528.優しい子
テッラリッカとアムは、町を並んで歩く。
テッラリッカは気付いていた。
アムへ向けられた、男女問わぬ好奇の視線を。
アムは気付いていた。
テッラリッカへ向けられた、町民の中に潜む悪意の視線を。
「お主も大変じゃな」
「好きでやっている事なので。テラさんは、マルクが居ないだけでこうも?」
「浸食の悪魔の一件以来こうじゃのぅ。今は、マルクの友でバンディウス家の居候と認識されておるから、これでも薄まった方じゃな」
「マルクが心配する訳だ。何か、手伝える事はありますか?」
「残念ながら無いのぅ。ま、石が飛ぶ訳でもないゆえ、気にする程度で十分じゃ」
「全く、この町の人間は、あの頃から何も変わっていない……」
アムは努めて、表情を変えぬ様にしていた。それでも漏れる怒りから、アムの眉間に皺が寄る。
そんなアムの手を、テッラリッカが掴んだ。
歩きながら、見上げ、見下ろす視線が重なる。
「これ、アムや。これからリンダとシャーリーに会いに行くのに、そのような顔をしておると、心配を掛けてしまうのじゃ」
「そうだね。ごめん、テラさん」
「良い。その義憤は、マルクの為に取っておいてやれい。わしは、大丈夫じゃ」
ふわりと笑うテラリッカの表情を見て、アムの眉間から皺が消えた。
「テラさんは、優しいですね。でも、マルクの為に取っておいても、彼の役には立ちそうにないですよ」
「カッカッカ。役に立つ立たぬは二の次じゃ。あ奴は、そんな事で態度を変える男では無いのじゃろう?」
「それでも、役に立ちたいですよ」
テッラリッカは、そのアムの言葉に、強い意思を感じた。
感情を示す様に、テッラリッカの横に長く伸びた耳が、上下にピョコッと動く。
そしてテッラリッカは、前に向き直り、言った。
「本に、マルクは幸せ者じゃ。わしも何か、あ奴の手伝いが出来れば良いのじゃがのぅ」
「難しいですよね」
「うむ。マルクは少々、埒外な力を持っておるからのぅ」
「ええ」
テッラリッカは、マルクの戦いを思い出していた。
地竜、サイクロプス、そして黒に染まった炎帝竜との戦いを。
何か、力になれる事は無いだろうかと。
一方アムは、王都でのマルクの戦いを思い出していた。
空を駆け、風の竜を追うマルクの姿を。エキドナとの戦いの跡を。
その戦場の隣に立てば、自分がどうなっていたか? 等と言う自明の答えを、再認識しながら。
「うーむ」「うーん」
互いに唸りながら歩みを止めない。
悩みは解決の糸口すら見つからぬまま、二人は自然と足を止めた。
二人の見上げる先には、一枚の木製看板があった。
抽象化された鳥が背負う道具袋から、はみ出す二本の葱。
目の前の店が道具屋『鴨の葱』であることを示す看板である。
「考えるのは、後にするかのぅ」
「ええ。行きましょう」
アムは扉を開け、テッラリッカを先に入店させる。
扉が開くと同時に響く鈴の音。
テッラリッカとアムの目に映ったのは、カウンターの奥に立つ一人の恰幅の良い女性、シャーリーの母であるリンダの姿であった。
四十手前の彼女には、若々しさを感じないが、その笑顔には活力が満ちていた。
リンダは、張りのある良く通る声を上げ、二人を出迎える。
「いらっしゃい。ってテラさんとアムちゃんじゃないか。顔出してくれて嬉しいよ。え? 買い物? 必要ないわよ。もう気にする子だねアムちゃんは。おばちゃん、アムちゃんの元気な姿が見れるだけで嬉しいんだよ。それにしても、相変わらずの男前っぷりで可愛らしいじゃないか。おばちゃんの若い頃もねぇ、アムちゃんみたいにスラっとした、町一番の美少女だったんだよ」
何も言っていない二人に捲し立てるリンダ。
アムは、リンダの変わらぬ様子に、美男子の様な端整な顔を綻ばせていた。
一方、その中の一言『町一番の美少女』と聞いたテッラリッカは、ジトリとした目をリンダへ向け、言い放つ。
「これ、リンダや、平然と嘘を吐くでない。よく『町一番の美少女』などと言えたものじゃ。全く……こんにちはなのじゃ」
「こんにちは、リンダおばさん。お元気そうで何よりです」
「アハハ、こんにちは。おばちゃんは、元気が取り柄だからね。アムちゃん、シャーリーなら上でビィと一緒だよ」
「ハイスは、居らんのかえ?」
「店に戻って来てないから、邪竜が目覚めようが、お構いなしに仕事だろうね。鍛冶師見習いも大変さ」
リンダの息子であり、シャーリーの弟であるハイスの不在を聞き、テッラリッカは少しだけ肩を落とした。
「ふむ、中々会えぬのぅ」
「ハイスなんかに、会わなくても良いわよ、テラさん。この間もマルクのシチューを食べ損なった事をグチグチと煩かったんだよ、あの子ってば」
「ん? マルクのシチュー?」
「まぁまぁアムや、それは後で話をしてやろうぞ。わしはリンダと話をするゆえ、お主は先に上がっておくのじゃ」
マルクの作ったシチューの話に喰い付こうとするアムを、テッラリッカは両手で宥め、移動を促した。
ハッと我に返ったアムは、気恥ずかしそうに頬に指を当て、頷く。
「そうします。リンダおばさん、お邪魔します」
「アムちゃんもマルクも、相変わらず律儀な子だよ。うちは、我が家の様に扱って良いんだからさ」
リンダはアムに近付き、肩を一叩きして、二階へ上がるアムを見送った。
テッラリッカは、アムを見るリンダの目が柔らかであるのを知り、我が事の様に、顔を綻ばせた。
「優しい子等じゃ」
「ええ。みんな、良い子に育ってくれて嬉しいよ」
「カッカッカ。わしからすれば、お主も優しい子じゃぞ」
「私はもう……そんな歳じゃないよ、テラさん」
「何を言うか。わしにとっては、幾つになっても友であり、子供じゃぞ」
「フフッ、ちょっと恥ずかしいねぇ」
リンダとテッラリッカの微笑む声が、道具屋の店内に静かに広がる。
それを聞く者は、二人以外、誰も居なかった。
サンディへの支払いを終えた俺は、逸る気持ちをそのまま足に表し、町を駆けていた。何事かと驚く人の目など、気にしている暇はない。
一刻も早く、テラさん達と合流し、シャーリーに茶を出さねばならない。
そう、魔法の茶を。
俺は、到着した道具屋『鴨の葱』の前で、一呼吸入れ、落ち着く。
「よし」
小さく言葉を吐き出し、俺は、鴨の葱の扉を開く。
扉の開閉を報せる鈴の音が、店内に響き渡り、俺と言う来店客を知らせた。




