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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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404.後ろ髪を引かれても

誤字修正

 朝、屋敷を歩き回る。

 灯り、良し。風呂、良し。台所、良し。

 魔工石は全て万全だ。茶葉の残量も十分。台所のクッキーも問題なし。

 俺は、地下の氷室へと向かう。

 扉を開けても冷気一つ漏れないが、中に入ると体が反応する程に寒い。外と中の温度差の所為(せい)だろう。

 機能は問題ない様だ。問題は――


「折角、復活させても、空っぽなんだよな」


 作った魔工石の灯りが一つ、冷気を放つ魔工石が一つ、浮いているだけだ。

 王都から帰ってきたら、少しは食材を入れよう。

 確認だけ行い、氷室を出る――瞬間、体に熱が(まと)わりつく感覚があった。

 この少し不快な感覚は、仕方が無い事だろう。困ったものだ。

 さて、屋敷の点検は終わったので、旅の準備の最終確認をせねば。


『本に、心配性じゃのぅ』


 頭の中のテラさんが笑う。分かっていても、止められないものだ。

 そして廊下で、俺の部屋から出て来たシャーリーを目撃した。

 閉まる扉を見ていたクリっとした目が、俺を捉え、明るく笑った。

 目だけで、(まぶ)しい。


「おはよう、シャーリー」

「うん。おはよう、お兄ちゃん。部屋にも外にも居ないから心配しちゃった」

「屋敷の点検をしててな。それに木剣は全部折れて、剣、振れないから」


 鉄の剣で稽古しても良いのだが、刃の付いた武器を振るのは、命を取る時か、誰かを守る時だけにしたいものだ。

 シャーリーと合流し、台所へ向かう。


「何かあったの?」

「ああ。昨日、冒険者バルザックさんと剣士ガル兄の死闘が、我が()の庭で行われたんだよ」

「へー」


 あっ、興味無さそうだ。話題を変えよう。


「ちなみに、屋敷の点検は問題なかったよ」

「二、三日、家を空けるくらい大丈夫だよ」

「分かってても、な」


 シャーリーは、クスッと笑い、台所へと入る。

 その背について、俺も台所へ。

 家主は俺であっても、朝食づくりの主役はシャーリーだ。

 俺は、手伝いから抜け出せない。


「シャーリー。今日は何を?」

「んー? お兄ちゃんは、ソーセージ焼いて」

「了解」


 生の腸詰めか、燻製してある腸詰めか分からないので、しっかりと火を通そう。

 さぁ、朝食づくりの開始だ。




 やる事が終わったので、次の役目は、料理の配膳だ。

 完成した太めのソーセージ二本と目玉焼きを盛り付けた皿を、食卓へと運ぶ。

 今日も眠そうに、目をトロンとさせているテラさんの前にも、皿を置く。

 肉の香りを嗅ぎ取ったのだろう。テラさんの耳が緩やかに跳ねた。


「おはよう、テラさん」

「うむ。おはようなのじゃ。ええ香りじゃのぅ」

「もうすぐ出来上がるので、少々お待ちを」

「フフッ。食いしん坊では無いのじゃ」


 微笑むテラさんを残し、俺は台所へ。

 焼いた人参とカブを、パンと共に盛り付けるシャーリーを横目に、ティーポットとカップを移動させる。トコトコと二往復。

 茶の用意は、既に出来ている。

 六人分淹れた茶は、まずは温かく、三杯入れる。

 鮮やかな液体が流れ、カップを満たしていくと同時に、食卓に香りが広がる。

 焼けたソーセージ、台所から甘く香る野菜の匂い、茶の香り。

 混ざっても、不思議と不快さはない。むしろ朝を感じ、心が躍る。

 おっと。(ほう)けてないで次だ、次。


「≪(こおり)≫よ」


 ティーポットの中に氷を投入し、食後の一杯に備えよう。


「おまたせ、お兄ちゃん。おはよう、テラさん」

「うむ。おはようなのじゃ。今日もシャーリーは元気じゃのぅ」

「えへへ。食べよ」


 往復するシャーリーを眺めながら、俺は席に着く。

 そしてシャーリーが座るのを待ち、二人と目を合わせる。

 毎朝この光景を見ることが出来る俺は……幸せ者だな。


「「「いただきます」」」


 重なる声が心地よく、朝の食卓に響いた。




 予備の服、良し。宿賃等出費が分からないので金貨は多めに。銀貨袋も良し。

 青色ポーション二本、赤色ポーション最後の一本。毒消し、気付け薬、予備の道具袋……これぐらいだろう。

 鉄の剣は、どうせ町中では帯剣しないから、良いか。

 今回は、護衛でも無いしな。

 準備を済ませ、食堂へと向かう。

 冷たい茶を飲む二人が、楽しそうにお喋りしている……このまま屋敷でゴロゴロしていたい気分になってくるな。


「シャーリー、テラさん。そろそろ行って来るよ」

「うん。アムによろしくね」

「無駄遣いするでないぞ」


 笑顔のシャーリーと、冗談めかして小言を口にするテラさん。

 二人は……大丈夫だ。

 立ち上がり、見送りに出ようとする二人に、手で制止の合図を出す。

 ここで、十分だ。引き続き茶を楽しんでもらおう。


「分かってます。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」「いってらっしゃいなのじゃ」


 手を振る二人に、俺も手を振り返し……背を向けた。

 嗚呼、名残惜しい、名残惜しい。

 後ろ髪を引かれながら、屋敷の出入り口を開ける。

 そして、外へ出て、振り返った。

 いつもの、変わらぬ屋敷だ。


「いってきます」


 なぜだろう。そう言いたくなった。

 当然、声が返る事は無く、呟きは消えるだけだ。

 ゆっくりと扉を閉め、鍵を掛ける……さぁ行こう。

 アムとミュール様が待っている。二人を待たせる訳にはいかない。

 自然と俺の足は、通い慣れたフクロウへの道を進み始めた。




 転移陣の光が薄れ、目が慣れると、お茶を飲むミュール様の姿が見えた。

 細い指で()まんだカップを丸卓へ戻す姿一つ、優雅である。

 青く長い髪に、整った感情の乗らぬ顔――目が合い、ミュール様が小さく微笑んだ。その変化は、胸に突き刺さる。


「フフッ。おはよう、マルク」

「おはようございます、ミュール様」

「ふぅ。やっと来たか。シャーリー達と離れたくないのは分かるけど、遅いよ。マルク」


 歩み寄りながら、さわやか声の主であるアムを見る。

 ミュール様の真正面に座ったアムは、上体をずらし、俺に視線を向けていた。

 活き活きとした赤い髪も、張りのある肌も、元気そうで安心する。

 目の前に置かれたカップは。空であった。

 ミュール様のお茶を飲めるようになったのか……偉いと褒めたい所だが、言葉を飲み込んでおく。ミュール様の前だしな。


「まずは挨拶、だろ?」

「だね、おはよう」

「あぁ、おはよう、アム。遅くなってすまん」


 実際の所、遅刻なんてしていない。が、アムに合わせておこう。

 渡りに船と言った顔をしたアムに、いちいち訂正するのも酷な話である。

 取りあえず二人に近付いてみたのだが……残念ながら俺の席は無い。

 すぐに出発するから、と言う理由は分かれど、ミュール様のお茶が飲めないのは、非常に残念だ。


「では、早速出発しましょう。アムも退屈していたみたいですし」

「いえ。楽しい茶会でした」

「ならば、また今度」

「はい。マルクも共に」


 二人は、その美しい顔に微笑を(たた)えながら、席を立つ。

 茶会の約束とは、思ったよりも仲良しである。

 何故(なにゆえ)か俺の意見無しで、参加が決定しているが……大歓迎だ。

 俺とアムは、ミュール様の隣へと移動する。

 アムの手荷物は、鞄一つの様だ。

 ミュール様が両手を差し出し、俺達は、それぞれに手を重ねる。


「≪転移(てんい)≫」


 言葉と共に、視界に映る物が一変した。

 窓一つ無い部屋。朝なのに灯る魔工石。並べられた用途不明の魔道具。

 そして、カウンターで横になっている黒猫。

 少し落ち着く。ここは――


「相変わらずだね、ミネルヴァ」

「跳ぶには、ここが安全ですから」


 ゆったりした声が、耳に心地良い。

 声の主は、カウンターの奥で少し高い椅子に座る、モーリアンさんだ。

 モーリアンさんは、年齢四十程の女性で、今日も、ぼさっと金の髪を跳ねさせたまま、眠たそうな目をしていた。

 その目が、俺を見て、柔らかに目尻を下げた。

 

「おはよう、マルク少年。また会えて嬉しいよ」

「おはようございます、モーちゃん。俺も、嬉しいです」


 言葉を交わすと、その口元にも、笑みが浮かぶ。

 それはきっと、俺も同じだ。

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