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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十章

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471.焼け跡の上で

 離れていたパック先生が、赤々とした炎帝竜に近付く。


「調べるから、ちょっと我慢してね」

「任せる」


 頭の中に響く声で小さく返事をした炎帝竜は、上体を起こしたまま、俺達を見下ろしていた。

 取りあえずは、パック先生に任せよう。

 俺は、少し離れ、黒い剣を拾い上げた。

 このダークマターの如き禍々(まがまが)しさを感じる剣を、放置する訳にもいかない。

 握る手から、微量の魔力を吸い取ってくる所まで似ている……モンスターが寄って来るなんて事……あるかもしれない。

 その場合は、愛馬をテラさんに預け、走って町まで戻った方が良いな。

 また、ムウの世話になってしまうのが、申し訳ない。


「良し。問題なし……流石マルク君」

「まさか、(われ)も九死に一生を得るとは、想像すらせんかった……パック、マルク、テッラリッカ。お主らは、()が命の恩人だ。ありがとう」

「私達の事は、気にしないでいいよ」

「炎帝竜さんが生きているなら、それで十分です」

「うむ。困った時は、お互い様じゃ」


 俺の近くへ移動したパック先生は、三角帽を押さえながら、口角を上げた。

 合流したテラさんも、大きく(うなず)き、事の無事を喜んでいる。

 炎帝竜さんは、その縦に伸びた黒目で、俺達を一人一人見る。


「それだけでは気がすまん。ここは褒美を――」

「いらないよ」「いりません」「いらんのじゃ」

「ッツ。むぅ……そうか」


 あっ。口元が少し曲がり、目が閉じられ、細くなった……()ねているのか?

 よく顔に出る御方である。


「へそを曲げている場合じゃないよ。まだ、問題は終わって無いからね」


 パック先生の言葉に、俺は周囲を再び見回した。

 何もない。何も。

 全ての建物は、人工物は、消し炭となって地を黒く染めていた。

 ここにトゥル村があった痕跡は、焼け跡だけである。

 山にも目を向ける。

 炎を直接吐き付けた場所には、木どころか草一本残っていない。

 そこから燃え広がる様に、周囲から緑は消えていた。

 一部残るのは、焼けた木々のみで、そこに生物の躍動は感じない。

 山を見て、一つ気が付いた事があった。

 炎の赤が、見えない。


「炎帝竜さん。炎は、消したんですね」

「ああ。意思が戻った時、(みな)に協力を仰いでな」

「ん? あぁ、サラマンダー達だね。あの子たちは、偉いねぇ」


 赤く小さな蜥蜴、炎の精霊サラマンダー。

 彼らと炎帝竜さんは、協力関係、いや友好的な関係にある。

 炎を司る精霊にとってみれば、炎を消す事もまた、容易(ようい)なのだろう。

 炎の精霊……あっ!


「すみません。炎帝竜さん。避難したトゥル村の人達を護衛しないと――」

「マルクや。お主は少し休むのじゃ。パック。マルクを頼んだぞい」

「了解、テラさん。そちらは、任せますね」

「すみません」

「カッカッカ。良い良い。いってくるのじゃ」

「「いってらっしゃい」」


 俺達に軽く手を振り、テラさんは、素早い動きで走り去った。

 トゥル村の皆さんが逃げた方角へと。

 遠くを見れば、避難していた人達が、こちらへ向け歩いて来ているのが見えた。

 遠目には、問題ないように見えるが……心配だ。

 皆も、我が愛馬も、無事だろうか……。


「大丈夫だよ、マルク君。避難している人達の中に、冒険者が居たからね」

「気が付きませんでした」

「フフ、仕方ないよ。マルク君は、黒い竜の動向を見続けていたんだから」


 小さく笑うパック先生。

 全く気が付かなかった。鉄骨龍の冒険者だろうか? 金獅子かもしれない。

 まぁ、村民を守る戦力が多いのは、良い事だ。

 そちらは、テラさんを信じ、任せよう。

 俺は、立ったままだが、少し休憩しておこう……少し……いや、結構疲れた。

 赤色ポーションを飲んだとはいえ、強大な魔法を二連続で使うのは、疲れる。

 魔力もそうだが、精神が摩耗した気分だ。


「炎帝竜。事情を聞いてもいいかな? フクロウの学派員として、上に報告しないといけないからね」

「モルスの使徒が我が根城に訪れ、一戦交える事になった」

「それで、この黒い剣を?」


 炎帝竜さんの目が、黒い剣へと向く……大きな口から目にかけ、(しわ)が寄った。

 不快に思うのは、当然だろう。

 一方、パック先生は、炎帝竜さんに話を(うなが)しておきながら、今はもう黒い剣を観察している。興味津々の御様子であるが、この剣の危険性が分からないので、今はパック先生に渡す訳にはいかない。


「ああ。首魁(しゅかい)たるザルバザードに、その剣を突き立てられた後は……黒き(よど)みの力に抗う事で精一杯でな。すまぬが、あまり記憶に無い」

「賊は全員?」

「高度な魔法にて、隠れ続けていた者が居なければな」


 パック先生の問いに、答える炎帝竜。

 そのザルバザードなる人物も、死んだのだろう。俺には、どうでも良い事だ。

 しかし『抗う事で精一杯』と話しているが、炎帝竜さんが他人の為にしてくれた事が一つある。その感謝を、伝えねば。


「トゥル村への避難の(しら)せ、ありがとうございました」

「破壊したのも(われ)だがな……どう(つぐな)えばよいのやら……」


 目を伏せる炎帝竜さん。

 残念ながら、その答えを俺は持っていない。

 ならば、考えるしかない……。

 だが、俺が考え始めるよりも早く、パック先生が黒い剣を観察したまま言った。


「直接、本人達と話してみたらどうだい? 領主は()(かく)、トゥル村の人達とは、話をするべきだと思うよ」


 直接の対話か……正しくも、恐ろしい事だな。

 村の人達にとっても、炎帝竜さんにとっても。


「そうだな。石も(やいば)も、罵倒(ばとう)怨嗟(えんさ)も、()が身で受けよう」

「問題無いと、思うけどね」


 パック先生が、非常に軽い口調で、そう言った。

 なぜ、そう言えるのか、俺には分からない。

 死なずに済んだからか?

 トゥル村の人々が、それほど楽観的とは思えない。

 いや、俺の勝手な人物評など、無意味だな。

 俺がやるべき事は、少しとはいえ両者を知る俺が間に立ち、緩衝役になる事だろう……胃が痛むが、やらねばな。


「話し合いの時には、俺も御供(おとも)します。両者の友として」

「助かる」


 炎帝竜さんは、(うなず)く様に首を縦に動かした。

 ん? パック先生から視線を感じ、横を見ると、パック先生と目が合った。

 黒い剣の観察を中断してまで、何かを言いたいのだろうか?


「どうしました?」

「フフッ。何でも無いよ。おねぇさんとしては、少しだけ嬉しかっただけだよ」

「ん?」


 良く分からないが、パック先生が嬉しそうに微笑んでいる。

 なぜだろう? まぁ、良いか。




 今、目の前で、トゥル村の村長と炎帝竜さんが、対峙していた。

 俺とパック先生とテラさんは、その二人の中間点から少しずれた場所で、二人の動向を見守っている。

 そして遠くには、避難していた村の人々の姿が。

 皆、村長と炎帝竜さんを見ていた。

 当然か。

 我が愛馬も、無事の様で、今は村民と共に居る。

 そして、村の人と共に避難していた冒険者は、知っている顔であった。

 昔、助っ人依頼で、共に山のトロルを狩り尽くした仲である……要するに名前を憶えていない……失礼だよな、俺。

 彼らは今、周辺の警戒に当たってくれている。

 そちらは、任せよう。

 俺は視線を、村の人達から、村長と炎帝竜さんへと戻した。

 俺の予想に反して、村長が、深々と頭を下げた。


「この度は、炎の精霊を御派遣頂き、誠に有難うございます。村民達に代わりまして、お礼をさせて頂きます」

「礼を受ける事は出来ぬ。お主達の住む場を、生きる(かて)を焼いたのは(われ)だ。どの様な責め苦でも受けよう」


 上体を起こし、威厳ある(たたず)まいを見せる炎帝竜さんが、大きく首を下げた。

 対する村長は、炎帝竜さんの言葉を聞いて、慌てて頭を上げ、そして再び大きく頭を下げた。


「責め苦など、滅相(めっそう)も御座いません。炎帝竜様と、その(つか)いたる炎の精霊には、我ら代々、守られて生きて来たのです」


 嗚呼、一つ疑問が解消された。

 村長は、避難時『炎の精霊が、我々に逃げろと』と言っていたが、炎の精霊は、他の精霊よりも恐れられる事が多い存在だ。

 触れれば、その身は焼け、溶けるのだから、誰だって恐ろしい。

 だが、元よりトゥル村の人々にとって、炎の精霊は身近な存在であったのだな。

 すぐに避難の指示を受け入れ、行動したのも(うなず)ける。

 俺が勝手に納得していると、村長は頭を上げ、更に言葉を続けた。


「この度の一件も、根は人の仕業であるとマルクさんから聞いております。我らトゥル村の者が恨みを持つとすれば、そ奴らに対してでしょう」


 村長の目が、俺を……いや、俺の持つ黒い剣を睨みつけていた。

 村長達には、話し合いの前に、事情は説明してある。

 ならば、この剣を睨むのも、当然の事だ。

 怒りを顔に出した村長へ、炎帝竜が告げる。


「それでは、お主らの明日はどうする? 我を恨み、我を憎み、財を望み、奪えば、お主らも明日を生きれるのだぞ」

「焼けた山が元に戻るには、長い月日が掛かるでしょう。村も、再び賑わうには、時間が必要でしょう。それでも、炎帝竜様とマルクさんの助けにより、私達は今、生きています」


 村長の目は、真っ直ぐ炎帝竜さんを見ている。

 その姿に、俺の中で、村長の印象が変わった。

 俺は、トゥル村の村長を、気が()いている人だと思っていた。

 落ち着き、ただ真っ直ぐに自分達の意思を告げる村長さんを見て、少し、(かな)わないな、と感じる。

 やはり、俺は、他者の一面しか知らないんだな……。

 村長は、ハッキリとした声で言葉を続けた。


「そして、生きる(かて)は、私達自身で見つけるものです。ただ一つ叶うのならば、これからも私達を見守り頂ければ、幸いです」

「約束しよう。炎帝竜の名に()けて。村長よ、お主の名を教えてくれぬか?」

「はい。オーウェンと申します」

「オーウェンか……憶えておこう。オーウェン、そして村の者達よ。此度(こたび)は迷惑を掛けた。(わず)かではあるが、()が財を後で届けようぞ。受け取らぬなど、マルクの様な事は、言わぬだろう?」


 炎帝竜さんの言葉によって、村長と村の人達の視線が、俺に突き刺さった……いや、褒美を断ったのって俺だけじゃ無いんですが……。

 その視線は、珍妙な物を見る様であった……何故(なにゆえ)、俺が矢面(やおもて)に?

 一応、俺達三人は『パック調査隊』なんだけどなぁ。

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