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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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541.日々の積み重ね

誤字修正 誤字報告感謝

 木剣による鋭い突きは、まるで銀の輝きを放つかのようであった。

 俺の右頬の横を、通り抜けた木剣を追うように、剣の軌跡が見える……全く、ガル(にい)は、何て突きを顔面に放つんだ。

 目は、剣の軌跡を追わない。

 ガル兄の動きだけを捉え、自身の体を動かす。

 突きからそのまま首を狙うガル兄の一撃に木剣を合わせ、斬撃を弾き飛ばす。

 響く、木剣同士の重なり。

 俺の手に響く重さが、二撃目の苛烈(かれつ)さを物語(ものがた)っていた。

 だが、その二撃目は無茶だ。

 ガル兄は体勢を崩し、木剣も向かって右に流れていた。

 対して俺の両手で握る木剣は、即座に斬撃へ移れる位置にある。

 そのまま振り下ろしても届く、が当たらないだろう。

 その思考と共に、俺は前へ踏み込み、ガル兄の左肩へ木剣を振り下ろした。

 だが、俺の一撃は(くう)を斬る。

 瞬時に飛び退いたガル兄の体は、既に俺の斬撃の距離から逃れていた。


「まだまだ――ちょっ!」


 言葉は言わせない。

 退()くなら()める。

 手首を返しながら踏み込んだ腰への払いは、ガル兄に弾かれた。

 そのまま互いに足を使いながら打ち合う。

 一合、三合、五合と。

 心地良い剣戟(けんげき)音に、体の動きも冴えて来る。

 一方、剣を合わせる度に、ガル兄の力が落ちていくのが分かってしまう。

 鍛錬不足は、一日二日では取り戻せない。

 そのまま押し切――ガル兄の腰が少し落ちた。

 瞬間、直感を信じ、俺は後ろへ跳んだ。

 俺の木剣を(かす)る様に、一閃が通り抜ける。

 自身の持つ木剣を一瞥(いちべつ)すると、斬撃の証拠を示す様に、木剣の中央が綺麗に削り取られていた……これが体に当たっていたら……。


(こわ)っ! 模擬戦で何してんのガル兄!」


 俺の抗議の声を聞いても、ガル兄は、剣を払った姿勢のまま、動かない。

 模擬戦の途中なのだから、当然と言えば当然だが……ガル兄の息が荒いな。


「ハッ……ハァ……ふぅぅー、参った参った。降参だ」

「降参したいのは、こっちだよ」

「いや、お前なら(かわ)せると思ってな」


 息を整え、剣を降ろしたガル兄が、彫りの深い顔に笑みを浮かべていた。

 あれは……嘘を吐いている顔だ。

 体に直撃させる狙いは無くとも、回避に移った俺の木剣を破壊して、勝ちを狙っていたに違いない……。

 真っ直ぐガル兄を見ていると、スッと琥珀色の瞳が横へと()れた。

 やっぱりだ。

 降参と言いながらも、直前まで戦意に(あふ)れていた……ならば。


「ガル兄。まだ、そんな余力が残ってたんだね」

「おい、ちょっとまて、なんでまた剣を構えるんだ、マルク」

「俺も、体力有り余ってるからね……さぁ、もう一本行こうか」


 俺は構えを取り、じりっ、じりっとガル兄へ近付いていく。

 そんな俺の背後から、誰か――いや、テラさんが近づいて来る。

 駆けて来たテラさんは、勢いそのままに、俺の背中をペチッと叩いた。


「もう止めんか、マルク。夕方からミネルヴァの所で訓練じゃろう。お主、風呂に入らぬまま行くつもりかえ?」

「そうだね、止めておこう」


 テラさんの言う事は(もっと)もだ。

 俺が木剣を下ろすと、ガル兄は、服の首元を緩め、息を吐いた。


「ふぅ、テラさん、助かりました」

「うむ。良い稽古を見せて貰った礼じゃ」


 楽し気に(うなず)くテラさんと、苦笑いを浮かべるガル兄は対照的である。

 テラさんは外出をやめ、俺の訓練も、そしてポーションを届けに来たガル兄との模擬戦も、休憩所から見守っていてくれた。

 探し物は、もう必要無いらしい。

 ケルンさんと(はな)して不要となったのならば、故郷の里の(ため)の何かを探していたのかもしれないな。

 取りあえず俺達は、テラさんの先導の下、休憩所へ戻り腰を下ろした。


「ポーション届けに来ただけなのに、えらい目に遭った」

「『やるか?』って言ったのガル兄だよ」


 それに被害に遭ったのは、木剣の方だ……また買ってこないと。

 目の前の卓の上に、冷たい茶の入ったカップがスッと差し出された。

 茶を注いでくれたのは、ガル兄が雇っている使用人であるカエデさんだ。

 スラッと伸びる高い体躯の背には、腰まで伸びた長い黒髪が一束ねにされており、その(つや)やかな髪に目を()かれる。

 今日もカエデさんは、中々に暑い一日であるのにもかかわらず、執事服を着こなしていた……趣味で着ているらしいが、他の服は着ないのだろうか?


「粗茶ですが、どうぞ」

「ありがとう、カエデさん」


 前以(まえもっ)て茶を用意していたのは、俺なんだけどね。

 二人にも茶を出しながら、同じやり取りをしている。

 俺は気にせず、茶を一口。

 氷で冷やされた茶が、汗で失った水分を取り戻すかの様に体に染み込んでいく。

 口を癒し、(のど)を癒し、熱くなった体を癒す。

 猫の日向(ひなた)の茶葉で淹れた茶は、やはり良い。

 皆に茶を渡したカエデさんは、自分の分も用意し、ガル兄の隣に座った。


「しかし、惜しい所でしたね、ガランサ様」

「いや、マルクに勝つには体力が足りん」

「いえいえ、そちらではなく最後の一撃で御座います。もう少しで事故に見せかけて手傷を負わせ、邪竜討伐への参加を阻止せんとするガランサ様の計略が成功しましたのに」

「えぇ、ガル兄ぃ……」「ガランサ、お主ぃ……」

「ちょっとまて、マルク。ってテラさんまで、こいつの冗談ですから」


 ガル兄が茶を(こぼ)しそうになるほど慌てているが、当然そんな事は分かっている。


「知ってる」「分かっておる」

「カエデ。流石に冗談が過ぎるぞ」

「嘘と分からぬ冗談は言わぬ主義だと、ガランサ様は、ご存じでしょう」

 

 そう言ってカエデさんは、ガル兄の猜疑(さいぎ)の視線を受け流しながら、ウフフと茶を飲み始めた。相変わらず、お茶目な人である。


「まぁ、こいつの事は良いか……マルク。これからミネルヴァ様の所で訓練らしいが、えらく張り切ってるな」

「やれる事は、やっておきたいからね」


 とは言え、やれる事なんて剣を振って魔法の訓練をするだけだ。

 それ以外は……特に思い付かない。体調を整えるくらいか?

 ガル兄は、俺の言葉を聞いて、困った子供でも見るような目で、俺を見た。


「そう()いて鍛えても、急激に強くなったりはしないぞ」

「分かってるよ。剣も魔法も、日々の積み重ねだってのはさ。ね、ガル兄」

「うっ。だな……俺も、もう少し鍛えるかな」


 体力の低下は、相対した俺よりも、ガル兄自身が一番分かっているのだろう。

 だが、仕事であるポーション作成の合間を()って鍛えるのは、時間が足りないだろう。ガル兄も、大変だな。

 独り言のように呟いたガル兄の言葉に、カエデさんが喰い付いた。


「では、その間は工房のお仕事は休みと言う事で宜しいですね。あっ、わたくしの給金の支払いだけは、忘れぬようお願いします」

「休んで良いわけ無いだろ。これから帰ってポーション作りだ」


 自分が休みたいだけのカエデさんは、露骨に舌打ちをしながら、明後日(あさって)の方向を向いた。子供っぽい仕草だ。

 冗談でやっているのは明白だが、それでもガル兄よりも三つ年上とは思えない。


「お主、良い性格をしておるのぅ」

「お褒め頂き有難うございます、テッラリッカ様」


 うん。褒めてないね。

 テラさんの視線は、冷たくカエデさんに突き刺さっている。

 あまり二人の相性は、良くないのかもしれないな。

 冷たい視線を受けながら、気にも留めないカエデさんを見て、思い出した。

 まだ、訪問理由を聞いてなかった。


「そういえばカエデさんって、なんで家に来たんですか?」

嗚呼(ああ)、マルク様までわたくしを拒絶なさるのですね」

「理由が無いと来ないですよね?」

「ウフフ、はい。ですが、わたくしの用事は、もう済みましたのでご安心下さい」


 ん? カエデさんが特別な行動を取っていたとは思えない。

 休憩所でカエデさんと共に居たテラさんへ視線を向けると、テラさんは、俺と視線を合わせ、静かに首を横へと振った。知らぬと。

 頭を捻り、首を(かし)げる俺達三人を見て、カエデさんは小さく肩を揺らした。


「皆様方は、わたくしをどの様な女だとお思いなのでしょうかね。フフフ」

「全く分かりません」

「ああ、分からん。金になりそうな事はしてないよな……」

「不審な行動は、一切取っておらぬぞ」

「簡単な事で御座います。わたくしもマルク様の様子を見に来ただけですよ」

「あ、そうなんですね。ありがとう、カエデさん」

「フフフ。わたくしに素直でいてくれるのは、マルク様ぐらいですので」


 まぁ事実、ガル兄とテラさんの二人は、疑いの目をカエデさんへ向けていた。

 確かにカエデさんは、冗談を言う人ではあるが、普通に良い人だと思うんだけどな……これは、俺の見方でしかないか。

 人それぞれ、相手への思いや考えが有るものだ。

 俺の意見を押し付けても、不毛なだけだ。

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