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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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550.戦う意思

 愛馬の食事を三人で眺めた後、俺は独り、ミュール様の元へと向かった。

 シャーリーとテラさん、二人一緒ならば、大丈夫だろう。

 二人は猫の日向でお茶を楽しんでから、道具屋へ戻るそうだ……一緒に居たい気持ちを、抑えねば、訓練をすっぽかしかねない誘惑である。

 猫の日向のお茶と菓子は、絶品だ。

 誘惑を跳ねのけ、女王の塔へ辿り着いた自分を褒めたいぐらいだな……。


「ふぅ。行くか」


 気持ちを切り替え、女王の塔の中へと入る。

 暗い室内を歩くと、そこに転移陣がある。

 そして魔力が通り、光始めた転移陣は、俺の視界を眩い光で包み込んだ。

 光が徐々に治まると、そこは既に転移後のお茶会の部屋であった。

 今日は、訓練をする部屋へ直行では無いのだな。


「お待たせしました、ミュール様」

「いえ。丁度良い時間ですよ。さぁマルク、座って」


 中央に置かれた丸い卓。

 皺一つ無い白い布を掛けた卓の上には、細い花瓶と凍った一輪の赤い花。そして、既にお茶の入ったカップが二つ。

 一つは、座るミュール様の前に置かれ、もう一つは、ミュール様の真正面に設置された椅子の前に置かれていた。

 なぜだろう……今日は真横で無いことが、少し寂しく思えてしまった。

 この椅子の配置が、普通なのにな。


「失礼します」


 椅子に腰掛け、真正面にミュール様を捉える。

 柔らかな微笑みも、美味しいお茶も、冷たい魔力も、心地良い。

 暖かいお茶なのに、暑い日差しに(ねっ)された体を冷やしてくれる。


「ふぅ。このままのんびりしたいですね」

「ええ。そうですね」


 訓練をしなければならないのは、分かっている。

 それでも、(わず)かな時間、ただ、無言で、ミュール様のお茶を楽しむ。

 ささやかだが、ミュール様との時間を浪費している今は、贅沢な時間だな。


「よし、落ち着きました。本題に入りましょう」

「フフッ。私は、このままでも構いませんよ」

「いえ、聞きたい事もありますので」

「あら、残念」


 そう言って、ミュール様はカップを持ち上げた。

 俺は、ミュール様がカップを下ろすのを待ち、そして口を開いた。


「邪竜の動向と、討伐隊との合流の為、いつ町を出ればいいかのご相談を」

「はい、まず邪竜ですが、今は動きを見せていないようですね」


 それは、分かる。

 この町にも時折吹き付ける、淀んだ魔力を含んだ風が、まだ大人しい。

 邪竜が動き始めれば、当然、その魔力も大きくなる。


「ミュール様。どれ程、今の状態が続くのでしょう?」

「不安ですか?」

「まぁ、少し。ですがそれと同じくらい、予定の立たぬ状況が気持ち悪いです」

 

 決戦の日取りが決まらねば、この小さなモヤモヤも消えぬだろう。

 ミュール様のお茶で、この気持ちを流そうにも、流れるようなものでは無い。

 残念ながら。

 ミュール様は、俺の感情を見透かすように、銀の瞳で俺を見つめていた。


「目の前のモンスターを倒す。その方が、マルクに似合っている気はしますね」

「たしかに。行って、倒す。現れたら、倒す。その方が楽です」

「フフッ。思ったより気負いしていませんね」

「まぁ、考え過ぎても意味が無いので」

 

 邪竜の事。悩みも考えもするが、考え過ぎても無意味である。

 ならば訓練に力を入れる方が得策だ。

 そして、訓練前に予定を聞いておけば、集中もし易いというもの。


「さて、討伐隊の話でしたね。マルクは何処(どこ)まで知っていますか?」

「金獅子と騎士団を中心に結成されたと聞いています」

「はい。現在王都にて、戦いの準備中です。白蛇、フクロウ、宮廷魔術師も力添えを。魔術師隊はタキオンさんが指揮を取るそうですよ」

「タキオンさんが……それは、頼もしい」


 だが、筆頭宮廷魔術師のタキオンさんが前線に出るというのは、王国として、それで良いのだろうか? まぁ、俺が考えても仕方の無い事だな。

 信頼できる力が増えたのだ。純粋に喜ぶべきだ。


「ミュール様。バルザックパーティーも参加する予定ですが、現状の戦力で勝てると思いますか?」

「マルク抜き、と言う事ですね……撤退させる事すら出来ず、全滅するでしょう」

「厳しい評価だ……」

「残念ながら邪竜は、そう甘く見積もれる相手ではないの」


 俺は言葉を返す前に、大きく頷いた。

 実際に戦わねば分からないが、甘い相手では無いのは間違いない。

 だが、邪竜がどれだけ恐ろしい存在であろうと、関係ない。

 バルザックさん達も、タキオンさんも、戦いに(おもむ)く皆も、無駄に散らして良い命などない。

 ミュール様の予測は、俺と云う一手で覆さねば。

 そして、皆で、勝利を。


「全滅が(まぬか)れないなら、余計に引けないですよね」

「マルクは、怖くは無いのですか?」

「当然、怖いです。でもそれは、いつもと同じ……モンスターとの戦いでは、死の恐怖は、いつだって隣にありますから」


 足(さば)き一つ失敗すれば、この身を両断する力を持つモンスターは多い。

 一つの魔法を失敗すれば、共に戦う人々を焼き尽くさんとするモンスターも。

 一瞬の油断で、骨も肉も粉砕してくるモンスターも珍しくはない。

 いつだって、モンスターとの戦いは、死と隣り合わせだ。

 気が楽なのは、安全圏から魔法を放てる時だけだろう。

 だが、邪竜との戦いは、最前線で炎帝竜の大剣を振るう事となる。

 安全圏など、無い。

 目の前には巨大な竜。

 振るう爪も牙も尾も、身に受ければ致死の一撃だろう。

 そして吐く黒い炎は、身を焼き、侵し、塵へと変える。

 恐ろしいに決まっている。

 だが、死と紙一重で戦う事になっても、死を覚悟した行動を取る事になっても、死ぬつもりは毛頭無い。

 いつだって、そうだ。


「怖くても、モンスターは俺が討伐します。あと、生きて帰らないと、シャーリーやアム。それとテラさんに怒られますから」

「フフッ。私も怒りますよ」

「絶対に生きて帰ります!」


 ミュール様に怒られるのは、特に御免だ。

 背を伸ばし、そう答えた俺に返って来たのは、真剣なミュール様の姿であった。


「ねぇ、マルク。前からあなたに聞きたい事があったの」

「はい。何でも聞いてください」


 他者の醜聞(しゅうぶん)や秘密以外なら、何でも答えるつもりだ。

 ミュール様の切れ長な目元の奥から、銀の瞳が俺の目を捉えている。

 俺は、目に捕らえられ、ミュール様から視線を外せないでいた。


「なぜマルクは、私に共に戦ってくれと言わないのですか?」

「え?」


 不思議な質問に、戸惑いの声が口から()れた。

 なぜって――考える前に、ミュール様が言葉を続ける。


「テーベ平原の時もそうです。ダークトレントやファイアーワイバーン程度ならまだしも、助けを求める事が出来た地竜との戦いですら、私に『戦え』といいませんでしたね。浸食の悪魔の時など特に」

「ええっと……今も助言や鍛錬に付き合って貰っていますし。実際に俺は、かなり助かっているんですが」

「そうではなく、直接的な話です」

「直接的……」


 ミュール様が直接戦うって事か?

 モンスター相手に……恐らくだが、ミュール様はモンスターと戦うの嫌いなんだよな……なら答えは一つだろう。


「そもそも、ミュール様が戦う理由が無いじゃないですか」


 ミュール様が挙げた例は、全てミュール様が戦う理由のない例だ。

 そして今回の邪竜討伐も……ミュール様は、一体何を聞きたいのだろう?

『なぜ?』を問うのは、考えを伝えてからでも良いか。

 俺は、銀の瞳を見返しながら、言葉を続ける事にした。

 

「戦いたくない人に、戦えなんて言えませんよ。生きる為だったり、叶えたい望みがあるって言うなら、自分で戦うしかないですけど」

「私は、今のマルクよりも強いという自負があります」

「実際、俺だと手も足も出ないと思います」


 魔力一つで殺されかねない。

 ミュール様の魔力が体に浸透している今だと、勝ち目は無きに等しい。

 まぁ、ミュール様はそんな事はしないと知っているから、恐怖は無いけど。


「ならば、頼りたくはなりませんか? いえ、事実多くの者が口にしてきました。お前が倒せ。お前が殺せ、と」

「それまた無責任な奴らですね」


 つい二日前に、アムから聞いた話を思い出してしまった。

『マルクが何とかしてくれる』だったか……。


「力があるから戦え、だなんて、俺は御免です。自分の命も、力も、知らぬ誰かの為に使っている訳じゃないですから」

「そう言いながら、マルクは、知らぬ誰かの為に戦い続けているではないですか。私には、それを求めないの?」

「俺はただ、モンスターの脅威を放っておけない……ちょっと面倒臭い奴なだけですよ。俺の生き方を誰かに強要だなんて、間違っても御免です」

「私が邪竜と戦えば、マルクにとって大事な人が、黒き炎の危険に晒される事はありませんよ。それでも、私に戦えと言わないのですか?」


 きっと返答一つで、ミュール様は俺を見限るだろう。

 だとしても、俺の答えは決まっている。


「言いません。ミュール様が戦いたくないのなら、戦わなくて良いです。もしも、ミュール様が戦わないといけない相手が出て来たのなら……その時は、俺に任せて下さい。代わりに俺が、倒してみせます」

「フッ、ウフフ……そうね。その時は、お願いします」


 そう言った後、ミュール様は口元を手で隠しながら笑い続けた。

 涼やかで、心地の良い笑い声が、耳から溶け込んでくる。

 (しばら)く、黙って聞いていよう。

 俺は、カップを口に運び、少し温度の下がったお茶を飲んだ。

 ミュール様のお茶は、変わらず美味しい。

 別に戦う事に魔法を使わなくても、ミュール様は良き御方である。

 それは、このお茶が証明してくれている。

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