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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十一章

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484.早い帰りと妹と

 肉屋の扉を開いたシャーリー達の後ろを歩き、荷物を持ちながら入店する。


「おっ、シャーリーちゃんと噂のマルクの――いや、いらっしゃい」


 腹の出た肉屋の御主人が、俺を見て、言葉を切った。

 そこで切っても『噂のマルクの女』と続く事は、分かりきっている。

 テラさんは……気にした様子もなく、店内を見回していた。

 なら、別に良いか。


「おじさん。いつものと鶏むね肉四枚お願い」

「よし、ちょっとまってな。お嬢ちゃんとマルクは、何かあるかい?」

「わしは、ないのぅ」

「また今度買いに来ます」

「ハハハッ、楽しみに待ってるよ」


 俺を見た腹を揺らしながら笑った御主人は、俺に近付き、小声で言った。


「マルク。精力つけるならラム肉も仕入れるぜ」

「あっ、そういうのいいんで」

「そうか……まぁ、必要になったら言ってくれよ」


 そう言って肉屋の御主人は、店の裏へと消えた。

 活力的な意味か、性的な力の意味か……まぁ、どちらにせよ善意なのだろう。

 横に目を向けると、シャーリーとテラさんが苦笑いを浮かべていた。

 頼む……その生暖かい目で、俺を見ないでくれ。




 どこへ行っても、皆、言う事は一緒であった。


『マルクに精を付けさせるなら……』


 何故(なにゆえ)、店の人々は、俺に精力を付けさせたいのだろうか……。

 もしや俺が、疲れて見える?

 それとも、嘘八百である女(たら)しの噂の所為(せい)だろうか?

 疑念と荷物が、店を回る度に増えていく。


「なぜだ?」


 どうでも良い事を悩む俺の耳に、クスッと笑うシャーリーの声が届いた。

 そして、前へと歩きながら、シャーリーは軽い口調で言う。


「皆、お兄ちゃんに元気でいて欲しいだけだよ……たぶんだけどねー」

「お主が店を回っておるのが、珍しいのじゃろう」


 シャーリーの横を歩くテラさんが、合わせて私見を述べる。

 だが、それには少々疑問点があった。


「前にもシャーリーと一緒に回りましたけど、その時は、別に何も言われなかったですよ」

「ふぅむ。では、何じゃろうなぁ?」


 俺とテラさんは、荷物を持ち、歩いたまま、互いに首を(かし)げる。


「気にしても仕方が無いよ、お兄ちゃん。ほら、帰ろう」

「そうだな。肉も傷む」

「うむ。買い出し終了じゃ」


 肉は、受け取った際、魔法で冷やしたから多少は大丈夫だろう。

 だが、今日も少し暑い。

 今も、日差しが熱を持ち、俺達の身を照らしていた。

 少しだけ、日影が恋しくなるな……涼めれば、家の中でも良い。

 だが、このまま帰るのが勿体(もったい)ない気がしてしまうな。

 俺は、前を歩く二人の姿を、目に焼き付ける。

 シャーリーとテラさん、そして俺。

 三人で買い物に行けるなんて幸福、中々ない。

 主に、俺の所為(せい)で。

 こんなにあっさりと、買うものを買って帰る……それでいいのか?

 などという贅沢な悩みも虚しく、俺達は道具屋『(かも)(ねぎ)』に到着してしまった。

 まぁ元々この周辺の店で買い物をしていたのだから、到着が早いのは当然だ。

 シャーリーは、裏からではなく表から店へと入る。

 鴨の葱の扉が開くと同時に、入店を知らせる鈴の音が鳴った。


「いらっしゃーい。ってあれ? なんだ、お姉ちゃんか」


 聞こえてきたのは、快活な声ではなく、高く愛らしい声であった。

 カウンターの奥には、店番をしている十歳の少女、シャーリーの妹のビィの姿が見える。

 母親であるリンダさんに良く似た、可愛らしい顔立ちをしており、少し暗めの茶色い髪の毛先を、外側に跳ねさせている少女だ。

 丸わかりの作り笑顔から、一瞬で素の表情へと戻る様は、少し面白い。

 ビィは、シャーリー一家の中で唯一魔法の才があり、魔法学派『フクロウの瞳』の中にある魔法を学ぶことが出来る『(まな)()』へ通っている。

 (はず)なのだが……なぜ店番を?

 俺の疑問を、シャーリーが代弁してくれる。


「何でビィが? 学び舎はどうしたの?」

「きんきゅー会議でお休み。で、帰ってきたらお母さんに捕まっちゃった。マルク兄ちゃん、テラ姉ちゃん、おはよー」

「おはよう、ビィ」「おはようなのじゃ」

 

 手を振る姿に、手を振り返したいが、残念ながら両手は荷物で塞がっている。

 しかし、緊急会議? 学派の? それとも、学び舎の?

 一体、何だろうな?

 まぁ俺の力が必要な時は、ミュール様かパック先生経由で話が来るだろう。

 もしかしたら、内部のごたごたかもしれないし、今、気を揉んでも仕方が無い。

 俺達は、カウンターに近付き、裏手に回る。


「ねぇ、ビィ。お母さんは?」

「裏で書きもの中」

「あぁ、白馬の……じゃ、店番よろしくね」

「えー!? お姉ちゃん、店番代わってよー」


 口を尖らせて姉へ抗議するビィの姿は、子供らしくて、可愛らしい。

 だが、商売をしている店で見せる姿ではないな……幸い今は客が居なかった。


「もぅ。私もお休み中なんだけどな……買った物を片付けてからね」

「ヘヘッ。やったー!」


 俺達は、喜ぶビィを店に置いたまま、一家の生活空間である二階へと上がった。

 階段を上りながら、シャーリーが言う。


「ごめんね、お兄ちゃん」

「お姉ちゃんも大変だな」

「えへへ。でも、ちょっと残念。お兄ちゃん達とお喋り出来ると思ったのに」

「すまん、シャーリー。俺が店先にずっと居たら、客が逃げるからな……」

「カッカッカ。じゃな……しかしそこは、わしも変わらんかも知れぬのぅ」


 俺も、前を歩くテラさんも、がっくりと肩を落とした。

 俺達では、店番の力になれない……。

 二階に上がったシャーリーは、台所へ向かいながら、楽しそうに笑った。


「アハハ。気持ちだけ貰っておくね。お兄ちゃん、テラさん。買い物付き合ってくれてありがと」

「あんな早く帰って、良かったのか?」

「良いの。お出かけじゃなくて、必要な買い物だから」

「そっか」


 俺とテラさんは、食卓の上に、荷物を次々と置いていく。

 並べると結構な量だ。

 今から、これの片付けである。

 冷暗所へ入れる物。常温で保存する物。簡易的な氷室へ入れる物。

 テキパキと動かねば、日が暮れてしまう。


「さっ、ちゃっちゃと片付けようぞ」

「テラさん達は、もう自由に――」

「なら、手伝わせてくれ」

「うむ」


 シャーリーが困ったような顔で、俺達を見ていた。

 だが、一歩も引く気は無い。


「ご指示を、シャーリー隊長」

「フフッ、何それ……お兄ちゃんは、調味料の補充をお願い。テラさんは野菜を」

「了解しました」「うむ、任せい」


 シャーリーの指示に従い、俺とテラさんは手足となって動く。

 そして台所にて、ふと思った。

 シャーリーは店番の後、恐らく昼食も作るんだろうな、と……ちょっとやるか。


「シャーリー、後で台所借りて良いか?」

「んー? フフ。聞かなくても、好きに使っちゃっていいよ、お兄ちゃん」

「ありがと」

「でも、何するの?」

「昼食の準備」


 シャーリーの首が、コクンと横に曲がった。

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