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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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542.続く訓練とドレイク先生

 俺は今、独り、女王の塔の何もない部屋で、浮かぶ水と相対しながら、魔法の訓練をしていた。

 大量の水の中には、ふわふわ動く氷があり、障害物として機能している。

 俺はその水の中で、絶氷の棺そのものである青い結晶を泳がせ続けている。

 今にも力を解放したがっている結晶を、魔力制御で抑え付けながら、動かす。

 長く、長く、ひたすら長く。

 これを耐えれぬのならば、絶氷の棺を遠くへ飛ばす事は出来ない。

 母は、魔術師らしく遠くから魔法を放ち、如何なる相手も氷像へ作り替えていたらしい。

 たとえ、千のモンスターが押し寄せて来ても、群れの中で力を解放させ、一面を氷の世界に作り替えていたそうな……今の俺には、出来ない技だな。

 今は、ひたすらに訓練を。

 母とて、一足飛びでアレコレと出来ていたとは思えない。

 反復的な練習を欠かさずに、一歩一歩だ。

 動かす度に魔力制御が綻び始め。力の解放を抑える事が困難になる。

 気を引き締めて、集中しよう。

 内緒の話へ向かうミュール様とテラさんへ宣言したのだ。

 帰って来るまで、耐えてみせる、と。

 集中……集中…………。

 いったい、どれ程の時間が経ったのだろうか?

 ふと、ミュール様の魔力を感じた……が、出迎えに視線を向ける余裕すらない。

 俺は青い結晶を睨みつけながら、顔から変な汗を流していた。

 冷や汗とも違う、滲み出て来る汗を。


「ウフフ。宣言通り、耐えきりましたね」

「マ、マルクや。大丈夫かえ?」

「だい、じょうぶ、です……」


 二人の声が聞こえても、まだ耐久を続ける。

 こうなったなら、いつまで保てるか……己との勝負だ。

 耐える……耐える……耐える……。

 視線の先で、青い結晶と氷が衝突した――瞬間、力の解放がなされた。

 弾ける様に広がった凍結の魔力は、水と凍らせ、氷を再び凍らせた。

 凍結の魔力は、選び、狙った全てを氷漬けにする。物質だけでなく、水と氷に含まれたミュール様の魔力も含め、全てを。

 俺の膝が、いつの間にか石畳に接していた。そのまま腰も落ちる。

 石畳に座ったまま、俺は大きく息を吸い……長く息を吐いた…………。

 体を落ち着かせる、単純な深呼吸。


「お疲れ様なのじゃ。ほれ、汗、拭かんか」

「ありがとう、テラさん」


 俺のバックパックから布を取り出したテラさんが、俺の顔を拭いてくれる。

 正直手も動かしたくない気分だったので、ありがたい。

 少し押し付ける様に当たる布が、不快な汗を吸っていく。

 人に顔を拭かれるというのは、奇妙な感覚だ。

 俺は押される感覚のままに、背を石畳へつけ、ゆっくりと後頭部を寝かせた。


「これ、動くでない」

「すみません」


 ゆっくりと呼吸する。

 深く吸い、長く吐く。これを繰り返す。

 屈んだテラさんに、顔をフニフニと拭かれながら、心を落ち着かせる。

 魔力的な消耗でも、体力的な消耗でもない。

 ポーションは飲まず、ただ、精神を、休ませる。

 テラさんの手が俺の顔から離れた。

 俺を覗き込むテラさんが、大きく(うなず)いた。


「これで良いじゃろう。体も拭くとするかのぅ」

「そっちは良いので。もう少しこのままで」

「何じゃつまらんのぅ。ならば目を閉じ、休むのじゃ」


 そう言ってテラさんは、俺のおでこに手を当てた。

 俺がテラさんの言葉に従い、目を閉じると、柔らかな魔力が俺を包み込んだ。

 テラさんの魔力だ。

 生命の力を感じる、温かな魔力……自然と体から力が抜けるのが、分かる。

 心地良さに身と心を任せ、俺は、ただ、ただ魔力を感じていた。


「寝るでないぞ」

「……はい」


 このまま意識を手放し、眠ろうとしたのは、黙っていよう。

 クスクスと小さく笑うミュール様の声が聞こえるが、気にしてはいけない。

 まだ張り詰めている意識が、ミュール様の行いを感じ取らせた。

 指で弾かれた巨大な氷は、そのまま女王の塔へと喰われるように消えていった。

 たとえ目を瞑っていても、それくらいは魔力の流れで分かる。

 喰われた魔力が、女王の塔を駆け巡り、そして上へと移動し始める。

 俺がこの場で放った魔力は、上へ行った後、どうなるのだろうか……魔力の行方を追えるのは、ここまでだ。

 ここから先は、(もや)が掛かっていて、感知出来ない。

 まぁ、ミュール様が何かの役に立てているのだろう。

 気にせず、張り詰めた意識を(ほぐ)しておかないとな。

 柔らかなテラさんの魔力に包まれ休憩すると、人心地が付く。

 まだ訓練は続く。

 同じ訓練を、何度も、何度も。




 訓練を終え、テラさんと二人、町を歩く。

 もう夕陽は落ち、魔工石の灯りが町中を照らしている。

 そのまま夕食へ、と行きたい所ではあるが、先に顔を出しておきたい場所があった。重要な用事で。

 今なら、店も空いているだろう。


「なるほどのぅ、ここであったか」

「はい。顔を出しておこうかと」


 見上げた看板には『ドレイク・パブロフの店』とだけ書かれている。

 相変わらず、何の店か分からない看板だ。

 俺は扉を開け、テラさんと共に中へと進んだ。


「あっ、マルク君とテラちゃんだ。いらっしゃーい」


 出迎えてくれたのは、いつも受付に居る女性、ディアーヌさんだ。

 愛らしい丸い顔を桃色の髪で包んだ、見た目二十歳程の女性である。

 俺が子供の頃から、見た目が全く変わっていないので、実年齢は……不明だ。


「こんにちは、ディアさん」「ディアーヌよ、お邪魔するのじゃ」


 中に入るとお客さん、もとい患者さんは一人も居なかった。

 ディアーヌさんも暇だったのだろうな。

 ディアーヌさんが、俺のつま先から頭の頂点まで目を走らせ、言った。


「今日は、診察? 魔力空っぽだけど、だいじょーぶ?」

「これはいつもの事ですから。今日はドレイク先生にご相談が」

「せんせーなら、奥でのんびりしてるから、好きに入っていいよー」

「ありがとうございます、ディアさん」


 あっ。一応秘密の相談事なので、テラさんはご遠慮いただこう。


「テラさん。ここで待ってて貰っても良いですか?」

「ふーむ。内緒の話なのじゃな。悪だくみは程々にするのじゃぞ」

「あはは。はい、いってきます」

「うむ、いってらっしゃいなのじゃ」「いってらっしゃーい」


 手を振り見送る二人に手を振り返し、俺は店の奥へと進んだ。

 重厚な扉の前で呼吸を整える……良し。

 そして三度、扉を叩いた。


「マルクか。入れ」

「はい、失礼します」


 入室の許可を貰い、扉を開けると、ふわっと広がる淡い花の香りがした。

 強すぎず、心が落ち着く香りだ。

 俺は扉を閉め、ドレイク先生へと近付いた。

 ドレイク先生は、机に向かって書き物をしている最中である。邪魔せぬ様に、もう一脚の椅子に座って待っていよう。

 ドレイク先生は、顔は面長で肌が青白く、目立つ白髪をした男性だ。

 教会から離れた先生は、この町で回復術士として治癒の店を開いている。

 俺も昔から世話になっている人である。

 紙に走る羽根筆の軽快な音を聞きながら、(しば)し待機だ。

 そして音が止まり、ドレイク先生が羽根をそっと置き、こちらを向いた。

 生気を失った目は、ドレイク先生の疲れを表しているのだろう。


「怪我は無いな。何と戦ってきた?」

「魔力が無いのは、ただの訓練だよ。先生こそ大丈夫?」

「今日は、いらん患者が多くてな……」


 いらん患者……体に不調のない人が、大量に押し寄せて来たのだろう。

 ドレイク先生も大変だな。


「町は落ち着いている様に見えても、不安は消えないんだろうね」

「だからといって、ここに来ても、何も出来んのだがな。あの風を浴びても、体は悪くならん」

「頼られてるって事で」


 目頭を揉むドレイク先生が、フッと一笑した。

 そこに侮蔑は感じず、ただ、笑っただけの様である。


「そう言う事にしておくか。で、今日は何の用だ? 冷やかしでもなければ、この前の傷の経過報告に来た訳でもあるまい」

「来た方が、良かったですか?」

「当たり前だ。万全に治してあるが、万が一がある」

「次からは、気を付けます……」

「ああ。次からは、な」


 再び笑みを零したドレイク先生へ、俺は本題に入る事にした。

 邪竜と戦う上で、重要な話を。

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