表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
488/1014

481.硬い枕

 俺は今、動けないでいた。

 俺の膝の上で、パック先生がぐっすり眠っているからである。

 パック先生の耳が、俺の太腿に当たっていた。

 俺の膝枕なんて、硬くて眠れないだろうに。

 パック先生は、アップルパイを平らげ、茶を合計二杯飲み、俺の差し出した青色ポーションを飲んだ所で、力尽きた。

 横に倒れるパック先生の体を押さえながら、自然な形に倒すと、今の膝枕の形になってしまったのだ。

 起こす訳にもいかないので……今は、動けない。

 幸い今日は、もう用事は無い。

 テラさんと狼のまんぷく亭へ行きたいくらいか……まだ、時間はたっぷりある。

 それまで、ぼぉーとしていよう。


「≪(いや)しの(みず)≫」


 右手に生み出した、少し冷たい癒しの水を、パック先生のおでこに張り付ける。

 薄く、広がるように。疲れが少しでも取れるように、

 小さな吐息が、パック先生の口から(こぼ)れた。

 だが、起きてはいない。

 本当に、疲れているんだな。

 仕事と好奇心と時間を天秤に掛けた結果であろうが、無理をするのは良くない。

 一刻も早く、事の解明に乗り出すのは、正しい事だ。

 その迅速さが、人を救う事も多い。

 それでも、自分自身の体は、(いた)わって欲しいものだ。

 研究室に入り込む外光(がいこう)が、既に赤く染まっていた。

 パック先生の小さな寝息を聞きながら、俺はただ、ぼぉーとする。

 人の頭って案外重いものだと、枕と化した太腿で実感するが、それでも、どこかへ行く気は毛頭(もうとう)ない。

 (ほう)けている俺の耳が、扉の前で止まる足音を捉えた。

 扉が三度叩かれると共に、聞きなれた声が耳に届く。


「テラじゃ。生きておるか―?」

「生きてますよ」


 大声は出さず、普通に返事をする。

 テラさんなら、これで十分聞こえているだろう。


「む? マルクも来て……」


 自分の口に人差し指を立て、入ってくるテラさんに沈黙を(うなが)す。

 俺を見るテラさんは、そのふわりと広がる銀の髪を揺らしながら、目をキョトンとさせた。髪からはみ出した長い耳も、ピンと張り、驚きを示している。

 そぉっと近付いて来たテラさんは、眠るパック先生を見て、微笑み、(うなず)く。

 そしてテラさんは、俺の前のソファに腰を下ろした。

 正面で、パック先生を見ているテラさんの愛らしい耳は、ピョコピョコ上下しており、テラさんの内側の感情を表していた。

 俺も、テラさんも喋らない。

 ただ沈黙の続く中、パック先生の寝息だけが、聞こえていた。




 魔工石が灯る研究室の中で、俺とパック先生とテラさんは、淹れ直した茶を飲みながら、ソファに座って話をしていた。

 パック先生の隣にはテラさん。二人の前に俺が座っている。

 やはり、こっちの方が、落ち着くな。


「あの黒い剣、やっぱり元はダークマターだったよ」

「モルス教が関わっておったからのぅ」


 特に意外そうな顔もせず、テラさんは大きく頷いた。

 調べて判明する事が大切であるが、パック先生同様『やっぱり』な気分だ。

 そして、元がダークマターならば、気になる点が一つ。


「モンスターを引き寄せる力は?」

「今の所は、そんな反応は示してないね。今は、他の人に任せて、私は資料を(あさ)ってる所……私も、あっちを調べたいんだけどね……」


 パック先生が茶を飲みながら、遠い目をしている。

 黒い剣は、昨日の今日で、もう他の人の手に渡ってしまったのか……。

 ダークマター、赤い宝石、黒い剣……パック先生の元に集まった不思議な現物達は、パック先生の手元には残らないらしい。

 最近残ったのは、変質の(くさび)怨嗟(えんさ)の炎くらいか。


「何とも、不憫(ふびん)じゃのぅ」

「元気出してくださいね」

「うん、ありがとう。まぁ仕方が無いのは、分かっているから……事が大きくなると、どうしても私の手に余るからね。(いち)研究者としては、複雑な気分だけど」


 学派員一人で背負う事を、組織は許してくれないのだろう。

 事が手に負えなくなってからでは遅いので、当然の対応なのかもしれない。


「でも、そんなに大層な……物でしたね」

「炎帝竜を侵し、狂わせる程の代物だから」


 パック先生の表情が(かんば)しくない。何か思う所がある様だ。

 考えても仕方が無いので、直接聞いてみる事に。


「何か、問題点でも?」

「ちょっとね。あれ、フクロウでも手に負えないかもしれないから」

「む? フィンも白旗を上げたのかえ?」


 フィンスティング学派長の事は、良く知らないが、テラさんが信頼を置く人だ。

 魔法学派『フクロウの瞳』の長であり、副学派長たるミュール様の上司である。

 テラさんの問いに対し、パック先生が首を横に振った。 

 

「研究というよりは、安全確保ですかね。フクロウには、黒い剣を封印出来る人材がいませんから」

「簡単な封印では、危険というわけじゃな」

「恐らく、一度王都へ送る事になるかと」


 王都、封印……間接的とはいえ、またモーリアンさんに迷惑を掛けてしまうな。


「ふむ。して、パックや。あの黒い水の精霊との関係性は、どうじゃった?」

「魔力を使った実験で、あの採取した精霊の一部と同じ反応を示したので、同一犯、もしくは二本、三本と黒い剣がある可能性が……考えたく無いですね」

「うむ。あんなものがポンポンあっては、困るのじゃ」

 

 俺は二人の会話を聞きながら、(うなず)き、同意を示しておく。

 危険物は、少ないに越したことはない。

 が、楽観視も出来ないだろう。情報が足りないのだから。


「パック先生は、(しばら)くこの件の調査を?」

「資料と睨めっこだね。ちゃんとご飯食べて、夜は寝るから安心していいよ」

「当たり前じゃ。全く、世話の掛かる(むすめ)っ子じゃのぅ」


 にこやかに笑いながら、テラさんが言う。

 それを聞いたパック先生は、少し照れた様子で、頬を人刺し指で()いていた。

 流石に俺に膝枕された事は、恥ずかしかったのだろう。

 だがそれで、少しでも体調管理に気を使ってくれるならば、それで良い。


「そうして下さい。力と硬い枕で良ければ、いつでも貸しますから」


 そう言いながら、俺は自分の太腿を軽く叩いた。

 パック先生が、クスッと声を漏らす。


「また今度、借りようかな。全く、おねぇさんを(たぶら)かすなんて、悪い子だね」

「カッカッカ。わしも今度借りるとするかのぅ。良いか? マルク」

「こんなので良ければ、いつでも」


 笑いながら冗談に乗ってくれる、パック先生とテラさん。

 男の俺の硬い膝枕なんて冗談にしかならないが、二人の為なら、いつでも力を貸すのは、冗談ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ