527.サンディの考え
誤字修正 誤字報告感謝
「「「ごちそうさま」」」
「みんな美味しそうに食べてくれて、お父さんも喜ぶよ」
「美味しそう、じゃない。美味しいんだ」
「うむ」「だね」
チーズの誘惑もそうであるが、野菜スープが美味しかった。塩味を感じるチーズニョッキと甘さがギュッと閉じ込められたスープ、間を取り持つクルミパン……全て良しだ。
「そっか……ありがとう。じゃあ、またね」
「あの、サンディさん。一つ、お聞きしても宜しいですか?」
見送るサンディに、アムが問い掛ける。
サンディは、振ろうとしていた手を止め、アムに笑顔を向けた。
「いいよ。何でも聞いて」
「代金の支払いは、後日で宜しいのでしょうか?」
そう言えば、アムの分の支払いについて、話をしてなかったな。
だが恐らく、問題ない。
「あー、アム。それは大丈夫だ。俺のつけが増え……あれ? サンディ。前に、つけを支払ったのって、何日前だったっけ?」
もっと早く思い出さねばならなかった事を、今、思い出した。
最近、つけを払っていない気がする……前に払ったのは……思い出せない。
サンディが人差し指を顎に置き、小さく首を横に傾けた。
「んー? 四十日くらい前かな? ほら、マルクが王都に行くって、つけを払ってくれた時」
「そんなに、前か……御免、今すぐ取ってくる」
俺は、一度頭を下げ、アムとテラさんを置いて店の外へ――向かおうとしたら、サンディに手を掴まれた。
「別に良いってば。また今度でも……何か、身辺整理みたいで、嫌だよ」
「いや、食った分はちゃんと払うのが道理だよ。サンディ」
「うむ。わしも支払いの事をつい忘れておったのぅ。サンディや、すまんのじゃ」
テラさんの援護も虚しく、サンディは俺の手を離してくれない。
振り解くのは簡単だが、暖かなサンディの手は、振り解きたくない。
「えっと……僕の分は、マルクが奢ってくれるって事で、いいのかい?」
「そう。ここでの支払いは、全部俺持ちだから。そしてつけを払うのを忘れてた」
俺と一緒に来る人は――いや、テラさんの同行者でも同じか。
ここでの飲み食いは、サンディが俺のつけに回してくれる……はず。
サンディが俺の手を強く握りしめた。少し痛いくらいに。
そして、俺を真っ直ぐに見つめる。
「支払いは、邪竜討伐から帰って来てからで良いよ」
「サンディ……何で俺が行くって、既に決まってるのさ?」
「マルクなら、勝手に行っちゃうでしょ? あれ? 違う?」
「考え中……」
親しき人達から見た俺の印象は、満場一致で『猪男』であるらしい。
サンディは、暫し目をキョトンとさせ、そして柔らかに頬を緩めた。
「戦いに行かないなら、私は、そっちの方が、良いな。うん」
表情と掴む手が、その言葉が本心だと伝えてくれる……本当に暖かな手だ。
「ありがとう、サンディ。本当に考え中なんだ。まだ、状況も分からないし」
「そっか……マルクがどっちを選んでもさ、毎日美味しい料理、用意して待ってるから、うちに食べに来てよね」
言葉と同時に、不安の小さな震えが、手から伝わってくる。
それは、自身の死の恐れなのだろうか?
俺が死ぬ可能性からくる、心の震えなのだろうか?
どちらだって構わない。誰かが不安な時は、俺が胸を張らないとな。
「来るに決まってるって、明日も、明後日も、来月も。テラさんと一緒にさ」
「うむ。ピュテルに居って、ここの飯を食べぬなど考えられぬからのぅ」
「うん……待ってる」
そう言ってサンディは、掴んだ手を離した。
熱が離れ、少しの寂しさが、心に浮かび上がってくる。
戦いと言う冷たい日常の中にも確かにある、食事と言う温かい日常。
狼のまんぷく亭は……サンディは、俺にとって温かい日常の一つだ。
ただの給仕と客。
昔から、そう。それは、今も変わらない。
そんな距離感でも、サンディは暖かい。その笑顔は、特に。
何度も見てきたサンディの笑顔を思い出し、少しだけ自覚する。
俺の戦う意味を。俺の望みを。
だが今は、サンディに頼みごとをする方が、先決だ。
「それとミートパイ、また作ってくれると、嬉しいかな」
「あれは食べ易くて美味いからのぅ」
「へぇ。僕も食べてみたいな」
「アハハ、気が向いたら作っておくよ。アムちゃんも、マルクと一緒に来てよね」
うん。やっぱりサンディには、明るい笑顔が良く似合う。
自分の目と、口が綻ぶのを感じた。
笑顔は、笑顔を生む。
俺の周りに居てくれる人達は、みんな、そんな得難い力を持っている。
俺には、真似できない力を。
「楽しみにしておくよ」
「うむ。また腹が減りそうじゃから、帰るとするかのぅ」
「マルクと一緒に、また来ます」
「じゃあ、またね」
手を振るサンディに、背を向け歩く。
そして、入口近くで振り返り、尚も手を振るサンディへ一言伝えておく。
「すぐに支払いの金は持ってくるから」
「だから、急がなくても良いってば」
「今日も、明日も来るんだから、支払いはちゃんとしないと、な」
「サンディや、諦めい。こ奴は、こういう奴なのじゃ」
「だね」
俺の両脇から、呆れたような声が聞こえるが、無視しておこう。
食べた分は払う。それは、大切な事だ。
俺の支払いが滞った所為で、店に被害が出るなんて、考えたくもない。
視線の先のサンディが、振る手を止め、目を細めた。
「知ってる。昔っから」
「カッカッカ。そうじゃな、そうじゃな」
「すぐ戻る」
テラさんとアムが歩き出したのが聞こえたので、俺もサンディに手を振り、再び背を向けた。
そして俺達三人は、狼のまんぷく亭を後にした。
「さて、アム。テラさんを頼むぞ」
「マルクや。世話をするのは、わしの方じゃぞ」
「そうだよ、マルク。よろしくお願いします、テラさん」
「ハハハ、アムは、ええ娘っ子じゃのぅ」
テラさんが、アムの赤い髪に手を伸ばす。
それを見たアムは、膝と腰を曲げ、撫でる手を受け入れる体勢を取っていた。
うん。二人ならば、問題無いな。
テラさんの安全はアムに任せ、俺は、屋敷まで一っ走りしてこよう。
「わしらは、鴨の葱に行くとするかのぅ。アムや、行きたい所はあるかえ?」
「いえ。僕も、リンダおばさんに会いたいですから」
「ならば決定じゃ」
シャーリーとリンダさんの所か……より、安心出来る。
「では、鴨の葱で」
「支払い、頼んだのじゃ」「シャーリーは、僕が貰っておくよ」
「いってきます」
俺はテラさんにだけ、言葉と共に手を小さく振り、屋敷へ向け走り出した。
テラさんはともかく、アムは無視だ、無視。
あのクスッと笑った顔は……気にしたら負けだ。




