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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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554.透明なポーション

誤字修正 誤字報告感謝

 屋敷の庭で、ただ、炎帝竜の大剣を胸の前に掲げていた。

 鳩尾前に置いた両手の中から、上へ伸びた炎の剣身を見つめ、集中する。

 炎獄王を燃やし尽くした時の力を維持し、魔力を消費し続ける。

 無意識下でも、この力を振るえるように。

 流れ出る魔力を制御しながら、力の無駄を一つ一つ潰していく。

 結局魔法は、地味な訓練を何度も、何度も繰り返し、洗練させていくしかない。

 魔力喪失による虚脱感が、体と意識を襲う。

 頭が回らなくなる前に、一度、訓練を中断しないと。

 炎帝竜の大剣と魔力の結界を消し、目を(つぶ)り、長く、息を吐き出す。


「マルクや。少しは休憩せんと体がもたぬのじゃ。エルも言っておったじゃろう? 休息を取らねばならぬと」

「魔力だけですので、ポーションを飲めば大丈夫ですよ」


 後方から聞こえるテラさんの声に、声だけで返事をする。

 もう少し、体と魔力を落ちつけてから、テラさんの所で休もう。


「なる程。確かに、こんなのこと繰り返していたら、ポーションが幾らあっても足りないな……」


 聞こえたのは、ガル兄の声だった。

 集中していたからか、ガル兄が来ている事に全く気が付かなかったな。


「ガル兄、いらっしゃい」


 目を開き振り向くと、テラさんとガル兄が休憩所に居た。

 テラさんの手招きに誘われ、俺は休憩所へ向かう。


「ほら、いいから飲め」

「ありがとう」


 座ったままのガル兄から受け取った赤色ポーションを、グイッっと(あお)る。

 おっ。すっきりしていて飲み易い。

 普段の毒草の如きポーションと違い、保存用の加工をしていないポーションだ。

 体の中に入った魔力の異物感は変わらないが、味一つで、気分は天と地ほどの差が生まれるものだな……。


「ふぅ。生き返るー」

「なぁ、マルク。いつもこんな事してるのか?」

「最近はね。まぁ今だけだよ」


 日常的に魔力を(から)にしている訳では無い。

 そんな事をするのは、ミュール様の(もと)で訓練している時か、特別習得したい魔法がある時だけだ。

 テラさんが、ジトッとした目で俺を見ていた。

 テラさんには、魔力の切れた姿を何度も見せているからな……。


「すみません、テラさん。ご心配をお掛けしています」

「分かっておるなら、ちゃんと休まんか。ほれ、こっちじゃ、こっち」


 テラさんがペチペチ叩く椅子へ、腰を下ろす。

 一度、座ってしまうと、動きたくなくなる……根を張った腰は、もう動かない。

 そのまま俺は、そう大きくはない土の卓へ向け、上体を倒した。

 テラさんの魔力が薄く張ってあるため、土の卓だからと汚れる事は無い。


「確かに休めと言ったがのぅ。ガランサが来ておるのじゃぞ」

「ガル兄なら、良いじゃないですか」

「おお。好きなだけ、だらけろ、だらけろ」

「お言葉に甘えて。嗚呼(ああ)、卓が、ちょっと冷たい」

 

 日陰で冷やされた卓は、気持ち良い……。

 倒れたまま俺は(ほお)を卓につけ、テラさんを見る。

 テラさんは、俺と目が会うと、苦笑いを浮かべた。

 そして、長い耳をふにゃりと下げながら、俺の背をポンポン叩き始める……柔らかな手付きから『仕方の無い奴じゃ』と、聞こえてくる様だ。

 もう少しこのままで居よう。

 落ち着いていれば、ポーションから得た魔力も溶け込み易かろう。

 なのでガル兄への応対も、卓に突っ伏したままで。


「ガル兄。さっきのポーション、届けに来てくれたんだよね。ありとう」

「ハハハッ。礼を言う奴の態度じゃないな、これ」


 快活に笑う声からは、不快や嫌悪の感情は含まれていなかった。

 流石に(とが)められたら起きるつもりだったが、このままで良いらしい。


一昨日(おととい)も来ておったが、ガランサや、仕事は大丈夫かえ?」

「ごたごたに(じょう)じて休みました。市場へ流す分は、ある程度作り置いてますので」

「カエデさんの口車に乗った訳だね」

「俺が、お前のポーションを作ってるから、カエデの休みにはならないな」


 そう言いながらガル兄は、俺の眼前に一本のポーションを差し出した。

 机に倒れたまま、その無色透明なポーションを眺めてみる。

 だが『透明なポーション』以外の情報は、見ても分かる(はず)が無かった。


「何これ? 水じゃなくてポーションなのは分かるけどさ」

「さっき言ったろ。お前のポーションだよ」

「そっちも特製なのかえ?」

「ええ。マルク以外が飲むと、魔力が(あふ)れて(もだ)え苦しみます……最悪、死ぬかもしれませんので、テラさんはご注意を」

「それは……恐ろしいのぅ」


 ガル兄が何か恐ろしい事を言っているが、それはガル兄特製の赤色ポーションでも同じことだ。赤色ポーションの時は、流石に死ぬとまでは言われなかったが……まぁ、気にする事でもないさ。

 俺はゆっくりと上体を持ち上げ、冷たい卓の誘惑から自らを解放した。

 自信ありげに差し出すガル兄から、その透明なポーションを受け取る。


「ありがとう、ガル兄……で、魔力って言ってたけど、効果は?」

「飲めば魔力が飛躍的に回復する。お前用のポーションの強化版だな」

「まさか! 味と異物感も」

「安心しろ。無味無臭だ。それにその異物感も前から聞いてたから、出来るだけ無いように作っておいた」

「おぉ。流石ガル兄。助かるよ」


 このポーションは、そんなに優れものなのか。

 ガル兄が言うのだから、効能は確かなのだろう。

 透明なポーションを眺めながら、一つ疑問が浮かぶ。

 ガル兄特製の赤色ポーションが材料費だけで金貨一枚するのだが、強化版らしいこれは、一体おいくら掛かってしまうのだろうか……。

 少し聞くのが怖いが、本人に聞かねば分からない。


「ねぇ、ガル兄。これの材料費って――」

「聞かない方が良いぞ。聞けば飲めなくなるからな」

「金貨五枚?」


 溜息を吐いたガル兄が、首を横に振り、一言。


「桁が違う」

「え? 五十!?」

「桁が違うんだ」


 え? えぇ……桁が下がるなんて事は無いだろう。

 始めの金貨五枚の桁を下げて、銀貨五十枚になる事は無い……ならば……。


「こ、これ一本で……金貨五百……」

「お、恐ろしや……これ、マルク。早々(そうそう)にマリアの部屋に隠すのじゃ」

「流石に五百もしないぞ。金貨二百枚だ」

「ガル兄……あっさり言ってるけど、金貨二百って四人家族一年くらいは生活できる金額だよ。金銭感覚可笑(おか)しくなっちゃった?」

「お前の助けになるなら、そのぐらい安いだろ」


 本当に平然と、そんな事を言い出した。

 特別な事など言ってないという(ふう)に、ただの日常会話の様に。

 俺もかなり金銭に関しては緩い奴であるが……いや、この場合は、素直に礼を言うべきだ。この感情を。そのままに。


「何度も言うけど、ありがとう、ガル兄。これ、ありがたく使わせて貰うよ」

「ああ。お前が飲むために作ったんだ。飲まずに飾ってもポーションが可哀想だ」

「うむ。使う物は、使わんとな」


 そう言いながらも、腕組みしているテラさんの両腕がガタガタと震えている。

 グイッと金貨二百枚を飲むのには、勇気が必要かもしれないな……。


「あっ。あと、ガル兄」

「ん? なんだ? 追加で欲しいと言っても材料が無いから作れないぞ」


 材料が有ったら作る気なのか……。

 だが、俺が言いたい事は追加注文ではない。


「いや、そうじゃなくて。お代は、帰ってから払うよ。材料費分だけで良い?」

「別に要らない――いや、そうだな。お前が帰って来てから、貰う事にするか」

「そう。帰ってからね」

「フフッ。うむ。その方が良いのじゃ」


 二人の、いや三人の笑い声を最後に、話はまとまった。

 そう、生きて帰ってから、代金は支払おう。

 この受け取った透明なポーションは、金貨二百などいう価値ではない。

 もっと価値のある、想いの詰まった一品なのだから。

 材料費の支払い程度、安い物だ。

申し訳ありませんが、しばらく一話投稿が続くと思います。

歩みの遅い話ですが、今後とも見て頂ければ幸いです。

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