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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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397.呼び出しと心配

誤字修正

 ミュール様と共に、魔法訓練を行った後、いつもの様にお茶を頂く。

 だがしかし、ミュール様の表情が、少々優れなかった。

 訓練の時は、いつものミュール様であったので、体調不良では……無いと思う。

 俺やテラさんを置いて、先程どこかへ転移していたが、その後から今の調子だ。

 美味しいお茶を飲み込み、カップを卓へ置く。


「ミュール様、御気分でも?」


 違うと思っていても、聞きたくなる。少しだけ、心配だ。

 柔らかに微笑んだミュール様は、首を横に振った。


「大丈夫ですよ、マルク」

「良かった」


 やはり、体調不良では無いと……ならば余計に恐ろしい気がする。帰るか?

 急いで逃げた方が良いような気がしてならない。

 テラさんに目配せをしてみたが「美味いのぅ」と、にこやかに笑っていた。

 美味しいのは間違いないが、今は、そうじゃない。


「ミュール様、俺達はちょっと用事がありますので――」

「マルク」

「はい。分かっています」


 優しい声で、撤退の言葉を遮られた。まぁ、逃げられないよな。

 この感じは、モンスターではない。戦闘ですら無いな……。

 戦いならば、ミュール様は躊躇(ちゅうちょ)なく語るだろう。


「マルク。少々困った事になりました」

「はい。何であれ、ミュール様がお困りなら、俺が手を貸します」

「あら、嬉しい」

「フフッ。逃げようとした男の台詞ではないのぅ」


 テラさん。逃げられないのなら、立ち向かう覚悟を決めるしかないんです。

 背筋を伸ばし、ミュール様を見る。

 困ったと言いながら、少し楽しそうだ。

 先程までの少々困ったという感が、既に消えせていた。

 憂いの浮かぶ顔よりも、今の(わず)かに笑みを(こぼ)れさせた顔の方が、俺は好きだから別に良いのだが。


「実は、神託の祭りにお呼ばれしてしまいまして」

「ええと。太陽神が教主に神託をもたらした日を、祝う祭りでしたっけ?」


 太陽教の事は、多くは知らない。

 だが王国の国教ゆえ、流石に多少は知っている……多少は。


「うむ。じゃが、大々的な祭りではないのじゃ。どちらかと言えば、教徒が祈りを捧げる日じゃからな」

「何と言うか、祭事にも顔を出さねばならないとは、ミュール様も大変ですね」

「マルクもですよ」

「え?」

「マルクもですよ」


 二度言わなくても、聞こえていますミュール様……何故(なにゆえ)


「えっと……そもそも町が大変な時に、なぜ俺を?」

「町の安全がほぼ保障されたから、と言うのもありますが、マルクが町の防衛戦力に数えられていないからでしょう」

「ダークマターの影響は、もう?」

「既にモンスターを誘引する力は、消え失せています」

「それは、良かった」

「うむ。重畳(ちょうじょう)じゃな」


 町の守りは、まだまだ続くだろうが、これで一層安心出来る。

 しかし、防衛戦力に数えられていないのは、喜ぶべき事なのか、悲しむべき事なのか……判断付かないな。

 俺と目線があったミュール様が、一笑いし、言った。


「戦力扱いされていないのは、今の緊急的な守りが、教会、鉄骨龍、フクロウの三者によって構成されているからですよ」

「あぁ、それは戦力外で当然ですね」


 俺は、どこにも属していない……それどころか、定職にも就いていない……無職の俺なんて呼んだのは、何処(どこ)の誰なんだ! 文句を言わねば。

 そもそも、太陽教の祭りに参加する必要があるか?

 断ろう。


「ミュール様、申し訳ありませんが、モンスター討伐でもないのなら、俺は太陽教からの呼び出しに応じるつもりはありませんので」

「私とマルクを呼び出したのは、レオニード王です」

「王か……」

「カッカッカ。随分と大物じゃな」


 テラさん。笑い事じゃないです……お茶を飲んで落ち着こう。

 震える手で、カップを持ち、口へ運ぶ。

 流れる温かなお茶が、華やぐ香りと共に、心を落ち着けてくれる。

 そして、体の中に入り込む、ミュール様の冷たい魔力……ふぅ、落ち着く。

 だが、王か……王は、そんな事で俺を呼ぶ人だろうか?

 疑問が顔に出ていたのだろう。ミュール様が、穏やかに言った。


「レオニード王自身の発案では無いでしょう。下から、いえ貴族から突き上げを喰らったのでしょうね。マルク・バンディウスを呼べ、と」


 ミュール様が態々(わざわざ)『バンディウス』と言った為、事情を察する事が出来た。

 王国の英雄の子供が大事に関わったのだから、俺達の前にも(つら)を見せろ、と言う事か……面倒で、俺には無意味過ぎる事だ。

 王も、俺と直接的な関係があれば、拒否も出来たのだろうな……。

 (つな)がりが薄いからこそ、王には俺を呼ぶ事を断る理由が無い。


「一応、俺、療養中なんですけどね」

「太陽伯は、マルクの怪我を公表していませんので。それに、腹に穴が開いたその日の夕刻には、もう町を歩き回っていたのはマルクですよ」


 ミュール様の言葉に、テラさんが()き込んだ。


「大丈夫、テラさん」

「大丈夫でないのはお主じゃ! 腹に穴が開いたとは何事じゃ!」

「あら? 話してなかったのですね」


 あぁ、そうか。元気な姿を見せただけで、怪我の内容は話してなかった。

 テラさんが目を見開き、耳を張り、俺を見ている。


「大怪我を負ってしもうたのは、分かっておったが、そこまでとは聞いておらぬぞ。マルクや。後で、怪我の話は聞かせて貰うのじゃ。良いな」

「はい。怪我の事でしたら」


 戦闘の事は、テラさんにも言えない。

 言えるのは、突撃して腹に穴を開けられた事ぐらいだろう……それでは、怪我を負いに浸食の悪魔へ突撃した、ただの馬鹿じゃないか。

 だが、馬鹿の称号は、甘んじて受けよう。


「テッラリッカさん。マルクとて好き好んで怪我を負っている訳ではないのです。討伐に至る策、その行いの危険性、そして皆の命。知り、選び、行動した結果なのですから、お手柔らかにお願いします」

「分かっておる。戦いを明かせぬという事ものぅ」


 テラさんの顔は、まだ怒りを露わにしているが、既に耳の張りは消えていた。


「テラさん。傷のこと黙っていて、すみませんでした」

「不要な無茶では無かったのじゃな」

「誓って言えます」

「ならば、良い。怪我の事は、わしの胸に仕舞っておくとするかのぅ」

「ありがとう、テラさん」

「全く……シャーリーやアムやガランサの気持ちが良く分かったのじゃ」


 そう呟き、テラさんはお茶を飲んだ。もうミュール様のお茶に慣れたのだろう。テラさんが、背を震わせることは無かった。

 テラさんの顔は、至って真面目な顔に戻っている。そこに、怒りは感じない。

 怒られるのは別に良いが、テラさんを不愉快にさせるのは、嫌だな。

 言える事と、言えない事。皆を心配させない事。

 これは難題だ。

 俺も落ち着こう。カップに残った茶を飲み干し、一息吐く。

 やはり、お茶は良い……空のカップを卓へ置く。

 今は、ミュール様にお代わりを頼める状況じゃないな。うん。

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