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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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529.ありふれた光景が続く事を

 道具屋『(かも)(ねぎ)』の店内に入ると、カウンターの奥で話をするテラさんとリンダさんの姿が見えた。

 リンダさんは、今日も恰幅が良く、肌艶も良い……元気で嬉しい限りだ。

 視線が、俺へと向き、二人の口角がニヤッと上がった。


「やぁ、マルク。いらっしゃい。テラさんから話は聞いてるよ。テラさんやアムちゃんの分まで奢ってあげてるだなんて、太っ腹な男に育ったねぇ。おばちゃんも、今度何処(どこ)か食事にでも誘って欲しいくらいさ。駄目かい? ならシャーリーを誘ってやんな。それならいいだろう、マルク」

「こんにちは、リンダおばさん。ちなみに、一緒に食事に行くのは大歓迎ですよ」

「うむ。マルクが、お主との食事を断る訳がなかろう」


 リンダさんの隣で、テラさんが、二度三度と(うなず)いている。


「アハハ、そうかい。おばちゃん嬉しいよ。でも、流石のマルクでも、おばちゃんと食事に行くより、可愛い女の子と一緒の方が嬉しいだろう?」

「そんなこと無いですよ」


『流石のマルク』ってリンダさんの中の俺は、どんな男なのだろうか……そもそも、可愛い女の子かどうかよりも、見知った仲かどうかの方が、大切な点だ。

 会った事のない人を、あれこれ言うのは好きでは無いが――


「ネメア姫とリンダおばさん。二人に同時に誘われたら、俺は、リンダおばさんと食事に行きますよ」

「アハハハハ。それは、流石に姫様を選んであげな」

「マルクなら、本当にリンダを選びかねんからのぅ」


 リンダさんは、大きな体を揺らしながら嬉しそうに笑う。

 テラさんも呆れたような声を出しているが、その口元は柔らかであった。


「でも困ったねぇ。おばちゃんが、そうやってマルクを独占しちまうと、シャーリーが嫉妬しちまうからねぇ……マルクが一人なのが悩ましいよ」

「リンダや。このような男が何人も居ったら、心労で身と心が持たんのじゃ」

「ハッハッハ。違いない」


 俺が二人、三人いたらか……便利だな。

 俺がモンスターに突撃して、他の俺が後ろから魔法を……いや、全員俺なら全員突撃するだけか……それはそれで、役に立つな。

 まぁ、残念ながら俺は一人しかいない。

 戦うのも、食事に行けるのも、この体一つだ。

 だからこそ、戦う俺を心配してくれているのだろうな……。


「なんというか、ご心配お掛けして、すみません」

「良い良い。お主はそのまま前に進むのじゃ」

「そうだよマルク。何やってたって、おばちゃん達のマルクを心配する気持ちは変わらないからね。真っ直ぐ生きてりゃ、それで良いのさ」


 二人の柔らかな眼差しが、命を危険に(さら)してばかりの俺の心に突き刺さる。

 とは言え困った事に、俺は多種多彩な戦い方なんて知らないからなぁ。

 きっと、これからも二人には心配かけてしまうだろう。

 だからと卑屈になって、及び腰になるのは、二人も望まないか。

 なら伝えるべき言葉は一つだ。


「ありがとう、リンダおばさん、テラさん」

「ハッハッハ。お礼の言える良い子は、上でシャーリー達とお茶でもしてきな」

「うむ。わしら二人は、女子(おなご)同士のお喋りがあるからのぅ」

「はい。では、お邪魔します」


 リンダさんの『お茶』で思い出した。

 シャーリーに、魔法で出す茶を飲ませたかったのだった。

 今の内に、魔法の準備を……たっぷりのお湯と、その中で躍り、踊る茶葉達を。

 俺は、シャーリーとアムの待つ二階へ上がりながら、想像していた。

 茶を飲んだシャーリーの姿を……その笑顔を。

 そして俺が二階の居間へと辿り着くと、そこにはお茶を囲み、談笑するシャーリー、アム、ビィの三人が居た……アムが来たのにお茶も出さないシャーリーじゃないよな。当然か。

 それでも魔法の茶の準備はそのままに、俺は三人の元へと向かった。


「邪魔するよ」

「いらっしゃい、お兄ちゃん。少し(ぬる)くなったお茶で良い?」

「飲む」

「ふーん」


 笑顔で出迎えてくれたシャーリーと違い、アムは何か言いたげな目で俺を見ていた。まぁ、十中八九、今、準備中の魔法と魔力の事だろう。

 お茶を注ぐシャーリーの隣で、ビィも、不思議そうな目で俺を見ているからな。

 ビィは、シャーリーの妹で、魔法を学ぶ『学び舎』に通う十歳の少女である。

 顔立ちはリンダさんやシャーリーに似て、愛くるしい。

 父親似の少し暗い茶の髪をしており、その毛先が、今日も外側へと跳ねている。

 この時間に、ここに居ると言う事は、急遽学び舎から家に帰って来たのだろう。

 フクロウの瞳も邪竜云々(うんぬん)と騒いでいる時に、子供達の世話はしていられないか。

 俺は、ソファに近付き、アムの隣に腰を下ろした。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、シャーリー」


 雑多に物に囲まれた生活空間。

 うちの屋敷とは違い、リンダさんが、シャーリーが、ハイスが、ビィが、そして偶にヒューイさんが暮らしていると分かる、この、人の息吹を感じる居間……さらにシャーリーの淹れてくれたお茶……落ち着く。

 (ぬる)めのお茶が香りを残しながら、喉へと吸い込まれていく。

 俺の口から、長い息が零れた。


「ねぇ、ねぇマルク兄ちゃん」

「ん? どうした? ビィ」

「何の魔法を使おうとしてるの? あっ、分かった。私達の服を透視する魔法だ」

「唐突に何を言いだすんだ? 違うって」

「なーんだ」


 ビィはガッカリした表情を隠しもせずに、背もたれへ体を預けた。

 いや、そんな魔法、俺に使われたら、自分の裸も見られると分かっているのか?

 シャーリーは、ビィの戯言を聞きもせずに、平然とお茶を飲んでいる。

 そしてアム、なぜ引きつった顔で俺を見ている……そんな魔法知らないからな。


「アム、茶の魔法だ」

「ふぅ、だよね……マルクなら、そんな変な魔法も知ってるかと思ったよ」

「知らんよ。それに、もし知ってても使わないっての」

「お兄ちゃん、そう言う所は真面目だもんね」


 なぜかシャーリーが、冷ややかな視線を俺に向けて来た……何故(なにゆえ)

 視線の意味を理解できない俺の耳に、アムの小さく笑う声が届いた。


「フフッ。もし女性の服の下を覗く魔法なんて覚えていたら、フクロウの名において、マルクを処分する必要があるだろうね」

「その死に様は……嫌だな」


 女性の裸を覗き見る魔法を作った罪で、フクロウの学派員達に囲まれる姿は、情けなく、辛い光景だ。

 実際、殺されるなんて事はないだろうが、その魔法を使えなくする為に、何をされるのかを考えると……恐ろしいな、フクロウの瞳。


「お兄ちゃん? 茶の魔法って?」

「ほら、前に話しただろ? 母さんが茶葉の無い家で、どうやってお茶を用意していたのかって。あの魔法、使えるようになったから、シャーリーにお披露目をな」


 俺がそう言うと、シャーリーはグイッとカップを(あお)った。

 そして、空になったカップを俺へと差し出す。


「すまん。今、準備中だ」

「うん。待ってる」


 カップを持った手は引っ込めてくれたが、シャーリーの期待に満ちた視線は、俺に向けられたままである。


「期待しても普通の茶だぞ、シャーリー」

「でもお兄ちゃんのお茶でしょ? マリアおばさんのでも、フクロウさんのでもなくて」

「まぁ、な」

「えへへ。なら期待たっぷりだよ」


 うーん。

 飲む前から笑顔たっぷりなのは嬉しいのだが、茶を飲んだ時にガッカリされないか不安になってくるな。


「ねぇアムさん。私もお茶、出したい!」

「ビィ。残念ながら、僕にも無理なんだ」

「えー。アムさんに出来ないなら、私には一生無理だよ」

「僕も、そんな不可思議な魔法を使う人は、今、シャーリーの言った三人しか知らないからね」

「そっかー。なら私は飲む専門でいいや」


 ビィは、既に空であったカップを指でトントンと叩く。

 その手首にシャーリーの手刀が打ち込まれた。

 手首をさするビィに、シャーリーが苦言を(てい)する。


「お行儀悪いよ、ビィ」

「さっきのお姉ちゃんに、そのまま言ったら?」

「私は、良いの」


 ビィから視線を逸らすシャーリーと、それを見てニヤリと笑うビィ。

 そして、それを見て微笑むアム。

 穏やかで、ゆったりとした時間だ。

 いつまでも、いつまでも、こんな光景を見続けられたら良いのにな……。

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