500.話し合いの前に
「も、も、も、も、申し訳御座いませんでした」
尻を突き出していた身を素早く翻し、平身低頭しだしたペンネールさんを、レオニード王は、その力強い瞳で見ている。
王は、手に持つカップを、そっと丸卓へ下ろした。
今日も王のお姿は、力強さを感じる。
灰と金が交ざり合った豊富な髪と芯の通った背は、六十を超えたと思えぬ若々しさを印象付ける。今日は、金の冠を被っていない。
活力に満ちた顔は、突如現れた俺達に動じる事無く、ただ静かに頷いていた。
そして王は、重く、耳に残る声で許しを出す。
「構わぬ。ミネルヴァ殿の戯れであろう」
「王よ。何もかもを私の所為にされても、困ります。此度のペンネール学派長の失礼は、本当に偶々ですので誤解無きよう」
「そうだな。これは失礼をした。お詫びに茶でも振る舞わせて貰おう」
「あら、楽しみ」
そう言ってミュール様は、空いた五つの席、王から見て右斜め前へ座った。
ミュール様の立ち振る舞いは、王の前でも己が儘である。
流石に俺は、真似できない。
この場では、俺には、まだ口を開ける権利は……無い。
次は、王かモーリアンさんかペンネールさんだろう。
「我が身に余る光栄、有難うございます」
「レオニード王と共に茶を囲める栄誉、感謝いたします」
「堅苦しい席ではない。ペンネール、モーリアン。気を楽にして良い」
「ハッ! ハイ」「お心遣い感謝致します」
ペンネールさんは、ガチガチに固まりながら、ミュール様と王の間の椅子に座った。中々に豪胆な人なのかも知れない。
モーリアンさんは、折り目正しく礼をした後、王の正面を空け、王の斜め前に座った……困った。座る席によって序列など、有るのだろうか?
一番下っ端の俺は、何処に座れば良いのだろうか?
空いているのは王の正面と、王からみて左隣。
考えるよりも、挨拶が先だ。
「レオニード王。再びお会い出来て光栄です。神託の祭りでは、御前を立ち去る無礼、申し訳ありませんでした」
「頭を上げよマルク。戦いに赴く者に無礼もなにも無かろう。エキドナ討伐の件、迷惑を掛けたな」
「勝手をお許しいただき、有難うございます。そして、王と、再びお茶を囲める事に何よりの感謝を」
「フッ、そうか。さぁ、正面へ座れ、マルク」
「はい」
レオニード王が、威厳ある顔に笑みを浮かべ、俺を席へ誘った。
それに従い、ミュール様とモーリアンさんの間に座る。
質の良い椅子に俺の体が収まる。
正面に王。左にミュール様。右にモーリアンさん。左奥がペンネールさんで、王の隣が一席空いている。
昨日聞いたミュール様の話から考えるに、空席はタキオンさんの席なのだろう。
「淀みの剣に関しては、タキオンが戻り次第、話し合おうではないか」
「王のご随意のままに」
「お、王に、お任せします」
「では、レオニード王。お茶とタキオンさんが来るまで、何を話しましょう?」
ミュール様が、そう言った瞬間、六個の目……正確には隠れている護衛の人も含め八つの目から、俺に視線が飛んだ。
そして、独りペンネールさんが周囲を見回し、皆に倣うように俺を見た。
ペンネールさんは、その表情に不可解を露わにしているが、その顔をしたいのは俺の方である。
何故、王も、ミュール様も、モーリアンさんも、期待した目を向けるんだ?
こと話に於いては、俺に期待しても無駄なのに……。
「ええっと……何でしょうか?」
「王は、聞きたいのですよ。淀みの剣に関わる話を、マルク自身の口から」
淀みの剣に関わる話……黒い炎帝竜さんとの戦いの話、と言うとだろう。
それとも、表向きの話である、黒い竜との戦いだろうか?
いや、表向きの嘘八百の事実なんて、レオニード王は望まないか。
「表向きの話ではなく、ですか?」
「ええ。ここに居る皆には、真実の話を」
見回すと、皆、ミュール様に同意見の様であった。
ペンネールさんの目にも、興味の色が浮かんでいる。
うーん……王に語れるほど、口は達者ではないのだが。
昔よりは、人にあれこれと語る様になったが、未だに得意にはならない。
それでも、望むのならば、この口で語ろう。
「分かりました。我らパック調査隊がトゥル村へ向かった理由から、まずは、お話しましょう……」
可笑しな精霊の調査と警告。燃える山。逃げる村人。飛ぶ黒い竜と燃える村。首元に突き刺さる黒い剣。黒い魔力に侵された炎帝竜さん。
黒い魔力を焼き、赤き姿に戻り、俺の炎を喰らう炎帝竜さん。
トゥル村の人達の考えと、炎帝竜さんと村長の対話。
俺が語れるのは、このくらいだ。
炎帝竜さんに直接話を聞ければ、モルスの使徒の事ももう少し分かるのだが、それは俺とは、あまり関係のない話だろう。
「……と、いう訳です」
出来る限り短く話をしたが、ちゃんと伝わっただろうか?
相槌を打っていた三人は、俺が話を終えても、考え込むように沈黙していた。
ミュール様だけが、微笑みを湛えている。
まさか、何か言ってはいけない事を言ってしまったのではないか、と心配になるが、それは後でミュール様にでも聞くしか判断出来ないだろう。
沈黙の中、レオニード王が、静かに口を開いた。
「情報だけでは、どうも軽く見積もってしまうものだな」
王の言葉に続くように、ペンネールさんとモーリアンさんが口を開く。
「え、え、えっと。どうしましょうか?」
「私が封印する。それだけの事だ、ペンネール学派長」
ええと……なぜ、皆、重い雰囲気を醸し出しているのだろう?
語った内容が、問題だった? もしくは語り方が問題だったか?
自分の顔に、疑問が浮かんでいたのだろう。
口に出していない疑問の答えを、ミュール様が口にする。
「マルク、良い話でしたよ。事が大きいので、皆、困惑しているだけですよ」
「こと、大きいですか? 淀みの剣の処理は、確かに面倒ですけど」
口に出した疑問には、笑い声しか返ってこない……。
「ミネルヴァ殿。もしや、マルクは、事態を良く理解していないのか?」
「ウフフ。王よ、それは、いつもの事のですから」
「ミュール様。一応これでも、それなりには面倒事を解決していると自負しているのですが」
特に、人の命を奪うモンスターの討伐に関しては、アレコレ手を尽くしているつもりだ。事態の把握は、している……と、思う。
だが、王とミュール様に言われると、不安になってしまうな。
「うむ。分かっておらん様だな。それも良いだろう」
「はい。知って気負うよりは、今のままが良いでしょう」
「えっと……」
何の話をしているのか? と問おうと思ったが、部屋の外から聞こえる幾人もの足音が、部屋の前で止まった。
俺は、言葉を続けず、そのまま飲み込む事にした。
扉の前に立つ人物が、三度、扉を叩いた。
「構わん。タキオンよ、入れ」
「ハッ! 失礼致します」
扉を開き、現れたのは筆頭宮廷魔術師のタキオンさんと、お茶を持って来た使用人達であった。
タキオンさんは、今日も赤いローブを纏い、煉瓦色の髪を一房、頭頂部にて跳ねさせていた。その端整な顔には、自信と力が満ちている。
使用人達が、素早く丁寧にお茶を配る中、タキオンさんは、王へと一礼した。
「戻りが遅くなってしまい、申し訳御座いません」
「良い。私事ではないのだ。それに、そのお陰で、マルクの話も聞けたのだ」
「マルクの話、ですか……聞き逃すとは、勿体ない事をしてしまいました」
華美でないカップに満たされたお茶は、鮮やかに色付いていた。
そして、立ち昇る柔らかな香りが、ふわりと鼻まで届く。
「後で、ペンネールにでも聞くのだな。座れ、タキオン」
「ハッ!」
タキオンさんが、王の隣に座る中、俺は、お茶へ伸びる手を抑えるのに必死であった。少しとはいえ、口を動かせば、喉が渇く。
だが、王が動くまでは、我慢だ。我慢。




