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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第一章

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40.女王の塔

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし

 んー、体が伸びる。

 昨日は、平和な一日だった。

 シャーリーと語り、本を読み、食堂で食べ、剣を振り、装飾屋で残りの代金を支払い、食堂で食べ、魔導書を読み、眠る。

 昨日の疲れなど、一つも残っていない。

 むしろ、元気すぎて早く起きてしまった。

 さぁシャーリーが来るまで、剣でも振っておこう。


「マルク! 起きろマルク! 君は一体何をした!」


 木剣を持って、外に出ようとした所で、外から近所に響くほどの声が聞こえてきた。聞き間違えはしない。アムの声だ。

 扉を開き、招き入れる。


「おはよう、ア――ぬうぁ」


 挨拶も途中に、アムが俺の腕を強くつかみ、(きびす)を返し歩き出した。しかも速い。

 俺の体が、そのまま引っ張られる。木剣も落としてしまった、

 アムは、すごい剣幕だ。


「ちょっと、まて。アム、どうしたんだよ?」

「それはこっちの台詞だ! お前、何をやったらミネルヴァ様に、名指しで呼び付けられるんだ!」

「全く身に覚えがないぞ。特に昨日は」

「何もなしに、ミネルヴァ様が人を呼ぶわけないだろう」

「アム、ちょっと待て。そもそも”ミネルヴァ様”って誰だよ」


 アムの足が止まる。

 振り向いたアムの顔は、驚愕(きょうがく)に満ちていた。


「マルク……本気で言っているのか? この町で……いや、この国で……ミネルヴァ様の事を知らない人間なんて、いないはずだよ。あの『氷の女王』だ。どんな人生を送ったら、知らずに生きていけるんだい?」

「すまん。本当に知らないんだが……」

「そうだった。君は、そういう男だったな」


 アムが天を仰ぎ、顔に手を当てている。

 数秒静止したが、アムの顔は、直ぐに元の優男顔に戻った。

 それでも真剣そのものだ。


「マルク。知らぬなら知らぬままで、会った方がいいのかもしれない。だが、一つ忠告しておくよ。ミネルヴァ様の機嫌を損ねたら……君でも死ぬと思ってくれ」

「わ、わかった。気に留めておく」

「まぁそうなったら、僕も腹を切って、君の旅路に付き合うよ」

「死なないように気を付けるから、それは止めてくれ」

「安心していい。覚悟の問題さ」


 そんなに危ない人物なのだろうか? その『氷の女王』という人物は。

 アムと共に、進む。

 目的地は、フクロウの瞳における中心地『女王の塔』へ。

 何で塔の名前が女王なのか、今、ようやく分かったよ。




 魔法学派の敷地で、一番高い建築物。それが、目の前に佇む女王の塔である。

 目測では、七階建て程になる。

 この敷地内には、そんな建物は他に存在しない。

 先程まで俺は、これは象徴的な建物だとばかり思っていた。

 アムが、唾を飲み込む。

 開け放たれた入口が、化け物の口にでも感じているのだろう。

 中の暗さが、化け物をより想起させる。


「手でも握るか?」

「マルク。子供じゃないよ」


 少しはアムの緊張が、(ほぐ)れれば良いが。

 アムが、塔に足を踏み入れる。その後ろについて、俺も塔に入った。

 俺たちの足元に光の紋様が浮かび上がる。これは――


「転移陣?」


 気付いた時には既に、別の部屋に転移していた。

 先程まで暗かった室内が、明るいのだ。

 内装も、塔という印象より、城か何かのティールームといった雰囲気である。

 中央に置かれた丸卓には、上面に皺ひとつない白のテーブルクロスが掛けられ、赤い花が一輪、細い花瓶に活けられていた。

 遠目からでも分かる。花は凍っている。


「来てくれてありがとう、マルク」


 凛とした声が、心に響く。

 いや耳に聞こえたのだと、遅れて気付いた。

 いつ、現れたのだろう? 先程はいなかったはずだが。

 丸卓の横に、一人の女性が立っていた。

 目に着くのは、透き通る青く長い髪。

 触れると切れそうな鋭い目。

 整い過ぎている顔からは、何処(どこ)か人形めいた印象を持つ。

 それは、細く伸びた手足からのイメージもあるのかもしれない。真っ直ぐ伸びた背は、俺と同じぐらいだろう。

 年の頃は、俺より(わず)かに上、といった所か? 正直わからない。

 あぁ、少しだけ見過ぎていた。まずはやることがある。


「初めまして、ミネルヴァ様。マルク・バンディウスと申します。以後お見知り置きを」

「初めまして。私、ミュール・ラ・ディーヌ・ミネルヴァです。マルク、あなたには、ミュールと呼ぶことを許可します」


 礼に礼で返されるのは、普通だが、唐突に名前で呼べとは、いきなりなことを(おっしゃ)る人だ。


「私には勿体なきお言葉」

「”私”も無しです。私は、昔からあなたの事を知っているの。”俺”でいいですし、凍えたマルクなど面白くないの。砕けて話しなさい」


 ぐぬぬ。どうすれば良い……。

 礼儀を通すか、従うか。ええい。我が(まま)にいこう。


「では、砕けさせてもらいます。ミュール様」


 口を閉ざしたまま隣にいたアムの顔が、化け物でも見たかのように、変化した。

 俺を見て……。

 その顔も、ミュール様に失礼に当たると思うぞ、アム。

 アムとは対称的に、ミュール様の顔には笑顔が浮かんだ。

 氷の花でも咲くだろう。


「ではお茶の準備をするので、座って待っていて。アム。あなたもお座りなさい」

「失礼します」「はい。ミネルヴァ様」


 アムの動きが四角く硬い。関節を凍らされたかの様な、ぎこちなさだ。

 俺も、座って待とう。

 洗礼された四角い椅子は、思ったよりも座り心地が良かった。


「≪()(たから)をこの()に≫」


 え? 何の魔法だ? 魔力の流れを感じ、ミュール様を見るも、その魔法の一欠けらすら理解出来なかった。

 ミュール様は、何も無い空間から、次々と物を取り出し始めた。

 ティーカップとソーサ―を三組。小さなボウルを三つ。

 そして白く美しい皿が三つ。

 その上には蜜漬けした果実のタルトが既に切り分けられた状態で、乗っている。

 ティーポットは出ないのだろうか、と見ていると。


「≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 指先から、お茶を注ぎ始めたではないか。

 カップに注がれ、ふわりと湯気立つお茶の香りが、こちらにも広がってくる。

 その魔法、目に焼き付けようぞ。


「マルク。そんなにじっと見ないでください」

「し、失礼しました。その魔法を、今、学んでいる途中でしたので」

「この魔法は難しいですよ。私も、子供のころ習得に苦労しました」


 ミュール様が、カップとタルトを配りながら、(ほが)らかにそう言った。


「フフ、どうぞ召し上がれ」

「いただきます」


 まずはお茶を口に含み、味わう。うん、しっかりと茶葉の深みと香りが出ている。指からでも、こんな味が出せるんだな。

 だが、温かい飲み物のはずなのに、体の芯から冷える感覚が……全身に流れる。

 それには、一つ思い当たった。


「ああ、これがミュール様の魔力か」


 アムが、悲しそうな目で俺を見ている。何故そんな顔をするんだ?

 状況に不釣り合いな表情をしているアムに、ミュール様は笑みを浮かべ言った。


「アム、言いたい事ははっきり言いなさい」

「はい。ミネルヴァ様のお茶を飲んで、生きて帰れたものがいないと(もっぱ)らの噂でございます。(ゆえ)にマルクは、既に処刑台に首を預けたも同然だと」


 ハッとして、アムは慌てて口をふさぐ。

 あぁ、既に何らかの魔法を掛けられいるのか。転移陣の時かな?

 これは、厄介なお茶会だ。

 俺はもう一口、お茶を飲んだ。うん、美味い。

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