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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十二章

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527.サンディの考え

誤字修正 誤字報告感謝

「「「ごちそうさま」」」

「みんな美味(おい)しそうに食べてくれて、お父さんも喜ぶよ」

美味(おい)しそう、じゃない。美味(おい)しいんだ」

「うむ」「だね」


 チーズの誘惑もそうであるが、野菜スープが美味(おい)しかった。塩味を感じるチーズニョッキと甘さがギュッと閉じ込められたスープ、間を取り持つクルミパン……全て良しだ。


「そっか……ありがとう。じゃあ、またね」

「あの、サンディさん。一つ、お聞きしても(よろ)しいですか?」


 見送るサンディに、アムが問い掛ける。

 サンディは、振ろうとしていた手を止め、アムに笑顔を向けた。


「いいよ。何でも聞いて」

「代金の支払いは、後日で(よろ)しいのでしょうか?」


 そう言えば、アムの分の支払いについて、話をしてなかったな。

 だが恐らく、問題ない。


「あー、アム。それは大丈夫だ。俺のつけが増え……あれ? サンディ。前に、つけを支払ったのって、何日前だったっけ?」


 もっと早く思い出さねばならなかった事を、今、思い出した。

 最近、つけを払っていない気がする……前に払ったのは……思い出せない。

 サンディが人差し指を(あご)に置き、小さく首を横に(かたむ)けた。


「んー? 四十日くらい前かな? ほら、マルクが王都に行くって、つけを払ってくれた時」

「そんなに、前か……御免、今すぐ取ってくる」


 俺は、一度頭を下げ、アムとテラさんを置いて店の外へ――向かおうとしたら、サンディに手を掴まれた。


「別に良いってば。また今度でも……何か、身辺整理みたいで、嫌だよ」

「いや、食った分はちゃんと払うのが道理だよ。サンディ」

「うむ。わしも支払いの事をつい忘れておったのぅ。サンディや、すまんのじゃ」


 テラさんの援護も虚しく、サンディは俺の手を離してくれない。

 振り解くのは簡単だが、暖かなサンディの手は、振り解きたくない。


「えっと……僕の分は、マルクが(おご)ってくれるって事で、いいのかい?」

「そう。ここでの支払いは、全部俺持ちだから。そしてつけを払うのを忘れてた」


 俺と一緒に来る人は――いや、テラさんの同行者でも同じか。

 ここでの飲み食いは、サンディが俺のつけに回してくれる……はず。

 サンディが俺の手を強く握りしめた。少し痛いくらいに。

 そして、俺を真っ直ぐに見つめる。


「支払いは、邪竜討伐から帰って来てからで良いよ」

「サンディ……何で俺が行くって、既に決まってるのさ?」

「マルクなら、勝手に行っちゃうでしょ? あれ? 違う?」

「考え中……」


 親しき人達から見た俺の印象は、満場一致で『猪男(いのししおとこ)』であるらしい。

 サンディは、(しば)し目をキョトンとさせ、そして柔らかに(ほお)を緩めた。


「戦いに行かないなら、私は、そっちの方が、良いな。うん」


 表情と掴む手が、その言葉が本心だと伝えてくれる……本当に暖かな手だ。


「ありがとう、サンディ。本当に考え中なんだ。まだ、状況も分からないし」

「そっか……マルクがどっちを選んでもさ、毎日美味(おい)しい料理、用意して待ってるから、うちに食べに来てよね」


 言葉と同時に、不安の小さな震えが、手から伝わってくる。

 それは、自身の死の恐れなのだろうか?

 俺が死ぬ可能性からくる、心の震えなのだろうか?

 どちらだって構わない。誰かが不安な時は、俺が胸を張らないとな。


「来るに決まってるって、明日も、明後日も、来月も。テラさんと一緒にさ」

「うむ。ピュテルに()って、ここの飯を食べぬなど考えられぬからのぅ」

「うん……待ってる」


 そう言ってサンディは、掴んだ手を離した。

 熱が離れ、少しの寂しさが、心に浮かび上がってくる。

 戦いと言う冷たい日常の中にも確かにある、食事と言う温かい日常。

 狼のまんぷく亭は……サンディは、俺にとって温かい日常の一つだ。

 ただの給仕と客。

 昔から、そう。それは、今も変わらない。

 そんな距離感でも、サンディは暖かい。その笑顔は、特に。

 何度も見てきたサンディの笑顔を思い出し、少しだけ自覚する。

 俺の戦う意味を。俺の望みを。

 だが今は、サンディに頼みごとをする方が、先決だ。


「それとミートパイ、また作ってくれると、嬉しいかな」

「あれは食べ易くて美味(うま)いからのぅ」

「へぇ。僕も食べてみたいな」

「アハハ、気が向いたら作っておくよ。アムちゃんも、マルクと一緒に来てよね」


 うん。やっぱりサンディには、明るい笑顔が良く似合う。

 自分の目と、口が(ほころ)ぶのを感じた。

 笑顔は、笑顔を生む。

 俺の周りに居てくれる人達は、みんな、そんな得難(えがた)い力を持っている。

 俺には、真似できない力を。


「楽しみにしておくよ」

「うむ。また腹が減りそうじゃから、帰るとするかのぅ」

「マルクと一緒に、また来ます」

「じゃあ、またね」


 手を振るサンディに、背を向け歩く。

 そして、入口近くで振り返り、(なお)も手を振るサンディへ一言伝えておく。


「すぐに支払いの金は持ってくるから」

「だから、急がなくても良いってば」

「今日も、明日も来るんだから、支払いはちゃんとしないと、な」

「サンディや、諦めい。こ奴は、こういう奴なのじゃ」

「だね」


 俺の両脇から、呆れたような声が聞こえるが、無視しておこう。

 食べた分は払う。それは、大切な事だ。

 俺の支払いが(とどこお)った所為(せい)で、店に被害が出るなんて、考えたくもない。

 視線の先のサンディが、振る手を止め、目を細めた。


「知ってる。昔っから」

「カッカッカ。そうじゃな、そうじゃな」

「すぐ戻る」


 テラさんとアムが歩き出したのが聞こえたので、俺もサンディに手を振り、再び背を向けた。

 そして俺達三人は、狼のまんぷく亭を後にした。


「さて、アム。テラさんを頼むぞ」

「マルクや。世話をするのは、わしの方じゃぞ」

「そうだよ、マルク。よろしくお願いします、テラさん」

「ハハハ、アムは、ええ(むすめ)っ子じゃのぅ」


 テラさんが、アムの赤い髪に手を伸ばす。

 それを見たアムは、膝と腰を曲げ、撫でる手を受け入れる体勢を取っていた。

 うん。二人ならば、問題無いな。

 テラさんの安全はアムに任せ、俺は、屋敷まで(ひと)(ぱし)りしてこよう。


「わしらは、(かも)(ねぎ)に行くとするかのぅ。アムや、行きたい所はあるかえ?」

「いえ。僕も、リンダおばさんに会いたいですから」

「ならば決定じゃ」


 シャーリーとリンダさんの所か……より、安心出来る。


「では、(かも)(ねぎ)で」

「支払い、頼んだのじゃ」「シャーリーは、僕が貰っておくよ」

「いってきます」


 俺はテラさんにだけ、言葉と共に手を小さく振り、屋敷へ向け走り出した。

 テラさんはともかく、アムは無視だ、無視。

 あのクスッと笑った顔は……気にしたら負けだ。

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