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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第十章

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448/1014

441.いつも通りが嬉しく

誤字修正 火の精霊→炎の精霊

 ピュテルの町の北には、山が連なっている。

 その山の中の洞窟には、赤い竜が、炎の精霊サラマンダー達と共に住んでいた。

 竜の名は、炎帝竜。

 全身に(まと)う赤く硬質な鱗。蝙蝠(こうもり)型の一対の翼。鋭く、長い尾。

 先が細く、流れる様な口は、開けば大人であれば一飲みにされてしまうだろう。

 頭から伸びた二本の黒い角も、縦に長い黒目をした瞳も、その炎帝竜の威厳を示していた。

 現在、炎帝竜は、サラマンダーの発する光に照らされながら、俺を見ていた。

 その巨大な体躯を、横たえながら。

 独り、炎帝竜と対峙する俺は、当然、彼を討伐しに来た訳ではない。

 俺は、自らの右手を包み、燃え続ける真っ赤な炎へ視線を移す。

 そして、ここに来た理由を。

 王都から戻り、今までの事を、思い返していた。




 王都から戻った後の、小さなお茶会。

 それは、すぐにお開きとなってしまった。

 ミュール様もアムも、帰って仕事をする為だ。こればかりは仕方が無い。

 茶を美味しそうに飲んでくれただけで、満足である。

 その後は、シャーリーとテラさん相手に、小粋にお喋りをした。

 シャーリーとテラさんは、俺が不在の間、共に買い物へ行き、共にお風呂に入り、お泊りをしていたらしい……羨ましい。

 まぁ平穏無事で、なによりである。

 二人が悪意に飲まれず、笑っていられるのが、一番だ。


「わしは、お主の話が聞きたいのじゃ」

「うん。お兄ちゃん、王都で何してたの?」

「別に変な事はしてないですよ。話せるのは……劇を見に行った事と、貴族の(つど)いで踊ってた事ぐらいかな?」

「へぇ、お兄ちゃんって踊れたんだ」

「あぁ、アムに急場で仕込まれたんだ。綺麗な音楽が響く中、こう赤い正装を着て、頭にフクロウを乗せてな」

「マルクや。それは疑う必要もなく、変わった事じゃ。もっと聞かせい」

「えっと、初めは……」


 二人に、特にシャーリーに、ダニエルさん達の事とエキドナ討伐の事を、話す訳にはいかない。

 だから話をしたのは、踊り、劇、そして喫茶『フローラ』の事。

 面倒事や、血生臭い話をする必要は無い。

 俺の話を聞いて、笑ってくれる二人を見ていると、心が落ち着く。

 だが、話を続ける事は出来なかった。

 話題が無い? 違う。

 シャーリーは、女冒険者の友人と出かける用事が。

 そして、テラさんには、孤児院に行く予定があったからである。

 急に帰って来て、我が(まま)を言って困らせたくも無いので、話は今度と言う事で。

 二人に、王都土産の燻製肉を、渡すのを忘れずに。


「いってくるのじゃ」

「いってきまーす」


 屋敷に独り取り残された俺は、テラさんに渡した燻製肉を氷室へ入れ、自分の旅の片づけを手早く終わらせた。

 そして、無事の帰還を知らせに、挨拶回りへと向かった。

 土産も無しに、顔を出すのは気が引けたが、気にし過ぎも体に悪い。

 まずはエルの屋敷へ。


「いらっしゃい、マルク。もう帰ってたのね。さぁ、こっちに座りなさい」


 エルは、余暇に本を読んでいた。恋愛の物語は、俺には分からない。

 エルには、お爺様であるミトラース大司教様と、会って話をした事を伝えた。

 穏やかに話が終わった事も。

 その反応が『良く無事で!』だったのが、少し可愛らしかったな。

 ロレッタ嬢と会った事も話すと、そのお転婆っぷりを話してくれた。

 二人の仲は、良いらしい。


「もう行ってしまうの? マルクは忙しいですわね」


 少し口を尖らせたエルを(なだ)め、俺はエルの屋敷を後にした。

 次に向かったのは、ダンジョンこと、ピュテルの遺跡。その入口。


「よっ! マル坊。貴族の相手、お疲れさん」


 遺跡の番兵であるゴンさんは、俺を見てニカッと笑った。

 貴族の相手は、(ほとん)どせずに済んだ事を伝えると、我が事の様に喜んでくれた。

 貴族の話をしていても仕方が無いので、遺跡の話に移った。

 浸食の悪魔討伐後、遺跡内部の異変も、ピタッと止んだそうな。

 良かった、良かった。

 だが、ダンジョンの深層への挑戦が、難航しているらしい。

 死傷者は出ていないらしいので、慎重に歩を進めているのだろう。

 そっちは、遺跡専門のAランク冒険者ワンダーパーティーに、任せるしかない。


「マル坊。じゃあな」


 ゴンさんともう一人の番兵さんに礼をし、次へ向かう。

 次は、バルザックさん達の泊まる宿へ。


「無事みてぇだな、マルク」


 普段よりも簡素な格好をしたバルザックさんが、談話室で(くつろ)いでいた。

 休息日の姿なのだろうが、筋骨隆々な体躯は、それでも威圧感を覚える。

 神託の祭りの話を聞かれたので、素直に答えた。


「睨まなくても、寄って来ませんでしたよ」


 バルザックさんは、ケタケタと笑いながら「だろうな」と呟いていた。

 笑いが治まるのを待ち、バルザックさんに町の状況を聞いた。

 ダークマターの影響は既に無く、冒険者は日常に戻っているそうな。

 心配事が、また一つ消えた。嬉しい事だ。

 バルザックさんが、今注目しているのは、ダンジョン深層のモンスターらしい。

 そして帰り際に、問われた。


「で? 何と戦ったら、そうなるんだ?」


 そう? とは何か分からないが、俺が”何か”と戦ったのは、バルザックさんには、お見通しの様子であった。

 だが、ダニエルさん達の事も、エキドナの事も、言って良い話か分からない。


「国の公表待ちです」

「チィッ。仕方ねぇな。また、今度な」

「はい」


 バルザックさんと別れ、彼らの定宿を出る。

 そこからは、適当に回ってみた。


「あっ、マルク、おかえり。それといらっしゃい。後で、話聞かせてね。マルクごあんなーい」


 サンディは、変わらず笑顔で眩しかった。

 鶏もも肉の一枚焼きは、単純ながら、胡椒が効いていて美味しかった。

 やはり、狼のまんぷく亭の料理を食べないと、落ち着かないな。


「いらっしゃい。やぁマルクじゃないかい。また面倒抱えて王都へ行って来たんだって? シャーリーから聞いたよ。モンスターだけじゃなく貴族の相手までさせられるなんて大変だね。休む時は休むんだよ。なんならおばちゃん()で、ずっとゴロゴロしてたって良いんだからね。ん? 土産が無い? そんなの良いんだよ」


 恰幅の良いリンダさんは、相変わらずで、嬉しかった。

 こちらが一言も告げぬ間に、話が進んで行く様は、困惑してしまうが……元気なら、それで良い。

 シャーリーの弟ハイスと、妹ビィは不在であった。

 少し会いたかったが、仕方が無い。


「おっ、帰ったのか。お疲れ、マルク」

「マルク様、おかえりなさいませ。して、今回の土産は……無い……ならば、水で十分ですね。少々お待ちを」


 ガル兄は、多忙から解放されて、顔に活力が戻っていた。

 カエデさんは、いつも通り冗談めかした事を言い、お茶を持って来てくれた。

 王都での話ついでに、髪を乾かす魔道具について、話を聞いた。

 なんだ。簡単な原理じゃないか……魔道具として安定して使えるようにするのは、少し難しそうだが、自分で魔法として使う分には出来そうである。

 熱い風を、肌と髪を痛めぬように調整して……。

 何故(なぜ)か、王都帰りの報告の(はず)が、ガル兄とは魔道具談議をしてしまった。

 土産話なんて、お構いなしに。

 ガル兄達と別れた後は、フクロウの瞳へ歩みを進めた。

 向かう先は、一か所。パック先生の研究室。


「おかえり、マルク君。王都は、どうだったかな? さぁさぁ、話は、一緒にクッキーでも食べながらにしようか」


 三角帽を被ったパック先生は、いつも通りだ。

 あからさまにクッキーに仕掛けが施されている……悪戯が。

 気にせずクッキーを食べ、味わった。

 普通のクッキーであった。

 首を傾げる俺を、楽しそうに見るパック先生。

 何故(なぜ)か隣に置かれた水。何の変哲もない水。

 二枚目を食べた後、水で口を癒そうとした、その時、不思議なことが起こった。

 水が、ブドウ水に変わっていた……味と香りだけだが。

 その時の俺の顔を見て、笑うパック先生も、いつも通りで……嬉しかった。

 悪戯も、実害の無いこういう物なら、大歓迎なんだけどな……。

 パック先生に話せる土産話は、あまりない。それでも、王都での話をした。

 取り留めのない、拙い話を楽しそうに聞いてくれる……良い人だ。

 手を振るパック先生と別れ、俺は家路に就く。

 今日はゆっくり、ゴロゴロしていよう。何て思っていたのだ、あの時は。

 頭に、白いフクロウが降り立つまでは。

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