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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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498.王都へ跳ぶ時は

 朝食後、俺は、女王の塔へと向かった。

 特に持って行く物も無いので、持つのは多少の金貨と銀貨だけだ。

 戦闘の予定もないので、剣もポーションも必要ない。

 女王の塔に入り、転移陣を起動する。

 俺を光が包み込み、転移した先にて徐々に光が消え、視界が明瞭になっていく。

 転移したのは、丸い卓の置かれた、いつものお茶会の部屋。

 ミュール様は丸卓の横に立ち、現れた俺を真っ直ぐに見据えていた。

 今日のミュール様は、普段よりも瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気を漂わせていた。

 その原因が、服装による違いであると気付く。

 見ただけで上質さが分かる薄青の服は、公爵家の開催したパーティーでの姿を思い出させる。胴と腰の露出は少ないが、ミュール様の女性らしい輪郭を露わにしていた。

 二の腕の途中まで伸びた白い長手袋は、細い線を、より繊細に表現している。

 透き通るような青い髪と高い背丈に良く似合った服装だ。

 ミュール様の服装を見て、自分自身に少し気になる点が浮かんでしまったが、挨拶をするのが先だ。


「おはようございます、ミュール様。今日は一段とお美しいです」

「フフッ。おはよう、マルク。世辞は不要ですよ」

「いえいえ。お世辞ではなくて、本心ですから」

「ありがとう」


 俺は、微笑むミュール様に近付きながら、浮かんだ疑問を訪ねた。


「あの、俺……普段着なんですが、大丈夫でしょうか?」


 ちょっと狼のまんぷく亭にでも行くか、って感じに普段着だ。

 思えば、レオニード王に会うのだから、それなりの(よそお)いは必要だよな……。


「構いませんよ。正式な会合ではありませんので、服装は自由です」

「その自由は……自由ではないですよね? ミュール様」


 口に手を当て笑うミュール様の姿が、俺の問いの答えを表していた。

 一度帰って、着替えて来ようか?

 いや、ミュール様と今から会う他の人達を、待たせてしまうな。

 失礼かもしれないが、このまま普段着で行こう。


「このまま行きましょう……自由ですから」

「フフッ。本当に大丈夫ですよ。気にするマルクが可愛らしくって、ウフフ」

 

 揶揄(からか)うように笑うミュール様が、俺の肩に手を置いた。

 長手袋で覆われていても、その感触は柔らかい。


「覚悟は決まりましたので、行きましょう、ミュール様」

「はい。≪転移(てんい)≫」


 短く呟かれた呪文により、見える物全てが一瞬にして変わる。

 感じる魔力も、鼻で感じる空気も。

 馴染(なじ)みにある女王の塔から、外光一つ差さない代わりに魔工石が灯る室内へと。

 ふわりと明るい店内には、用途不明の魔道具が並んでいた。

 ここは、知っている。

 王都にある、モーリアンさんの秘密の店だ。

 俺は、無人の店内にいる店番へ、目を向ける。

 カウンターの上には、今日も黒猫がごろんと寝転び、四肢を伸ばしていた。

 黒猫は、俺達をチラリと見ると、興味を失ったかのように、寝に戻る。

 その姿に、自分の頬が緩むのを感じた。


「おはよう」


 黒猫は、俺に視線すら向けずに、尻尾を軽く振った。

 あれが、猫なりの挨拶なのだろう。

 俺が黒猫の尻尾を眺めていると、ふと魔力の流れを感じた。

 カウンターの先、店の奥へと続く扉が、魔力に従い独りでに開く。

 そして現れたのは、店の主人であり、母と父の友人、封印魔法の第一人者であるモーリアンさんであった。

 その姿は、記憶の中の……子供の頃に出会ったモーリアンさんの姿に似ていた。

 ぼさぼさの金の髪は、真っ直ぐに()かされ、動く度に(なび)いている。

 眠たそうな目も、今日はくっきりとしており、意思の強さを感じる目であった。

 四十程の年に刻まれた(しわ)はあるものの、それがモーリアンさんの美しさを損なわせる事は無い。

 少し懐かしいような……それでいて、ぼさっと跳ねた髪と眠そうな目が恋しいような、変な気分になってしまった。

 

「おはよう、マルク少年、ミネルヴァ」


 聞こえたのは、子供の頃の記憶と違い、ふわりとした優しい声であった。

 ほっとする自分が居る……おっと! 挨拶を。


「おはようございます、モーちゃん」

「おはよう、モーリアンさん。今日は宜しくお願いします」


 俺達の挨拶を受け、モーリアンさんは柔らかに目尻を下げた。

 キリッとした表情も良いが、柔らかな表情の方が俺は好きだ。

 眠そうな顔の方が、なお落ち着くが、どの顔もモーリアンさんなのだろう。


「ああ。だが今日は、確認と準備で終わってしまうだろう」

「そうですね。厄介な物ゆえ、安全を第一に考えましょう」


 そう言ってミュール様は、店内を見回した。

 特に変わった様子もなく、当然ながら俺達以外、誰も居ない。


「彼女は?」

「遅刻だ……マルク少年。少し店番を頼めるかな?」

「はい。何処(どこ)かへお出かけですか?」

「いや。奥の部屋で、ひと足先に、(よど)みの(つるぎ)を見ておこうと思ってね」

「では、奥へ」


 モーリアンさんは、ミュール様と共に、扉の奥へと消えていった。

 モーリアンさんから魔力が流れ、独りでに閉まる扉。

 店内に残ったのは、俺と黒猫だけだ。


「一緒に店番、頼むよ」


 我、関せずと、寝転び続ける黒猫に一声かけ、俺はカウンター内の椅子に腰を下ろした。さぁ、二人が戻るまで店番せねばな。

 まぁ店番をしているのは、この黒猫であって、俺は座っているだけなのだが。

 誰も居ない店内を見回す。

 数多くの魔道具が置いてあるこの店は、ガル兄が来たら喜びそうな店だ。

 視覚的にも魔力的にも問題ない店内を眺めるのを止め、俺はぼぉーと、正面の壁を見つめていた。

 その時、俺の太腿の上に、温かい塊が乗ってきてくれた。

 俺は(しばら)くの間、視線を動かさず待つ事にする。

 黒猫が姿勢を整えるのを終えたのを見計らって、ゆっくりと手を動かした。

 丸まる黒猫の滑らかな毛並みを、手に平にて堪能(たんのう)する。

 温かさと柔らかさが混じり合った感覚は、俺に癒しを与えてくれる。

 ふぅ…………この状態は、落ち着くなぁ……。

 撫でるのを止めると、尻尾で叩かれるので、撫で続ける。

 己の手をブラシ代わりにしながら。

 モーリアンさんと黒猫に会えて、もう王都での用事は終わったも同然だな……いや、カミュ少年には、時間があれば会いたいものだ。

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