですね」
「この森のキノコは、旨いからのぅ」
「ええ。良い味してます」
既に一口大に切り分けてある茶色の傘を、フォークで刺し、口へ運ぶ。
濃厚なキノコの旨味が、ぷにゅっとした噛み応えと共に口を支配する。
これは塩を付けると、味が濃くなりすぎるな。
そのまま噛む、噛む、噛む。
キノコは、一つ一つ味わいが違って、少し楽しい。
小さなキノコも、平べったいキノコも、しわしわなキノコも、良い。
緑の茎の先に、ひょろっと芽が伸びた様な山菜も――これは、ちょっと苦い。
だが、塩をほんの少量付けただけで、味わいが変わる。
塩の刺激が、山菜の味を引き出し、苦みを少しだけ抑えてくれる気がする。
恐らく疲れからだろう……塩が体に染み込んでいく。
空腹も相まって、すぐに皿の木目が全て露わになってしまった。
空の皿をフォークで突っついても、もうキノコも山菜もない。
あるのは木目だけだ。
「カカッ。戦う男には、ちと足らんかもしれぬのぅ」
「少し。まぁ、町に帰れば、狼のまんぷく亭が俺を待ってますから」
「わしらを、じゃな」
肩を小さく上下させながら、テラさんが笑った。
御尤もである。行くなら当然二人で、だ。
食事の合間合間に飲んでいた茶を飲み干し、自分とテラさんの空のカップへ、再び茶を注ぎ入れる。最後の一滴まで、余さずに。
「ふぅ……マルクの茶は落ち着くのぅ」
茶を受け取るや否や、即座に口へ運んだテラさんが、まったりと言う。
横から見る長い耳の先端が、ふにゃりと下へ向いているので、本心なのだろう。
茶を淹れた甲斐があるというものだ……魔法でだけど。
俺は、まだ茶に口を付けない。
まず、先に飲むものがあるからだ。
俺はバックパックから赤色ポーションを取り出し、封を解く。
これが最後の魔力回復ポーションだ。
もう家にも無いので、またガル兄に作って貰わないといけない。
赤い液体を、そのままグイッと流し込む。
口の中に臭みが広がり、磨り潰した野草を舌に塗りたくったかの如き苦みが、俺を襲う。何度飲んでも、これはキツイ。
喉を通り、体へと入り込んだポーションは、即座に魔力へと変化した。
だが、広がる魔力が大きすぎる故か、体が他者の魔力を異物と感じてしまう。
それがまた、気持ち悪い。
『不味い』という言葉が、口から飛び出しそうになるが、今は食後だ。
我慢しよう。
「あれほど頻繁に飲めば、普通は慣れるものじゃがのぅ。そう言えば、わしはまだ飲んだことが無いのぅ」
「止めた方が良いですよ、テラさん。本当に……」
「じゃな。わしは、この普通ので良いのじゃ」
そう言ってテラさんは、赤色ポーションをごくりと飲み干す。
荒事になるとは予想していなくとも、テラさんもまた、魔力回復用のポーションを用意していたらしい。
飲み干したテラさんは、口角を上げ、俺に空のポーション容器を振って見せた。
「鴨の葱で買ったものじゃ」
「俺も、店の売り上げに貢献したいんですけどね」
ピュテルの町にある道具屋『鴨の葱』は、シャーリーの家であり、シャーリーの母リンダさんの経営する店である。
だが幼馴染の店に貢献したくとも、残念ながら俺は、戦闘や旅に道具をあまり使わない。道具を使わずとも、ほぼ魔法で事足りる。
ポーションは、ポーション作りを生業としているガル兄から直接購入しているので、道具屋で市販品を買う必要はない。
改めて、そう考えながら口の苦さを茶で誤魔化していると、テラさんが笑った。
「カッカッカ。そう、苦々しい顔をするでない。リンダもシャーリーも、そのような事を気にする小さき女子では無いのじゃ」
「それは、知ってます。この顔は、ポーションの所為ですから」
「ならば良い良い。魔力が落ち着くまで、ゆっくり休むのじゃぞ」
「はい、テラさん」
テラさんは、笑顔を浮かべながら、俺の肩をぺしぺしと叩き始めた。
俺はそれを受け入れながら、ゆっくりと反対の手で茶を飲む。
ポーションや魔力に関わらず、今は待機せねばならない。
偵察に出た人達の報告待ちだ。
落ち着いて背もたれに体を預け、小さく息を吐きだす。
使った食器を洗って片づけないといけない……けど、少し休んでからにしよう。
そう思った矢先に、甲高い笛の音が鳴り響いた。
今はパラサイト駆除に動いている人は居ない筈……なので、討伐完了の合図ではない。この笛は、何の報せなんだ?
「テラさん」
「救助要請じゃ。行くぞ」
既に立ち上がっていたテラさんは、止まることなく動き出した。
外へ飛び出すテラさんを追って、俺も詰め所から出て、そのまま里を出る。
テラさんは、音の方角も分かっているらしい。
先導は任せるしかない。
速度を上げ、森を駆けるテラさんの後ろを走りながら、俺は、胸にざわつきを感じていた。これは、ポーションの異物感ではない。
何だろう?
テラさんの進む先から感じる、この不快感は。
魔力感知は利かぬままなのに、気持ち悪さだけは、伝わってくる。
行けば分かる。
今はただ、救助要請が大事でない事を願いながら、俺はテラさんの背を追った。




