52.食と笑顔は元気の源
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腹が減っては何とやら。
気分だって良くならない。
俺の足は、ふらりふらりと狼のまんぷく亭に向かっていた。もう目の前だ。
腹が減る。日はもう頂上にて輝いている。腹が鳴る。
自然と店内へと足が進む。
給仕のサンディが俺を見つけ、駆け寄ってきた。この給仕服だと、気を抜くと、目が胸に行ってしまう。
駄目だ、頭がゆるくなっている。
「いらっしゃい、マルク。今日は昼から酔っぱらってるね」
「酒は飲まないよ。サンディ……腹減った」
「アハハ。そりゃあ、うちにくるなら腹減りでしょ。マルクごあんなーい」
サンディに導かれるまま、席に着く。
昼食を、店長のおすすめを、ただ待つ。ただ待つ。
昼でも楽し気な声が満ちている。心地いい。ここにお茶があれば……茶葉も買いにいかないと……あー茶葉って何処で売っているんだ? んー?
「ハイおまち。ってなんか顔がふにゃってしてるよ。大丈夫」
「大丈夫。サンディを食べて元気出すから。大丈夫」
「これは駄目だね。マルク、食べるのはゆっくりでいいからね」
料理をテキパキ配膳して、サンディは去っていった。
「いただきます」
まずは、料理に目を配る。
斬られたパンの上に何かの肉が乗っている。
さらに上から色の付いたソースが……食べよう。
何か肉のパンを口に入れる。
食感と味から、これは鶏肉だと判明した。小麦と鶏の相性は抜群だ。
噛む、噛む、噛む。その度に広がるこの甘味と酸味は何だ?
あぁ、ソースだ。
これは、リンゴのソースだ。だからこその薄味の蒸し鶏。
口の中で三味一体となったパンは、既に二つ無くなっていた。
パンは何処へ消えた? 俺の腹の中だ。
「美味い」
薄切りにスライスされたパンは、残り二つ。
これは、先程は目に入らなかったポタージュと一緒に食べよう。
少しとろみのあり、そして温かな黄色いポタージュ。
匙を使い、口に運ぶと、独特の強い甘みが口内一杯に広がる。この味は知っている……この野菜を単純に蒸かした物を、ここで食べた記憶がよみがえる。
これは、かぼちゃだ。
あぁ、だがこれは悪魔の食べ物だ。
パンの味を殺してしまう。パンを食べきった後、ポタージュだ。
蒸し鶏のパンを頬張り、リンゴの香りを楽しむ。
そして、ポタージュをゆっくりと食べ、体に染み渡らせていく……あぁ、もう無くなってしまった。
「ハイ、追加でおまち」
サンディが、樽型ジョッキを卓に置く。
今日は、中身が入っている。お茶だ。でも――
「この店にお茶って無かったよね?」
「売り物じゃないからね。マルクだけよ」
「でも、なぜお茶……」
「そんな顔してたでしょ」
記憶があいまいだが、そんなことを考えていたような気がする。
味も香りも薄めに淹れてあるが、食後にゴクゴク飲むならこれでいい。
お茶が喉を通り過ぎていく。
「ふぅ。ごちそうさま。美味しかったよ、特にリンゴ蒸し鶏パンが」
「お父さんが作ってるから当然! それにマルクも元気出たみたいで、私も満足」
「美味しい料理は、宝だよ」
美味しい料理を食べると、元気が出る。
笑顔のサンディを見ていると、さらに元気が出てくる。
が、邪魔にならないうちに店を出よう。
何やら今日は、いつもより繁盛しているようだ。
「またね」と見送るサンディに返事をし、店を後にした。
さて、今日は何をしようか。
「駄目だ、まるでわからん」
早速、壁にぶつかってしまった……己の生活力の無さという壁に。
茶葉は、茶葉は何処に売ってあるんだ?
商店通りに出ては来たものの、何処に何の店があるのか、全く分からない。
日用生活で使うアレやコレは、どこで購入すればいいんだ?
食料品の露店は、見れば分かる。
でも今、探しているのは、それじゃない。
「駄目だ……やっぱりわからん」
迷う原因は、それだけではない。
気のせいだろうか?
町を往来している人の数が、いつもより多い気がする。祭は、まだ当分先だ。
「先程から、何を唸っておられますの? マルクさん」
声のした方向を見る。
聞き覚えのある声から正体は掴んだが、目視でも確認するべきだ。
うん。あの前髪を達人に一閃されたかのように、切り揃えてある青い髪の少女は、アムの後輩のパトリシアさんだ。
「あぁ、こんにちは、パトリシアさん。お買い物かな?」
「はい、こんにちは。して、マルクさんは、何かお困りでしたの?」
「恥ずかしながらさ……茶葉が何処に売っているのか。分からなくてね」
「それでしたら、私が案内いたしますわ」
「お願いします」
即座に、頭を下げ、願い出てしまう。
微笑を浮かべるパトリシアさんが、天の助けに感じた。
「では、行きましょう」
後ろをついて行くのも何なので、進むパトリシアさんの隣へ移動する。
「パトリシアさんの買い物は、大丈夫?」
「既に注文は済んでいますので。この物流の多い時ならば、直接買い付けることが出来ると思ったのですが、残念ながら」
彼女の口が、僅かにへの字になっている。
一体、彼女は何を買おうとしていたのやら?
個人的なことだろうし、聞かない方がいいだろう。
それよりも、少し気になる点があった。
「物流が多いって、物が増えたから人も増えているんだね」
「はい。何やらこの町に、近々王都から”偉い”御方が何方かいらっしゃるそうで、その噂だけで、町に物が増えているのです」
「そんな噂一つで、変わるものなんだね」
「人が増えれば、物が増えます。物が増えれば、人が増えますから。特別な立場の御方であれば特に」
「そういう情報って流れるものだっけ?」
「御用聞きの耳は良いですから。お気を付けください」
「はぁ」
「あっ。そうですわ。今なら、王室御用達の高級茶葉が手に入るかもしれませんわね。マルクさんもお一つ」
「いやいや、流石にいらないって。普通の常用する安価なのでいいよ」
「残念ですわ。お姉さまがお喜びになられるのに」
そう言いながら、パトリシアさんの顔には、残念の”ざ”の字も浮かんでいない。
アムの話をしながら歩いていると、一軒の店にたどり着いた。
看板を見上げると、葉とティーポットが描かれている、店名は書いてない。
「では、ご案内しますわ。我が喫茶『猫の日向』へ」
「喫茶?」
パトリシアさんが扉を開ける。来客を知らせる鈴が鳴る。
エスコートされるままに、店内に入ると、そこは女の園であった。




