516.後輩と魔法の店
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朝から冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』に訪れる冒険者は大まかに三つに分かれる。
待機所代わりの酒場で飲み食いをしながら、情報交換を行う者。
貼り出される依頼票を、いち早く確認し、確保に動く者。
仕事は休みだが、現状確認の為だけに訪れる者。
俺も昔は、前日遅くまで駆けずり回っていなかった時には、朝から依頼を確認しに来ていたものだ。
そしてCランク依頼が一枚も貼り出されていない事を確認して、助っ人依頼を確認、受諾する。日課と言う奴だ。
俺は今、通い慣れた道を歩いている。
ムウと会う為に、鉄骨龍の本拠地へ続く道を、真っ直ぐに。
だが今は、屋敷でシャーリーとテラさん、二人と共に朝食をゆっくり食べた後だからな……残念ながら、もうキオ達は居ないかもしれない。
精力的に動いている冒険者達は、大抵朝には鉄骨龍に居るのだが、それはもう少し早い時間の事だ。
依頼を受けるにしろ、情報収集にしろ、速く、そして早く動く事が肝要である。
もし、依頼を受け、動き出しているなら、仕事の邪魔をする訳にもいかない。
無駄足を踏む可能性が高いが、それは行かねば分からぬ事。
気が重いが……仕方が無い。
そして今、目の前に大きな建物が一つ。
冒険者の出入りは、さほどない。
出入りする人々は、俺の顔を見た瞬間に、ギョッと表情を変化させていた。
一応、顔ぐらいは互いに知っているんだから、そんな驚かなくても……。
まぁ、良いか。
今は、ムウ、もしくはキオパーティーの誰かを見つける事が目的だ。
良し、行こう。
意を決し、俺は足を前へ踏み――ギルドから出て来たキオの姿が見えた。
あのツンツンした髪に十四の少年らしいあどけない顔は、間違いなくキオだ。
まだまだ成長中らしい少し小さな体は、日々大きくなっている……気がする。
「あれ? 先輩っす! 何してるんっすか? まさか鉄骨龍に戻って――」
「ないない。ふぅ、キオ、お前のお陰で助かったぞ」
額の汗を拭いながら、俺はキオへ言った。
俺の足は、踏み出した一歩目で止まったままだ。
代わりに、キオが真正面から駆け寄って来る。
「おっ! なら依頼っすね。Dランク依頼なら俺達が受けるっすよ」
「すまん。依頼でもない。ムウにちょっと話があってな。一緒か?」
依頼ではないと聞いたキオは、ガッカリした表情を隠さずに、首を横に振る。
「パーティーは今、休息日っすから。俺一人で、個別依頼の有る無しと依頼票の確認っす。これもリーダーの務めってやつっすよ」
キオは、ガッカリしていたかと思うと、今度は胸を張り、そう言った。
まぁ、実際偉いな。
御一人様を拗らせていた俺とは、行動理由が大きく違う。
「リーダーも大変だな。キオ、お疲れさん」
「うっす。ありがとうございます。っと、ムウに用事っすね。一緒に行くっすよ」
「行くって何処へ?」
「ムウの下宿先っす」
そう言って、俺の返事を聞かずにキオは歩き出した。
まぁ、後輩の善意には甘えておこう。
俺は、キオの横へ移動し、共に町を歩く事にした。
「別に急ぎじゃないぞ。キオ。お前の用事は良いのか?」
「今日は昼食前にグルドンと訓練して、昼からワコの買い物に付き合うだけっすから、今は暇っす」
「そうか。まぁ、助かる」
「へへっ。うっす」
なぜかキオは、嬉しそうに歯を見せ笑った。
助かってるのは俺で、助けられているのも俺なんだけどな。
「先輩に話したい事があったんすよ。俺達トロルに勝ったっすよ。それも二体」
「へぇ。ついこの前まで勝てなかったのに……同時か?」
「っす。この前の依頼で行った南の……」
キオの話す冒険譚に耳を傾ける。
依頼内容をべらべらと喋り出すのかと心配したが、そうでは無かった。
あくまで、キオパーティー対トロルの話であり、守るべき情報をキオは口にしなかった。良い心掛けだ。
キオは語る。自慢のパーティーメンバーの事を。
鋭くナイフを投げ、敵の目を引き付けるワコ。
剛力で、トロルと正面からぶつかるグルドン。
一撃の魔法で、敵を氷漬けにするムウ。
体の怪我と痛みを、瞬時に取り除くゼノリース。
「キオ。お前は?」
「うー。まだまだっす。やっぱり鍛錬が足りないっす……」
「そればかりは、積み重ねだからな」
「先輩もっすか?」
「ああ。今日も朝食前に軽く体は動かしたぞ」
とは言っても、剣をひたすら振っていただけだ。
聖騎士達とトーマス少年に感化されたのだろうか、少し気合が入ってしまった。
訪れたシャーリーに『もぅ、ちゃんとお風呂で流してきてよ』と、言われた事は、御愛嬌だ。汗臭いだろうに……臭いを嗅ぐのは勘弁して欲しい所である。
相手がシャーリーでなければ、全力で躱すのだがな。
まぁ、シャーリーだから、別に良いか。
「よぉーし。俺も頑張るっすよぉ」
「依頼前に、疲れは残すなよ」
「うっす。もちろんっす――おっと。行き過ぎっすよ先輩」
そう言いながら、少し道を戻るキオ。
行き過ぎと言われても、俺は、目的地を知らない。
「先導はお前だろ。ここか」
目の前には、商店通りから少し離れた通りにある、ごく普通の店。
木製看板には、杖と魔石であろう石が描かれていた。
「そうっすよ。魔法の店『鼻曲がり』っす。おじゃまするっすよ」
声を上げながら、片開きの扉を開けるキオ。
リンッとなる鈴が俺達の入店を知らせた。
「この煩い声はキオだね……ほぅ、面白い客を連れて来たね」
羽根はたきを持って魔道具の埃を払っていた老婆が、俺達の方を見て、そう言った。ギョロリとした目が、俺を値踏みする様に見ている。
この人が店主であろうか?
七十を超えているであろう老婆は、鷲鼻をピクピクと頻りに動かしている。
店内には、魔工石を埋め込んだ杖に、色とりどりのローブ、未加工の魔石、封じ紐で閉じたスクロール、そして魔道具等々……魔法に関する道具が、ずらりと並んでいた。
俺が入用な物は……何もないな。
「客じゃないっすよ。ムウに用事っす」
「すみません。お邪魔します」
「何だい、冷やかしかい。にしても、ムウも偉いもんだね。バンディウス家の小倅が直々に会いに来るなんてさ」
微妙に棘のある言い方をする人だ。
だが、その棘はムウにではなく俺に向いているらしい……なら、良いか。
「やっぱりガム婆ちゃんは、先輩のこと知ってるんっすね」
「相変わらずお馬鹿だね、キオ。この坊やを知らない奴が、この町にいる訳ないだろう。ムウ! キオと客だよ!」
ガム婆ちゃんと呼ばれた老婆は、大きな声でムウを呼んだ。
少し待つと、ガム婆さんの声に応える様に、店の奥の扉が開いた。
現れたのは、垂れた前髪で目が完全に隠れてしまっている少女、ムウである。
背が低く、細身の体の所為か、十四の年齢よりも子供に見えてしまう。
ムウは、キオを見て、俺を見た。
目元が見えないので、恐らく、だが。
そしてムウは、小さく会釈をする。朝の挨拶だな、これは。
「ああ、おはよう、ムウ」
「おはようっす」
「ムウ。居間を使いな」
「ありがとう」
ガム婆さんに礼の言葉を言ったムウは、手招きをして俺達を店の奥へと誘った。
店の奥を一時的に借りるのだから、礼ぐらい言っておかねば。
「お婆さん、ありがとうございます」
「フンッ。茶は出さないよ」
「先輩。ガム婆ちゃんってたまーにハーブの――」
「さっさとお行き!」
ガム婆さんがキオの言葉を遮るように、羽根はたきでキオの尻を叩いた。
キオとガム婆さんの関係は、普段から、こうなのだろうな。
おっと、そうだ。茶か……用意しておくか。
俺は、頭の中で茶を用意しながら、魔力の用意を始める。
ガム婆さんが訝し気な顔をしていた。
「何だい、いきなり」
「あっ、大丈夫です。茶の用意をしているだけなので」
「カエルの子は、カエルさね」
そう言ってガム婆さんは、俺から視線を離し、店の清掃へと戻って行った。
母も、ガム婆さんの前で似たような事をしたのだろうか?
おっと。今は、それどころではない。
「何の話っすか?」
「魔法の話だ。行くぞ」
「うっす」
ムウは、俺達が話をしている間も、ずっと手招きをしていてくれた。
俺達が動き出したのを見て、ムウは、店の奥へと進んで行く。
うん。あまり人を待たせるものではない。




