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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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422.祭りと儀

 会場に響くオルガンの音を聞きながら、彼らは見世物を楽しんでいた。

 神託の祭りにおける、舞踏の時間。

 それは、社交の場であり、同時に歓喜と嘲笑(ちょうしょう)の見世物であった。

 見物人は当然にして、やんごとなき貴族達。

 見世物となるのは、彼らにとって名を覚える必要のない程度の、子息、子女。

 その中に、突如、異物が飛び込んで来た。

 一人は、青い髪を絹の如く(なび)かせる女性。

 紺に近い青のドレスを身に纏う女性の姿は、淑やかで、美しかった。

 だが、誰もその女性を直視することはしない。出来ない。

 彼女は、目と目が合うだけで、氷漬けにされると噂される『氷の女王』である。

 そして、その隣を平然と歩くのは、金の髪の上に白いフクロウを乗せた、奇妙な青年であった。

 金の髪、鋭い瞳、炎を想起させる赤い風体(ふうてい)

 そして、胸に刻まれた乙女の紋章。

 会場中が、(にわ)かにざわつき始めた。

 あれが、噂の竜殺しの英雄だと。

 あれが、悪魔殺しの男だと。

 あれが、英雄の遺児だと。

 ()の者に対する噂は数多(あまた)あり、各々(おのおの)思い浮かべるものが違っていた。

 (ゆえ)に、()の男、マルク・バンディウスが何者なのか? 利する者なのか? 害する者なのか? この場に居る誰一人として、それを知る者は居なかった。

 全ての視線を釘付けにした男は、あろうことか、氷の女王と踊り始めた。

 フクロウを頭に乗せたままに。

 氷の女王を知らぬ若者は、彼を笑う。

 ふざけた男だと。

 乗るフクロウが、氷の女王のフクロウだと知る者は、恐れを抱いていた。

 氷の女王に睨まれぬことを、ただひたすらに祈りながら。

 そして、知らぬ若者は、踊る者の中にも居た。

 頭にフクロウを乗せた、何処(どこ)の誰かも知らぬ(やから)に、貴族流の持て成しで歓迎しようとしたのだ。

 が、全ては無意味に終わる。

 (わざ)とぶつかり、恥を()かせようにも、踊るマルクと氷の女王を捉える事すら出来なかったのだ。踊れぬ様に場を縮めても、難癖を付けに近付こうとも、彼らはするりと動き、去って行く。

 見世物達の中を()うように、泳ぐように。

 そして一区切りの小休止。

 その時、グリンメドウ伯爵家の御令嬢が動いたことで、状況が変わった。

 マルクの次の『お相手』の権利を狙う者達が、動き出したのだ。

 自らの意思で動く者。己が親族を動かす者。

 ある者は関係を結ぶ為に。ある者は探る為に。ある者は見極める為に。

 曲の終わりと共に動き出す。

 何処(どこ)に居ても分かる、頭上のフクロウを目掛けて。

 全周囲から監視される中、フクロウを乗せたマルクは、ひたすら踊り続ける。

 洗練された動きとは程遠いものの、丁寧に、堂々と。

 本来終わる筈だった舞踏の時間も、ミトラース大司教の一声によって続いた。

 先に根を上げたのは、マルクの周囲を踊る青年少女達であった。

 彼らと代わる様に、次々と男女が躍り出る。

 それは、公爵家の者であり、それは、侯爵家の者であり、教会の者であり……立場も地位も混ざり合い、舞踏の時間は、既に見世物などでは無くなっていた。

 マルクは、気付かず踊り続ける。

 ただ、目の前の女性を見つめながら。

 



 右足を下げ、右手を心臓へ、左手を外へ流し、頭を下げる代わりとする。

 妙齢のご婦人が、折り目正しくお辞儀をし、去って行った。

 周囲に敵は――それどころか、踊っていた人達全員が、散る様に去って行く。

 こちらに向かってくる女性も居ない。

 耳を楽しませてくれた楽士の方々も、休憩に入る様だ……終わった。

 俺は、大広間の端に行く事にした。

 少し休みたい……体力的には問題無いが、精神が疲れた……。


「お疲れ様です」

『ありがとうございます、ミュール様。粗相は、恐らく無かったと思います』

「問題ありません。皆、楽しんでいましたよ」


 フクロウを通じて聞こえるミュール様の声に、頭の中で返事をする。

 だが、その『楽しんでいました』は、純粋な物では無いのだろうな。

 まぁ、問題が無かったのならば、十分だろう。

 お相手をした御令嬢達も、笑顔を浮かべていた。

 それはきっと社交辞令の笑顔だろうが……邪悪な顔だったとは思えない。

 なら、別に良いさ。


『少し休憩します』

「はい。この後は、立食となっています。マルクでしたら大丈夫でしょうが、貴族相手に困難があれば、私の所まで」

『ありがとうございます。取りあえずは、一人で戦ってみます』

「殺さぬように」

『出来れば』


 涼やかで心地よい笑い声を残し、会話は途切れた。

 ミュール様も忙しいのだろう。

 人を可能な限り避け、大広間の壁際に辿り着いたのだが……あちらこちらから飛ぶ視線が痛い。こういう視線は慣れっこであるが、気分の良い物ではないな。

 だが、幸い、貴族は誰一人として近付いて来なかった。

 こちらへ歩み寄る貴族も数人いたが、周囲の人間に捕まり、そのまま連れていかれた……あれが貴族流なのだろうか? 不思議な光景だ。

 俺の側に来たのは、のりの利いた黒い服を着た給仕、二十歳程の男性であった。

 後ろに撫で付けられた髪は、清潔感がある。


「マルク様。こちらを」

「いえ、酒は飲みませんので」


 給仕の男性の持つ丸盆には、幾つかのグラスが並んでいた。

 俺に差し出したであろう一番手前の美しいグラスは、赤紫色の液体で満たされていた。だが、酒もワインも、俺は飲まない。


(うかが)っております。こちらはブドウ水で御座いますので、ご安心を」

「では、いただきます」

「空きグラスは、あちらへ」

「ありがとうございます」


 これは、本当に有難い。

 早速受け取り、まずは少し口に含む。

 舌に広がる甘味と酸味は、甘味の方が強く出ている。

 少し渋みを感じるのは、実を包む皮の味だろうか?

 飲み込んだ時にふわりと甘く香るブドウの匂いが、疲れた心を癒してくれる。

 別の人の元へ向かった給仕の背中を見ながら、少しずつ頂く。

 人が寄ってこないならば、俺には、やる事が無い。

 寄って来ませんように……。




 王都に高々と(そび)え立つ、白きポイボス大聖堂。

 ポイボス大聖堂の前の広場に、多くの人が集まっていた。

 太陽教の教徒と物見遊山(ものみゆさん)な観光客で、人が(あふ)れ返っている。

 警備に()く大勢の兵達が、人が大聖堂側へ近づかぬ様に睨みを利かせていた。

 太陽に照らされながら待つ彼ら、彼女らの目的は一つだ。

 響くラッパの音と共に、大聖堂の中から人々の前へ、一人の青年が姿を現した。

 青年の色の薄い金髪は短く、うねる髪は、青年の凛々しき顔と相まって、活発な印象を見る者に与えた。

 少年の面影を残す十八の顔からは、若々しさが(にじ)み出ている。

 汚れの一つもない純白の外套(がいとう)(まと)い、白を基調とした金細工の施された儀式用の装いは、最も高い位置に輝く太陽に照らされ、皆の目を眩ませた。

 青年の姿を見た者は、感嘆(かんたん)の声を上げ、口から青年の名を呟く。


「アポロ様」

「アポロ様は、去年と変わらず壮健でいらっしゃる」

「あぁ~、アポロ様ぁ~」


 アポロ。太陽教の頂点に立ち、最も貴き者の名を呼ぶ歓声が広がる。

 各々の声が重なり、広場を埋め尽くす中、青年は大聖堂前に設置された人程の高さの壇上へと昇って行く。段々に並ぶ足元を、一歩一歩踏みしめながら。

 全ての者が、口を閉ざし、首を上に向けた。

 近くの者は高く、遠くの者は低く。


「これより、神託の儀を始める」


 大聖堂側、皆の視界に入らぬ司祭が、声を上げ式典の開始を宣言した。

 式の内容は、至って単純である。


「アポロ様。お言葉を願います」


 壇上に立つアポロが、言葉を告げるだけの式典。

 ただそれだけを見る為に、大勢の人々が集まっていた。

 アポロは壇上にて、その透き通る灰色の瞳で人々を見回し、再び正面を向いた。


「皆、元気そうで何よりだ。皆の輝く顔を見るのが、私の何よりの楽しみであるゆえ、(しば)し、顔を眺めることを許して欲しい」


 アポロの良く通る力強い声が、静寂に包まれた広間に響き渡った。

 アポロの言葉は続く。

 日々励む太陽教徒への、感謝と祝福の言葉を。

 太陽の下で生きる全ての人々への、加護と祈りの言葉を。

 皆を空より見守る太陽神への、崇拝と繁栄の言葉を。

 人々に(まぎ)れていた隻腕の男と、細身の男は、アポロへ冷淡な視線を送っていた。

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