51.鑑定士と夢の氷魔法
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目の前のご老人、クライス爺ちゃんが目を見開いた。
ぼさぼさの白髪に立派な鷲鼻、七十の年相応に刻まれた皺。
そして、この鑑定する時の異様に見開いた目。
冒険者の中には、恐ろしさのあまり、これを見て逃げ出す者もいるらしい。
俺がダンジョンで拾った物は、このクライス爺ちゃんに鑑定してもらうことにしている。
古い魔道具に関する知識は、この町で右に出る者はいないだろう。
それに酒場で会えれば、ダンジョン由来の物でなくても鑑定してくれる、気の良い爺さんだ。酒代は取られるけど……まぁ、安いものだ。
ぐわっと見開かれた目が、閉じていく。
そして向かい合う俺とクライス爺ちゃんの間に、沈黙が流れた。
うん、これは……あれだ。
「わからないんだ」
「儂に、分からん魔道具なぞ無いわ! ただちょっと……」
「徹底的に調べていいよ」
「魔力もいいんじゃな?」
俺が首を縦に振ると、クライス爺ちゃんは、目をきらりと輝かせた。
魔力を流せば、魔道具が変化する可能性がある。
だから鑑定作業では、出来る事ならやらないほうがいい行為だ。
とはいえ、これが何か分からないと使いようも無いし、危険物の可能性も考えると売却することもできない。
クライス爺ちゃんの知的好奇心も満たされない。
結局は、徹底的に調べて貰うことが吉だ。
クライス爺ちゃんが、指輪に魔力を通す。指輪の内側に彫られた紋様が、薄く、青く、光り出した。爺ちゃんが、その目を再び見開く。
「ふーむ……内側の青い文様は、魔力の吸い上げと変換の仕組みじゃな。じゃが吸い上げてどうする?」
クライス爺ちゃんは、紋様の意味を、流れる己の魔力の辿る道を、その先を見ているのだろう。
「動きをもたらす仕組みが無いのう。いやこれ単品で完成品ならば……」
クライス爺ちゃんは、続いて宝石を、その見開いた目で確認しだした。
そして、納得したように、小さく頷いた。
クライス爺ちゃんが魔力を込めるのを止め、その目を少しずつ狭めた。
「マルクや。これは魔法の補助具じゃな」
「補助具?」
「そう。吸った魔力を予め決まった色に染めておき、特定種の魔法を使いやすく、もしくは強力に作用させる魔道具じゃよ」
色といっても、赤とか紫といった直接的な話ではなく、火に水に土にといった具合で、それぞれに近しい魔力に作り替えるという事なのだろう。
ただ、補助具ということは、初心者が使う物だろうし……。
「てことは、それほど大したものじゃないんだね」
少しがっかりなような、金銭的な面でカエデさん対策になって良かったような。
そう思っていたら、違うようだ。
クライス爺ちゃんが、首を横に振っている。
「良い物じゃ。見ただけで特定できぬ程度には、な」
「へぇー。それで何の魔法の補助具なの?」
「氷じゃよ」
あー。氷か……俺、氷魔法使えないんだよなぁ……いや、だからこそ補助具が必要なのか? いや、魔法習いたての少年少女が使うべきなのでは?
「これ使えば、俺でも氷魔法使えるかな?」
「オークでも使える」
よし決めた。俺が使おう。念願の氷魔法だ。ついに使える。
と、落ち着け。まだ教会側の判定が出ていない。
「で? クライス爺ちゃん。これ、教会で使う?」
「使わんのう。学派ならともかく、教会では”魔法”の補助具は使わんよ」
クライス爺ちゃんが、俺の渡した申請書に羽ペンを走らせる。
教会の鑑定士による鑑定結果が記入されて、初めて申請書として受理される。
余程の例外でなければ、受理された時点で、拾得物の所有権は拾った者に移る。
要するに、この指輪は俺のものという訳だ。
「はめるよ。良いよね」
「ホホッ。マルクの好きにせえ」
指輪を受け取り、俺は右手人差し指を輪に差し込み、指輪全体に魔力を込めた。
銀の輪が、少しずつ小さくなっていき、俺の指を軽く圧迫する。
まさか抜けない? と思ったらあっさりと抜けた。
息を吐き、もう一度はめ、再び魔力を流す。
あぁ、確かに。指輪に魔力が吸われていくのが分かる。結構な量を吸うんだな。
「いったじゃろ。良い物だと」
書き物を終えたクライス爺ちゃんも、好奇の視線を向けている。
鑑定結果の成否を、目の前で観察できるのだから当然か。
あれ? まだ吸われる。母譲りの魔力量だけは、自信があったのだが……これきついぞ。どこまで吸うんだ?
「ん? えらく吸っとるのぉ。宝石がまだ変化しておる」
気付けば、クライス爺ちゃんの目がカッと開いていた。
宝石? クライス爺ちゃんの言葉で、宝石の色が青から透明に変化していることに、ようやく気が付いた。
青みが薄くなり、透明度が増していく。
無色透明だと感じた時には、ごっそりと魔力を吸われていた。
「これ……本当に。使い、方、はぁはぁ……合ってる?」
「間違っておらんが、様子がちと可笑しいのう。どれ見せてみい」
俺は右手を突き出し、卓の上に乗せる。
クライス爺ちゃんが、指輪の宝石を様々な角度から観察する。
「魔力の流れも問題ない。損失はむしろ少ない。たっぷり魔力が溜まっとる」
「これ一回分?」
「町ごと凍らせる気か! どんな不良品じゃ」
それを聞いて安心した。
氷一つ作るのに必要な魔力がこれだと、使い物にならない。
「ほれ、あとは普通に魔法を使えば、勝手に補助してくれるぞ」
「ここで試していい?」
クライス爺ちゃんは静かに首を縦に振る。目は見開いたままだが。
まぁ気にせず試してみよう。
母が、よくやっていたのを模倣しよう。
コップに浮かぶ半透明の小さな四角を想像する。固く、冷たく、まるで宝石の様で。作り出す氷を明確に、明瞭にイメージする。よし。
「準備万端。さぁ人生初の、出でよ≪氷≫」
自らの魔力と、指輪の魔力が混ざり合うのを感じる。
力の流れがスムーズだ。これなら制御も容易い。
そして、指先に魔力が収束し――霧散した。
いつもと変わらぬ結果だ。魔力が足りない訳でも、暴走し溢れ出た訳でもない。
発動する瞬間に、魔力が散り、消えるのだ。
「どゆこと?」
「儂にもわからん……魔道具は理想通りに動いておったし……オーク以下じゃな」
「ちっくしょぉぉぉう。魔力の吸われ損だよ!」
俺の指にピッタリはまった補助具の指輪。
サイズはもう変わらない。
俺の魔力を限界まで込めたから、もう売れない。
ガル兄や、カエデさんに渡す分け前だけ……魔力だけじゃなく、金銭も損してるじゃないか! あっ!
「クライス爺ちゃん……これ未使用だといくらで買った?」
「んー。教会で買取せんが、儂が個人的に買うなら、そうじゃのう……最低でも金貨三百。マルクの魔力込みじゃと、もう値は付けられんわい」
「何てことだ! 借金が!」
ガル兄とカエデさんに金貨百枚の借りが出来てしまった。
「まぁ、練習次第かもしれんし、大事にするんじゃぞ」
俺は、黙って頷くしかなかった。




