580.戦いの合間に
俺の注いだ魔力に包まれた木の中で、細く、深く根を張るパラサイトが燃える。
断末魔一つなく、木の外には炎一つ漏れる事は無い。
静かに炎と化したパラサイトは、欠片一つ残さずに消滅した。
やはり、パラサイトの死の後に、魔石が残る事はなかった。
「これで五本目。テラさん」
「うむ。任せるのじゃ」
地面を荒らした木の根は、パラサイトの消失と共にその動きを止めている。
だが、躓く可能性は、無くは無い。
足元に気を配りながら、太い幹から少し離れ、警戒を続ける。
代わりにテラさんが幹へ手を当て、パラサイト討伐の確認と、現状の回復の為、木に魔力を流し始めた。
地から芽が伸びる様に、双葉が育つ様に、テラさんの魔力を帯びた木に、生命が満ちていく。
テラさんが魔力を通した木を見上げて思う。
やはり、他の木よりも大きく育った木を選んで、奴は寄生しているのだな、と。
「≪木≫よ、≪土≫よ……」
テラさんの言葉に従い、暴れ、露出した根が地中へ潜り、俺を叩かんと無理に曲がっていた枝々が、自然な形へと戻っていった。
そして、ひび割れ、へこみと盛り上がりが出来た地面が、平坦になるべく動く。
蠢きにも似た地面の動きは、そう時間を掛けずに、既に四度見た光景へと変わっていった。不自然に顔を出した根は一つもなく、平坦な地面である。
毎回、これをテラさんに任せているが、本当に魔力は大丈夫だろうか?
「うむ。今回も問題なしじゃ」
耳を弾ませながら、テラさんが俺に駆け寄ってきた。
その嬉しさは、耳だけでなく、表情の柔らかさの中にも見て取れる。
「テラさん、お疲れ様。それで……次はどうしましょう?」
「そうじゃな……」
俺もテラさんも、まだまだ余力は十分残してある。
そのまま突撃しても問題ないのだが……。
考えている事は同じらしく、俺もテラさんも、同じ方向を向いていた。
同行する三人の方へ。
そこそこの距離を素早く走り、戦い、短く休む。
そしてまた走り、戦い、休む……五度繰り返した結果が、視線の先で疲れを露わにしている彼らの姿である。
特に、魔術師の少女の体力が心配だ。
ふらつく体で魔法を行使して、暴発したら目も当てられない。
「休憩にしましょうか」
「その方が良いじゃろうな。幸い、わしらの歩みは、想定よりも早い」
テラさんの同意が取れたので、俺は、炎帝竜の大剣を消した。
流石に休憩中まで発動させたままでは、休憩にならない。
足を三人の元へと進めるテラさんの隣を歩く。
俺が、炎帝竜の大剣を消したからだろうか?
視界の先で、魔術師の少女が安堵の表情を浮かべていた……少々、無理に突き合わせてしまったのかもしれない。
無理の基準を自分に合わせては、駄目だな。
「今、全部で七体でしたよね」
「わしらが五、ケルンらとヤムらが一つずつじゃな」
俺達以外の笛の音は、二度聞こえた。
俺にはどちらも、高く響く音としか感じなかったが、テラさん達には、それがどちらの部隊が吹いた笛の音なのか、分かるらしい。
何やら簡単な伝言にもなっているらしいが……俺には、分からない。
まぁ、どちらの隊も問題なく事が進んでいるのならば、喜ばしい事だ。
「このままなら、予定の十体を超えて動く事になりますね」
「ケルンらが、それぞれ五体燃やすよりも、わしらが動く方が早いからのぅ」
ケルンさん達がパラサイトを駆除するのに時間が掛かるのは、仕方のない事だ。
まず、周辺のパラサイトの種を倒し、パラサイトの寄生する木の周囲に生える木を伐採する。そして魔法で障壁を作り、寄生された木ごと燃やすのだ。
燃えるのにも時間が掛かる。
燃えた後も、パラサイトが根などに残っていないか、火の粉一つ残っていないか徹底的に調べ上げ、ようやく一体の処理が終わる。
聞き、想像するだけでも、時間の掛かる処理方法だ。
炎帝竜の大剣を使った討伐方法が成功しなかったら、俺達も同じ方法を選ぶしかなかっただろう。
そうなれば、時間も掛かるし、木も焼かねばならない。
俺は、隣を歩くテラさんを見た。
作戦中ゆえに、ご機嫌とまではいかないが、テラさんの機嫌は良い。
もし木を焼くとしたら……テラさんはやるだろう。森の為に。
その胸中に、悲しみが溢れようとも。
良し。可能な限り、俺が処理しよう。
だけど、テラさんにも、少々無理をさせてしまうかもしれないな。
テラさんの状態にも気を配りながら、進退を考えないと。
取り合えず、意思はハッキリと伝えておこう。
「テラさん。出来るだけ俺達で倒しましょう」
「カカッ、良い気迫じゃ。しかし頑張っても、お主の益には、ならんのじゃぞ」
「俺がその方が良いと思った。それだけで十分な利益だよ、テラさん」
俺は、そうテラさんへ言いながら、パラサイト駆除作戦に出る前に聞いた言葉を思い出していた。
弓の貸し出しへの感謝を伝えた時に返ってきた、ユーディアナ様の言葉を。
『恩には恩を、敵意には敵意を。当たり前の事をしたまでですよ、マルク様』
そう。俺も、俺の『当たり前』をするだけだ。
「相変わらずじゃな。本に、お主は、変わっておるのぅ」
「好きに生きてるだけですって」
「良い良い。さて……お主ら! 暫し歩みを止め、休憩するぞい」
「ふぅ、ようやくか」
「はい」
「良かったぁ……」
息を吐きながら弛緩する姿と、背筋を伸ばし返事をする姿は対照的であった。
二人の間に立つ魔術師の少女の膝が、落ちる様に地につく。
地面に腰を下ろした少女。その勝気そうな顔が、戦いの疲れと休息の喜びで、蕩けていた……本当に、体力の限界だったんだな。
これは、この先、大丈夫だろうか……無理はさせないように気を付けよう。
「お主ら。休憩とはいえ、ここはまだ危険な場所じゃ。気を抜き過ぎるでないぞ」
「「はい」」「はぁい」
テラさんの忠告に、青年二人は力のある声を出した。
魔術師の少女は……ゆっくり休んでおくれ。
「見張りは俺がしますので、テラさんも休憩を」
「うむ。後で交代じゃ」
「では、いってきます」
見送りの声を聞きながら皆から離れ、俺は、周囲の偵察と警戒へと向かった。
俺達だけ予定よりも進んでいるという事は、位置的に突出してしまっている。
進みながら丁寧にパラサイトの種を倒して来たので、問題は無いだろうが、警戒するに越した事はない。
歩きながら耳を聳て、目を凝らし、そして自分を囮にする。
誰かを守るよりも、自分を守る方が、楽だ。
襲い掛かるなら、まず俺に来い。
そう思いながら、静かな森を歩く。
テラさん達の元へ、すぐに駆け付けられる距離を保ちながら。
パラサイトの影響なのか、小動物すら、辺りには居ない。
鳥の声すら聞こえない。
ぶらり、ぶらりと、森の中を進む。
モンスターにもパラサイトの種にも出会う事なく、俺の警戒は無駄に終わった。
それは、喜ばしい事だ。
モンスターなど出ずに、ゆっくり休めるなら、その方が良い。
皆の元へ戻った俺は、木に背を預け、座るテラさんと手を重ねる。
弾き合う手と手が、乾いた音を立てた。
それを交代の合図とし、テラさんが立ち上がる。
別に事前に決めた合図ではないが、自然と伝わるものだ。
「では、行ってくるのじゃ」
「気をつけて」
「お主は特に、ゆっーくりと休むのじゃぞ」
「あはは。はい」
俺はテラさんに倣い、腰を下ろし、木の幹に背を預けた。
少しの間、休憩するとしよう。
力を抜いて、森の魔力を感じていると、少しだけ、森に包まれた気分になる。
温かいのに、どこかひんやり冷たい。
そしてその中に混じる、小さな、小さな違和感。
淀んだ魔力の感覚。
ケルンさんは、邪竜の目覚めに呼応したパラサイト達に因るものと言っていた。
ならば、パラサイトを倒し切れば、この違和感もなくなるだろう。
おっと。また戦いの事を考えていた。
休憩、休憩。
ゆっくりと、大きく息を吸い……細く、長く、息を吐きだす…………。
心を落ち着かせれば、自然と体も休まる。
昔ならば、独りで片づける為、突撃していたかもしれないな……。
成長でも退化でも、どっちでもいい。
今の俺は、この一時の休息とて、大切な時間だと知っているのだから。




