42.ミネルヴァの問い
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「身を賭したその行いは、あなたの願いなのですか?」
こんな時に何を言っているのだろうか? 想いや願いが自分の物なのか?
そんなの今、必要な事じゃないはずだ。俺は……。
「ミュール様。俺は、自分の意思で――」
「本当に? あなたにとって、この町の人々は、いいえ、この国の人々は、あなたがその手を貸すに値する人間だと、本気でお思いですか?」
答えが見つからない。
俺にとって、この町の、この国の多くの住人は……嫌悪の対象だ。
父と母の名誉を汚した存在。
父と母との思い出を壊した存在。父と母の最期となった戦いに赴いた時に、物も財も尊厳も……全てを奪った存在。
まだ、一つたりとも忘れてはいない。
まだ、一人たりとも許してはいない。
俺を殺そうとしたことなんて、どうでもいいことだ。
わかってはいる。多くの人は、何の関係もないことを。
ただ、知っていて何もしなかっただけだと言うことを。
「すみませんミュール様。正直言って、わかりません」
「では、なぜ戦いに赴くのですか?」
それだけは、簡単に答えられる。
「父と母の最後が……邪竜との戦いが、二人の意思によるものだったと、信じていますから」
失敗からくる後悔ではない。追い詰められた重圧からでもない。
最後に見た、父と母の姿を思い出す。
愛用の剣を携え、凛と立つ父の姿を。俺を見て、その細い目に弧を描く笑顔を。
普段の母と違う、黒のローブを身にまとい、真っ直ぐ空を見つめる姿を。
あれは、後ろを向いた姿ではなかった。
父と母と、そして俺と、三人の明日を守る、決意を持った姿だ。
俺の記憶に残る、英雄の姿。
町の英雄でもない、国の英雄でもない。
そして父と母は、自身の意思に従い、戦い、死んだ。
だけど、俺は――
「二人の遺志を投げ捨てた、俺が言えた話じゃないですけどね」
放り投げたのは俺だ。冒険者としての道を、その先を。
自分の信念。そんなものがあるのかも知らない。
大それた願いもない。望むことも特にない。
それでも、手の届く”誰か”を見捨てて平気でいられるほど、俺は、大きな男ではない。
心の中で今もまだ、二人の英雄の声が聞こえる。だから――
「ミュール様。最初の問いには、やっぱり答えられないかもしれません。けど、俺の思いは、一つです」
ミュール様の銀の瞳を、真っ直ぐ見つめる。
自分の思いを伝えるために。
「モンスターの群れは、俺が討伐します」
救える命を、こぼさない為にも。
そしてもう一人、目を見て伝えないといけない人が隣にいる。
「たとえお前に止められても、行くよ。もう決めたから」
出来るだけ笑顔を作り、俺はアムに告げる。
アムが目をそらし、少し拗ねたような顔をした。
「わかったよ。君は止めても聞かないからね」
「すまん、アム」
「仲が良くて羨ましいわね。フフフ。そろそろモンスターの話でもしましょうか」
「あんな自己満足な答えでしたけど、いいんですか?」
俺は、ミュール様の問いに、しっかりと答えてない。
「構いません。あなたの本当の望みが見つかった時に、もう一度聞かせて下さい」
瞳を閉じ、そう言ったミュール様は綺麗であった。
「さて、お急ぎでしょうが、モンスターの情報は知っておくべきだと思いますので、もう少しお話に付き合って下さいね」
ミュール様は、冷めたお茶で口を湿らす。
俺は、タルトの残りを頬張り、茶を一口。既に冷めているが、これはこれで。
「ダークハウンドは、既に殲滅されたと思われます。我々が到着する時には、ホークマンとの戦闘が始まっているかもしれません」
ホークマン。
大きな鷹の羽根を持った、人型のモンスター。
首から上が鳥そのものであり、膝より下が、細く鋭い鳥の足である。
飛行速度はそれほどではないが、空中に浮いている事自体が、強さに直結している。幸い攻撃手段が手に持つ剣と、足を使った掴みかかり程度なので、遠距離からの対処が肝要だ。
ダンジョンでの発見報告はない。
「それ以外のモンスターは?」
「発見順に、ウェアウルフ、オーガ、オーク、ジャイアントです。ジャイアントは十体は確認されています」
「十体は、厄介ですね」
ジャイアンとは、成人男性三人分ほどの大きさの人型モンスターである。
ダンジョンでの発見報告は四十から四十五階層にあった。
大部屋にしか現れない。大きすぎて、大部屋以外に居られないのだろう。
特徴は、何と言っても脅威の回復力と、巨大な獲物を振るう一撃だ。
近付けば潰されるリスクが高まり、遠くからでは命を削り切れない。
一体一体始末するしかないだろう。
「残念ながら、情報はそれだけです。戦闘が始まった後での使者ならば、もう少しあったでしょうが」
「いえ十分です。では、そろそろ」
俺は、席を立つ。
同時に、アムとミュール様も席を立った。
「では、行きましょうか。戦場に着けば、すぐに戦闘になるでしょう。お気持ちを確かに」
「はい。ありがとうございます。ミュール様」
「ミネルヴァ様。度重なる失礼、申し訳ありませんでした」
「いいえ。アムが私に喰らい付くなど、面白い姿が見れて嬉しい限りですよ」
その笑顔は、どちらなのだろうか。良き笑顔だと信じたい。
「先に言っておきますが、私は戦いません。自分の為以外には、力は使わない主義ですので」
「わかりました」
即答する俺に、ミュール様がクスクス笑う。
「理解が早くて助かります。では、行きましょうか。≪転移≫」
「へ?」
次の瞬間、俺は、俺たちは、空中に放り出された。




