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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二章

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51.鑑定士と夢の氷魔法

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし 誤字報告感謝

 目の前のご老人、クライス爺ちゃんが目を見開いた。

 ぼさぼさの白髪に立派な鷲鼻、七十の年相応に刻まれた皺。

 そして、この鑑定する時の異様に見開いた目。

 冒険者の中には、恐ろしさのあまり、これを見て逃げ出す者もいるらしい。

 俺がダンジョンで拾った物は、このクライス爺ちゃんに鑑定してもらうことにしている。

 古い魔道具に関する知識は、この町で右に出る者はいないだろう。

 それに酒場で会えれば、ダンジョン由来の物でなくても鑑定してくれる、気の良い爺さんだ。酒代は取られるけど……まぁ、安いものだ。

 ぐわっと見開かれた目が、閉じていく。

 そして向かい合う俺とクライス爺ちゃんの間に、沈黙が流れた。

 うん、これは……あれだ。


「わからないんだ」

「儂に、分からん魔道具なぞ無いわ! ただちょっと……」

「徹底的に調べていいよ」

「魔力もいいんじゃな?」


 俺が首を縦に振ると、クライス爺ちゃんは、目をきらりと輝かせた。

 魔力を流せば、魔道具が変化する可能性がある。

 だから鑑定作業では、出来る事ならやらないほうがいい行為だ。

 とはいえ、これが何か分からないと使いようも無いし、危険物の可能性も考えると売却することもできない。

 クライス爺ちゃんの知的好奇心も満たされない。

 結局は、徹底的に調べて貰うことが吉だ。

 クライス爺ちゃんが、指輪に魔力を通す。指輪の内側に彫られた紋様が、薄く、青く、光り出した。爺ちゃんが、その目を再び見開く。


「ふーむ……内側の青い文様は、魔力の吸い上げと変換の仕組みじゃな。じゃが吸い上げてどうする?」


 クライス爺ちゃんは、紋様の意味を、流れる己の魔力の辿る道を、その先を見ているのだろう。


「動きをもたらす仕組みが無いのう。いやこれ単品で完成品ならば……」


 クライス爺ちゃんは、続いて宝石を、その見開いた目で確認しだした。

 そして、納得したように、小さく頷いた。

 クライス爺ちゃんが魔力を込めるのを止め、その目を少しずつ狭めた。


「マルクや。これは魔法の補助具じゃな」

「補助具?」

「そう。吸った魔力を予め決まった色に染めておき、特定種の魔法を使いやすく、もしくは強力に作用させる魔道具じゃよ」


 色といっても、赤とか紫といった直接的な話ではなく、火に水に土にといった具合で、それぞれに近しい魔力に作り替えるという事なのだろう。

 ただ、補助具ということは、初心者が使う物だろうし……。


「てことは、それほど大したものじゃないんだね」


 少しがっかりなような、金銭的な面でカエデさん対策になって良かったような。

 そう思っていたら、違うようだ。

 クライス爺ちゃんが、首を横に振っている。


「良い物じゃ。見ただけで特定できぬ程度には、な」

「へぇー。それで何の魔法の補助具なの?」

「氷じゃよ」


 あー。氷か……俺、氷魔法使えないんだよなぁ……いや、だからこそ補助具が必要なのか? いや、魔法習いたての少年少女が使うべきなのでは?


「これ使えば、俺でも氷魔法使えるかな?」

「オークでも使える」


 よし決めた。俺が使おう。念願の氷魔法だ。ついに使える。

 と、落ち着け。まだ教会側の判定が出ていない。


「で? クライス爺ちゃん。これ、教会で使う?」

「使わんのう。学派ならともかく、教会では”魔法”の補助具は使わんよ」


 クライス爺ちゃんが、俺の渡した申請書に羽ペンを走らせる。

 教会の鑑定士による鑑定結果が記入されて、初めて申請書として受理される。

 余程の例外でなければ、受理された時点で、拾得物の所有権は拾った者に移る。

 要するに、この指輪は俺のものという訳だ。


「はめるよ。良いよね」

「ホホッ。マルクの好きにせえ」


 指輪を受け取り、俺は右手人差し指を輪に差し込み、指輪全体に魔力を込めた。

 銀の輪が、少しずつ小さくなっていき、俺の指を軽く圧迫する。

 まさか抜けない? と思ったらあっさりと抜けた。

 息を吐き、もう一度はめ、再び魔力を流す。

 あぁ、確かに。指輪に魔力が吸われていくのが分かる。結構な量を吸うんだな。


「いったじゃろ。良い物だと」


 書き物を終えたクライス爺ちゃんも、好奇の視線を向けている。

 鑑定結果の成否を、目の前で観察できるのだから当然か。

 あれ? まだ吸われる。母譲りの魔力量だけは、自信があったのだが……これきついぞ。どこまで吸うんだ?


「ん? えらく吸っとるのぉ。宝石がまだ変化しておる」


 気付けば、クライス爺ちゃんの目がカッと開いていた。

 宝石? クライス爺ちゃんの言葉で、宝石の色が青から透明に変化していることに、ようやく気が付いた。

 青みが薄くなり、透明度が増していく。

 無色透明だと感じた時には、ごっそりと魔力を吸われていた。


「これ……本当に。使い、方、はぁはぁ……合ってる?」

「間違っておらんが、様子がちと可笑(おか)しいのう。どれ見せてみい」


 俺は右手を突き出し、卓の上に乗せる。

 クライス爺ちゃんが、指輪の宝石を様々な角度から観察する。


「魔力の流れも問題ない。損失はむしろ少ない。たっぷり魔力が溜まっとる」

「これ一回分?」

「町ごと凍らせる気か! どんな不良品じゃ」


 それを聞いて安心した。

 氷一つ作るのに必要な魔力がこれだと、使い物にならない。


「ほれ、あとは普通に魔法を使えば、勝手に補助してくれるぞ」

「ここで試していい?」


 クライス爺ちゃんは静かに首を縦に振る。目は見開いたままだが。

 まぁ気にせず試してみよう。

 母が、よくやっていたのを模倣しよう。

 コップに浮かぶ半透明の小さな四角を想像する。固く、冷たく、まるで宝石の様で。作り出す氷を明確に、明瞭にイメージする。よし。


「準備万端。さぁ人生初の、()でよ≪(こおり)≫」


 自らの魔力と、指輪の魔力が混ざり合うのを感じる。

 力の流れがスムーズだ。これなら制御も容易い。

 そして、指先に魔力が収束し――霧散した。

 いつもと変わらぬ結果だ。魔力が足りない訳でも、暴走し溢れ出た訳でもない。

 発動する瞬間に、魔力が散り、消えるのだ。


「どゆこと?」

「儂にもわからん……魔道具は理想通りに動いておったし……オーク以下じゃな」

「ちっくしょぉぉぉう。魔力の吸われ損だよ!」


 俺の指にピッタリはまった補助具の指輪。

 サイズはもう変わらない。

 俺の魔力を限界まで込めたから、もう売れない。

 ガル兄や、カエデさんに渡す分け前だけ……魔力だけじゃなく、金銭も損してるじゃないか! あっ!


「クライス爺ちゃん……これ未使用だといくらで買った?」

「んー。教会で買取せんが、儂が個人的に買うなら、そうじゃのう……最低でも金貨三百。マルクの魔力込みじゃと、もう値は付けられんわい」

「何てことだ! 借金が!」


 ガル兄とカエデさんに金貨百枚の借りが出来てしまった。


「まぁ、練習次第かもしれんし、大事にするんじゃぞ」


 俺は、黙って頷くしかなかった。

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