476.幕間~キオ達のお仕事・前編~
王国南部のとある山の麓。
冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』所属Dランク冒険者パーティーが、山奥より下りて来たモンスターと対峙していた。
髪を尖らせた十四の少年キオは、人と豚を混じり合わせたかの如きモンスター、オークをキリッと睨みつける。
一つ、二つ、三つ、四つ。
ピンク肌で腹の出たオーク、その豚顔を数えながら、キオは前へ歩き出した。
キオは、左手の丸盾と右手の直剣を打ち合い、周囲に騒音を撒き散らす。
自らに敵意を向けさせる行為は、功を成し、戦闘圏内に居るオークの視線がキオに集中した。
キオはオークに臆さず、ゆっくりと歩みを進める。
進むのはキオだけではない。
キオから十歩ほど離れた位置に、大斧を手に持った大男グルドンの姿があった。
オーク達は、目立つ大男よりも、騒がしいキオに向け、突撃を始めた。
キオは歩みを止め、迎撃の姿勢に入る。
左手の盾を前に、正対する相手へ、半身に構えながら。
オークが腹を揺らしながら迫ってくる。それをじっと睨むキオ。
オークの振り下ろした木製棍棒を、キオは軽く横へ躱した。
オークの棍棒が土を叩き、その身に隙を晒す。
だがキオは、攻撃を仕掛ける事は無かった。
キオは足を動かし、次に迫るオークへ向かい走り、攻撃を誘う。
誘いに乗る二体目のオークは、棍棒を横に振るが、虚しく空を切る。
接近すると見せかけ、既の所で大きく跳び退いたのだ。
着地するキオへ、三体目のオークの棍棒が迫る――そのオークの顔面に、次々とナイフが突き刺さった。
そして、ナイフを投げた細身の少女ワコの声が響いた。
「キオ!」
「もらいっす」
言葉を発しながら、キオは、前へ駆ける。
顔面を貫いたナイフに怯んだオークは、隙だらけであった。
手の届く距離まで接近したキオは、右手の直剣を左から右へ体を開く様に、真横に一閃を放つ。
鉄の剣は、ピンクの肉を裂き、キオの右手に手応えを伝える。
オークの裂けた体から、魔力の固まりたる青い液体を撒き散らした。
力を失ったかのように膝を突き、倒れ始めたオークから離れるキオ。
キオの役目は、敵を引き付ける事。
その役目は、まだ終えていない。
地を棍棒で叩いた一体目のオークが、キオに狙いをつけていた。
もう一体は、素早く駆けるワコを追い回している。
もう一体は、グルドンが大斧を叩き付けている真っ最中だ。
状況を確認したキオは、眼前に迫るオークに集中する事にした。
自身の頭を狙う横に振る棍棒を、姿勢低く躱し、キオは、そのまま踏み込む。
キオは、鉄の剣をオークの腹へと、突き立てた。
剣が、真っ直ぐにピンクの腹へと侵入する。
キオは即座に剣を腹から抜き、後ろへ跳んだ。
目の前を、オークの手が通過する。
そのままであれば、殴打は必至であったであろう。
身軽に躱すキオに、怒りの目を向けるオークは、キオの脳天目掛け、棍棒を振り下ろした。
キオは、右へ避けながら、振り下ろされる棍棒の側面を、盾で叩き付ける。
不意に棍棒の軌道をずらされたオークは、体勢を崩した。
キオは、雄叫びを上げながら一歩踏み込み、そのまま右手を振った。
鉄の剣が、オークの太い首を通過し、切り裂く。
首の前半分を裂かれたオークは、青い液体を天に噴出させながら、絶命した。
塵と化すオークは、そこに死体を残さず、一つの魔石のみ地面に残した。
キオは、周囲を見回す。
ワコを追っていたオークは、背をグルドンの大斧に裂かれ、今、まさに絶命する所であった。
他には……キオは、山から現れた薄緑色の巨体を目撃した。
巨体といえど、その高さはグルドン程である。
だが、足、胴、腕の大きさを鑑みれば、大男のグルドンに勝る。
遠目でも分かる曲がった鼻、丸々と張った腹、その巨椀が持つ棍棒。
自信の表れか、緑の巨体は、キオ達の元へ、のしのしと歩みを進めていた。
二体のトロルが。
「一度、ゼノの所まで退くっすよ」
「おう」「ええ」
キオの指示に同意したグルドンとワコは、迷いなくトロルに背を向け、走り出した。キオも同じく。
キオ達の進む先には、光る白い壁に囲まれた場所があった。
その光の壁は、ゼノリースの張った守りの法力『大天使の守護』である。
キオ達は、光の壁を通り抜け、大天使の守護の中で立ち止まった。
そこには、若草の様な青々とした短髪の少年、回復術士ゼノリースと、前髪で目元を隠した小柄な少女、魔術師ムウの姿があった。
「情報通りトロルだな」
「二体」
ゼノリースの言葉に付け足す様に、ムウが小さく呟く。
その呟きの意味を、この場に居る全員が理解していた。
依頼は、山で発見されたオークとトロルからなる一団の討伐。
依頼内容では、オーク六体、トロル一体であった。
だが山から下りて来たモンスターと散発的に戦い続け、キオ達は、既にオークを二十は倒している。 そして今、現れたのはトロル二体。
依頼を超過した戦闘。想定外の戦力だ。
「でも、放っておけないっすよ」
「トロルか……」
キオとグルドンは、光の壁の先に見えるトロルの様子を確認しながら、言った。
キオは、軽快な口調で。
グルドンは、重く、苦々しく。
渋い顔をするグルドンの腰を、ワコが引っ叩いた。
「何、日和ってるの、グルドン。先輩も言ってたでしょ。グルドンの力ならトロルと正面から戦えるって」
「そうっすよ。アイアンゴーレムぼっこぼこにしたグルドンならやれるっす」
「あれは、マルク先輩に急に言われてだな……」
「大丈夫」
ムウの呟きに、グルドン以外の全員が頷いた。
そして、ゼノリースがキオを急かす。
「キオ、作戦は任せるぞ」
「っす……ゼノとムウはこの場で待機っす。ムウは、良い感じに魔法を頼むっす」
「危なくなったら逃げてこい」
「任せて」
ゼノリースとムウは、頷き、キオの指示に同意した。
キオは続けて、グルドンとワコに目を向ける。
「グルドンは、一体頼むっす。ワコは、その援護を」
「ふぅ、やってやるさ」
「キオ、あんたは?」
「俺は、一体を引き付けておくっす。逃げ回るだけなら何とかなるっすから」
「無茶し過ぎたら、引っ叩くからね」
ワコの言葉に、少年らしい笑顔を見せるキオ。
ムウ、ゼノリース、グルドンも口角を上げている。
そこには戦いへの気負いも、悲壮も無かった。




