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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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417.マルクの事情

 ダニエルさんの後ろについて、一階へ向かう。

 他の宿泊客は、既に自室に戻ったのか、食堂に座っていたのは、ジギさん一人であった。魔工石の光の中、ポツンと座る姿は、少し寂しさを感じる。


「ダン、本当に連れて来たのか」

「同じ宿なんだから、いいだろ」


 そう言いながら、ダニエルさんは、ジギさんの隣に座った。

 俺は。二人の正面の席に座らせてもらうとしよう。


「失礼します」


 正面にダニエルさん。その隣にジギさんが座っている。

 口ひげが印象的な野性味の(あふ)れる大男ダニエルさんと、痩せぎすな細身の男ジギさんが並ぶと、不釣り合いで、少し不思議な気分になる。

 それにしても、ジギさんは、近くで見ると、体調が心配になる顔であった。

 いや、心配ではあるが、俺が気にしても仕方の無い話だな。

 卓の上に目を向けると、杯が二つ。不透明な瓶が一本。そして、皿が一枚。

 皿の上には、ソーセージの上に焼いたチーズが乗せてある酒の肴が手付かずで置いてあった。まだ、酒を飲み始めたばかりの様だ。


「ダンが、すまない。そして久しぶりだな、マルク君。いや、数度顔を合わせただけだから久しぶりと言うのも可笑(おか)しな話か」

「いえ。お久しぶりです、ジギさん……で(よろ)しかったですか?」


 恐らく『ジギ』は愛称だ。愛称で呼ぶほど、彼とは親しくはない。

 それでもジギさんは、(うなず)いてくれた。


「構わない。本名は長くて呼び(にく)いからな」

「ありがとうございます」

「ガッハッハ。堅苦しいのは無しで頼む」

「性分なものでして」


 瓶から、赤い酒を杯に流し込みながら、ダニエルさんが笑った。

 ジギさんの杯は、俺が来た時から既に、赤い酒で満たされている。


「ダン。こう言った事は、無理強いするものではない」

「悪い悪い。それもそうだな」


 そう言って、二人は杯を口元で傾けた。

 その様子よりも、近付く足音が気になり、目を向けてみる。

 すると、給仕の女性が、近付いて来ていた。

 まだ、仕事中だったらしい。


「マルク様、ご注文は御座いますか?」

「すみません。茶を一杯お願いします」

(かしこ)まりました」


 ん? 言葉遣いと表情が前よりも硬かった気がする……気の所為(せい)か?

 まぁ、世の中、気にしても仕方が無い事ばかりである。

 去る給仕の女性を見ていた俺へ、ダニエルさんが問いを投げた。


「なぁ、マルク。王都での仕事は、もう終わったのか?」

「いえ。仕事は明日なので」

「護衛や警護の依頼か?」

「ジギさん。今、俺は冒険者では無いので。あっ、この前まで冒険者でした」


 ピュテルの町でなら、自己紹介をしなくても、俺が以前、冒険者であった事、そして今、冒険者でない事は知れ渡っている。

 だが、ここは王都で、彼らも久しい人物なのだ。

 言葉少なくては、伝わらない事も多いだろう。


「冒険者だったのは、俺もダンも知っている。その名は、ピュテルから王都まで届いていたからな。そうか……冒険者を辞めたのか」

「理由、聞いてもいいか?」


 理由。理由か……。

 自分の事ながら、大雑把にしか分からない。

 それでも、目の前から向けられた真剣な目には、答えるべきだろう。


「直接的な原因は、貴族の使いとギルドマスターの言葉に、怒りを覚えた事ですけど……その前から、鬱憤が溜まってたんだと思います。そのまま彼らの前で、ギルドカードを、ボッと」


 冗談めかして『ボッと』何て言ってみたが、二人ともクスッと笑ってくれた。

 思い返しても……あの時は、精神がささくれていた。

 今は、シャーリーやアムやガル兄、ミュール様にテラさん……多くの人達が構ってくれるお陰で、平穏で居られる。

 

「ま、マルクの選んだ道なら、仕方ないな。今は?」

「お恥ずかしながら、無職です。それと仕事と言うのは、神託の祭りに参加するという面倒事でして」

「あの貴族の友人か?」


 ダニエルさんの目が細まり、茶の瞳が僅かに隠れる。

 浮かぶ嫌悪の色は、誤解からくるものだ。訂正しておこう。


「いえ、アムは、どちらかと言えば巻き込まれた側でして」

「アム……アム……」


 ジギさんが、杯を揺らしながら、記憶を辿る様に呟く。

 一方、ダニエルさんは、杯を卓へ置き、ソーセージを口へ運んでいた。

 白にも黄色にも見えるチーズが、肉と共に口ひげの中へ消えていく。

 一口、二口と。

 そしてダニエルさんの目尻が、垂れた。

 ダニエルさんは、俺と目が合うと、左手で良し、の合図を送った。

 美味い、と言う表現なのだろう……事実、火の入ったチーズは美味そうである。


「……当然、マルクも食べて良いからな」

「あはは、少しお腹が空いてまして。いただきます」


 口を空にしたダニエルさんの勧めを、素直に受ける。

 歯は磨いたが、また磨けばいい。申し出を受けない方が失礼だ……いや、小腹が空いているだけだな。 

 チーズに直接触れぬ様に、右手でソーセージをそっと掴み、口へ。

 それ程、長くないソーセージを、半分の所で噛み千切る。

 瞬間、(あふ)れる肉の油が、口の中へと広がり出した。

 噛むと、肉と油とチーズが絡み合う。チーズの強い香りに肉が負けていない。

 噛んで、噛んで、噛んで、味わい尽くし……飲み込む。


「ふぅ。美味しいです」

「ガッハッハ。だろう」


 嬉しそうなダニエルさんに、(うなず)き返し、残り半分も口へ入れる。

 これは、パンが食べたくなる強い味わいだ。

 だが、そうすると、本格的夜食が始まってしまう。注文は、我慢しよう。


「アム……アム……あぁ、マリアさんの弟子がそんな名前だったな」


 記憶の海から戻って来たのであろう。

 ジギさんが、俺の目を見て、そう言った。

 正解を示す為に、俺は、首を縦に振ってみせた。


「ん? ジギ。マリアさんの弟子は、たしか、ちっちゃな女の子だったぞ」

「ダン。子供も、十年経てば成長するものだぞ。マルク君を見れば一目瞭然だろ」

「って事は、あの美形の貴族が……」

「母の弟子のアムですよ」


 ダニエルさんの言葉が途切れたので、重ねるように、俺は言葉を口にした。

 ダニエルさんが嬉しそうに笑った……とは言えこれは、ニヤリとしていて、少々下卑た笑みだ。


「……なる程。マルクも女連れで王都とは、やるじゃないか」

「そういう関係じゃないですって」

「でも、同室だっただろ?」

「ええ。一部屋しか空いてなかったので」

「アム君は、同室を受け入れたのだろう?」

「はい」


 率直に答えると、目の前の二人は、互いに顔を見合わせ合った。

 十八の男性と十六の女性が、同室に泊まるのだ。そう思うのも無理はないか。


「ん……まぁ、俺達が口出しする事では無いな」

「だな、ジギ。だが、貴族が関係ないなら、やっぱり――」

「浸食の悪魔討伐の話は、本当だったと言う事だ」


 やはり浸食の悪魔討伐、いや太陽伯の宣言は、既に王都で広まっているのか。

 隠しても意味のない事なので、素直に答える事にした。


「恐らく、その所為(せい)で呼ばれたのかと」


 二人の表情には、(わず)かに真剣みを帯びていた。

 浸食の悪魔の話が、何か二人に関係があるのだろうか?

 ダニエルさんの口から、問いの言葉が出る。


「マルクは今、教会と協力関係にあるのか?」

「あの町は、遺跡があるからな」

「モンスター討伐で手は貸してますけど、別に協力関係ではないですよ」


 太陽教は嫌いですから、と言う言葉を飲み込む。

 ジギさんは、回復術士だった筈だ。気分を害する言葉を、言う必要は無い。


「ん? 呼び出しは教会からじゃないのか?」

「教会からなら断ってます……呼び出しは、その……王からなので」

「あぁ……それは断れん」

「流石にな……」


 二人は俺を、同情するような目で見る。

 一度、断ろうと考えていた事は……この胸に仕舞っておこう。

 静寂が俺達を包む中、ふと、足音が聞こえた。

 それが、給仕の女性のものだと分かる。

 が、なぜか不安定だ。

 気になったので視線を送ると、俺と目が合った瞬間、彼女はビクッと跳ねた。

 それでも、お茶を(こぼ)していないのは流石である。


「お、お待たせしました」

「ありがとうございます」


 震える手で俺の前に置かれたお茶は、小さく波打っていた。

 お茶を置いた給仕の女性は、頭を下げると、逃げるように去って行ってしまう。

 その姿は、メリィディーア様やミュール様に怯える彼女の姿を、思い出させた。

 だが……意味が分からないな。

 公爵令嬢であるメリィディーア様に怯えるのは、理解出来る。

 氷の女王と呼ばれているミュール様に怯えるのも、まぁ理解は出来る。

 何故(なにゆえ)、俺を? 目が怖い……ならアムと一緒の時から怖がっている(はず)だ。

 また変な噂が流れていない事を、祈るしかないな……。

 早速、口に含んだお茶が、俺の心を癒してくれる。

 (わず)かな渋みと共に広がるのは、鮮やかな香り。若い自然の(あふ)れる豊かさが、鼻と喉を通り抜けて行く。

 やはり、この宿は良い宿だ。

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