517.後輩と伝言
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魔法の道具を扱う店とは言え、生活空間は、ごく普通であった。
モーリアンさんの店も、鴨の葱もそうなのだから、当たり前である。
卓の周りに四つ置かれた椅子。
その一つに、俺は座っていた。独りで。
所在ないが、魔法に集中しておこう。
頭の中で茶葉を跳ねさせ、ゆっくり、ゆっくり茶を抽出していく。
果たしてムウは喜んでくれるのだろうか?
俺は魔法の茶の事を考えながら、独り待つ……。
「お待たせしたっす」
キオとムウが、茶の道具を持って戻って来た。
水を用意しようとするムウを止め、カップを三つとティーポットを用意して貰ったのだ。
それらを卓に置いた二人は、横並びで俺の前に座った。
ムウが顔を俺に向け、じっと見ている。
「もう少し待ってくれ。まだ、覚えたてで時間が掛かるんだ」
ムウは、大きく頷いた……あまり期待し過ぎないでくれ。
ムウは、用意した物で何をするのか、何となくでも理解しているだろう。
待てば、何が出てくるのかも。
「そういえば、先輩ってムウに何の用なんっすか?」
「あー、ムウ。ムウに関わる話をするんだが、キオも一緒で大丈夫か?」
「大丈夫」
即座に快諾を貰えた。なら、いいか。
他人になら兎も角、パーティーメンバーに隠すような話でも無いか。
「実は、昨日王都に行って来たんだが、モーリアンさんとカミュに会ったんだ」
ムウは、特に感情を見せる事も無く、相槌代わりに小さく頷いている。
「モーリアンさんとカミュさん? って誰っすか?」
「モーリアンさんは、俺の母親の旧友で、王都の魔法学派『双頭の白蛇』の学派員をやってる人だよ。カミュは、そのお弟子さんである少年」
「年下」
「ムウも知り合いなんっすね」
俺がムウへ視線を送ると、ムウは静かに頷いた。
自分が弟子であると伝えていい、と言う事だろう。
封印魔法に関わる事をベラベラと喋る事は、ムウの利益にならないからな。
キオの事は、信頼しているから大丈夫なのだろう。
「ムウは、そのモーリアンさんの一番弟子なんだよ」
「おぉ。ムウにもお師匠さんが居たんっすね」
「修行中」
「俺もっす」
恐らく二人の言葉の意味は違う。
修行中に師の下から出奔したと言いたいムウと、自分も修行中だと言うキオ。
まぁ、ややこしくなるから訂正しなくて良いか。
ムウも、言葉を続ける気は無さそうである。
そろそろ良いか。
俺は、ティーポットの中へ左手人差し指を向け、呪文を唱えた。
「≪自然の息吹≫よ」
魔力を魔法に変え、指の触れぬ先の先から、茶を注ぎ入れる。
鮮やかな色をした液体が、少しずつティーポットを満たしていく。と同時に、居間をふわりとした茶の香りが包み込んだ。
突如、ムウが体を乗り出した。
そのまま、指先からティーポットへと流れる茶を、間近で観察し始めた。
恐らく、魔法を知る為の行為なのだろう。
「この匂い、お茶っすね」
「ああ。昨日ようやく使えるようになってな……誰かに話してもいいが、一応秘密にしてくれ」
「うっす。ほどほどの秘密っすね」
「ほどほど」
二人は納得しているが『ほどほどの秘密』って何だろうな?
まぁ、こいつらなら、他人に話したりはしないか。そこは、信頼出来る後輩だ。
六人分の茶をティーポットに注ぎ入れた段階で、既に魔法は止めている。
ムウも今は、体を椅子へと戻していた。
俺は、ティーポットから茶を振る舞い、ムウとキオに渡し、自分の分も注ぐ。
ムウは、受け取ったカップをそのまま口へと運ぶ。
そこそこ熱いぞ、それ。
カップを離したムウの口元は、柔らかに歪んでいた。
薄く、長く吐き出された息が音を立て、俺の耳に届く。
きっとこれが、ムウなりの感想なのだろう。
「味は分かんないっすけど、お茶は落ち着くっすねー」
「マルク茶」
ムウや、水でも茶でも、その人の名前を頭につけるのは、何なんだい?
恐らく、問うても、答えは返ってこぬだろう。
俺も飲んで、心を落ち着けよう……ふぅ、中々の出来だ。
香りが、もう少し華やいで欲しいかな。
「おっと。茶を振る舞いに来たんじゃなかった。ムウ、話を戻すぞ」
油断して、そのまま茶の空間に浸ってしまう所であった。
カップを持ったまま頷くムウへ向け、俺は言葉を続ける。
「実は、一番弟子のムウへ伝言を頼まれたんだ」
伝言? と問いたいのか、ムウは首を横に倒し、疑問を表現していた。
俺は頷き、さらに言葉を続ける。
「そう、伝言。カミュが『師匠は任せろ。俺達は元気だ』と」
言葉を聞いたムウの口角が柔らかに上がり、可愛らしい微笑みを生み出した。
魔力を欲している時の笑顔とは違う、慈愛を感じる、穏やかな笑みである。
カミュとムウの関係は……少し羨ましいな。
「それとモーリアンさんから『迷ったら戻ってこい。店はいつでも開いている』てさ。確かに伝えたぞ」
ムウは小さく頷き、口元を隠す様に、再びカップを動かした。
喉が動いていないので、あれは茶を飲んでいない。
「へー。いい師匠っすね」
俺もキオの言葉に同意だが、ムウはその言葉に反応せず、茶も飲まず、暫くの間、ただ沈黙を保っていた。
その沈黙を邪魔するほど、俺もキオも、無粋な人間ではない。
俺は、ゆっくりと茶を楽しむ事にした。
だが、自分で出した魔法の茶を自分で楽しむというのは、不思議な感覚だ。
淹れた茶も、魔法の茶も、茶である事には変わりが無いのに。
再び動き出したムウは、茶を呷った。
そして冷たい茶を要求してきたので、注ぐ茶を、氷の息で冷やしてやる。
冷やせば氷が欲しくなるのだろう。自分で作ればいいのに、なぜか俺が、カップとティーポットへ氷を作る羽目になった……茶に関しては、我が儘な後輩である。
「冷たいのは、飲みすぎるなよ」
「お腹壊すっすよ」
頷きながらも、ムウは、俺の魔法の茶をゴクリと飲み干す。
飲み干した後の、満たされた顔を見るに、目元も和らいでいるのだろう。
隠すものを暴く必要は無い。
目が隠れていても、ムウの表情は、表現力豊かだ。
「さてと、俺は帰るとするかな」
「俺もグルドンの所に行くっす」
「伝言」
ムウが、最後の一杯を飲み干し、口を開いた。
伝言。グルドンへの……な訳ない。モーリアンさん達へ、だろう。
「二人へだな。いつ会えるか分からないぞ」
「いい」
そしてムウは一つ、二つと沈黙の拍子を置いた。
「大丈夫。元気」
そう言って、再び口を閉じた。
それが、伝言なのだろう。
「了解。モーリアンさんとカミュには、必ず伝える」
「うん」
ムウは、大きく頷き、ニコリと笑った。
さて、今回の伝言の報酬も今、貰えたし、一度屋敷へ帰るとしよう。
俺は、椅子から立ち上がりながら、キオへ片づけを頼む事にした。
「キオ。カップとティーポット洗っておいてくれ」
「うっす。任せるっす」
俺とキオが立ち上がると、ムウも同時に立ち上がる。
見送りか? と思っていたら、ムウは俺の近くまで来て、服の袖を引っ張った。
小動物感があって可愛らしいが、理由は……一つ思い当たる事が。
寂しいからでも、もっと話したいからでもない。
それは――
「茶だな」「マルク茶」
予想と答えが同時に発せられた。
俺は魔法の茶を準備しながら、キオへと言った。
「やっぱり俺が洗うよ。キオは先、帰っていいぞ」
「いいんっすか? では、任せるっす先輩。ムウも暇なら来るっすよー」
「行かない」
ムウの呟きを聞いても、笑顔を変えずに、キオは去って行った。
キオもタフな精神をしているよな……俺には、真似できない。
さて、キオが立ち去った後を見続けていても仕方が無い。
魔法の茶が出来上がるまで、片付けでもしていよう。
「へぇ。これが坊やの茶ねぇ……悪か無いね」
カウンターへ運ばれた一杯のお茶を口にしたガムリーンは、小さく呟いた。
運んで来たムウもまた、小さく呟く。
「美味」
「ムウが貰った茶だろ、ほら、冷めないうちに飲んで来な」
ムウは頷き、店の奥へと戻って行った。
魔法の道具の店には、お茶とガムリーンが残るのみである。
「坊やの茶は、温かいねぇ」
柔らかな声が、客のいない店内に響き渡った。




