43.テーベ平原の戦い~始まり~
誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし
「みなさん、ホークマンが来ます。我らフクロウは、砦の上から魔法で攻め立て、一匹たりとも抜かせぬつもりで」
「はい」
「ドム、テガー、俺たちは弓だ。シャラガム、サラス、二人はまとめてぶっ殺してやれ。学派の連中に負けんじゃねーぞ」
「「「おう」」」「了解よ」
元テーベ村に作られた砦の中で、オルケインとバルザックの指示が飛ぶ。
計十五人の調査隊の内、戦力になるのは、彼ら二人を合わせても十人。
一人は、早打ちの使者として。
もう一人は、その後を追うようにピュテルの町へ向かった。援軍を呼ぶために。
魔術師二人は、砦を作るのに魔力を使い果たした。
一人の魔術師は、ダークハウンドの姿をした黒い影、その群れを殲滅するために、魔力を空にした。
ダークハウンドの襲撃は、夜の闇に紛れて行われた。
バルザックは思う。砦が無ければ、魔術師の作る光が無ければ、波のように次々襲い掛かってくる黒い影に、そのまま数の暴力でやられていただろう。あぁ、守るものがある戦いは苦手だ。と。
今、彼らはそれぞれ配置につき、ホークマンが射程に入るのを待っている。
その時、彼らは、不思議なものをみた。
遠く、さらに遠く。平原の真ん中に人が――
「≪風の羽≫」
俺は落下しながら、自分とアムに魔法を掛けた。
風が俺たちを包むように流れ、俺たちの落下速度が緩やかになる。
ミュール様は、優雅に浮いていらっしゃった。魔法を使った様子もない。
何でもありか? あの人。
「古代魔法をポンポンと!」
「アム、周りを見ろ」
空中から見ているからか、よく状況が読み取れた。
西には、確かに『黒く異様』であり”影のように黒い”モンスター達が、平原一面に広がっていた。
奴らの動きが、黒い波のように見える、
東には黒いホークマンの群れが見え、もう少し遅ければ、砦は戦いの最中であっただろう。
村の跡には、急造したとは思えない程の立派な砦があった。土の魔法で作られたであろう砦は、ホークマンでも、上から攻めるのは難しいだろう。
「アムは、砦の守りを頼む」
「ホークマンの群れを突っ切れと言うんだね。相も変わらず手厳しい。で? マルクはどうするんだい?」
「とりあえず、蹴散らしてくる」
つま先から、そっと地面に足をつける。
低い位置からだと、黒い壁が迫ってきているような錯覚に陥る。
「危なくなったら砦に逃げておいで。僕が君を守ろう」
「ハハハ。その時は、頼む」
俺は西へ、アムは東へ駆ける。
アムなら大丈夫だろう。少し心配ではあるが、大いに信頼している。
能力ではなく、その人の在り方を。
もし、アムが危険に陥るならば、全てを捨てて担いで逃げるとしよう。
ウェアウルフの黒い壁は、まだまだ遠いが……相手の距離で戦うなんて、やってられない。
大群相手で敵の射程距離で戦うということは、敵の数の乗数分の攻撃が、こちらに飛んでくるということだ。
いくら鍛えた人間でも、死は免れないだろう。
鍛えれば死に難くなるだけで、死なないわけじゃない。
「ここは、平原。火の魔法も使い放題。ならば」
まずは、盛大にやろう。
イメージするのは風、平原全てに吹き抜けるような風。
草を薙ぎ、木々を揺らす、そこに立つ者を押しのける風。
そして風に与えるは炎の力。火精霊の加護、一面の炎。
何一つ残さない。広がれ、広がれ。
込められるだけの魔力を魔法に込める。制御には失敗しない。
「汝に触れるものに、炎の制裁を――」
イメージを強固にするために、言葉を放つ。
周囲にはもう俺の魔力が張り詰めていた。解き放て、解き放て、と。
「さぁ、吹き荒らせ。≪火精霊の嵐≫」
俺の背を押すように、風が吹いた。
解き放った魔法が、周囲の色を書き換える。
魔法の風に触れた草が、木が、石が燃えて消えていく。
それは、迫りくるウェアウルフの黒い影も同様であった。
緑が赤に、茶が赤に、白が赤に、そして黒も赤に染まっていく。
燃える、燃える、燃える。景色全てが赤く燃える。
悶えるように、ウェアウルフ達が暴れ、倒れていく。
ただ俺は、立ったまま結果を見ているだけだ。己の魔法の生み出す結果を。
「マルク。人のいる時に使っては駄目よ」
「わかっています」
ミュール様の忠告は尤もだ。
そう、無差別攻撃魔法なんて人のいる場所では使えない。
だが、大群相手ならば、目に見える全てを焼き払って良いのなら……。
助っ人以外の依頼は、独りでこなしていたのだ。
群対策の魔法一つ覚えていないのなら、もっと苦しかっただろう。
敵が個としてタフな存在であれば、この魔法は役に立たないだろうが、相手がウェアウルフならば、これで十分だ。
ウェアウルフは、狼のような人型のモンスターだ。
体躯は人のそれであるが、全身の灰色の体毛と獣じみた手足、狼そのもの顔。
人よりは、狼に近い印象を持つ。
鋭い爪と牙は狼同様に恐ろしいものだが、毛は守りにならず、打たれ弱いモンスターである。
ダンジョンでは、低層の十五階層辺りで目撃されることが多かったか。
視界には、既にウェアウルフは一体も残っていなかった。
草も木も燃え、地面が剝き出しになっている。
ここが緑、萌える草原であれば、炎上はもっと酷いことになっていただろう。
だが、燃やせるものが無くなったのなら、炎はそこで止まる。
踏み消されても、止まる。
遠くで燃える草を踏み消しながら、オーガの影がこちらに迫っている。
黒い壁のごときモンスターの群れは、当然消えたわけではない。
オーガは、高い耐久性を持っている。
火精霊の嵐では、致命には程遠い。
ヘヴィオーガと違い、オーガの間合いに入っても死にはしないが、今回は群れが相手だ。一度組み付かれると、死が見える。
ならば結局の所、俺がやれる事は一つだけ。
遠距離から焼いて、焼いて、焼いて、下がりながら焼くだけだ。
「魔石は私が回収しておくから、心配しないで」
「ありがとうございます」
そんな心配はしていないのだが、礼は言わねば。
気が付けば、倒したウェアウルフの魔石が一つも落ちていない。
ミュール様は、変わらず浮いているだけなのに。謎な人だ。
「≪魔力の矢≫。行け」
高き女性の声が響く。冒険者サラスの声だ。
彼女の言葉に従い、生まれた百ほどの魔力の矢が、斜め上へと飛んでいく。
ホークマンの頭上を過ぎようとしたその時、全ての矢が降下し始めた。
黒いホークマンに、次々と魔力の矢が突き刺さる。
一本では致命とならずとも、複数本もその身に受ければ、ホークマンは塵となって消えるしかない。
地に落ちたもの、消えて魔石になったもの様々だ。
「これでも五体。きっつ」
サラスは、褐色の肌に浮かぶ汗を手で拭った。
「まだまだ、≪魔力の矢≫」
再び、魔力の矢による雨が降り、ホークマンが次々と消えていく。
「何だ? 単純な魔法ばっかで、もうへばったのかサラス」
砦に近付くホークマンを、矢で射貫きながら、バルザックが言った。
「長期戦だと、そんな大技撃ってられないのよ。それにマルクが来たんだから、へばってられないでしょ。≪魔力の矢≫」
「だな! 学派の連中も張り切ってるぜ。倒れるんじゃないかってぐらいにな」
バルザックは笑う。
砦で戦う全員の目からは、戦う意思が溢れている。
僅か前に起こった出来事を、砦で戦う者、その全員が目撃した。
一瞬のうちに平野が燃え、ウェアウルフが燃え上がる瞬間を。
そして、塵となる様を。
ホークマンの次に砦へと襲撃してくるはずだった脅威が、消えてしまった。
たった一つの魔法で。
遠くにいる人間が誰なのか見て取れずとも、ピュテルの町の人間ならば分かってしまう。あれをやったのは、マルクだと。
そして今、砦から見える彼は、敵の群れへ炎の球を大量に放ちながら、少しずつこちらに戻ってきている。
オーガの数を減らしながら。
バルザックは思う。さっさとホークマンの群れを片付けちまおう。早くあそこに行きてぇ、この背の大剣を思う存分振り回してぇ。と。
バルザックはうずうずしながら、次の矢を放つ。
強弓から放たれた矢に射貫かれたホークマンは、落ちながら消えていった。
砦に迫るホークマンは、一体たりとも近付けてはいない。
全て魔法と矢により叩き落されるか、死んでいる。
だが、倒しても倒しても終わりが来ない。
砦にいる者から見れば、黒の密度が減っているので、数が減っているのは理解できるのだが。
「きりがねぇなこれ」
「同感ね」
バルザックの耳は、遠くから聞こえる小さな声を捉えた。
「さぁ僕の可愛いシルフ。ほんの少しだけ、僕に力を貸しておくれ」
サラスは、流れる魔力を感じ、砦の外に何者かがいることを知った。
「なんだ?」「外?」
「≪風精霊の竜巻≫よ」
呪文は形となり、結果を生む。
砦の外側。ホークマンの群れの中央に、二つの竜巻が生まれた。
竜巻は徐々に大きくなり、ホークマンを飲み込み始めた。
「さぁ行くんだ」
声に従うように、二つの竜巻が右と左に分かれて動き出す。
横に大きく広がっていたホークマン達を、魔法の竜巻が次々と巻き込んでいく。
「あれ、ただの竜巻じゃない」
「ああ。鳥野郎が切り刻まれてっぜ」
サラスとバルザックの目の前で、ホークマン達が、次々と吸い込まれるように二つの竜巻に消えていく。
そして、文字通り消えるのだ。
そして二つの暴力的な竜巻が、最後の一匹を飲み込み、役目を終えた竜巻が突如として消える。始めから何もなかったかのように。
竜巻が、その存在した証拠を残したかのように、空から恵みが降り注ぐ。
ホークマンを倒した証。
その小さな魔石が、辺りに降り注いでいる。
「僕の助けは、要らなかったかな? 冒険者の皆々様」
砦の上部にいる二人に向け、飛び切りの笑顔で手を振る者が一人。
「あら。カッコいい」
「助かったぜ坊主」
バルザックの言葉を否定もせずに、彼女は言った。
「走ってきて疲れていてね。すまないが、誰か門を開けてくれないかい」




