581.調査依頼と予定終了
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ピュテルの町を拠点とする魔法学派『フクロウの瞳』の本拠地。
その一室である学派長室にて、学派長フィンスティングが、椅子の背もたれに体を預けていた。骨ばった体が、軋みを上げる。
フィンスティングは、現在七十七の歳を重ねたにも拘わらず、未だ豊富な髪を保ち、立派な髭を貯えていた。
白に染まった毛色もまた、彼の顔に刻まれた多くの皺に合っていた。
フィンスティングは、白髭を手で撫でつけながら、正面の机、その上に乗る一枚の手紙に目を落とした。
開かれた便箋の封じには、獅子の紋章が描かれている。
今朝、王都より届いた内密の依頼。
多くの部下は居れど、この依頼を任せられる者は一人しか居なかった。
学派長室の中に突如出現した魔力を感じ、フィンスティングは、待ち人の訪れを知った。
正面の魔力に目を向けたフィンスティングが、一つ瞬きをすると、そこには既に、一人の女性の姿があった。
転移魔法の影響か、透き通るような青く長い髪が、女性の背で小さく揺れる。
女性としては高い背丈に乗った顔は、人形を思わせるような整い方をしていた。
その流麗な顔の中にある鋭い目。その奥に潜む銀の瞳が、椅子に腰かけたままのフィンスティングを見下ろしている。
彼女は、ミネルヴァ。フクロウの瞳の副学派長を務める女性である。
「お待たせしました、学派長」
感情一つ浮かばぬ無表情で、ミネルヴァは口を開いた。
その声に、学派長の白眉が動いた。
「ほぅ、今日は機嫌が良さそうだな。マルク君のお陰かな?」
「フフッ、そうですね。しかし、その当人は、現在、テッラリッカさんの里帰りに付き合い、この町には居ませんけど」
ミネルヴァの言葉に、フィンスティングの目が訝し気に細まった。
「む? アルケーの里で、何か問題でもあったのか?」
「いいえ。助力の感謝へ態々と。ウフフ。やはり彼女の事は気になるのですね」
「今はもう、数少ない友人の一人だからな」
「マルクも学派長も、良き友人をお持ちで……羨ましい」
フィンスティングは、無表情な彼女の心中を知ることは出来なかった。
一つを除いては。
「ミネルヴァ副学派長。君は、森の民の事を好いておらぬだろうに、テッラリッカの事は、中々に買っておるのだな」
「別段、森の民だけを嫌悪している訳ではありませんよ」
「そうだな……全て等しく、か」
その呟きにも似た声に反応したミネルヴァを、フィンスティングは見逃さなかった。無表情の仮面の下から、薄っすらと漏れ出した微笑みを。
「語らい、知れば、多少の情くらい湧くものでしょう?」
「フッ。そうだな」
小さく笑みを浮かべたフィンスティングとは対照的に、ミネルヴァの笑みは一瞬のものであった。
「学派長。そろそろ本題を」
「年寄りに付き合わせてすまんな。今回は、月女神の遺跡を調査して貰いたい」
王都の北部に位置する遺跡。
その調査が、今も机の上で開かれたままの手紙に書かれていた依頼。
ミネルヴァの視線が、フィンスティングから獅子の紋章へと移る。
「レオニード王……では、マルクに?」
「君にだ。あの遺跡の中へ自由に出入り出来るのは、君だけだからな」
「邪竜の目覚めによる深部への影響を調べろ、という事ですね。モンスターは全て放置しますが、宜しいですか?」
それが問いではない事を、フィンスティングは知っていた。
故に、フィンスティングは大きく頷き、答えを返す。
「分かっている。君の、そのマリアとの誓いを破る必要は無い」
「ならば、御受けしましょう」
「ああ、頼んだ」
「では、失礼します。≪転移≫」
短い呪文と共に、ミネルヴァの姿が忽然と消えた。
独り部屋に残ったフィンスティングは、ゆっくりと息を吐き出した。
「いつも、ああ穏やかならば良いのだがな……マルク君、君にも感謝を」
フィンスティングは、そう呟き、ゆっくりと目を閉じる。
その閉じた瞼の裏に、森を共に駆ける少女の姿を思い浮かべながら。
「テッラリッカが迷惑を掛けていなければ良いが……頼んだぞ、マルク君」
呟きは、誰にも伝わる事もなく、学派長室の中で広がり、消えた。
地面から襲い来る木の根を躱し、上方から振り下ろされる枝を跳んで躱す。
葉を付けたまま撓う枝は、地面を叩き、折れてしまう。
パラサイトは、宿主がどうなろうとお構いなしの様だ。
俺が着地する機を逃さずに、木の上に隠れていたパラサイトの種が飛び掛かって来た。だが、分かっていれば何も問題は無い。
軌道を見切り、炎帝竜の大剣にて切り上げる。
下から上へ描く炎の軌跡が、木製に見えるその体を切り裂き、瞬時に焼き払う。
休まず、即座に前へと進む。
テラさんの魔法を信じて。
隠れていたパラサイトの種が、寄生された木の裏から跳躍と共に姿を現す。
踏み込む足をそのままに、パラサイトの種を、炎帝竜の大剣で払い除ける。
炎に飲まれ、消えるパラサイトの種を置き去りにして、更に前へと踏み込む。
テラさんの生み出した魔法の木が、地面で暴れる根と、俺の背を狙う枝を、次々と拘束していく中を駆け、俺は寄生された木の幹に触れた。
もう十三度目になる慣れた手順だが、手は抜かない。
木の全体に広がったパラサイトの姿は、一つ一つ違っていた。
魔力を木の隅々にまで通し、それを貪欲に吸うパラサイトの形を感じ取り、小さな瘤を炎帝竜の大剣で突き刺した。
浸食の炎が木の中を駆け巡り、パラサイトを焼き尽くす。
同時に、テラさんの魔法に抵抗していた木の動きも止まり、軋む音が鳴り止む。
「テラさん。お願い」
「よし、離れておれ」
テラさんによる、木への癒しと周囲の修繕を見守りながら、俺は警戒する。
問題なく根は土の中へ戻っていった。
折れた枝はそのままだが、強く生き残って貰う事を祈るしかない。
「ふぅ。パラサイトは、微塵も残っておらぬ。後は木の生命力に任せるのじゃ」
「お疲れ様です」
「うむ。これで予定の二十本は終わりじゃな」
俺達テラ隊が十三。ケルン隊が四。ヤム隊が三。
予め発見していたパラサイトは、全て駆除出来た筈だ。
だが、まだ森から感じる違和感が消えていない。
「ですが、まだ――」
「残っておるのぅ。じゃがそれは、ケルンらと合流してからじゃ……それに、腹が減っては何とやらじゃぞ」
「ですね、お昼にしましょう」
敵がまだ残っている事は、喜ばしい事ではないが、テラさんの表情は曇り無く、明るかった。
木漏れ日の差し込む方向から、太陽の位置を知れば、現在の時間が推測出来る。
もう昼時を過ぎている。
それに魔力を使い過ぎたかもしれない……炎帝竜の大剣を出したまま駆け回っていた為、流石に疲れてしまった。
俺は、周囲にパラサイトの種やモンスターがいない事を確認し、炎帝竜の大剣を消す。すると、少し体が軽くなった気さえした。
炎帝竜の大剣自体に、重さは無いのだが不思議なものだ。
「じゃあ、行きましょう。テラさん」
「さてと……皆と合流する為に、もうひとっ走りじゃ。気張るのじゃぞ」
「えー、まだ走るのかよ」
「りょ、了解しました」
「はぁ、はぁひ、がんばりま、す」
森の戦士二人も、魔術師の少女も、もう駄目みたいだ。
一応、走る速度を考えたり、戦闘の負担を軽くする為の役割分担もしたんだけどな……焼け石に水だったか。
独り文句を言う青年が笛を吹いたのを確認し、テラ隊長が再度号令を出す。
「では、出発じゃ」
「「「「はい」」」」
俺の声と、三人の絞り出した声を聞き、テラさんは、走り出した。
テラさんの隣を走ろうと思ったが、止める。
今、後方から奇襲を受けたら不味いな。
俺は、体力切れでも必死にテラさんに喰らい付く三人の背を見ながら、行くことにした。
警戒は怠らずに。
合流するまでは、気を抜いてはいけない。




