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555.魔工石と悪寒と繋ぐ手

 長い時間を掛け、一点に集まった魔力がアムの胸の中で青く輝いていた。

 秀麗な顔に(にじ)んだ汗をそのままに、アムは小さく呟く。


「≪絶氷(ぜつひょう)(ひつぎ)≫」


 唱えられた呪文と共に、アムの胸の中の魔力が動き出した。

 ゆっくりと動く青い光は、アムの前方に浮かぶ、人の頭蓋(ずがい)程の大きさの魔石へと吸い込まれていく。

 魔石の色が、青へと変わる。

 青い魔石の中で奇怪な線が、文字が、模様が生まれ、(うごめ)き出した。

 アムは、魔力と魔法を制御しながら、魔石に魔法図形を刻み込んでいく。

 一つ、一つ、一つ。

 膨大な量の情報を、一つ、一つ……。

 時間を掛けた作業は終わり、魔石は、青い魔工石へと変じていた。

 ゆっくりと落下したそれは、砂の地面にふれ、静かに横たわる。

 アムは、その魔工石へ目を向けながら、苦々しい顔をしていた。


「お姉さま、お疲れ様ですわ」


 アムの顔へ伸びた細い手が、握る白布を使い、汗を吸い取って行く。

 アムは、その手を受け入れながら、苦々しい表情を崩した。


「ありがとう、パット」

「さぁ、あちらで一度休息を」

「そうだね、そうしよう」


 だがアムは、動かない。

 アム、パトリシア。そしてこの場には、もう一人。

 アムの視線の先で、膝を曲げ、魔工石を調べている女性が居た。

 三角帽を被り、魔工石へ高い鼻を向けていた女性が、膝を伸ばし、立ち上がる。


「パック先生、これでは――」

「流石、アム君。魔工石を作る過程は、何度見ても美しいね。けど、これでは、やはり力が足りない」

「はい。処分をお願いします」

「なら、お昼にしようか。昼食時は、とっくに過ぎているよ」


 パックの言葉を聞き、アムは空を見上げた。

 既に太陽が頂点から落ち始めている姿を見て、自分がどれほどの時間、魔力を集中させ、魔工石を作っていたのかを、アムは知る。


「≪魔力(まりょく)≫よ」


 パックの声と共に、空を見上げるアムの視線の先に、青い魔工石が映り込んだ。

 (まと)うパックの魔力に動かされ、魔工石は高く昇る。

 そして、青い魔工石が砕けた。

 砕けた魔工石が消失すると共に、魔法の力が解放される。

 膨大な量の凍結の魔力が、上空にて、弾ける様に拡散した。

 だが、何物をも凍結させる魔法の力は、際限なく広がることは無かった。

 拡散した魔法の力は、一定の位置でピタリと消えて無くなる。

 破裂した力、絶氷の棺は、アム達の元へは届かない。

 アムは、想定通りに作用する魔工石を見て、小さく息を吐いた。


「後は、魔力の集中か」

「お姉さま。これ以上の力が必要ですの?」

「恐らくだけど、足りないね」

「それに、これは『ピュテルの魔女』の秘技。空に放って、他の者に盗まれては大事ではありませんか?」

「パック先生が認識阻害をしてくれているから、大丈夫さ」


 アムがパックへ視線を向けると、パックは片目を閉じ、お道化(どけ)ていた。

 そしてパックがアムの元へと歩み寄り、そのまま三人で外へと歩き出す。


「さて、お昼は何処(どこ)で食べようか?」

「パック先生。既に研究室にて、準備は終わっていますわ」

「パトリシア君、中々気が利くね。うちに嫁に来ないかい?」

「家を捨てるつもりは御座いませんので、遠慮させて頂きます」

「残念」


 パックとパトリシアの会話を聞きながら、アムは赤のポーションをパトリシアから受け取り、そのまま口にする。

 無味に近いポーションは、少しの清涼感を残し、アムの体へと染み込んでいった。アムの消耗した体に、魔力が満ちていく。

 そしてアムは、空容器とポーションを交換し、再び飲み干す。

 (あふ)れる魔力が、少々の違和をアムにもたらした。

 体に不快感を感じながらアムは、ポーションを飲んで寝具に倒れ込む幼馴染を思い出し、口元から笑みを(こぼ)した。


「フフッ。やっぱりマルク君の側に居た方が良いんじゃないかな?」


 悪戯そうな声のパックが、そう口にした。

 アムは、端整な顔に凛々しき表情を作り上げ、パックへ答える。


「僕は、マルクの側に居るよりも、彼の役に立つ道を選びたい。ただ、それだけですよ、パック先生」

「全く、お姉さまは強情なんですもの。早く押し倒してしまえば宜しいのに」

「パトリシア君の言う通りだよ。押し倒しでもしない限り、彼は手を出してこないだろうからね……困った子だよ、マルク君は」


 冗談めいた口調のパックとパトリシアは、アムを挟んでクスクスと笑い始めた。

 二人の言葉を聞いたアムは、(あご)に指を当て、思案を始める。

 同室に泊まっても手を出してこなかった幼馴染を想いながら、本当に押し倒すべきではないかと……。




 直感が、自身の体を震わせる。

 何事かと、周囲を見回すも、特に可笑(おか)しな所は見受けられない。

 気味の悪い視線を感じるだけで、普通の町並みであった。


「ん? マルクや。どうしたのじゃ? 食べ過ぎ、では無いしのぅ?」


 隣を歩くテラさんは、テラさん自身のお腹をポンッと叩きながら、そう言った。

 先程まで狼のまんぷく亭で食べていた、牛の一枚肉がそこには収まっている。

 当然、俺の腹の中にも。

 焼き色の付いた牛とバターの風味は、定番にして絶品であった。

 食べ過ぎという程食べていない……むしろ、もっと食べたいぐらいだ。

 訓練に集中していた所為(せい)で、少し遅い昼食ではあった。

 だが、悪寒の理由が、昼食ではない事は確かである。


「いえ……何か悪寒がしただけですので」

「ふぅむ。もうすぐ邪竜との戦いじゃぞ。体調を崩しては、元も子もないのじゃ。夕刻のミネルヴァとの訓練まで、ゆっくり休むのじゃぞ」

「でも、テラさん――」

「でも、ではない。休まぬなら、夕刻まで説教じゃ」


 テラさんが、じぃーと俺を見上げながら、ふわりとした銀の髪から長い耳をピンと張っていた。これは、本気で言っているな。

 このテラさんに反抗するのは、愚策な上、心苦しい。


「はい。屋敷で大人しく……いえ、テラさん、買い物に行きましょう」


 どうせならチコさんの所でクッキーを、猫の日向で茶葉を手に入れておきたい。

 邪竜討伐から帰って来て、茶も菓子も無い家は、少し寂しいからな。

 水と干し肉しか屋敷に無かった昔からすれば、考えられない感覚だ……。


「息抜きには、良いかもしれんのぅ」

「では、一緒に」


 テラさんの同意が取れたので、俺はテラさんへ手を差し出した。

「うむ」という声と共に、テラさんの小さな手が俺の手を握ってくれる。

 少し暑い日差しの中でも、暖かな手は心地良い。

 シャーリーも、アムも、テラさんも……手を繋ぎ、共に歩ける誰かが隣に居るという幸福は、何ものにも代えがたい喜びだ。

 ピンと張っていたテラさんの耳も、楽し気に動いていた。

 俺とテラさんの足は、商店通りへと方向を変える。


「して、どこへ行く?」

「まずは、菓子屋でクッキーを」

「菓子は、すぐに消えてしまうからのぅ」

「それだけ、お客さんが来ている証拠ですから」

「フフッ、そうじゃな。良きかな良きかな」

 

 そう、思ったよりもクッキーの消費が激しい。

 自分の口に消えているのなら、ただの食べ過ぎだが、客人の口に消える分には、喜ばしい事だ。

 そう、思ったよりも来客の数が多い。

 客人が来て、帰る度に、心に情景が浮かび上がってくる。

 父と母と、その友人との……色付いた食堂の姿が……笑い声の響く居間が。

 そんな情景に近付く必要なんて無い事は、分かっている。

 父と母は、父と母で、俺は俺だ。

 それでも、心の底から浮かび上がる小さな嬉しさを、捨てる必要はない。


「ん? どうしたのじゃ?」

「いえ、結構多くの人と、一緒に居るなって思ったので」

「当然じゃ。人と人は、こうして生きておるのじゃぞ」


 そう言ってテラさんは、俺の手を少し強く握った。

 それは、もう知っている。

 大切な人達は、いつだって俺に、それを教えてくれるのだから。

 何度でも、何度でも。

 俺が小さく(うなず)くと、テラさんは目じりを下げ、笑った。

 陽だまりの様に暖かな笑顔で。

 いつものように。

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