40.女王の塔
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んー、体が伸びる。
昨日は、平和な一日だった。
シャーリーと語り、本を読み、食堂で食べ、剣を振り、装飾屋で残りの代金を支払い、食堂で食べ、魔導書を読み、眠る。
昨日の疲れなど、一つも残っていない。
むしろ、元気すぎて早く起きてしまった。
さぁシャーリーが来るまで、剣でも振っておこう。
「マルク! 起きろマルク! 君は一体何をした!」
木剣を持って、外に出ようとした所で、外から近所に響くほどの声が聞こえてきた。聞き間違えはしない。アムの声だ。
扉を開き、招き入れる。
「おはよう、ア――ぬうぁ」
挨拶も途中に、アムが俺の腕を強くつかみ、踵を返し歩き出した。しかも速い。
俺の体が、そのまま引っ張られる。木剣も落としてしまった、
アムは、すごい剣幕だ。
「ちょっと、まて。アム、どうしたんだよ?」
「それはこっちの台詞だ! お前、何をやったらミネルヴァ様に、名指しで呼び付けられるんだ!」
「全く身に覚えがないぞ。特に昨日は」
「何もなしに、ミネルヴァ様が人を呼ぶわけないだろう」
「アム、ちょっと待て。そもそも”ミネルヴァ様”って誰だよ」
アムの足が止まる。
振り向いたアムの顔は、驚愕に満ちていた。
「マルク……本気で言っているのか? この町で……いや、この国で……ミネルヴァ様の事を知らない人間なんて、いないはずだよ。あの『氷の女王』だ。どんな人生を送ったら、知らずに生きていけるんだい?」
「すまん。本当に知らないんだが……」
「そうだった。君は、そういう男だったな」
アムが天を仰ぎ、顔に手を当てている。
数秒静止したが、アムの顔は、直ぐに元の優男顔に戻った。
それでも真剣そのものだ。
「マルク。知らぬなら知らぬままで、会った方がいいのかもしれない。だが、一つ忠告しておくよ。ミネルヴァ様の機嫌を損ねたら……君でも死ぬと思ってくれ」
「わ、わかった。気に留めておく」
「まぁそうなったら、僕も腹を切って、君の旅路に付き合うよ」
「死なないように気を付けるから、それは止めてくれ」
「安心していい。覚悟の問題さ」
そんなに危ない人物なのだろうか? その『氷の女王』という人物は。
アムと共に、進む。
目的地は、フクロウの瞳における中心地『女王の塔』へ。
何で塔の名前が女王なのか、今、ようやく分かったよ。
魔法学派の敷地で、一番高い建築物。それが、目の前に佇む女王の塔である。
目測では、七階建て程になる。
この敷地内には、そんな建物は他に存在しない。
先程まで俺は、これは象徴的な建物だとばかり思っていた。
アムが、唾を飲み込む。
開け放たれた入口が、化け物の口にでも感じているのだろう。
中の暗さが、化け物をより想起させる。
「手でも握るか?」
「マルク。子供じゃないよ」
少しはアムの緊張が、解れれば良いが。
アムが、塔に足を踏み入れる。その後ろについて、俺も塔に入った。
俺たちの足元に光の紋様が浮かび上がる。これは――
「転移陣?」
気付いた時には既に、別の部屋に転移していた。
先程まで暗かった室内が、明るいのだ。
内装も、塔という印象より、城か何かのティールームといった雰囲気である。
中央に置かれた丸卓には、上面に皺ひとつない白のテーブルクロスが掛けられ、赤い花が一輪、細い花瓶に活けられていた。
遠目からでも分かる。花は凍っている。
「来てくれてありがとう、マルク」
凛とした声が、心に響く。
いや耳に聞こえたのだと、遅れて気付いた。
いつ、現れたのだろう? 先程はいなかったはずだが。
丸卓の横に、一人の女性が立っていた。
目に着くのは、透き通る青く長い髪。
触れると切れそうな鋭い目。
整い過ぎている顔からは、何処か人形めいた印象を持つ。
それは、細く伸びた手足からのイメージもあるのかもしれない。真っ直ぐ伸びた背は、俺と同じぐらいだろう。
年の頃は、俺より僅かに上、といった所か? 正直わからない。
あぁ、少しだけ見過ぎていた。まずはやることがある。
「初めまして、ミネルヴァ様。マルク・バンディウスと申します。以後お見知り置きを」
「初めまして。私、ミュール・ラ・ディーヌ・ミネルヴァです。マルク、あなたには、ミュールと呼ぶことを許可します」
礼に礼で返されるのは、普通だが、唐突に名前で呼べとは、いきなりなことを仰る人だ。
「私には勿体なきお言葉」
「”私”も無しです。私は、昔からあなたの事を知っているの。”俺”でいいですし、凍えたマルクなど面白くないの。砕けて話しなさい」
ぐぬぬ。どうすれば良い……。
礼儀を通すか、従うか。ええい。我が儘にいこう。
「では、砕けさせてもらいます。ミュール様」
口を閉ざしたまま隣にいたアムの顔が、化け物でも見たかのように、変化した。
俺を見て……。
その顔も、ミュール様に失礼に当たると思うぞ、アム。
アムとは対称的に、ミュール様の顔には笑顔が浮かんだ。
氷の花でも咲くだろう。
「ではお茶の準備をするので、座って待っていて。アム。あなたもお座りなさい」
「失礼します」「はい。ミネルヴァ様」
アムの動きが四角く硬い。関節を凍らされたかの様な、ぎこちなさだ。
俺も、座って待とう。
洗礼された四角い椅子は、思ったよりも座り心地が良かった。
「≪我が宝をこの手に≫」
え? 何の魔法だ? 魔力の流れを感じ、ミュール様を見るも、その魔法の一欠けらすら理解出来なかった。
ミュール様は、何も無い空間から、次々と物を取り出し始めた。
ティーカップとソーサ―を三組。小さなボウルを三つ。
そして白く美しい皿が三つ。
その上には蜜漬けした果実のタルトが既に切り分けられた状態で、乗っている。
ティーポットは出ないのだろうか、と見ていると。
「≪自然の息吹≫よ」
指先から、お茶を注ぎ始めたではないか。
カップに注がれ、ふわりと湯気立つお茶の香りが、こちらにも広がってくる。
その魔法、目に焼き付けようぞ。
「マルク。そんなにじっと見ないでください」
「し、失礼しました。その魔法を、今、学んでいる途中でしたので」
「この魔法は難しいですよ。私も、子供のころ習得に苦労しました」
ミュール様が、カップとタルトを配りながら、朗らかにそう言った。
「フフ、どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
まずはお茶を口に含み、味わう。うん、しっかりと茶葉の深みと香りが出ている。指からでも、こんな味が出せるんだな。
だが、温かい飲み物のはずなのに、体の芯から冷える感覚が……全身に流れる。
それには、一つ思い当たった。
「ああ、これがミュール様の魔力か」
アムが、悲しそうな目で俺を見ている。何故そんな顔をするんだ?
状況に不釣り合いな表情をしているアムに、ミュール様は笑みを浮かべ言った。
「アム、言いたい事ははっきり言いなさい」
「はい。ミネルヴァ様のお茶を飲んで、生きて帰れたものがいないと専らの噂でございます。故にマルクは、既に処刑台に首を預けたも同然だと」
ハッとして、アムは慌てて口をふさぐ。
あぁ、既に何らかの魔法を掛けられいるのか。転移陣の時かな?
これは、厄介なお茶会だ。
俺はもう一口、お茶を飲んだ。うん、美味い。




