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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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430.生み出された子供達

 ジギさんが、俺の右腕を掴んで止めた。

 精霊の妙手で透過した右手は、まだ届いていない。

 あまりにも非力なジギさんの腕を押しのければ、手が届く……もう、意味が無い事だと知ってしまった今は、無意味な行動だ。

 俺は、精霊の妙手を解除した。


「ダンが迷惑をかけたな。俺も、(みな)の所へ」


 俺の右手を掴む手が消え、その手袋が、落ちる。

 ジギさんの破れた服が揺れ、力を失ったかの様に落ちる。

 それは、四肢の端から、肉体が失われている事を示していた。

 破けた服から露出した胸元から、薄く黒に染まった体が見える。

 この黒は恐らく、十年前の物だろう……。

 黒風に侵されたような体も消え、そして、今、俺に笑いかけている柔らかな顔も、塵となって、消えた。

 ジギさんが、そこに居た事を証明するのは、石畳に落ちた手袋と、破けた服。

 そして、既に動き出し、モンスターを生み出す魔力の塊となった、赤い宝石だけであった。

 赤い宝石の中で、膨大な魔力が脈打っている。

 前に見たグレーターデーモンが生まれた時とは、比較にならない程、大きな魔力を(たくわ)えた赤い宝石。

 そこから生まれるモンスター。

 ろくなものでは無い。

 今、赤い宝石を破壊しても、モンスターは生まれてしまう。

 生まれたばかりのモンスターを攻撃しても、それは自分を死地に置くのと同じ。

 (いた)む暇も、(いた)む暇も無い。

 俺は、大聖堂側へ、タキオンさんの元へと走りながら、叫んだ。


「もう生まれます。全員避難を!」


 タキオンさんや、騎士団の動きを見ている暇はない。

 俺は今の内に、モンスターを殺すための武器を。

 これを王都で使うのは、やはり不安がある。それでも、モンスター以外を焼かぬ為に訓練をしたのだ。大丈夫だ。

 何を焼くか? それは己で選択する事を、心に誓う。

 不完全と言われようが、俺の信頼する魔法は、一本の炎の剣だ。

 頭と心に描く。赤く燃える炎を。猛る剣を。


()原初(げんしょ)(ひかり)(たけ)(なんじ)()れるは(だれ)ぞ――」「避難範囲を拡大しろ! 急げ!」

 

 俺は、距離を取る為に走っていた足を止め、赤い宝石に振り返った。

 小さな赤い宝石から、女の顔が現れた。

 長い髪を垂らし、流麗な目、通る鼻筋、柔らかな赤い唇、そして流れる様な顎。

 美しい女性の顔が、人とどこが違うか? 大きさだ。

 顔だけで、大人の身の丈ほどの大きさがあった。

 モンスターは、卵から顔を出したかのように、そして()い出るように、そのまま体を現世に生み出していく。

 紡ぐ言葉は、止めない。

 

「――(いま)ここに(ちり)()(もの)()を、(われ)に、(しめ)せ――」


 モンスターの上半身は女であった。

 しなやかに伸びる腕も、盛り上がる山の様な胸も、細い腰も。

 人であったのは、そこまでだった。

 その背には、寓話の天使を思わせる、一対の白い羽根が生えていた。

 そして、モンスターは動き始めた。

 通りの脇の建物を破壊しながら円の動きを取る巨大なモンスターは、その下半身が何なのかを、俺達に見せつけた。

 蛇だ。まだら模様の大蛇であった。

 俺は、女と大蛇の融合したモンスターへ、空の両手を構え、剣の名を口にした。


「――≪炎帝竜(えんていりゅう)大剣(たいけん)≫」


 俺の両手の内側から炎が生まれ、炎が、真っ直ぐに伸びる。

 身の丈程に伸びた炎は、一本の剣と化した。

 溶けるように、(たぎ)るように赤い、炎の大剣へと。 

 そして、炎帝竜の大剣が向く先には、鎌首(かまくび)をもたげた蛇女の姿があった。

 見上げた先に居る蛇女は、周囲の二階建ての建物より高く、その威圧感は、俺にピュテル大聖堂を想起させる。

 石畳につく大蛇の下半身は、蛇女の後ろで、波打つように伸びていた。

 全長を考えれば、どれ程大きいのか、知る事すら出来ない。


「巨大な、ラミア……いや、翼……まさか、エキドナか!」


 タキオンさんの声が、離れた位置から聞こえた。

 ラミアは蛇女だが、人程の大きさだ。これほど大きくはない。

 この蛇女は、エキドナ、と言うのか。

 獲物を見定めるように睨み、動かないエキドナ。

 俺は、エキドナを睨み返しながら、後方のタキオンさんに問う。


「どんなモンスターですか?」

「不明だ。本当にエキドナなら、モンスターを生み出すとしか伝わっていない。マルク、前は任せる」

「死なないで下さい」

「俺を誰だと思っている」


 自信に満ちた声が、俺の背に届いた。

 守る余裕は、無いかもしれない。

 この巨大なモンスターが、ここ王都で暴れ回れば、前も後ろもない。

 それでも、俺が引き付けよう。

 タキオンさんの魔力が後方で高まり始める。

 と同時に、俺はエキドナへ向け、走り出した。

 エキドナの目は、俺を見ている。

 だが、問題は別にあった。

 既にエキドナから、魔力の流れを感じ取っていたのだ。

 それは、石畳へと伝わり、エキドナの周囲に広がっている。

 迂闊に踏み込めない。魔力の範囲外で、俺は、足を止めた。

 魔力の広がり方を見て、ロードゴブリンが使う、ゴブリンの召喚を思い出した。

 そして先の、タキオンさんの発言を。

 石畳の上に薄く広がった魔力が、黒く色付く。

 急ぎ、俺は、その黒い海へと踏み込み、炎帝竜の大剣を突き立てた。

 石畳は燃やさない。焼くのは、黒く広がる魔力だけだ。

 突き刺した炎帝竜の大剣を中心に、炎が走る。

 炎がまるで魔力を喰らうように、黒い海を侵し、消失させて行く。

 だが、遅かった。

 広がる黒の半分程を消した時点で、黒い海の下から浮かび上がって来るかのように、モンスター達が現れたのだ。

 現れたのは、四種のモンスターであった。

 左奥、黒目白目の無い青い瞳と、三つの首が特徴的な巨大な犬、ケルベロス。

 中央、(たてがみ)と尾が蛇の形をしている双頭の大犬、オルトロス。

 右奥、獅子、山羊(やぎ)、蛇の三つの頭を持ち、胴と前足は獅子、後ろ脚が山羊、尾が蛇の形をしている、キマイラ。

 右手前、丸太程度に太い胴の先にから、細い九つの首が生えた大蛇、ヒュドラ。

 各一体ずつ。

 全ての個体が、俺の知識と体験に基づく記憶よりも、やや小さい。

 それでもケルベロスとオルトロスは、人の倍ほどの大きさがあった。

 気を付けるのは、ケルベロスの炎。

 オルトロス、キマイラ、ヒュドラの毒。特にヒュドラの毒は、恐ろしい。

 俺は、モンスター達、そしてエキドナへと注意を向けながら、魔法を使う。

 炎と毒への守りは、必要だ。

 唱える呪文は、決まっている。


「≪火精霊(ひせいれい)加護(かご)≫、≪戦士(せんし)妙薬(みょうやく)≫」


 俺の体に染み込むように、魔法が掛かる。

 そして、タキオンさんへも。

 申し訳ないが、自分とタキオンさんにだけだ。

 他の騎士団の人達は、誰が何処(どこ)にいるか把握出来ていない(ゆえ)、仕方が無い。

 俺の魔法に反応したかの様に、オルトロスが駆け出した。

 ヒュドラもゆっくりと()うように、こちらへ接近している。

 まず接敵するのはオルトロスだ。

 双頭の大犬、オルトロスは、素早く、攻撃的で、せっかちだ。

 今の様に、獲物へ一番に飛び掛かり、自慢の爪で獲物を引き裂かんとする。

 迎撃に魔法を使う暇も無く、オルトロスの爪が俺へと迫る。

 だが、動きは読めている。

 俺の肩口へ放たれた爪を(かわ)し、腕の通り道に炎帝竜の大剣を置く。

 振るう爪の勢いのままに、オルトロスの右前足が焼け落ち、先端が炎に飲み込まれ、消えた。

 炎帝竜の大剣が切り裂いたオルトロスの右前足の切断面には、炎が残っている。

 炎は今も、オルトロスを焼き尽くさんと、燃え上がっていた。

 斬撃痕に残る、消えぬ炎の浸食。これは、炎帝竜の大剣の力だ。

 燃える斬撃痕を、ずっと眺めている余裕は無い。


「≪魔力(まりょく)(やり)≫」


 右前足を失い、体勢を崩したオルトロスへ、薄紫色の槍を放つ。

 周囲に展開した二十の魔力の槍が、オルトロスの体に次々と突き刺さった。

 二つの顔を突き刺し、胴を刺し、左前脚を石畳ごと突き刺す。

 槍と共に俺も地を蹴り、オルトロスの脇を駆け抜けながら、炎帝竜の大剣をオルトロスの胴体に沿わせた。

 炎帝竜の大剣が両断した線が、オルトロスの体に残る。そして、描いた炎の線から広がる様にオルトロスの体を燃やし、塵へと変えた。

 魔石は、残らない……まずは一体。

 素早く倒せたお陰で、こちらへ近づくヒュドラ、ケルベロス、キマイラの三体への対処に余裕が出来た。

 エキドナは、俺を見つめたまま、動く気配が無い……不気味だ。

 ゆっくり()うヒュドラを追い越し、キマイラが跳ねるように飛び掛かって来た。

 と同時に、ケルベロスとヒュドラから、魔力の流れを感じる。

 俺は、右へ走り出しながら、魔法を使う。

 魔法で対処すべきは、ヒュドラだ。


「≪(かぜ)(かべ)≫」

 

 俺とヒュドラの間を遮るように、不可視の壁を生み出す。

 意識は、キマイラとケルベロスへ向ける。

 キマイラの飛び掛かりが、俺の立っていた場所を空振った。キマイラの魔力を一瞥(いちべつ)し、次は、蛇の首から毒の息を吐くのだと知る。

 ケルベロスの三つの首から吐き出される炎の息は、石畳を焼きながら、俺の背後を追うように迫る。己の足を信じ、避けるのみだ。

 ヒュドラの首から放たれた毒液が、風の壁に衝突し、べちゃりと音を立てた。

 そのまま風の壁を押し込むように、ヒュドラへ向け、移動させる。

 三方からの攻撃の対処。流石に忙しい。

 キマイラをまず倒したいが、ケルベロスの炎の所為(せい)で、足を止められない。

 ならば、狙うのは、ヒュドラだ。


「≪(かぜ)(やいば)≫」


 一刃(いちじん)に魔力を集中させた不可視の刃を、ヒュドラへ向け放つ。

 横に広く生み出した刃は、ヒュドラの前に移動させた風の壁を切り裂き、ヒュドラの細い首を次々に飛ばした。

 九つの首の切断面から、赤い液体が噴き出した。

 魔力の塊である青い液体でも、血でもない。

 あれは、毒だ。

 少しであれば戦士の妙薬でも防げるが、大量の毒を体に浴びれば、死は必定。

 ケルベロスの炎を避けながら、ヒュドラに近付く。

 毒を浴びない距離まで。

 俺の暇な口は、魔法を唱える。キマイラに毒の息を吐かせぬ為に。

 想像するのは、青白い一本の槍。簡略的に、素早く。


「≪氷結(ひょうけつ)投擲槍(とうてきやり)≫」


 呪文と共に氷の結晶が俺の頭上に生まれ、瞬時に伸び、青白い槍へと変化した。

 貫くは、俺の背を狙うキマイラ。その獅子の顔。

 放たれた氷の槍は、瞬く間に、キマイラの獅子の顔を貫き、胴まで深々と突き刺さった。瞬時に凍結したキマイラは、その全身が薄い氷で覆われていく。

 倒し切れていない。が、今は、これでいい。

 ケルベロスが炎を吐くのを止め、そして、ヒュドラの毒が収まりかけている。

 ヒュドラは、首を飛ばしても死なない。

 首を飛ばすだけでは、無限とも思える程に、再生を繰り返す。

 だが、炎には弱い。

 そして、再生時には、隙が出来る。

 俺の足は、真っ直ぐにヒュドラへと向かっていた。

 ヒュドラの太い胴から、九つの首が生え、そのままニョロリと伸びる。

 噴き出る毒が止まり、首の動きが単調な、ここが好機。

 ヒュドラの目の前に辿り着いた俺は、炎帝竜の大剣を水平に保ち、横一直線に振り抜いた。

 一閃により、再生し始めていたヒュドラの首が、全て飛ぶ。

 炎に焼かれたヒュドラの首から、毒が噴き出す事は無い。

 飛ぶ首全てが、空中で炎へと変わった。

 そして、全ての首を焼かれ、飛ばされた胴体もまた、炎に喰われ、消えていく。

 これで、二体目。

 まだ、エキドナは動かない。

 生み出した子と俺の戦いを見守る様に、エキドナは、ただ(そび)え、俺を見下ろしていた。笑みを(たた)えながら。

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