表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

550/1014

543.自分の意思で

誤字修正

「ドレイク先生。黒い霧への耐性ポーション――」

「薬だ」

「……守りの薬を分けて貰えませんか?」

「いいぞ」


 ドレイク先生は(にわ)かに立ち上がり、棚からポーションを取り出した。

 

「持って行け」

「ありがとう。ドレイク先生」

 

 俺がポーションを受け取ると、ドレイク先生は再び椅子に深く腰を下ろした。

 俺は、大切なポーションをバックパックへ入れ、再びドレイク先生へ目を向け、気になる事を聞いてみた。


「でも、こんなあっさり研究の成果物を、渡していいの?」

「別に構わん。資料はレイにも渡したからな」


 使い道の多様性の無さはともかく、効果の高さは身をもって知っている。

 研究とポーションを金に換えれば、遊んで暮らせるだろうに。

 あっさりと研究資料を太陽伯へ流した事を告げるドレイク先生の表情からは、少し眠そうとしか感じ取れない。


「それに、予備の薬はもう一本作ってある」

「あぁ、だからそんなに疲れて……」

「これは、さっきも言った通り面倒の所為(せい)だ。気にするな」


 これ以上、疲れへの言及は止めておこう。

 ドレイク先生が、余計に疲れてしまうだけだ。


「分かったよ。この礼は、必ず」

「いらん。だが、邪竜の炎に対して効果があるかは、分からないからな」

「たぶん効果はあるよ。たぶん」

「適当だな……まぁ、多少の守りにはなるか」


 恐らく効く。

 王都で見たジギさんの最後の姿は、浸食の悪魔の黒い霧に侵された病『黒風』に酷似していた。

 あれは、邪竜との戦いで負ったものだろう。

 浸食の悪魔の黒い霧と、邪竜の黒い炎。

 根の部分は、同じである可能性が高い……と、思う。

 憶測に憶測を重ねる愚行だが……自分の考えを信じるだけだ。


「さてと、長居しても邪魔だろうし、帰るよ」

「邪魔では無いが、腹は減るな」


 俺は立ち上がりながら、(うなず)いた。

 ドレイク先生の店に入る前から、俺は既に空腹だ。

 腹の音を先生に聞かれる前に、退散しよう。

 別れの言葉を告げる前に、ドレイク先生が口を開いた。


「マルク。危なくなったら一人で逃げろ。邪竜の炎に焼かれようが、生きて帰ってくれば、俺が何とかしてやる」

「その時は……お願いします」


 ドレイク先生なら、本当に何とかしてくれるだろう。

 頼もしい限りだ。

 心強く感じる俺とは反対に、ドレイク先生の表情は厳しく変化する。

 いや、辛そうと言うべきか。


「ああ。俺には治す事しか出来ん。結局、俺達はまた誰かに……いや、バンディウス家の者に、脅威を押し付ける事しか出来ない」

「気にし過ぎですよ、先生。父も母も、そんな事を思って戦いに行ったとは、俺は思っていませんから」


 父も母も、誰かに押し付けられて邪竜との戦いに(おもむ)いたわけではない。

 それは、自信を持って言える。

 ドレイク先生の考えを払拭出来るかは分からないが、俺自身の言葉は伝えておかないとな。


「それに、俺も、誰かの為じゃなくて、自分の為に行くだけだから……どうでも良い他人の命まで背負える程、俺は大きくないよ。まぁ、王都やピュテルに奴が来なければ、戦わないで済むんだけど」

「そうか。そうだな……マルク。また来い」

「回復術士の所にまた来るなんて、縁起でもない」

「ハハッ、だな」


 ドレイク先生が、小さく笑った。

 珍しいものが見れた……満開の笑顔でなくても、これで十分だ。

 少し目に力が戻ったドレイク先生へ、頭を小さく下げながら、俺は言った。


「でも、また来ます」

「ああ。用が済んだなら、帰れ」


 そう言うと、ドレイク先生は、机へ向き直り、羽根筆を取った。

 会話は終わり、と言う事だ。

 俺とドレイク先生は、こうでいい。

 俺は、扉へ向かい診察室を出る。


「失礼しました」


 扉を閉める前に、ドレイク先生が返事代わりに片手を上げる姿が見え、それが、少しだけ嬉しく思えた。




「マルク君。また来ないと怒るからね」


 帰り際に、ディアーヌさんが口を膨らませながら、そう言った。

 (わざ)とらしい姿が、少し面白い。

 だがしかし、姿はお道化(どけ)ているが、言葉は本物だろう。


「はい、ディアさん。また来ます」

「うん。いってらっしゃーい」

「いってきます」


 手を振り見送ってくれるディアーヌさんに、手を振り返し、テラさんと共にドレイク先生の店を後にした。

 ドレイク先生の店の前には、誰もおらず、今は俺とテラさんの二人だけだ。


「ディアーヌもまた、良い奴じゃのぅ」

「はい。昔から変わらずに」


 少し柔らかな雰囲気が、俺の腹の音によって掻き消された。

 もう少し我慢してくれよ、俺の腹。

 

「マルクの腹が怒り出さんうちに、早うサンディの所へ行くのじゃ」

「あっ。すみません、テラさん。大事なものを受け取ったので、一度、屋敷に戻っても良いですか?」

「うむ。ならば、帰るとするかのぅ。サンディと美味い飯は逃げはせん」


 テラさんは、何を受け取ったのかを詮索する事無く、屋敷へ向け歩き出した。

 先へ進むテラさんの横へ素早く移動し、並んで歩く。

 前を向いていたテラさんが、首を回し、俺を見上げた。


「今日の夕食は、何じゃろうな?」

「牛が欲しいですね、牛」

「そうじゃな。牛の気分じゃな」


 他愛もない話をしながら、夜の町を歩く。

 明日も、明後日も、こうあって欲しいものだ。




 食後、屋敷に帰って来た俺は、テラさんの為に風呂を用意し、寝床に魔力を込め、そして、居間で、馬の絵を眺めながら、ぼぉーとしていた。

 冷たい茶は、既に用意してある。

 テラさんが風呂から上がるまで、やる事が無かった。

 だが、こう気が抜ける時間は、少し嬉しい。

 ソファに背を預け、四肢の力を抜く。

 視線を絵から天井へと移す……何もない天井を、ただ眺める……意味もなく。


(なま)けておるのぅ……ほれ、風呂が空いたのじゃ」

「風呂の前に、少し話がありまして」


 テラさんは、濡れた銀の髪を拭きながら、もう一つのソファに腰を下ろした。


「髪、拭きますよ」

「うむ。頼むのじゃ」


 俺は、テラさんの後ろへ回り、テラさんから白い布を受け取る。

 その布で、テラさんの髪から水分を吸い取っていく。

 柔らかな銀の髪は、触れていて、心地良い。


「茶も用意してますからね」

「ハハハ。(いた)れり()くせりじゃな」


 話を切り出す前に、髪を乾かす事に集中する。

 横に伸びた耳の根元は、注意が必要だ。

 丁寧に、丁寧に、地肌と髪から余分な水気を、布へ吸わせる。

 布が水分を帯びると、少し冷やりと感じた。

 テラさんは、特に言葉もなく、俺に頭を委ねながら、耳を上下に動かしていた。

 拭き(にく)いが、テラさんが楽しそうなので、良しとしよう。

 粗方、終わった所で、俺は話を切り出した。


「テラさん。俺、邪竜討伐隊に参加します」

「うむ。知っておる」


 まぁ、そうだよな。

 当然の如く、気付かれていたか。


「ですよね……なので、テラさんは、残って下さい」

「わしは……わしの好きににするだけじゃ。少なくとも、わしの実力では、お主の隣を共に駆ける事は出来ん……悔しいがのぅ」

「すみません」

「カッカッカ。お主が謝る事ではなかろう……マルクや、死ぬでないぞ」


 テラさんは、前を向いたまま、髪を拭く俺の手に、少し小さな手を重ねた。

 暖かい手を。


「はい。俺は、死にません」

「うむ」


 俺の返事に応え、テラさんが、俺の手を叩いた。

 ポンッ、ポン、と。


「テラさん」

「ん? なんじゃ?」

「俺、こうしてる時間が、自分で思ってたよりも、好きなんです」

「知っとるのじゃ。お主は、よぅ顔に出ておるからのぅ」


 そんなに顔に出ているのか……自分では分からない。


「顔に……まぁ、良いか。皆と、ただ普通に食事して、茶を飲んで、喋って……ただ、それだけで十分です」

「カッカッカ。国や世界を救いに行く理由としては、ちと小さいのぅ……じゃが、マルクや。お主は、それで良い。お主が真っ直ぐ進めるならば、理由は、何でも良いのじゃ」


 何でも良いか……そうかもしれない。

 それが欲望か正義かなんて、確かにどうでも良いな。

 

「はい。シャーリーとテラさんと……一緒に朝食食べたいですから」

「アムやガランサも居れば、より楽しいのじゃ」

「ええ。そんな朝も、いいですね」


 再び手を動かし、仕上げとする。

 銀の髪が、少しふわりとしてきた。

 もう少し髪を――テラさんの手に、布を奪われてしまった……残念。


「ほれ。わしの髪に見惚れておらずに、早う風呂へ入るのじゃ」

「はい。では、茶だけ注いでから」

「全く、世話焼きじゃのぅ」


 俺は卓の前へ戻り、ティーポットを傾けた。

 流れる鮮やかな茶が、カップを満たしていく。

 茶は、もう俺の日常の一部だ。

 だから、当たり前の日々の様に過ごせる今が、一番嬉しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ