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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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500.話し合いの前に

「も、も、も、も、申し訳御座いませんでした」


 尻を突き出していた身を素早く(ひるがえ)し、平身低頭しだしたペンネールさんを、レオニード王は、その力強い瞳で見ている。

 王は、手に持つカップを、そっと丸卓へ下ろした。

 今日も王のお姿は、力強さを感じる。

 灰と金が交ざり合った豊富な髪と芯の通った背は、六十を超えたと思えぬ若々しさを印象付ける。今日は、金の冠を被っていない。

 活力に満ちた顔は、突如現れた俺達に動じる事無く、ただ静かに(うなず)いていた。

 そして王は、重く、耳に残る声で許しを出す。


「構わぬ。ミネルヴァ殿の(たわむ)れであろう」

「王よ。何もかもを私の所為(せい)にされても、困ります。此度(こたび)のペンネール学派長の失礼は、本当に偶々(たまたま)ですので誤解無きよう」

「そうだな。これは失礼をした。お詫びに茶でも振る舞わせて貰おう」

「あら、楽しみ」


 そう言ってミュール様は、空いた五つの席、王から見て右斜め前へ座った。

 ミュール様の立ち振る舞いは、王の前でも己が(まま)である。

 流石に俺は、真似できない。

 この場では、俺には、まだ口を開ける権利は……無い。

 次は、王かモーリアンさんかペンネールさんだろう。


「我が身に余る光栄、有難うございます」

「レオニード王と共に茶を囲める栄誉、感謝いたします」

「堅苦しい席ではない。ペンネール、モーリアン。気を楽にして良い」

「ハッ! ハイ」「お心遣い感謝致します」


 ペンネールさんは、ガチガチに固まりながら、ミュール様と王の間の椅子に座った。中々に豪胆な人なのかも知れない。

 モーリアンさんは、折り目正しく礼をした後、王の正面を空け、王の斜め前に座った……困った。座る席によって序列など、有るのだろうか?

 一番下っ端の俺は、何処(どこ)に座れば良いのだろうか?

 空いているのは王の正面と、王からみて左隣。

 考えるよりも、挨拶が先だ。


「レオニード王。再びお会い出来て光栄です。神託の祭りでは、御前を立ち去る無礼、申し訳ありませんでした」

「頭を上げよマルク。戦いに(おもむ)く者に無礼もなにも無かろう。エキドナ討伐の件、迷惑を掛けたな」

「勝手をお許しいただき、有難うございます。そして、王と、再びお茶を囲める事に何よりの感謝を」

「フッ、そうか。さぁ、正面へ座れ、マルク」

「はい」


 レオニード王が、威厳ある顔に笑みを浮かべ、俺を席へ誘った。

 それに従い、ミュール様とモーリアンさんの間に座る。

 質の良い椅子に俺の体が収まる。

 正面に王。左にミュール様。右にモーリアンさん。左奥がペンネールさんで、王の隣が一席空いている。

 昨日聞いたミュール様の話から考えるに、空席はタキオンさんの席なのだろう。


(よど)みの(つるぎ)に関しては、タキオンが戻り次第、話し合おうではないか」

「王のご随意のままに」

「お、王に、お任せします」

「では、レオニード王。お茶とタキオンさんが来るまで、何を話しましょう?」


 ミュール様が、そう言った瞬間、六個の目……正確には隠れている護衛の人も含め八つの目から、俺に視線が飛んだ。

 そして、独りペンネールさんが周囲を見回し、皆に(なら)うように俺を見た。

 ペンネールさんは、その表情に不可解を露わにしているが、その顔をしたいのは俺の方である。

 何故(なにゆえ)、王も、ミュール様も、モーリアンさんも、期待した目を向けるんだ?

 こと話に()いては、俺に期待しても無駄なのに……。


「ええっと……何でしょうか?」

「王は、聞きたいのですよ。淀みの剣に関わる話を、マルク自身の口から」


 淀みの剣に関わる話……黒い炎帝竜さんとの戦いの話、と言うとだろう。

 それとも、表向きの話である、黒い竜との戦いだろうか?

 いや、表向きの嘘八百の事実なんて、レオニード王は望まないか。


「表向きの話ではなく、ですか?」

「ええ。ここに居る(みな)には、真実の話を」


 見回すと、皆、ミュール様に同意見の様であった。

 ペンネールさんの目にも、興味の色が浮かんでいる。

 うーん……王に語れるほど、口は達者ではないのだが。

 昔よりは、人にあれこれと語る様になったが、未だに得意にはならない。

 それでも、望むのならば、この口で語ろう。


「分かりました。我らパック調査隊がトゥル村へ向かった理由から、まずは、お話しましょう……」


 可笑(おか)しな精霊の調査と警告。燃える山。逃げる村人。飛ぶ黒い竜と燃える村。首元に突き刺さる黒い剣。黒い魔力に侵された炎帝竜さん。

 黒い魔力を焼き、赤き姿に戻り、俺の炎を喰らう炎帝竜さん。

 トゥル村の人達の考えと、炎帝竜さんと村長の対話。

 俺が語れるのは、このくらいだ。

 炎帝竜さんに直接話を聞ければ、モルスの使徒の事ももう少し分かるのだが、それは俺とは、あまり関係のない話だろう。


「……と、いう訳です」


 出来る限り短く話をしたが、ちゃんと伝わっただろうか?

 相槌を打っていた三人は、俺が話を終えても、考え込むように沈黙していた。

 ミュール様だけが、微笑みを(たた)えている。

 まさか、何か言ってはいけない事を言ってしまったのではないか、と心配になるが、それは後でミュール様にでも聞くしか判断出来ないだろう。

 沈黙の中、レオニード王が、静かに口を開いた。


「情報だけでは、どうも軽く見積もってしまうものだな」


 王の言葉に続くように、ペンネールさんとモーリアンさんが口を開く。


「え、え、えっと。どうしましょうか?」

「私が封印する。それだけの事だ、ペンネール学派長」


 ええと……なぜ、皆、重い雰囲気を(かも)し出しているのだろう?

 語った内容が、問題だった? もしくは語り方が問題だったか?

 自分の顔に、疑問が浮かんでいたのだろう。

 口に出していない疑問の答えを、ミュール様が口にする。


「マルク、良い話でしたよ。事が大きいので、皆、困惑しているだけですよ」

「こと、大きいですか? 淀みの剣の処理は、確かに面倒ですけど」


 口に出した疑問には、笑い声しか返ってこない……。 


「ミネルヴァ殿。もしや、マルクは、事態を良く理解していないのか?」

「ウフフ。王よ、それは、いつもの事のですから」

「ミュール様。一応これでも、それなりには面倒事を解決していると自負しているのですが」


 特に、人の命を奪うモンスターの討伐に関しては、アレコレ手を尽くしているつもりだ。事態の把握は、している……と、思う。

 だが、王とミュール様に言われると、不安になってしまうな。


「うむ。分かっておらん様だな。それも良いだろう」

「はい。知って気負うよりは、今のままが良いでしょう」

「えっと……」


 何の話をしているのか? と問おうと思ったが、部屋の外から聞こえる幾人もの足音が、部屋の前で止まった。

 俺は、言葉を続けず、そのまま飲み込む事にした。

 扉の前に立つ人物が、三度、扉を叩いた。


「構わん。タキオンよ、入れ」

「ハッ! 失礼致します」


 扉を開き、現れたのは筆頭宮廷魔術師のタキオンさんと、お茶を持って来た使用人達であった。

 タキオンさんは、今日も赤いローブを(まと)い、煉瓦色の髪を一房、頭頂部にて跳ねさせていた。その端整な顔には、自信と力が満ちている。

 使用人達が、素早く丁寧にお茶を配る中、タキオンさんは、王へと一礼した。


「戻りが遅くなってしまい、申し訳御座いません」

「良い。私事ではないのだ。それに、そのお陰で、マルクの話も聞けたのだ」

「マルクの話、ですか……聞き逃すとは、勿体(もったい)ない事をしてしまいました」


 華美でないカップに満たされたお茶は、鮮やかに色付いていた。

 そして、立ち昇る柔らかな香りが、ふわりと鼻まで届く。


「後で、ペンネールにでも聞くのだな。座れ、タキオン」

「ハッ!」

 

 タキオンさんが、王の隣に座る中、俺は、お茶へ伸びる手を抑えるのに必死であった。少しとはいえ、口を動かせば、喉が渇く。

 だが、王が動くまでは、我慢だ。我慢。

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