460.その時間はお茶と共に
帰りは大所帯になってしまった。
背負われたワンダーさんを含め、総勢十七名での移動は、安心感よりも面倒が勝る。前後で警戒しながら、隊列を組み、きびきび移動する。
前をバルザックパーティーと俺で警戒し、後ろをワンダーパーティーと聖騎士で守りを固める。ワンダーさんを背負う鉄骨龍の人と魔術師、回復術士は中央に。
警戒すべきは、シャドウストーカーとメドゥーサヘッド。
湧いたモンスターが居ないか? 復活した罠が無いかを調べて進む。
第五十二階層帰り道は、メドゥーサヘッド三体だけしか遭遇しなかったのは、僥倖であろう。
俺達は、問題なく階段を上る。
「ねぇ、マルク。今の内に話をしておきましょう」
階段を上る後ろから、サラスさんの声が聞こえた。
掴み掛って来た時と違い、普段通りの声である。
「魔法の事はちょっと――」
「それは、今は聞かないでおいてあげるわ。魔石と宝の事よ」
「あぁ、なるほど……」
すっかり忘れていた。
パイア一個、ミスリルゴーレム三個、シャドウストーカー一個。
今回入手した魔石は、これだけだ。
全てバルザックさん達と共に倒した魔石なので、分け前を一部貰えるのだろう。
さて、俺が主張すべき魔石は……既に決まっている。
「魔石の事でしたら、ミスリルゴーレムの魔石を一つ。それ以外は、サラスさん達のご自由に」
一対一で倒したモンスターの魔石は、流石に所有権を主張しなければな。
「相変わらず適当よね」
「ありがたく貰っとくぜ。だが、シャドウストーカーは良いのか?」
「あれは、不意打ちで倒した様なものですから」
「変なこだわりだよなぁ……ま、良いけどよ」
並んで階段を上るバルザックさんが、何か言いたげな表情をしていた。
鋭い目が、俺をジトリと見つめている。
「宝箱から拾った剣は、どうするの?」
後ろから聞こえるサラスさんの声に、少し考える。
魔道具ならば、少し調べたい気もするが、宝箱から出てきたのは、剣だったらしい。一般的な鉄の剣よりも、刃が長い剣の様で、俺が持ち歩くには、少し邪魔だ。
「シャラガムさん。魔道具っぽいですか?」
「いや。鑑定士に聞くべきだが、恐らくただの剣だ」
「ただの剣なら、別に要らないので」
シャラガムさんの言葉ならば、正しいだろう。
そして、自分が使わない剣なんて要らない。倉庫の肥やしである。
「ただの剣っつっても、何で出来たか分かんねぇ剣だぜ?」
「興味ありませんから」
不思議な魔道具なら兎も角、不思議な金属には興味がない。
鍛冶師なら喰い付くのかも知れないけど。
「なら処分は、こっちで勝手に決めておくぜ。金は後でな」
「はい、後ほど」
ここで要らぬと言ったら、面倒ごとになる。大人しく貰っておこう。
「金と言えば、ケルベロスの魔石の売却金、忘れてねぇよな?」
「忘れて、無いですって」
忘れていた……と言うより、どちらの話だろうか?
第五十階層で討伐したケルベロス・トライン?
イービルリッチ討伐のついでに、皆で討伐した普通のケルベロス?
「別に生活には困って無いので、いつでも良いですよ」
「忘れてやがったな」
「あはは。すみません」
「明日、届けてやるよ。朝なら居んだろ?」
「はい。用事は昼からなので」
明日の用事は、いや最近の用事は、魔法訓練だけだ。
ミュール様とは、明日も昼食後に約束している。
絶氷の棺を遠距離に飛ばす訓練は……一歩ずつだな。
それと、先程使った炎帝竜の大剣も、ミュール様に見せておきたい。
目標というか、やりたい事が出来るのは、嬉しい事だな。
「マル坊、お疲れさん」
「ただいま、ゴンさん」
「皆……無事だったみてぇだな」
別れの挨拶を言いながら、皆がぞろぞろと外へと出ていく。
ダンジョン入口にて、俺達を出迎えたゴンさんの近くに残ったのは、俺とウルさんだけであった。
ワンダーさん達は、思ったよりも疲弊していたのだろう。主に精神的に。
安全圏に戻ってからも、口数は少なかった。
治癒したとはいえ、ワンダーさんの怪我もある。ゆっくり休んで欲しいものだ。
一方、元気に立ち去るバルザックさん達は、今から教会と鉄骨龍へ報告をしに行くのだろう。
緊急依頼で懐は潤うだろうが、いつだって報告は面倒である。
いや、堅苦しくはないが、今からゴンさんにするのも、頼まれ事の報告か。
とは言え――
「話す事は……特に、無いね」
「良いんだよ。マル坊も、ワンダーさんも無事だったんだ」
そう言いながら、ゴンさんは俺の肩をポンと叩く。
その手に、心配の思いを感じた……心配……そうだ、帰らないと。
もうテラさんは、眠っているだろう。
それでも、屋敷に早く帰りたい気分になった。
「ごめん、ゴンさん。話は、また今度で」
「ご安心下さい、マルク様。ゴンサーレスと上には、私から報告を」
「助かります」
「ゆっくり休んでくれ。本当にありがとな、マルク」
「失礼します」
ゴンさんとウルさん、そしてもう一人の番兵さんへ頭を軽く下げ、俺も外へと向かった。外は、変わらずの夜である。
俺は、魔工石の灯る町を足早に進み、屋敷へと戻った。
開け放たれた門から見える屋敷から、灯りが漏れていた。
あれ? テラさん、まだ起きてる?
急ぎ出入り口の鍵を開け――
「ただいま」
「おぉ! おかえりなのじゃー」
テラさんの明るい声が、耳に心地いい。
鍵を掛け、声に導かれ食堂へ向かうと、テラさんがお茶を飲んでいた。
先程まで編み物をしていたのだろう。卓の上に糸と編み棒が置かれている。
僅かに目を細めたテラさんに近付きながら、俺は、気になった事を聞いた。
「自分で淹れたんですか?」
「うむ。真似してみたのじゃが、上手くいかんのぅ」
「余ってます?」
「うむ……じゃが、マルクや。飲むなら美味しいのを――」
「テラさんの淹れたお茶が、飲みたいので」
俺は、了承を得る前に、台所へと向かった。
テラさんの淹れたお茶か……急いで帰って来て良かった。
カップを持って戻ってみると、少し不満そうに口に小山を作ったテラさんが待っていた。お茶を淹れるのが上手くいかなかったのは、本当らしい。
構わず正面に座り、俺は、卓上のティーポットを傾けた。
少し濃いお茶が、カップに流れ、香りを拡散させる。
これは……普段用の茶葉であるが、良い香りだ。
ティーポットから流れるお茶が、途中で途切れた。最後の一杯だったらしい。
「いただきます」
「うーむ……」
カップを持ち、口へ運ぶ。
流れるお茶が――渋い!
茶葉の渋みが、ギュッとお茶に抽出されている。
だが、香りは、良い。
広がる香りは、若々しい自然の様で、そして淡く果実の如き甘い香りを感じた。
飲み込んだ体に広がる、ほんわかとした感覚……あぁ、これはテラさんの魔力だ。少しの温かさが、体を包み込んでくれる。
「渋いですけど、良いお茶です……落ち着きます」
「フフッ。なら、良いのじゃ」
不満そうな顔が、柔らかに解ける。
そして、テラさんもカップに口を付けた――瞬間、その眉間に皺が寄った。
俺も、さらに一口……うん、渋い。
お互いに顔を見合わせると、テラさんが小さく笑った。
きっと、俺の顔も同じだろう。
「うーむ。渋い茶は、もう良いのじゃ。マルクや、茶を淹れてくれんかのぅ」
「あとは、寝るだけですよ」
「何じゃ? 待たせた女子に、冒険譚の一つも語れぬのか?」
「話す事は……ちょっとだけですよ」
「うむ」
カップを空にしたテラさんは、編み棒を手に取り動かし始めた。
俺も、カップを呷り、テラさんのお茶を最後まで楽しむ。
ふぅ……落ち着くな……。
さて、ご注文の茶を淹れに行きますか。
ティーポットだけを持ち、俺は台所へと向かった。
さて、ダンジョンの事で話せる事は……モンスターとの戦いだけだな。
茶を淹れながら、どう話すか、ゆっくりと考えよう。
これは報告ではない。ただの、楽しい時間だ。
心を落ち着ける、至福の時間である。
それを、茶と共に。




