502.王城で昼食を
どういう流れで、こうなってしまったのだろう?
俺は、現在、先程と変わらぬ丸い卓に着きながら、昼食を取っている。
丸卓に座るのは、四人の人物。
普段着の俺。
その正面には、食事中でも威を感じるレオニード王。
俺の右側には、透き通る青い髪が美しい、ミュール様。
俺の左側には、ハイディルム公爵家の御令嬢、メリィディーア様。
メリィディーア様は、目の惹く御方だ。
輝きを見せる長い緑の髪は、それだけで煌びやかである。
スゥと通る鼻筋、柔らかな口元、そして何より髪と同じ緑の瞳が、宝石の様に光り輝いて見え、煌びやかな印象が意識に強く残る。
発色のよい黄色の服も鮮やかで、緑の髪をより映えさせていた。
だが果たして、このメリィディーア様は、メリィディーア様なのだろうか……もしかして、影のノワールではないのだろうか?
魔力的な異常は、見受けられないが……。
「マルク様、食事姿をそんなに見つめないで下さい」
「これは、失礼致しました」
俺は頭を下げ、視線を自分の料理へと移した。
王とミュール様の笑い声が耳に届くが、自分の失態だ。恥は受け入れよう。
食事中の料理は、まだ、量はあった。
眩しい白皿に盛り付けられているのは、薄く切られたテリーヌとリンゴのソース、そして周囲を飾る緑豊かな野菜達だ。
隣の皿には薄切りにされたパン。
その脇に小さな容器が一つ。紫色のジャムが入っている。
ブルーベリーのジャムは、すっきりとした酸味で、実に良い。
そして窪んだ皿に、温かな野菜スープ。
王と食事と聞いた時は、一体どんな珍妙な物が出て来るのかと恐怖していたが、並べられた料理の数々は、極めて普通の食事であった。
『もっと豪勢かと思ったか?』
『いえ、普通で安心しました』
王なら、食べる物一つ違うのかも、と思っていた俺が、馬鹿みたいである。
まぁ、もう一通り口にしたので分かる。
少し、違うと。
料理は普通でも、食材そのものが美味い。
綺麗に盛り付けられた葉物野菜を、フォークで一口。
この野菜は、熱以外手を加えていない筈なのに、そのまま食べても味わい深い。
熱を入れてもシャキッとしているレタスは、瑞々しく、風味も良い。
他の野菜達も、皆、活き活きとしている。
「ミネルヴァ殿。マルクの様子はどうだ?」
「変わりなく。修行にモンスター討伐にと、忙しい日々を過ごしていますよ」
目の前に俺本人が居るのに、俺には話が飛んでこない。
まぁ、気にせず食事を続けよう。
次は、テリーヌだ。
四角く、そして薄切りにされたテリーヌは、豚を主とし野菜を混ぜ込んだものであった。
王都だから魚のすり身を使ったテリーヌ、という訳ではないらしい。
当然か。
魚の流通が少ないピュテルに住んでいるから、そう思うだけで、王都の人々も魚だけ食べている訳じゃないからな。
柔らかなテリーヌには、ナイフがスッと入る。
一口大に切り、リンゴのソースをつけて、口へ。
柔らかな食感を噛み切ると、豚の旨味と香草の香りが口に溢れ出した。
野菜の甘味と粒胡椒のピリリが、豚の味を強調してくれる。
そして豚特有の臭みを緩和してくれるのが、リンゴのソースだ。
爽やかな酸味と、スッと通る香りが堪らない、
『テリーヌって容器のことなんだってさ』
サンディが話してくれた、どうでも良い話が頭に浮かぶ。
なら、切り分けられたこいつは、何と呼べば良いのだろうか……サンディに聞いておけば良かった。まぁ、どうでもいいな。
このテリーヌを作ってくれた人には悪いが、香辛料を強く利かせてある狼のまんぷく亭で食べたテリーヌの方が、俺の好みだ。
こちらは、こちらで質良く、美味しい。
「ならば良い。わしの耳に届く報せは、マルクでなければ疑いたくなるものばかりでな。心身に負担が来ているのではと思ったが……杞憂であった」
王が俺を見て、そう言った。
表情は真剣そのものだが、目に優しさを感じる。
それは、きっと王の根の部分から出る、優しさなのだろうな。
俺は、テリーヌを飲み込んだ。
「……私は、私なりに好きに生きていますので。ですが、ご心配頂ける心は、痛み入ります」
優しさには、言葉を返さないと。
それに、無用な心配を掛ける事は、あまり良い事ではない。
心配する心が苦しいのは、少しだけ、知っている。
「フフッ。王の耳に届く事が全てでは、ありませんよ。クラーケン、グレーターデーモン、イービルリッチ、ミスリルゴーレム。他の力弱きモンスターも含めれば、数えるのも面倒な程に」
「う、む。その、なんだ……マルクは、本当に問題無いのか?」
「王よ、ご安心下さい。私が冒険者であった頃に比べれば、モンスターと戦う数は減っていますので」
別に、世の中が平和になった訳ではない。
モンスターは、依然あちらこちらで生まれ、人の脅威となっている。
俺が戦っていた分を、他の冒険者達が戦っているだけの話だ。
そのおかげで、俺は日々を穏やかに過ごせている訳である……今でも、少し申し訳なく思ってしまうな。
「そうか……ミネルヴァ殿よ。マルクの事、よろしく頼むぞ」
あれ? 王がこれ以上心配しない様に、言葉を選んだつもりなのだが……余計、王の顔に皺が増えてしまったような気が……。
「王のご期待には、沿えぬでしょう。相手が、このマルクですから」
「うむ。そうだな」
王は、得心が行ったという顔をしながら、テリーヌを楽しみ始める。
ミュール様も、それ以上の言葉は要らぬとばかりに、スープを口へ運んでいた。
腑に落ちないのは、俺だけらしい。
「ミネルヴァ様。マルク様は、それ程までに御厄介な方なのですか?」
メリィディーア様が、柔らかな表情で、そんな事を言い出した。
彼女の正面に座るミュール様が、小さく喉を動かし、口を開く。
「……ええ。私では制御しきれません」
「ミュール様。俺は、そこまで暴れん坊では有りませんよ」
「そう思っておるのは、マルクだけかも知れぬぞ」
「あはは。御冗談を」
王も面白い冗談を言う御方だ……王の目は、その言葉が本心だと語っている。
ミュール様は、柔らかな微笑みと共に、俺を見ていた。
王の言葉の、否定か同意か……その微笑みの意味が、俺には分からない。
メリィディーア様も、俺を見て笑っている。
「フフフ。ですが、そうして、マルク様の英雄譚が紡がれていくのですね」
「メリィディーア様、私の行いが英雄譚だなんて、大袈裟な事です。そう言う話は、劇と噂だけで十分ですから」
「少し残念ですわ。わたくしもトーマス様も、マルク様の活躍を楽しみにしていますのに」
「英雄譚などではなく、モンスター討伐の話でしたら、また今度にでも。トーマス様にも、宜しくとお伝え頂ければ幸いです」
「ええ。今度はわたくしも、ご一緒に」
「はい。喜んで」
メリィディーア様の緑の瞳には、勝てなかった。
真っ直ぐ見据えられると、素直に頷きたくなる力を感じる。
ミュール様の銀の瞳といい、太陽伯の青い瞳といい、恐ろしいものだ。
気を紛らわすために、野菜スープを一口飲もう。
右手を匙に持ち替え、掬い、頂く。
口に運ぶ前から、野菜の溶け込んだ香りが、鼻をくすぐる。
口に含むと、ギュッと濃縮された野菜と鶏肉の味が溢れ出し、舌を幸せにしてくれる。そして、体に染み込む温かさ。
入っている具材は、玉葱と鶏肉だけなのだが、スープに溶け込んだ味は複雑で、どれ程の野菜が使われているか、知る事は叶わない。
もう一口、行こう。
「劇と言えばだ、マルクよ、ネメアを妻に娶る気はないか?」
「グッ…………ふぅ。いきなりなお話ですが、全くありません。そもそも、会った事もないですので」
危ない危ない。スープを口から吹き出す所だった。
全く、王も突然なにを言い出すのやら。
「うむ、そうだろうな。本人も『良い虫よけが出来た』と喜んでおったからな」
「……今後も、出会わぬ事を祈っておきます」
バルザックさん曰く『どえらい美女』らしいが……知らぬ人を『虫よけ』扱いする人とは、あまり会いたくないな。
直接会わねば、人柄は分からないが、積極的に会う必要も無いだろう。
今も、そしてこれからも。
絶世の美女なら、もう十二分に見ている。
今も、クスクスと笑う二人の美女の姿を眺めながら、そう思った。




