520.ガランサの考え
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上空に生み出した魔力の壁が、強い日差しを遮ってくれる。
庭に引いた魔力の結界内には、温度を少し下げた風を巡らせる。
そして右手には、赤く燃える炎が一つ。
少しでも強く。少しでも熱く。
今の俺の炎の基礎たる部分を、何度でも、何度でも鍛え上げる。
地味な訓練だ。
だが、大切な訓練である。
庭に作られた土の休憩所で編み物をするテラさんに見守られながら、ただ、ただ、右腕の炎と、己の中の炎に集中する。
もっと熱く、もっと熱く。
魔力をくべ、燃え上がらせる。
足りない、まだ、足りない。
右手の熱が高まり、炎が赤く、強く燃え上がる。
もっと魔力を――気付けば、魔力の結界の外に待ち人が居た。
後ろに撫で付けた暗い茶の髪。面長で端整な彫りの深い顔は、精霊銀の女性ギルド職員を虜にしている……と噂される男、ガランサ。
俺より二つ上の幼馴染である。
ガル兄は、今日の暑さに堪えているのか、首元をゆるめていた。
「ガル兄。どうしたの? 用事?」
俺は、右手に宿した炎帝竜の炎と、周囲を囲む魔力の結界、そして涼しい風を消し、そう問いかけてみた。何か用事があるとは思えないが。
魔法で維持していた涼しさが、結界を解除したことで周囲へと流れた。
ガル兄が、心地よさそうに顔を緩める。
「あぁ、涼しい……じゃなかった。マルク、ちゃんと居たな」
「うん。用事も無いからね」
ガル兄に近付き、そのままテラさんの寛ぐ休憩所へと向かう。
「用事も無いって、邪竜の事だよ。もしかして、独りで勝手に飛び出して行ったのかと思ってな……ふぅ、杞憂で良かった」
あぁ、先程の邪竜の魔力を感じて、様子を見に来てくれたのか。
だが、本当に飛び出していたら、ガル兄はどうするつもりだったのだろうか?
考えても仕方の無いことだ。
「相変わらずの心配性だね、ガル兄」
「お前が言うな」
休憩所へ戻ると、テラさんが居なかった。
休憩所には屋根があり、椅子が四つと卓が一つ。
全て土で作られている。
簡易的な卓にはカップが二つと途中で止めた編み物の後が。
集中していて気が付かなかったが、何処かへ行ってしまったらしい……何処へ?
と思いながらも、取りあえず休憩所で腰を下ろした。
休憩所にも吹かせて置いた魔法の風により、ここも少し涼しい。
休憩には持ってこいだ。
腰を下ろしたガル兄も、涼しげである。
「なぁ、俺の冷風機って、本当に要るか?」
「要る! 絶対に!」
「お、おう」
態々自分で魔法を使わずに、涼めるのだ。欲しいに決まっている。
ガル兄が少し引いているが、欲しいものは、しっかりと主張しておかないとな。
「おっ。もう休憩に入っておったのじゃな」
「あっ、テラさんおかえり」
ふわりとした銀の髪を揺らし、戻って来たテラさんに声を掛ける。
ガル兄が来たからだろうか、横に伸びた長い耳がピョコピョコと嬉しそうに跳ねていた。テラさんの耳は、感情豊かだ。
テラさんは、差す日差しをよりも眩しい笑顔で、休憩所の日陰の中へ入る。
そして、テラさんの手にはカップが二つ……二つ?
まぁ、疑問は横に置いておこう。
俺は、テラさんの意図を知ったので、魔法の茶の準備を始める事にした。
頭の中で多めの湯を用意し、その中で茶葉を躍らせる。
そして、待つ。茶が出来上がるまで、ゆっくりと。
ガル兄も俺の魔力に気付いているのだろうが、気にする様子もない。
「マルクの魔力、気にならなんのかえ?」
「こいつのやる事を気にするだけ、無駄ですよ。テラさん」
「うむ。確かにのぅ」
「それはそれで、傷つくなぁ……」
空のカップをガル兄の前と、その隣へ置き、テラさんは編み物の前へ座る。
ガル兄はカップを見て、首を傾げた。
「空のカップ?」
「そう。今、茶を用意してるから、ちょっと待ってて」
「魔法でか? 一体どこでそんな魔法覚えてくるんだよ」
「母さんも使ってた魔法だって……可笑しな魔法じゃないよ」
テラさんが母に教え、母がミュール様に教え、ミュール様から俺に伝わった魔法だ。変わった魔法だが、可笑しな魔法ではない。
ガル兄は、テラさんへ確認の視線を送っている……。
ガル兄の視線を受けたテラさんは、カッカッカと笑い始めた。
「ガランサや、安心せい。本当の事じゃ」
「なら、安心です」
「ガル兄ぃ……」
本当に、俺は信用が無いんだな。
二人は俺を見ながら、楽しそうに笑っている。
テラさんはともかく、ガル兄に茶を出すのが勿体ない気がして来るな……まぁ、用意するけど。
「ところで、ガランサや。何か用があったのではないのかえ?」
「邪竜の事で、マルクの様子を見に来ただけですので」
「まだ邪竜の復活は、確定情報じゃないけどね」
一応、そう言っておく。
だが、確信があった。既に、邪竜は目覚めてしまっていると。
そう確信しているのは、俺だけではなく、ガル兄も同じらしい。
笑みを潜め、真剣な目で俺を真っ直ぐ見て、問う。
「マルク。やっぱり邪竜討伐に行くのか?」
「やっぱりって何さ……正直に言っていい?」
「ああ」
「分からない、かな。今のところは」
もし、邪竜がピュテルの町に、シャーリーやアム、テラさんやガル兄……皆の危機に繋がるなら『戦う』以外の選択は、あり得ない。
だが、そうでないなら? 俺が戦う意味はあるのだろうか?
「そうか……俺の、勝手な意見だがな……俺は、お前が戦う必要は無いと思っている。たとえ、王国軍が壊滅しても。たとえ、幾人の冒険者が死のうと。たとえ、国が滅んでも」
「国とは、大きく出たね」
軍も冒険者も、戦いを生業としているのだから、死は付き物だ。
だけど、国が滅んでも、か……。
「この町の奴らは、そんな実感ないだろうが……それ程の脅威だろう」
「たぶん、そうだね」
「うむ。わしも情報でしか知らぬが、そうじゃろうな」
多くの冒険者達。父と母も。
皆で戦っても、命を支払っても、殺しきれなかった黒い竜。
恐らく王国軍が総出で戦っても、一蹴されるだけであろう。
「だからこそ、お前は戦いに行っちまうんだろうけどさ」
「だから、まだ決めてないって」
「全部放って逃げれる奴じゃ無いだろ、お前……だから俺も困ってるんだけどな」
「全くじゃな。それで、ガランサは戦わんのかえ?」
「マルクが行くなら、一緒に戦いますよ」
ガル兄が、真顔で困ったことを言いだした。
でも、残念ながら――
「俺が戦うか戦わないかは置いておくとしても……ガル兄、足手まとい」
「クッ!」
「共に行っても、死ぬだけじゃな」
『戦わんのかえ?』と聞いたテラさんも、俺の言葉に同意し、追撃を掛ける。
眉間に皺が寄るガル兄も、自分で分かっているのだろう。
ポーション作りが忙しいゆえ、鍛錬の時間が取れていない事も。実戦経験の少なさも。実力不足、体力不足である事も。
「こういう時だけは、戦いの道を進まなかった自分が恨めしい」
端整な顔が歪み、その歯がゆさを隠しきれていなかった。
全く、変な事を言うガル兄だ。
「何言ってんの? ガル兄がポーション作ってくれなかったら、俺、たぶん今頃、死んでるよ。一体何本、ガル兄のポーション飲んで来たと思ってるのさ?」
「うむ。わしがマルクに出会ってからも、がぶがぶ飲んでおるからのぅ。あれ無しでは、マルクの無茶な鍛錬は成り立たぬ」
深々と頷くテラさん。
ふと、何かに気付いたかのように、ガル兄は、ジトリとした目で俺を見た。
皺の寄った顔よりは、こっちの方が良い。
「お前、この前渡したポーション、もう全部飲んでしまったとか言うなよ」
「全部は、飲んでないよ……」
もう、残り少ないけど。
俺は、ガル兄から目を逸らし、テラさんを見た。
テラさんは、俺の視線の意味が分からないのか、首を傾げている。
あの不味い特製赤色ポーションって、本当は高価な物なんだよな。
ほぼ原価分である金貨一枚で、融通してくれているガル兄が優しいだけである。
「全く……邪竜と戦う戦わない関係なく、魔法の修行は続けるんだろ?」
「うん。だから出来れば、もっと欲しいかな」
撫で付けた髪に手を置くガル兄を真っ直ぐ見て、追加のポーションを頼む。
ガル兄の普段の仕事や魔道具作りの時間を使って、特製ポーションを作って貰っているのだから、申し訳ない話だ。
だが、俺の考えとは反対に、ガル兄は、なぜか口元に笑みを浮かべた。
「作った分は、持って来てやるよ」
「助かるよ。ありがとう、ガル兄」
「気にするな。これぐらいしか、今の俺には出来ないからな」
「カッカッカ。それが出来るのは、ガランサ。お主だけじゃろうが。胸を張らんか、胸を」
今度は気恥ずかしそうに、ガル兄が視線を逸らした。
表情がコロコロ変わる、珍しい日である。偶には、こんな日も良い。




