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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十章

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460.その時間はお茶と共に

 帰りは大所帯になってしまった。

 背負われたワンダーさんを含め、総勢十七名での移動は、安心感よりも面倒が勝る。前後で警戒しながら、隊列を組み、きびきび移動する。

 前をバルザックパーティーと俺で警戒し、後ろをワンダーパーティーと聖騎士で守りを固める。ワンダーさんを背負う鉄骨龍の人と魔術師、回復術士は中央に。

 警戒すべきは、シャドウストーカーとメドゥーサヘッド。

 湧いたモンスターが居ないか? 復活した罠が無いかを調べて進む。

 第五十二階層帰り道は、メドゥーサヘッド三体だけしか遭遇しなかったのは、僥倖(ぎょうこう)であろう。

 俺達は、問題なく階段を上る。


「ねぇ、マルク。今の内に話をしておきましょう」


 階段を上る後ろから、サラスさんの声が聞こえた。

 掴み掛って来た時と違い、普段通りの声である。


「魔法の事はちょっと――」

「それは、今は聞かないでおいてあげるわ。魔石と宝の事よ」

「あぁ、なるほど……」


 すっかり忘れていた。

 パイア一個、ミスリルゴーレム三個、シャドウストーカー一個。

 今回入手した魔石は、これだけだ。

 全てバルザックさん達と共に倒した魔石なので、分け前を一部貰えるのだろう。

 さて、俺が主張すべき魔石は……既に決まっている。


「魔石の事でしたら、ミスリルゴーレムの魔石を一つ。それ以外は、サラスさん達のご自由に」


 一対一で倒したモンスターの魔石は、流石に所有権を主張しなければな。


「相変わらず適当よね」

「ありがたく貰っとくぜ。だが、シャドウストーカーは良いのか?」

「あれは、不意打ちで倒した様なものですから」

「変なこだわりだよなぁ……ま、良いけどよ」


 並んで階段を上るバルザックさんが、何か言いたげな表情をしていた。

 鋭い目が、俺をジトリと見つめている。


「宝箱から拾った剣は、どうするの?」


 後ろから聞こえるサラスさんの声に、少し考える。

 魔道具ならば、少し調べたい気もするが、宝箱から出てきたのは、剣だったらしい。一般的な鉄の剣よりも、刃が長い剣の様で、俺が持ち歩くには、少し邪魔だ。


「シャラガムさん。魔道具っぽいですか?」

「いや。鑑定士に聞くべきだが、恐らくただの剣だ」

「ただの剣なら、別に要らないので」


 シャラガムさんの言葉ならば、正しいだろう。

 そして、自分が使わない剣なんて要らない。倉庫の肥やしである。


「ただの剣っつっても、何で出来たか分かんねぇ剣だぜ?」

「興味ありませんから」


 不思議な魔道具なら()(かく)、不思議な金属には興味がない。

 鍛冶師なら喰い付くのかも知れないけど。


「なら処分は、こっちで勝手に決めておくぜ。金は後でな」

「はい、後ほど」


 ここで要らぬと言ったら、面倒ごとになる。大人しく貰っておこう。


「金と言えば、ケルベロスの魔石の売却金、忘れてねぇよな?」

「忘れて、無いですって」


 忘れていた……と言うより、どちらの話だろうか?

 第五十階層で討伐したケルベロス・トライン?

 イービルリッチ討伐のついでに、皆で討伐した普通のケルベロス?


「別に生活には困って無いので、いつでも良いですよ」

「忘れてやがったな」

「あはは。すみません」

「明日、届けてやるよ。朝なら居んだろ?」

「はい。用事は昼からなので」


 明日の用事は、いや最近の用事は、魔法訓練だけだ。

 ミュール様とは、明日も昼食後に約束している。

 絶氷の棺を遠距離に飛ばす訓練は……一歩ずつだな。

 それと、先程使った炎帝竜の大剣も、ミュール様に見せておきたい。

 目標というか、やりたい事が出来るのは、嬉しい事だな。




「マル坊、お疲れさん」

「ただいま、ゴンさん」

「皆……無事だったみてぇだな」


 別れの挨拶を言いながら、皆がぞろぞろと外へと出ていく。

 ダンジョン入口にて、俺達を出迎えたゴンさんの近くに残ったのは、俺とウルさんだけであった。

 ワンダーさん達は、思ったよりも疲弊していたのだろう。主に精神的に。

 安全圏に戻ってからも、口数は少なかった。

 治癒したとはいえ、ワンダーさんの怪我もある。ゆっくり休んで欲しいものだ。

 一方、元気に立ち去るバルザックさん達は、今から教会と鉄骨龍へ報告をしに行くのだろう。

 緊急依頼で懐は(うるお)うだろうが、いつだって報告は面倒である。

 いや、堅苦しくはないが、今からゴンさんにするのも、頼まれ事の報告か。

 とは言え――


「話す事は……特に、無いね」

「良いんだよ。マル坊も、ワンダーさんも無事だったんだ」


 そう言いながら、ゴンさんは俺の肩をポンと叩く。

 その手に、心配の思いを感じた……心配……そうだ、帰らないと。

 もうテラさんは、眠っているだろう。

 それでも、屋敷に早く帰りたい気分になった。


「ごめん、ゴンさん。話は、また今度で」

「ご安心下さい、マルク様。ゴンサーレスと上には、私から報告を」

「助かります」

「ゆっくり休んでくれ。本当にありがとな、マルク」

「失礼します」


 ゴンさんとウルさん、そしてもう一人の番兵さんへ頭を軽く下げ、俺も外へと向かった。外は、変わらずの夜である。

 俺は、魔工石の灯る町を足早に進み、屋敷へと戻った。

 開け放たれた門から見える屋敷から、灯りが()れていた。

 あれ? テラさん、まだ起きてる?

 急ぎ出入り口の鍵を開け――


「ただいま」

「おぉ! おかえりなのじゃー」


 テラさんの明るい声が、耳に心地いい。

 鍵を掛け、声に導かれ食堂へ向かうと、テラさんがお茶を飲んでいた。

 先程まで編み物をしていたのだろう。卓の上に糸と編み棒が置かれている。

 (わず)かに目を細めたテラさんに近付きながら、俺は、気になった事を聞いた。


「自分で淹れたんですか?」

「うむ。真似してみたのじゃが、上手くいかんのぅ」

「余ってます?」

「うむ……じゃが、マルクや。飲むなら美味しいのを――」

「テラさんの淹れたお茶が、飲みたいので」


 俺は、了承を得る前に、台所へと向かった。

 テラさんの淹れたお茶か……急いで帰って来て良かった。

 カップを持って戻ってみると、少し不満そうに口に小山を作ったテラさんが待っていた。お茶を淹れるのが上手くいかなかったのは、本当らしい。

 構わず正面に座り、俺は、卓上のティーポットを傾けた。

 少し濃いお茶が、カップに流れ、香りを拡散させる。

 これは……普段用の茶葉であるが、良い香りだ。

 ティーポットから流れるお茶が、途中で途切れた。最後の一杯だったらしい。


「いただきます」

「うーむ……」


 カップを持ち、口へ運ぶ。

 流れるお茶が――渋い!

 茶葉の渋みが、ギュッとお茶に抽出されている。

 だが、香りは、良い。

 広がる香りは、若々しい自然の様で、そして淡く果実の如き甘い香りを感じた。

 飲み込んだ体に広がる、ほんわかとした感覚……あぁ、これはテラさんの魔力だ。少しの温かさが、体を包み込んでくれる。


「渋いですけど、良いお茶です……落ち着きます」

「フフッ。なら、良いのじゃ」


 不満そうな顔が、柔らかに(ほど)ける。

 そして、テラさんもカップに口を付けた――瞬間、その眉間に(しわ)が寄った。

 俺も、さらに一口……うん、渋い。

 お互いに顔を見合わせると、テラさんが小さく笑った。

 きっと、俺の顔も同じだろう。


「うーむ。渋い茶は、もう良いのじゃ。マルクや、茶を淹れてくれんかのぅ」 

「あとは、寝るだけですよ」

「何じゃ? 待たせた女子(おなご)に、冒険譚の一つも語れぬのか?」

「話す事は……ちょっとだけですよ」

「うむ」


 カップを空にしたテラさんは、編み棒を手に取り動かし始めた。

 俺も、カップを(あお)り、テラさんのお茶を最後まで楽しむ。

 ふぅ……落ち着くな……。

 さて、ご注文の茶を淹れに行きますか。

 ティーポットだけを持ち、俺は台所へと向かった。

 さて、ダンジョンの事で話せる事は……モンスターとの戦いだけだな。

 茶を淹れながら、どう話すか、ゆっくりと考えよう。

 これは報告ではない。ただの、楽しい時間だ。

 心を落ち着ける、至福の時間である。

 それを、茶と共に。

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