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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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530.お茶を振る舞う男

 隣からアムの熱い視線が飛んできているが、気にしたら負けだな、うん。

 俺は、心を落ち着かせ、指をカップへ向け、呪文を唱えた。


「≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 想像の中の魔法の茶を、指に触れぬ指先からカップへと注ぎ入れる。

 立ち昇る香りと共に、鮮やかな茶がカップを満たす様は、何度見ても心が躍る。

 四つのカップを満たして(なお)、想像の中の茶は、残っていた。

 茶の流れは止めるが、魔法自体は消さずに、保留しておこう。

 保留しても味が変わらない事は、アムと自分で実験済みだ。


「おまたせ」

「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん」

「ほんとにお茶だ!」

「うーん、見ても参考にはならないね」


 茶を受け取った各々は、一様に鼻で香りを楽しみ、そしてカップを口につけた。

 俺も一口……うん、出来は上々。

 そして、自己評価が間違っていない証拠が、目を動かすと、そこにあった。

 目を細め、息を吐き出すシャーリーとアム。そして、目を開いて驚きを表現しているビィの姿が目に映る。


「ふぅ……お兄ちゃんのお茶、美味しいね」

「ああ、中々の味だよ」

「温かくて少し甘い! お茶っ葉要らずだ!」

「好評で何より」


 本当に、好評で良かった。

 特にシャーリーは、猫の日向の美味しい茶葉に慣れているから、厳しい評価が飛び出すのではないかと、心配していたのだが、杞憂(きゆう)だったらしい。


「ねぇお兄ちゃん。魔法でお茶を出せるようになったって事は、もうお茶っ葉で淹れないの?」

「ん? シャーリー。それはそれ、これはこれだ」


 魔法で茶が出せるからと、自分で淹れなくなる訳ではない。

 あのゆったりとした時間……そして出来上がる美味しい茶は、また別物である。


「良かった。私、お兄ちゃんが淹れるお茶、好きなんだ」

「猫の日向の茶葉は、美味いからな」

「……うん。美味しいよね」


 あの茶葉の味を、いつかは追い越してみたいものだ。

 そして、ゲルト氏の淹れる茶を超える茶を……俺が、よぼよぼの爺ちゃんになる前に、到達出来るだろうか?

 人生の目標が一つ出来たな。

 だがそれも、今の様に、飲んでくれる人が居るからこそだ。

 美味しい茶は、独りで飲んでも美味しいが、皆で飲むと、より美味しい。

 そう、皆で……。


「マルク、考え事かい?」

「いや。好きな人達と飲む茶は、美味いなって思ってな」

「マルク兄ちゃん。それ、私も入ってる?」

「ん? 当然だろ」


 ビィが何やら複雑そうな、少女らしからぬ顔をしていた。

 喜んで良いのかどうか分からぬ、と言う難しい顔を。


「ビィ。お兄ちゃんのそれに、深い意味なんて無いよ」

「そうだね。他意があって、そう言っているなら、マルクはとっくの昔に僕らに袋叩きにされているさ」

何故(なにゆえ)、そう物騒な方向へ行く?」

「フフッ。マルクが『何故(なにゆえ)』か分からないからだよ」

「ねー」

「そっか。マルク兄ちゃんだもんね」


 今のシャーリーとアムの言葉で、ビィは、何か納得したらしい。

 意味が分からない……まぁ良いか。

 三人の笑顔を見ていれば、そんな些事(さじ)、どうでも良くなる。

 四人で(しばら)くの間、ただ、まったりと過ごす。

 どうも俺が邪魔をする前は、ビィが、服飾の事をアムに聞いていたらしい。

 動きやすい普段着しか着ない俺には、縁遠い話ではあるが、耳に入れる。

 そして、そのまま逆の耳から出て行った。


「…………通りにあるから、行ってみるといいよ」

「あぁ、あのお店ならビィのお小遣いでも、買える物あるね」

「ってお姉ちゃんも知ってるお店かー。もっと早く教えてよ、お姉ちゃん」

「何を望むかは、ちゃんと話さないと分からないものだよ、ビィ」

「うん。アムさんが、そう言うなら」


 どうもビィは、アムの事が大好きらしい。

 アムに(さと)されたビィは、素直に姉への矛を引っ込め、茶を飲み始めた。

 その移り身の早さは、子供らしい姿だな。

 ビィが卓に置いたカップを見ると、空になっていた。

 ビィは、もう一杯飲むだろうか? と思ったその時、階段から声が掛かる。


「マルクや。お茶を頼むのじゃ」

「はーい。今すぐに。シャーリー、カップ借りるよ」

「うん。棚の左側」

「ありがと」


 俺は、ソファから腰を上げ、台所の棚へと向かう。

 知っている情報であるが、言ってくれるのは助かる。

 さて、テラさんから特別な注文も無かったので、二人分で良いだろう。

 俺は二つのカップをサッと棚から取り出し、一階へと向かった。

 二階で茶を淹れて持って行くと、(こぼ)しかねないからな……。




「ねぇ、お姉ちゃん、アムさん。マルク兄ちゃんって強いんだよね?」

「うん。そうだよ」

「ことモンスター狩りに関して、右に出る者は、そう居ないだろうね」


 ビィの疑問に、シャーリーとアムは(うなず)き、そう言った。

 ビィは、小さな体を横に(かたむ)けながら、同時に首も(かし)げる。


「なら、何であんな風に、お茶を出しに行くの? テラさんってマルク兄ちゃんよりも、もっと強いの?」

「ビィ。お兄ちゃんが、強いからって偉ぶる訳ないでしょ」

「僕には、(たま)に横柄だけどね。あんなマルクだから、僕らも一緒に居れるのさ」

「そっかー。みんなが噂するマルク兄ちゃんと、私が知ってるマルク兄ちゃんって全然違うから、ちょっと分かんなくなっちゃった」


 姿勢を戻したビィは、呟くように、そう言った。

 それに同意する様に、シャーリーはビィの頭を一度、二度と撫でる。


「噂のお兄ちゃんって怖いからね」


 撫でる手を下げ、シャーリーは微笑みながら、言葉を続けた。


「でも、私も、戦うお兄ちゃんって、直接聞いた話と噂でしか知らないんだ。ねぇアム。お兄ちゃんの戦ってる所って見たことある?」

「最近少し……」


 少し言い難そうに答えるアムを見て、シャーリーが得心が行ったと手を叩く。


「あっ、そっか。竜退治の時、アムも一緒に王都へ行ってたっけ。あと、テーベのモンスターの群れと戦った話」

「後者はマルクが関わった事を、まだ公表してないけどね。僕の事も知ってるとなると、マルクが話したのか」

「うん。エルちゃんにせがまれて。聞いたら駄目な話だった?」

「いいや、隠している訳じゃないから、別に良いさ。そうだね……丁度マルクも居ないし、その二つの話をビィにしてあげようかな」

「え! いいの! マルク兄ちゃんの話、聞きたい!」


 前のめりで喰い付くビィを見て、アムは柔らかに微笑む。

 そして、穏やかな声で、マルクの冒険譚を語り始めた。


「そうだね。まずはテーベ平原での話をしようか……あの日、僕の部屋に一通の手紙が届いたのさ。氷の女王ことミネルヴァ様の元から…………」


 アムは言葉を(つむ)ぐ。

 黒い影の様なモンスターの群れを焼き払う、マルクの魔法を。

 大群を火球で削り取りながら、駆けるマルクの姿を。

 そして全身を炎に包み、次々と巨人を切り裂くマルクの勇姿を。

 その饒舌(じょうぜつ)なアムの語りは、リンダが茶を楽しむ姿を堪能したマルクが、一階から戻って来るまで続いた。

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