455.救出依頼
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「マル坊。良かった、まだ寝て無かったんだな」
「ゴンさん、すぐに向かう?」
「いや、状況は良くねぇが、時間はあるんだ」
「遺跡の話だよね?」
「ああ、マル坊に頼みたいのは、ワンダーさん達の救出でな」
ワンダーさんの救出、と言う事は、第五十一階層より深部の話だな。
ならば、こんな屋敷の入口で話す事じゃない。
「ゴンさん。時間があるなら、屋敷の中で」
「悪ぃ。そうだな」
ゴンさんは、素直に屋敷の中へと入る。本当に急ぎではないらしい。
だが、ならば何故救出を頼みに来たんだ?
それは、聞かないと分からない。
念のため鍵を掛け、ゴンさんと共に食堂へと向かった。
席に着いたゴンさんの目の前に座り、話をする。茶を出す時間は無い。
「ゴンさん。時間があるなら出来るだけ情報を」
「ああ。マル坊は、遺跡の第五十一階層から先を、ワンダーパーティーと聖騎士達が探索を進めているのは、知ってるよな」
「うん、調査部隊入りを断ったからね」
「ああ、その調査部隊が第五十二階層と五十三階層を繋ぐ階段で足止めを喰らっちまってんだ」
「帰れなくなったって事だね」
ゴンさんは、大きく頷いた。
しかし、Aランク冒険者の彼らが、帰れなくなるなんて……。
「何があったの? ゴンさん」
「五十三階層で戦闘後に、ワンダーさんがシャドウストーカーに背後から刺されちまったらしい」
「ん! 命に別状は?」
「意識は無いらしいが、今の所は命に別状は無いって話だ」
良かった。
シャドウストーカーは、影に潜み、隠れる事に特化したモンスターだ。
闇に紛れ、黒と同化し、背後から一撃を仕掛けて来る厄介な奴である。
まさか、基本的に明るいダンジョンの中にまで出現するなんて。
ゴンさんの話を聞いて、一つ疑問が浮かんだが、それは後に回そう。
状況判断が先決だ。
「俺を呼びに来たって事は、撤退出来ない理由が有るんだよね?」
「帰りの大部屋に、ミスリルゴーレムが湧いて出てきちまったらしい」
「ミスリルゴーレムか……」
ミスリルゴーレムとは、なんと面倒なモンスターが出て来たものだ。
ミスリルゴーレムとは、現在知られている金属とは合致しない素材で出来ているゴーレムの一種である。
異様なまでに硬質で未知な金属ゆえに、お伽噺に出て来る希少金属ミスリルの名前を付けられたゴーレム。
熟練した戦士の一撃でも切断できず、逆に剣では得物が折れてしまう。
ならば魔法でと攻撃しても、単純な矢や槍程度では、びくともしない。
鉱山で発見される事が、極々稀にあるが、現れたら大事である。
ワンダーパーティーは戦士三人、回復術士一人、そして魔術師のワンダーさん。
ワンダーさんが居なければ、ミスリルゴーレム相手に戦い様が無いだろう。
「数は?」
「悪ぃ。一体以上としか」
「大丈夫。進むのは第五十二階層だけだよね。地図やモンスターの詳細は共有して貰える?」
「勿論だ。地図は後からになっちまうが、モンスターなら今、教えられるぜ」
「お願い」
遺跡を進むには、どちらも大切な情報だ。
「ミスリルゴーレム、メドゥーサ、パイアだ」
「パイア?」
聞いた事のないモンスターである。
「ああ、デカい猪だ」
「デカい猪……戦ってみないと何とも言えないか」
対メドゥーサ戦も、同行する味方次第で、戦い方が変わる。
そうだ。それを聞いていない。
「救出隊の編成は? まさか、俺一人とか――」
「バルザックパーティーに緊急依頼を出したらしい。来てくれないなら、教会の戦力と、マル坊だけで行って貰う事になっちまうな……」
「ゴンさん。悲観するのは後。それに仕事中でなければ、来てくれると思うよ」
ゴンさんは、苦々しい表情をしているが、問題無いだろう。
バルザックさん達は、ワンダーさんを見捨てる人達ではない。
さてと、聞くことは聞いたかな?
後は、気になっていた事を一つ。
「ねぇ、ゴンさん。何でそんなに詳しい情報を知ってるの? 特にワンダーさん達の現状なんて、どうやって?」
「ああ、それは連絡が取れたからだぜ。今回のワンダーさん率いる調査隊には、鉄骨龍の人員も含んでてな。魔法で連絡取り合ってんだよ」
「なるほど。変に情報が多いから、罠か何かかと思ったよ」
半分冗談で、半分本気である。
ゴンさんが少し困ったような表情をした……本当に、罠じゃないよな?
「罠なんて仕掛けねぇって」
「冗談だって。じゃあ、準備して来るよ」
「いつも悪ぃ」
「別に良いよ」
教会の上の思惑はともかく、ゴンさんが俺を頼る時は、誰かの命が危険な時だ。
ゴンさん自身の問題や危機を押し付けられた事は、無い。
俺は、立ち上がり、準備の為に自室へと向かった。
バルザックさん達と、いつ合流するか分からないなら、早めに動かないとな。
自室で準備する事は、少ない。
道具で対処できるモンスター達では、無い。
俺は赤色ポーションを手に取り、口へと流し込んだ。
磨り潰した雑草を舌に張り付けたかのような味が、口の中に残る……そして、体の中に入り込んだ赤色ポーションが異物の如き魔力となって残り続けた。
味はともかく、この不快感は、ポーションによって生まれた魔力が自らの魔力へと変わるまで続く……効果は期待出来るので、我慢だ。我慢。
あと、準備すべきは……バックパックに、青色赤色ポーション各二本。魔石回収用の道具袋だけだな。他の荷物は邪魔になる。
鉄の剣を一本腰に携えれば、準備完了だ。
「行くのかえ?」
「はい、テラさん。ちょっとダンジョンまで」
開けたままの扉から、テラさんが俺を覗き込んでいた。
ふわっとした髪は、もう乾いたみたいだな。
俺は、テラさんの元へと移動する。
出掛けの挨拶は、ちゃんと顔と顔を合わせて、したい。
俺を見上げるテラさんの顔は、少し心配気だ。
「手助けが必要なら、言うのじゃぞ」
「はい。今回は、バルザックさん達も来てくれると思いますので。テラさんは、屋敷に」
「うむ。帰って来るのを待っておるのじゃ」
待つ、か……うん。なるべく早く帰ろう。
「はい。いってきます」
「うむ。いってらっしゃいなのじゃ」
テラさんは、ニコリと笑って、俺の肩を手で軽く叩いた。
見送り一つで、やる気何て、幾らでも湧いてくる。
心配は、出来るだけ掛けない様にしないとな……。
俺は一度大きく頷き、テラさんの脇を通り、ゴンさんの元へと向かった。
 




