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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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517.後輩と伝言

誤字修正 誤字報告感謝

 魔法の道具を扱う店とは言え、生活空間は、ごく普通であった。

 モーリアンさんの店も、(かも)(ねぎ)もそうなのだから、当たり前である。

 卓の周りに四つ置かれた椅子。

 その一つに、俺は座っていた。独りで。

 所在(しょざい)ないが、魔法に集中しておこう。

 頭の中で茶葉を跳ねさせ、ゆっくり、ゆっくり茶を抽出していく。

 果たしてムウは喜んでくれるのだろうか?

 俺は魔法の茶の事を考えながら、独り待つ……。


「お待たせしたっす」


 キオとムウが、茶の道具を持って戻って来た。

 水を用意しようとするムウを止め、カップを三つとティーポットを用意して貰ったのだ。

 それらを卓に置いた二人は、横並びで俺の前に座った。

 ムウが顔を俺に向け、じっと見ている。


「もう少し待ってくれ。まだ、覚えたてで時間が掛かるんだ」


 ムウは、大きく(うなず)いた……あまり期待し過ぎないでくれ。

 ムウは、用意した物で何をするのか、何となくでも理解しているだろう。

 待てば、何が出てくるのかも。


「そういえば、先輩ってムウに何の用なんっすか?」

「あー、ムウ。ムウに関わる話をするんだが、キオも一緒で大丈夫か?」

「大丈夫」


 即座に快諾を貰えた。なら、いいか。

 他人になら()(かく)、パーティーメンバーに隠すような話でも無いか。


「実は、昨日王都に行って来たんだが、モーリアンさんとカミュに会ったんだ」


 ムウは、特に感情を見せる事も無く、相槌代わりに小さく(うなず)いている。


「モーリアンさんとカミュさん? って誰っすか?」

「モーリアンさんは、俺の母親の旧友で、王都の魔法学派『双頭の白蛇』の学派員をやってる人だよ。カミュは、そのお弟子さんである少年」

「年下」

「ムウも知り合いなんっすね」


 俺がムウへ視線を送ると、ムウは静かに(うなず)いた。

 自分が弟子であると伝えていい、と言う事だろう。

 封印魔法に関わる事をベラベラと喋る事は、ムウの利益にならないからな。

 キオの事は、信頼しているから大丈夫なのだろう。


「ムウは、そのモーリアンさんの一番弟子なんだよ」

「おぉ。ムウにもお師匠さんが居たんっすね」

「修行中」

「俺もっす」


 恐らく二人の言葉の意味は違う。

 修行中に師の下から出奔(しゅっぽん)したと言いたいムウと、自分も修行中だと言うキオ。

 まぁ、ややこしくなるから訂正しなくて良いか。

 ムウも、言葉を続ける気は無さそうである。

 そろそろ良いか。

 俺は、ティーポットの中へ左手人差し指を向け、呪文を唱えた。


「≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 魔力を魔法に変え、指の触れぬ先の先から、茶を注ぎ入れる。

 鮮やかな色をした液体が、少しずつティーポットを満たしていく。と同時に、居間をふわりとした茶の香りが包み込んだ。

 突如、ムウが体を乗り出した。

 そのまま、指先からティーポットへと流れる茶を、間近で観察し始めた。

 恐らく、魔法を知る為の行為なのだろう。


「この匂い、お茶っすね」

「ああ。昨日ようやく使えるようになってな……誰かに話してもいいが、一応秘密にしてくれ」

「うっす。ほどほどの秘密っすね」

「ほどほど」


 二人は納得しているが『ほどほどの秘密』って何だろうな?

 まぁ、こいつらなら、他人に話したりはしないか。そこは、信頼出来る後輩だ。

 六人分の茶をティーポットに注ぎ入れた段階で、既に魔法は止めている。

 ムウも今は、体を椅子へと戻していた。

 俺は、ティーポットから茶を振る舞い、ムウとキオに渡し、自分の分も注ぐ。

 ムウは、受け取ったカップをそのまま口へと運ぶ。

 そこそこ熱いぞ、それ。

 カップを離したムウの口元は、柔らかに歪んでいた。

 薄く、長く吐き出された息が音を立て、俺の耳に届く。

 きっとこれが、ムウなりの感想なのだろう。


「味は分かんないっすけど、お茶は落ち着くっすねー」

「マルク(ちゃ)


 ムウや、水でも茶でも、その人の名前を頭につけるのは、何なんだい?

 恐らく、問うても、答えは返ってこぬだろう。

 俺も飲んで、心を落ち着けよう……ふぅ、中々の出来だ。

 香りが、もう少し華やいで欲しいかな。


「おっと。茶を振る舞いに来たんじゃなかった。ムウ、話を戻すぞ」


 油断して、そのまま茶の空間に浸ってしまう所であった。

 カップを持ったまま(うなず)くムウへ向け、俺は言葉を続ける。


「実は、一番弟子のムウへ伝言を頼まれたんだ」


 伝言? と問いたいのか、ムウは首を横に倒し、疑問を表現していた。

 俺は(うなず)き、さらに言葉を続ける。


「そう、伝言。カミュが『師匠は任せろ。俺達は元気だ』と」


 言葉を聞いたムウの口角が柔らかに上がり、可愛らしい微笑みを生み出した。

 魔力を欲している時の笑顔とは違う、慈愛を感じる、穏やかな笑みである。

 カミュとムウの関係は……少し羨ましいな。


「それとモーリアンさんから『迷ったら戻ってこい。店はいつでも開いている』てさ。確かに伝えたぞ」


 ムウは小さく(うなず)き、口元を隠す様に、再びカップを動かした。

 喉が動いていないので、あれは茶を飲んでいない。

 

「へー。いい師匠っすね」


 俺もキオの言葉に同意だが、ムウはその言葉に反応せず、茶も飲まず、(しばら)くの間、ただ沈黙を保っていた。

 その沈黙を邪魔するほど、俺もキオも、無粋な人間ではない。

 俺は、ゆっくりと茶を楽しむ事にした。

 だが、自分で出した魔法の茶を自分で楽しむというのは、不思議な感覚だ。

 淹れた茶も、魔法の茶も、茶である事には変わりが無いのに。




 再び動き出したムウは、茶を(あお)った。

 そして冷たい茶を要求してきたので、注ぐ茶を、氷の息で冷やしてやる。

 冷やせば氷が欲しくなるのだろう。自分で作ればいいのに、なぜか俺が、カップとティーポットへ氷を作る羽目になった……茶に関しては、我が(まま)な後輩である。


「冷たいのは、飲みすぎるなよ」

「お腹壊すっすよ」


 (うなず)きながらも、ムウは、俺の魔法の茶をゴクリと飲み干す。

 飲み干した後の、満たされた顔を見るに、目元も和らいでいるのだろう。

 隠すものを暴く必要は無い。

 目が隠れていても、ムウの表情は、表現力豊かだ。


「さてと、俺は帰るとするかな」

「俺もグルドンの所に行くっす」

「伝言」


 ムウが、最後の一杯を飲み干し、口を開いた。

 伝言。グルドンへの……な訳ない。モーリアンさん達へ、だろう。


「二人へだな。いつ会えるか分からないぞ」

「いい」


 そしてムウは一つ、二つと沈黙の拍子を置いた。


「大丈夫。元気」


 そう言って、再び口を閉じた。

 それが、伝言なのだろう。


「了解。モーリアンさんとカミュには、必ず伝える」

「うん」


 ムウは、大きく(うなず)き、ニコリと笑った。

 さて、今回の伝言の報酬も今、貰えたし、一度屋敷へ帰るとしよう。

 俺は、椅子から立ち上がりながら、キオへ片づけを頼む事にした。


「キオ。カップとティーポット洗っておいてくれ」

「うっす。任せるっす」


 俺とキオが立ち上がると、ムウも同時に立ち上がる。

 見送りか? と思っていたら、ムウは俺の近くまで来て、服の袖を引っ張った。

 小動物感があって可愛らしいが、理由は……一つ思い当たる事が。

 寂しいからでも、もっと話したいからでもない。

 それは――


「茶だな」「マルク(ちゃ)


 予想と答えが同時に発せられた。

 俺は魔法の茶を準備しながら、キオへと言った。


「やっぱり俺が洗うよ。キオは先、帰っていいぞ」

「いいんっすか? では、任せるっす先輩。ムウも暇なら来るっすよー」

「行かない」


 ムウの呟きを聞いても、笑顔を変えずに、キオは去って行った。

 キオもタフな精神をしているよな……俺には、真似できない。

 さて、キオが立ち去った後を見続けていても仕方が無い。

 魔法の茶が出来上がるまで、片付けでもしていよう。




「へぇ。これが坊やの茶ねぇ……悪か無いね」


 カウンターへ運ばれた一杯のお茶を口にしたガムリーンは、小さく呟いた。

 運んで来たムウもまた、小さく呟く。


「美味」

「ムウが貰った茶だろ、ほら、冷めないうちに飲んで来な」


 ムウは頷き、店の奥へと戻って行った。

 魔法の道具の店には、お茶とガムリーンが残るのみである。


「坊やの茶は、温かいねぇ」


 柔らかな声が、客のいない店内に響き渡った。

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