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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第一章

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47.テーベ平原の戦い~その後~

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし 誤字報告感謝

 バルザックが腹を抱え、笑い転げている。

 それを見ている者たちは、二種類に分かれた。

 共感するものと、恐怖するものに。

 アムは、共感するものであった。唯一の。

 だからこそ、彼に制止の言葉を掛けられるのは、アムだけであった。


「お気持ちは分かりますが、そろそろ止めていただけませんか」

「アハァァアハハアハ! だってよぉ、しょうがねーじゃねーか坊主。マルクの野郎、よりにもよって『氷の女王』を足代わりに使いやがったんだぜ。アハハハ。しかも、口説きたい女との飯の為だって――クッ、ヒッヒ。アイツ相変わらずイカレてやがるぜ」

「みな、バルザックさんに巻き込まれて、ミネルヴァ様に(にら)まれるのではないかと、怖がっているのです」

「この場にいる全員氷漬けにされるってか。そりゃ面白れぇ」

「冗談ではなく。本気でそれを出来るのが、ミネルヴァ様なのですよ」


 アムは、ある意味知っている。

 ミネルヴァという人物が、そんなことをする人物ではないということを。

 何故ならば、彼女は、自分たちには微塵も興味が無いからである。

 と、同時にアムは思い出す。

 彼女の逆鱗に触れ、粛清された魔術師たちの末路を。

 ただ一つの呪文を彼女が呟いただけで、全てが終わってしまった。

 ある如何(いかが)わしい組織と繋がりのあった魔術師全てが、一瞬にして氷像と化し、そして砕けた。

 フクロウの瞳の中にもいた。

 冒険者の中にもいた。

 王国外に逃げていた者もいた。

 王宮に潜り込んでいた者もいた。

 商人を(かた)り市中に潜んだ者もいた。

 その全てが、場所も距離も関係なく、耐魔力も加護も関係なく、一言で死んだ。

 瞬きの間もなく、ただの同僚だった者が、凍り、砕けた瞬間を目にした者は、どう思っただろうか。

 市中で、ダンジョンで、王都で、国外で、その凶行を目撃した者の心には、恐怖が刻み込まれた。

 噂が噂を呼び、その容姿も相まって『氷の女王』の名が定着したのだ。

 粛清の声明を、己の名と共に出したことも、噂が広がった原因といえるだろう。

 元よりフクロウの瞳の中でも、自分勝手で規格外な存在であったが、そこに恐怖が加わった形である。

 次に氷漬けにされるのは、お前だと。そして、自分だと。

 アムは、寒気を感じた。そうはならないと頭では理解していても、体が、己の魔力が反応してしまうのだろう。

 それは、アムの前で笑い転げていたバルザックも同じのようだ。

 冷や水を掛けられたかのように笑うのを止め、きょろきょろしている。


「何か寒いな坊主。ここいらは、まだ暖かい季節なのによぉ」

「ええ。増援の学派員が来るまで、暖をとりましょうか」


 アムは、自分もマルクと共にピュテルの町に帰ればよかった。と考えもしたが、借りを作ると不味い相手だということを思い出し、頭を振った。


「さて、マルクは無事にシャーリーに会えたのかな?」


 愛しき友人が、氷漬けにされていないと信じたい、アムであった。




「お断りします」


土魔法で作られた簡素な部屋の中で、アムの声が響いた。


「しかし、不測の事態を考えるとだね――」

「オルケインさんには、調査隊ではない僕の行動を決める権限はありませんよ」


 懇願するオルケインの言葉を、アムは一蹴(いっしゅう)した。

 特に感情も込めずに。

 二人のやり取りを、壁に寄りかかって眺めるバルザックの目は、冷たい。


「分かっている。だが、到着する学派員の中に、君ほどに強い者はいないのだ。力という安心無くして調査は進まない」

「それは、あなた方の都合でしょう」

「だな。俺は依頼を受けてやってるが、依頼もなしに助けてって言われても困っちまうしな」


 バルザックも、アムの意見に賛同する。

 旗色が悪いことは、オルケインも知っている。

 元より、アムは同じ学派であること以外、調査隊とは無関係なのだから。


「わかった。調査に付き合ってくれとは言わない。せめて村人の護衛を引き受けてはくれないか?」


 アムは、息を長く吐き、あからさまに嫌そうな顔をする。


「我がディムローズ家の領民であるならともかく、他の領民など、僕が助ける義理は無いですね」


 先程耳に入った声を思い出し、アムは再び嫌悪した。

 命が助かれば”次”を要求する。

 自分たちは、モンスターに襲われた”被害者”だと言い出す。

 そんなものは、自身の領主様にでも言えばいい。

 命を懸けて守り通したもの達に、告げる言葉なのだろうか?

 そう思うアムの心は、晴れない。


「僕は、マルク程お人好しではありませんから」


 アムは、そう吐き捨てた。

 その姿を見て、オルケインはため息を吐く。


「君は、温厚な人間だと思っていたのだがね」

「そいつは違うな、オルケインさんよ」


 オルケインに視線を投げつけながら、バルザックは続ける。


「義理もなければ必然もない。そんな相手を助けるってのは、温厚を通り越した話だぜ」

「しかしですが、力ある者なら――」

「てめぇの魔法は戦争利用されたくねぇって言いながら、言うことはそれかよ」

「人とモンスター。相手にするものが違いますよ」

「違わねぇな。他人を動かしたいなら、勘定を数える対象を間違えんじゃねぇ」

「間違えてなどいませんよ。(ゆえ)に私は、我々の被害を少なくしようと――」

「ならオルケインさんよ。あんたも自国の兵士の為に、その魔法、戦争で使うべきじゃねぇのか。どれほど前線で戦う兵士の助けになるか、分からねぇあんたじゃ無いだろ」


 バルザックも語気を荒げてはいない。が、オルケインの表情は苦々しい。


「それでも私は、ごめんです」

「そいつは責めねぇよ。だが、二枚舌で坊主を戦場に駆り立てるのは、そりゃ筋が通らねぇってだけの話さ」


 沈黙が広がる。

 オルケインは奥歯を噛みしめ、アムは冷たい視線をオルケインに向けている。

 そして、バルザックは少々呆れぎみであった。


「場が寒いですね。そろそろよろしいですか?」


 三人以外の声に、驚くバルザックとオルケイン。

 アムだけが、突然の来訪者に対応した。


「ミネルヴァ様、何時(いつ)からここに?」

「あなたが、無理を言われている所からですね」


 それでは何時(いつ)か分からない。と、アムは困惑した表情を浮かべる。

 一方ミネルヴァは、アムの表情を覗き込むように、アムに近付いていた。


「私のアムに無理を押し付けるなんて、オルケインはいけない男ですね」

「いえ、そのようなことは決して」


 オルケインの言葉を無視し、ミネルヴァは、さらにアムに近付く。肌と肌が当たる寸前の距離まで。

 そして、頬同士が触れ合いかねない距離で、ミネルヴァは、アムの耳元でささやいた。


「あなたも気に入ったのよ、アム。私のものにならない?」


 アムの耳にミネルヴァの吐息がかかる。凍えるほど冷たい吐息が。


「お(たわむ)れを、ミネルヴァ様」

「あら? アムは、こっちも好きだって聞いたのだけど?」


 アムは、ミネルヴァの肩をそっと押し、距離を取った。


「お遊びで近付く方には、慣れておりますので。それに、ミネルヴァ様が女性を好むという話は、耳に入った試しが御座いません」

「ええ。私、”女性”には興味ありませんから」


 ミネルヴァが、妖しく微笑む。

 アムには、それがどちらなのか判断が付かなかった。

 自分には性的興味が無いという意味か、自分に『男』を演じろと言う意味なのか。


「なぁ? 俺は何を見せられてんだ? ん? あれ? 坊主って? どっちだ?」

「さぁて、冗談はこれまでにして」

 

 困惑するバルザックを他所に、ミネルヴァはオルケインに振り向き、告げた。


「オルケイン。ミネルヴァ副学派長の名において命じます。あなたは、この場の七人と到着予定の百二人。総勢百九人の内より調査隊を再編成し、ダークマターの調査及び破壊の任を継続、遂行なさい」

「はい! 光栄の極みであります。して、ミネルヴァ様は如何(いかが)なさいますか?」


 オルケインの問いに、ミネルヴァは素っ気なく答えた。


「帰るだけです。今も、忘れものを取りに戻っただけですから」


 そしてミネルヴァは、アムを抱き寄せ。


「≪転移(てんい)≫」


 ミネルヴァは消えていった。アムを連れて。


「あーあ。坊主の性別、聞きそびれちまったよ」


 バルザックはおどけているものの、オルケインを見る目は冷たかった。

 そしてバルザックは思う。オルケインは自分を犠牲にしようとする男なのだから、それが名誉や私欲でないことは分かってはいる。が、他の学派員に被害を出したくないにしても、やり方があっただろうに。と。

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