521.似たもの同士
想像の中の茶から、茶葉を取り出し、抽出を止める。
訓練を積んで、もっとテキパキと茶を出せるようになりたいものだ。
カップにゴミが入っていない事を確認し、指をかざして呪文を唱える。
「≪自然の息吹≫よ」
想像の中の茶が減ると同時に、指から流れ出た茶がカップを満たしていく。
茶の香りは、風に乗ってガル兄の方へ。
「おぉ! 本当にお茶が出た……カエデには秘密にしろよ」
「何でさ?」
「金儲けに使いかねん……」
「あぁ、分かる」
「うむ。奴からは、そんな臭いがするのじゃ」
カエデさんは、ガル兄が直接雇っている使用人である。
長身の背に、一つにまとめた黒髪を靡かせ、執事服を趣味で身に纏う女性だ。
少しお茶目な人であり、そして、金に目が無い人である。
俺は、カップを七割程満たした所で、茶を出すのを止めた。
だが、魔法は消さない。
想像の中には、まだ茶を残してある。
果たして、後で出す茶がどうなるのか……これも実験だ。
ガル兄が、一口飲み、喉を鳴らす。
「うん、美味い。これが魔法で出るのか……便利だな」
「もっと早く出せるようになればね……ふぅ、冷たく出す練習も……いや、まずは基本を何度もか……」
「うむ。基礎があっての応用じゃ」
テラさんの言う通り、基礎をまずは固めないとな。
庭の休憩所で、涼みながら茶を飲み、三人でまったり……邪竜が目覚めたとは思えぬ穏やかさだ。
そして、その穏やかさの中に、更に一人追加しそうである。
こちらへ向け小さく手を振りながら歩いてくるのは、短く切りそろえられた赤い髪の少女、幼馴染のアムであった。
あの高い背丈に、スラッと伸びた輪郭。
細身に合わせた男性的な服装。そして背丈に見合わぬ小顔には、飛びっきりの甘い仮面を被っている……今日もアムは、美少年に磨きが掛かっている様だ。
「やあ、こんにちは、マルク、テラさん。ガランサも……残念、先を越されたみたいだね」
「こんにちは、アム」「こんにちは、なのじゃ」
「ああ、こんにちは。マルクを心配するのに、先も後もないだろ」
「フフ。そうだね……僕にもお茶を貰えるかな?」
休憩所の涼しさに顔を綻ばせながら、アムはガル兄の隣に座った。
そこには、空のカップが一つ。
アムが座った途端、卓の上へ視線を動かす……あぁ、ティーポットを探しているのか。普段と違い、ティーポットは置いていない。
俺は空のカップへ手を伸ばし、綺麗な事を確認し、魔法の茶を指から注いだ。
魔法は発動したままなので、呪文は必要ない。
問題は味や香りだが……すまんな、アム。実験台になってくれ。
せめて香りだけでも調べようかと思うも、自分の吹かせている風によって、ガル兄とアムの方へと流れて行ってしまう。
「マルクもそれ、使えるようになったんだね」
「昨日な」
初めてアムに出す魔法の茶が実験とは、少々不憫だ。
俺も残りを飲もう……不味くても付き合うぞ、アム……。
茶を注いだカップを渡し、自分のカップを呷る。
美味しく、まだ少し熱い茶を飲み干し、自分のカップへ魔法実験の茶を注ぎ入れる。さて、待機させた茶に、味の変化はあるのだろうか?
「あっ。わしも二杯目飲みたかったのじゃ」
「すみません、最後です……また作りますので」
「ふぅむ。仕方が無いのぅ」
実験用の茶を、テラさんに出す訳にはいかない。
アムが美少年顔でクスッと微笑み、茶の香りを楽しんでいた。
「そんなに美味しいのかい? うーん、良い香りだ」
おっ。匂いは良いのか。
いや、人の感想を聞くよりも、アムが飲む前に俺が飲めばいいのだ。
自分のカップを掴み、口へ運び、一口……あっ、味は変わらない。
寝かせたら味が落ちる、もしくは渋味が増すと思ったが、杞憂であったらしい。
「まぁ、自分で言うのもなんだが、味も中々だぞ」
努めて笑顔で言ってみたが、三人の視線が痛い。
「まぁいいさ。頂くよ……本当だ。美味しい」
出た言葉が世辞かどうかは不明だが、少なくともアムには好評のようだ。
目尻が下がり、茶を楽しんでくれているのが分かる。
茶葉で淹れた茶を喜んで貰えるのも嬉しいが、魔法で出した茶でも、良く思われたら嬉しいものだな……相手が、アムやテラさんやガル兄だからか。
シャーリーは、どんな反応するだろう?
まぁ、普通の反応だろうけど……今度、魔法の茶を振る舞ってみよう。
「お前が変な顔するから、てっきり何か仕込んだのかと……」
「パックの真似かと思うたぞ」
「あはは。ガル兄もテラさんも酷いなぁ。アムにそんな事しないって」
二人の追及を、視線を逸らし、躱す。
実験をしていた事は、秘密にするべきだな……。
「大丈夫だよ、ガランサ、テラさん。毒を喰らわば皿までさ」
「毒ってお前なぁ……まぁ良いや。で? アム? 何の用って聞くまでも無いな」
「そう。ガランサと同じだよ。君に首輪をつけに来たのさ」
「ほれ。好きなだけつけろ」
顎を上げ、首をアムへと見せる。
アムは、俺の首をじっと見つめている……いや、ちょっとまて、本当に首輪をつけるつもりか、こいつ?
顎を引きながら、自然と俺の上体が卓から遠ざかった……防衛本能によって。
「いや、冗談だからな」
「そうか、残念だよ」
アムは、本当に残念そうに目を伏せる。
演技上手な姿は、嘘か本当か見分けがつかなくなってしまう。
冗談……だよな?
アムの言葉を聞いたガル兄は、カップを卓へ下ろし、ぼそりと呟いた。
「マルクには、首輪の一つでも付けた方が、大人しくなって良いかもしれないな」
「ガランサも、そう思うかい?」
「こいつ、勝手をさせると、すぐに危険に飛び込んで行く奴だからな」
俺はそんな向こう見ずな男じゃない、とでも言おうものなら、二人から滅多打ちにされそうである。大人しく茶を飲んでいよう。
「カッカッカ。お主ら、本によう似とるのぅ」
「マルクに関してだけですよ、テラさん」
「僕もシャーリーもガランサも、そんなに似てないからね」
茶を飲みながら落ち着くと、一つの答えが浮かんで来た。
と言うより、テラさんが今、自分で言ったな。
ガル兄が来ただけなのに、カップを二つ用意した理由を。
シャーリーかアム。
どちらかが直ぐにでも、俺の事を心配して屋敷にやって来ると。
その予想を当てたテラさんは、今は俺を見て、嬉しそうに笑っている。
上下する長い耳も、可愛らしい。
「マルクや、愛されとるのぅ」
「まぁ、俺には勿体ないぐらいの、最高の幼馴染達ですから」
気恥ずかしくとも、これだけはハッキリ言える。
テラさんだけでなく、俺は二人にも目を向けた。
ガル兄は、カップに視線を降ろしながら、小さく笑っている。
そして、アムは、俺から視線を外して頬を掻いていた……先程まで、俺に首輪をつけるなんて冗談を言っていた奴とは思えない反応だな。
まぁ、珍しい反応である……本心を言った甲斐があるというものだ。




