530.お茶を振る舞う男
隣からアムの熱い視線が飛んできているが、気にしたら負けだな、うん。
俺は、心を落ち着かせ、指をカップへ向け、呪文を唱えた。
「≪自然の息吹≫よ」
想像の中の魔法の茶を、指に触れぬ指先からカップへと注ぎ入れる。
立ち昇る香りと共に、鮮やかな茶がカップを満たす様は、何度見ても心が躍る。
四つのカップを満たして尚、想像の中の茶は、残っていた。
茶の流れは止めるが、魔法自体は消さずに、保留しておこう。
保留しても味が変わらない事は、アムと自分で実験済みだ。
「おまたせ」
「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん」
「ほんとにお茶だ!」
「うーん、見ても参考にはならないね」
茶を受け取った各々は、一様に鼻で香りを楽しみ、そしてカップを口につけた。
俺も一口……うん、出来は上々。
そして、自己評価が間違っていない証拠が、目を動かすと、そこにあった。
目を細め、息を吐き出すシャーリーとアム。そして、目を開いて驚きを表現しているビィの姿が目に映る。
「ふぅ……お兄ちゃんのお茶、美味しいね」
「ああ、中々の味だよ」
「温かくて少し甘い! お茶っ葉要らずだ!」
「好評で何より」
本当に、好評で良かった。
特にシャーリーは、猫の日向の美味しい茶葉に慣れているから、厳しい評価が飛び出すのではないかと、心配していたのだが、杞憂だったらしい。
「ねぇお兄ちゃん。魔法でお茶を出せるようになったって事は、もうお茶っ葉で淹れないの?」
「ん? シャーリー。それはそれ、これはこれだ」
魔法で茶が出せるからと、自分で淹れなくなる訳ではない。
あのゆったりとした時間……そして出来上がる美味しい茶は、また別物である。
「良かった。私、お兄ちゃんが淹れるお茶、好きなんだ」
「猫の日向の茶葉は、美味いからな」
「……うん。美味しいよね」
あの茶葉の味を、いつかは追い越してみたいものだ。
そして、ゲルト氏の淹れる茶を超える茶を……俺が、よぼよぼの爺ちゃんになる前に、到達出来るだろうか?
人生の目標が一つ出来たな。
だがそれも、今の様に、飲んでくれる人が居るからこそだ。
美味しい茶は、独りで飲んでも美味しいが、皆で飲むと、より美味しい。
そう、皆で……。
「マルク、考え事かい?」
「いや。好きな人達と飲む茶は、美味いなって思ってな」
「マルク兄ちゃん。それ、私も入ってる?」
「ん? 当然だろ」
ビィが何やら複雑そうな、少女らしからぬ顔をしていた。
喜んで良いのかどうか分からぬ、と言う難しい顔を。
「ビィ。お兄ちゃんのそれに、深い意味なんて無いよ」
「そうだね。他意があって、そう言っているなら、マルクはとっくの昔に僕らに袋叩きにされているさ」
「何故、そう物騒な方向へ行く?」
「フフッ。マルクが『何故』か分からないからだよ」
「ねー」
「そっか。マルク兄ちゃんだもんね」
今のシャーリーとアムの言葉で、ビィは、何か納得したらしい。
意味が分からない……まぁ良いか。
三人の笑顔を見ていれば、そんな些事、どうでも良くなる。
四人で暫くの間、ただ、まったりと過ごす。
どうも俺が邪魔をする前は、ビィが、服飾の事をアムに聞いていたらしい。
動きやすい普段着しか着ない俺には、縁遠い話ではあるが、耳に入れる。
そして、そのまま逆の耳から出て行った。
「…………通りにあるから、行ってみるといいよ」
「あぁ、あのお店ならビィのお小遣いでも、買える物あるね」
「ってお姉ちゃんも知ってるお店かー。もっと早く教えてよ、お姉ちゃん」
「何を望むかは、ちゃんと話さないと分からないものだよ、ビィ」
「うん。アムさんが、そう言うなら」
どうもビィは、アムの事が大好きらしい。
アムに諭されたビィは、素直に姉への矛を引っ込め、茶を飲み始めた。
その移り身の早さは、子供らしい姿だな。
ビィが卓に置いたカップを見ると、空になっていた。
ビィは、もう一杯飲むだろうか? と思ったその時、階段から声が掛かる。
「マルクや。お茶を頼むのじゃ」
「はーい。今すぐに。シャーリー、カップ借りるよ」
「うん。棚の左側」
「ありがと」
俺は、ソファから腰を上げ、台所の棚へと向かう。
知っている情報であるが、言ってくれるのは助かる。
さて、テラさんから特別な注文も無かったので、二人分で良いだろう。
俺は二つのカップをサッと棚から取り出し、一階へと向かった。
二階で茶を淹れて持って行くと、零しかねないからな……。
「ねぇ、お姉ちゃん、アムさん。マルク兄ちゃんって強いんだよね?」
「うん。そうだよ」
「ことモンスター狩りに関して、右に出る者は、そう居ないだろうね」
ビィの疑問に、シャーリーとアムは頷き、そう言った。
ビィは、小さな体を横に傾けながら、同時に首も傾げる。
「なら、何であんな風に、お茶を出しに行くの? テラさんってマルク兄ちゃんよりも、もっと強いの?」
「ビィ。お兄ちゃんが、強いからって偉ぶる訳ないでしょ」
「僕には、偶に横柄だけどね。あんなマルクだから、僕らも一緒に居れるのさ」
「そっかー。みんなが噂するマルク兄ちゃんと、私が知ってるマルク兄ちゃんって全然違うから、ちょっと分かんなくなっちゃった」
姿勢を戻したビィは、呟くように、そう言った。
それに同意する様に、シャーリーはビィの頭を一度、二度と撫でる。
「噂のお兄ちゃんって怖いからね」
撫でる手を下げ、シャーリーは微笑みながら、言葉を続けた。
「でも、私も、戦うお兄ちゃんって、直接聞いた話と噂でしか知らないんだ。ねぇアム。お兄ちゃんの戦ってる所って見たことある?」
「最近少し……」
少し言い難そうに答えるアムを見て、シャーリーが得心が行ったと手を叩く。
「あっ、そっか。竜退治の時、アムも一緒に王都へ行ってたっけ。あと、テーベのモンスターの群れと戦った話」
「後者はマルクが関わった事を、まだ公表してないけどね。僕の事も知ってるとなると、マルクが話したのか」
「うん。エルちゃんにせがまれて。聞いたら駄目な話だった?」
「いいや、隠している訳じゃないから、別に良いさ。そうだね……丁度マルクも居ないし、その二つの話をビィにしてあげようかな」
「え! いいの! マルク兄ちゃんの話、聞きたい!」
前のめりで喰い付くビィを見て、アムは柔らかに微笑む。
そして、穏やかな声で、マルクの冒険譚を語り始めた。
「そうだね。まずはテーベ平原での話をしようか……あの日、僕の部屋に一通の手紙が届いたのさ。氷の女王ことミネルヴァ様の元から…………」
アムは言葉を紡ぐ。
黒い影の様なモンスターの群れを焼き払う、マルクの魔法を。
大群を火球で削り取りながら、駆けるマルクの姿を。
そして全身を炎に包み、次々と巨人を切り裂くマルクの勇姿を。
その饒舌なアムの語りは、リンダが茶を楽しむ姿を堪能したマルクが、一階から戻って来るまで続いた。




