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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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528.優しい子

 テッラリッカとアムは、町を並んで歩く。

 テッラリッカは気付いていた。

 アムへ向けられた、男女問わぬ好奇の視線を。

 アムは気付いていた。

 テッラリッカへ向けられた、町民の中に潜む悪意の視線を。


「お主も大変じゃな」

「好きでやっている事なので。テラさんは、マルクが居ないだけでこうも?」

「浸食の悪魔の一件以来こうじゃのぅ。今は、マルクの友でバンディウス家の居候と認識されておるから、これでも薄まった方じゃな」

「マルクが心配する訳だ。何か、手伝える事はありますか?」

「残念ながら無いのぅ。ま、石が飛ぶ訳でもないゆえ、気にする程度で十分じゃ」

「全く、この町の人間は、あの頃から何も変わっていない……」


 アムは努めて、表情を変えぬ様にしていた。それでも漏れる怒りから、アムの眉間に(しわ)が寄る。

 そんなアムの手を、テッラリッカが掴んだ。

 歩きながら、見上げ、見下ろす視線が重なる。


「これ、アムや。これからリンダとシャーリーに会いに行くのに、そのような顔をしておると、心配を掛けてしまうのじゃ」

「そうだね。ごめん、テラさん」

「良い。その義憤は、マルクの為に取っておいてやれい。わしは、大丈夫じゃ」


 ふわりと笑うテラリッカの表情を見て、アムの眉間から(しわ)が消えた。


「テラさんは、優しいですね。でも、マルクの為に取っておいても、彼の役には立ちそうにないですよ」

「カッカッカ。役に立つ立たぬは二の次じゃ。あ奴は、そんな事で態度を変える男では無いのじゃろう?」

「それでも、役に立ちたいですよ」


 テッラリッカは、そのアムの言葉に、強い意思を感じた。

 感情を示す様に、テッラリッカの横に長く伸びた耳が、上下にピョコッと動く。

 そしてテッラリッカは、前に向き直り、言った。


「本に、マルクは幸せ者じゃ。わしも何か、あ奴の手伝いが出来れば良いのじゃがのぅ」

「難しいですよね」

「うむ。マルクは少々、埒外(らちがい)な力を持っておるからのぅ」

「ええ」


 テッラリッカは、マルクの戦いを思い出していた。

 地竜、サイクロプス、そして黒に染まった炎帝竜との戦いを。

 何か、力になれる事は無いだろうかと。

 一方アムは、王都でのマルクの戦いを思い出していた。

 空を駆け、風の竜を追うマルクの姿を。エキドナとの戦いの跡を。

 その戦場の隣に立てば、自分がどうなっていたか? 等と言う自明の答えを、再認識しながら。


「うーむ」「うーん」


 互いに唸りながら歩みを止めない。

 悩みは解決の糸口すら見つからぬまま、二人は自然と足を止めた。

 二人の見上げる先には、一枚の木製看板があった。

 抽象化された鳥が背負う道具袋から、はみ出す二本の葱。

 目の前の店が道具屋『(かも)(ねぎ)』であることを示す看板である。


「考えるのは、後にするかのぅ」

「ええ。行きましょう」


 アムは扉を開け、テッラリッカを先に入店させる。

 扉が開くと同時に響く鈴の音。

 テッラリッカとアムの目に映ったのは、カウンターの奥に立つ一人の恰幅の良い女性、シャーリーの母であるリンダの姿であった。

 四十手前の彼女には、若々しさを感じないが、その笑顔には活力が満ちていた。

 リンダは、張りのある良く通る声を上げ、二人を出迎える。


「いらっしゃい。ってテラさんとアムちゃんじゃないか。顔出してくれて嬉しいよ。え? 買い物? 必要ないわよ。もう気にする子だねアムちゃんは。おばちゃん、アムちゃんの元気な姿が見れるだけで嬉しいんだよ。それにしても、相変わらずの男前っぷりで可愛らしいじゃないか。おばちゃんの若い頃もねぇ、アムちゃんみたいにスラっとした、町一番の美少女だったんだよ」


 何も言っていない二人に(まく)し立てるリンダ。

 アムは、リンダの変わらぬ様子に、美男子の様な端整な顔を(ほころ)ばせていた。

 一方、その中の一言『町一番の美少女』と聞いたテッラリッカは、ジトリとした目をリンダへ向け、言い放つ。


「これ、リンダや、平然と嘘を吐くでない。よく『町一番の美少女』などと言えたものじゃ。全く……こんにちはなのじゃ」

「こんにちは、リンダおばさん。お元気そうで何よりです」

「アハハ、こんにちは。おばちゃんは、元気が取り柄だからね。アムちゃん、シャーリーなら上でビィと一緒だよ」

「ハイスは、()らんのかえ?」

「店に戻って来てないから、邪竜が目覚めようが、お構いなしに仕事だろうね。鍛冶師見習いも大変さ」


 リンダの息子であり、シャーリーの弟であるハイスの不在を聞き、テッラリッカは少しだけ肩を落とした。


「ふむ、中々会えぬのぅ」

「ハイスなんかに、会わなくても良いわよ、テラさん。この間もマルクのシチューを食べ損なった事をグチグチと(うるさ)かったんだよ、あの子ってば」

「ん? マルクのシチュー?」

「まぁまぁアムや、それは後で話をしてやろうぞ。わしはリンダと話をするゆえ、お主は先に上がっておくのじゃ」


 マルクの作ったシチューの話に喰い付こうとするアムを、テッラリッカは両手で(なだ)め、移動を促した。

 ハッと我に返ったアムは、気恥ずかしそうに頬に指を当て、頷く。


「そうします。リンダおばさん、お邪魔します」

「アムちゃんもマルクも、相変わらず律儀な子だよ。うちは、我が家の様に扱って良いんだからさ」


 リンダはアムに近付き、肩を一叩きして、二階へ上がるアムを見送った。

 テッラリッカは、アムを見るリンダの目が柔らかであるのを知り、我が事の様に、顔を綻ばせた。


「優しい子等じゃ」

「ええ。みんな、良い子に育ってくれて嬉しいよ」

「カッカッカ。わしからすれば、お主も優しい子じゃぞ」

「私はもう……そんな歳じゃないよ、テラさん」

「何を言うか。わしにとっては、幾つになっても友であり、子供じゃぞ」

「フフッ、ちょっと恥ずかしいねぇ」


 リンダとテッラリッカの微笑む声が、道具屋の店内に静かに広がる。

 それを聞く者は、二人以外、誰も居なかった。




 サンディへの支払いを終えた俺は、逸る気持ちをそのまま足に表し、町を駆けていた。何事かと驚く人の目など、気にしている暇はない。

 一刻も早く、テラさん達と合流し、シャーリーに茶を出さねばならない。

 そう、魔法の茶を。

 俺は、到着した道具屋『鴨の葱』の前で、一呼吸入れ、落ち着く。


「よし」


 小さく言葉を吐き出し、俺は、鴨の葱の扉を開く。

 扉の開閉を報せる鈴の音が、店内に響き渡り、俺と言う来店客を知らせた。

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