48.ガランサとカエデとダンジョン
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「なぁ? 俺を訪ねてくる人って、朝一に来ることが多いと思うんだけど……どう思う? ガル兄」
「ん? その時間以外、マルクを捕まえられないからだろ」
俺は、警戒しながら歩く。ガル兄の声は、後ろから聞こえてくる。
「ふーん。でもさ、シャーリーとの大事な朝ごはんの時間をさ、奪わなくてもいいと思わない?」
「ええ。ガランサ様はオーガじみた畜生で御座います。朝一番に仕事をしてもお給金は変わらぬというのに。わたくしをこんなダンジョンくんだりに連れ込んで、一体何をなさるおつもりなのでしょうね……あぁ如何わしい」
「それは、すまんと思っているさ。まさか、毎日マルクの家に、シャーリーが朝飯作りに行ってるなんて、思いもしなかったからな。特にシャーリーには、後で謝っておくよ」
「うい」
シャーリーとは、家を出る前に会えたから、愚痴は、これぐらいにしておこう。
『お兄ちゃんも、ガランサさんも頑張ってきてね』
シャーリーは、朝食用のパンを――しかも自分の分も――俺たちに渡して、笑顔で見送ってくれた。
その笑顔には、本当に助かっている。
冗談抜きで、シャーリーが居なければ俺は死んでいただろうと思うと、その感情も一入だ。
「あら? わたくしを無視なさるとは、非道もここに極まりましたか。これはギルドに駆けこんで、日頃のガランサ様による、語るにおぞましく、聞くも耐えない仕打ちの数々を、報告してこなければなりませんね。明日にでも『鬼畜ポーションなんて飲めるか』と町中で噂となることでしょう」
「はぁ……今回は特例中の特例だから仕方ない。今月は、倍にしておくよ」
「粉骨砕身、ガランサ様をお守り致します。ヒュドラでもウンディーネでも討伐して差し上げますわ」
「カエデさん。間違ってもウンディーネは倒さないでね。精霊だから」
「フフフ。分かっております、マルク様」
先頭に立っている為、二人の表情などは見て取れない。
ここはダンジョン第ニ十六層目。軽んじて歩ける階層ではない。
第二十五階層までは転移陣でひとっ飛びであるから、ダンジョンに入ってから、まだそれほど時間は経っていないが。
そして目指すは第二十七階層。目的地が近くて良かった。
転移陣の関係上、中途半端な階層へ向かうと、余計に労力が掛かる。
冒険者でない者を連れていく場合は特にだ。
とはいえ、ガル兄は放っておいても大丈夫だろう。
カエデさんは……よく分からない。
この辺りの階層に出てくるポイズンスコーピオン専用の毒消しも、十分に用意してある。ムル婆ちゃんの特製品だから、信頼性は抜群だ。
まぁ厄介なモンスターには、会わないに越したことはないが。
今進んでいるのは、横幅が、両手を広げた人が二人いると埋まる程度の道だ。
この道を真っ直ぐ進み、次の十字路を右に、道なりにある小部屋に入れば、次は第二十七階層へ続く階段だ。
迷わなければ、さほど時間もかからずに突破できる。
地形を憶えずにダンジョンに入ると……地獄である。
二人には、第一階層にて既に説明してあるから、俺がいなくても迷いはしない。
「ガル兄、カエデさん、トラップあるから壁には触らないでね。流石に見て分かるだろうけど」
「ガランサ様ではありませんので、ご安心を」
「ハハハ、ダンジョン慣れしてなくても、そんな事しないぞ」
小声で言っても「危ねぇ」の言葉は聞こえているんだよなぁ。
思ったより、警戒を強めないといけないかもしれない。
と、思ったら早速、前方から魔力の流れを感じた。
この階層で魔力垂れ流しているモンスターといったら――思い当たる。
「赤目かな」
「強いのか?」
レッド・イービルアイ。
通称赤目は、ふわふわ浮いている、頭程度の大きさの目玉の化け物だ。
瞳は赤く、そこから蜘蛛の巣のように赤い線が周囲に走っている。
目玉の後方には細い管が、左右に揺れている。
奴に見られるだけで体が痺れる。全く動けない程ではないが、厄介だ。
動きが鈍った生物に背の管を刺し、命と魔力を吸い取り、奴は増殖する。
まぁ、先に気付いたのならば、対策を取れば良いだけだ。
「面倒。≪戦士の妙薬≫」
俺の言葉で、呪文が魔法になり、俺たち三人を魔力が包む。
そしてすぅ、と体に入り込んでくる。
これで少しの間、痺れと多少の毒への耐性がつく。
これは、今でも使われている道具を元に作られた魔法だ。魔導書で理論を頭に叩き込み、あとは多少の魔力があれば、誰にでも使える簡単な魔法である。
「麻痺か毒、ですか?」
「痺れと管による突き刺しです。全身弱点ですが、魔力は通りにくいので注意してください」
まだ慎重に進む。
敵が赤目だけならば、ガル兄と共に剣を振り回すだけで勝てるだろうが、他のモンスターも一緒だと、対処を考えなければいけない。
十字路までたどり着いたが、赤目がいるのは直進した所だ。
立ち止まっていても、すぐに接敵するだろう。
待ち伏せて、隠れて横から斬る? 順路の小部屋まで急いで行く?
いや、挟み撃ちに遭うと対処が面倒になる。
「先に倒そう」
二人も頷く。決まりだ。
そのまま真っ直ぐ駆け、剣を抜く……見えた。
一つ、二つ、三つ、四つ。全部で四体だ。
赤目は、俺の胸当たりの高さを浮遊している。
奴が真っ直ぐにこちらを見た。が、既に対策済みだ。
そのまま瞳の中心に剣を突き立てる。甲高い断末魔と共に、赤目が姿を消した。
もう一体近くを飛んでいるが、それは無視だ。奥を狙い、走る。
相対する赤目が、その柔軟な管で俺を突き刺さんとする。
流石に当たるほど呆けてはいない。
振るわれた管を左手でつかみ取り、そのまま振り回し、目玉を壁に叩きつける。
赤目がべちょりと音を立て、地面へと落ちた。
上から剣を突き立て……止めを刺す。
赤目が塵となるのを確認し、俺は周囲を見渡した。
ガル兄の前には既に魔石が落ちており、もう一体の赤目には、投げナイフが三本突き刺さっていた。
地に落ち、ナイフを残して消え、赤目は魔石と化した。
周囲には……敵はいない。
「お疲れ様。カエデさん。ナイス、ナイフ」
「マルク様。もっと褒めてもよろしいのですよ」
カエデさんが、落ちたナイフと四つの魔石を回収しながら言った。
執事服の何処に、あのナイフと魔石を収納しているのだろうか?
見ていても、分からない。
「乙女をじろじろ見るのは、いけません」
彼女が、恥ずかしそうに体をくねらせる。
そのくねくねの方が、よっぽど恥ずかしいだろうに。
お道化たカエデさんも可愛いから、まぁいいか。
「ほれ、先行くぞ」
ガル兄が、踵を返し、先に行く。モンスターはいないようだが不用心だ。
「右だったよな」
ガル兄は、十字路を右に曲がった。
クスッとカエデさんが笑う。うん、ガル兄にはダンジョンは難しそうだ。
「ガル兄。そっちじゃない」
十字路の中央で止まり、ガル兄と反対の方向を指差す。
真っ直ぐ進んで、引き返したのだから、反対だよ……。




