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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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396.駆け足で進む穏やかな一日

 目覚め、木剣を振り、シャーリーの朝食を食べる。そして、また木剣を振る。

 その後、女王の塔へ向かい、ミュール様の指導の下、絶氷の棺の訓練に勤しむ。

 そして、テラさんとミュール様、二人と共に、お茶を楽しんだ。

 その後は、自由であった。

 なので今日は、テラさんの用事に付き合うことにした。

 まず、進む先は厩舎(きゅうしゃ)

 声を掛けながら近づくと、愛馬は鼻で俺を押してきた。

 我が愛馬は、元気で、実に嬉しい。

 鳴き声を耳にし、丸い可愛らしい瞳の動きを観察しながら、ブラシを掛ける。

 テラさんと交代交代で。

 愛馬の頑強な体に沿って、ブラシを動かすと、毛の(つや)が変わった気がして、嬉しくなる。それはテラさんも同じなのだろう。

 その緩む顔と耳は、我が愛馬ヴェントへの愛に満ちていた。

 一頻(ひとしき)り愛馬を()でたら、厩舎の作業員でシャーリーの友人のナンシーの手伝いを行う。(おけ)を洗い、水を補充してまわり、干し草を運ぶ。

 寝床の清掃や準備は、ナンシー任せだ。その分、力仕事は引き受けよう。

 作業を終えた後は、愛馬を軽く走らせる。

 ピュテルの町の一角に、馬を運動させるための運動場がある。

 そこで、ぐるりぐるりと一周一周回り、軽く運動させる。

 動く愛馬は、躍動の勇ましさも相まって、格好がいい。

 厩舎に戻れば、後はナンシー任せだ……本当は親父さんに預けているんだけど。

 小麦の様に実る、背の三つ編みを揺らしながら、ナンシーが別れの挨拶をくれる。明るい笑顔は、ひまわりのように日を照り返す。


「ありがと、テラさん、マルクさん」

「またのぅ、ナンシー」「ヴェントを頼む」


 次に向かったのは、狼のまんぷく亭だ。

 馴染みの給仕であるサンディは、忙しそうに働いていた。毎日である。

 目が合うとサンディは、褐色の肩を見せつけながら、俺たちに向き直り、明るい顔を見せた。そして俺達に歩み寄り、出迎えてくれる。


「いらっしゃい。二人とも。マルク、テラさんごあんなーい」


 賑わう店内、入口近くに案内され、ゆっくりと待つ。

 喧騒を聞きながら、テラさんと語らいながら。

 狼のまんぷく亭は冒険者が多い……そしてその視線は、俺に突き刺さっている。

 それは昨日一昨日もそうだったので、まぁ今更かもしれない。


「ハイ、おまち。豚とキャベツの重ね焼きと梨だよ。ゆっくり食べてね」


 サンディが持ってきた料理に目を向ける。

 主の皿には、薄切りの豚肉とキャベツが折り重なった不思議な食べ物が、ドンッと乗っていた。重ねる意味があるのだろうか?

 他には、パン、切り分けられた梨、ひよこ豆もスープが置かれていた。


「「いただきます」」


 早速、豚肉をキャベツと共に一口大に切りる。

 柔らかなキャベツと豚肉は、簡単にナイフを通した。

 そしてフォークで(すく)い……いや、全て刺し、フォークに層を作り上げる。

 そのまま口へ入れ、噛む。

 嗚呼、重ねる意味は、あった。

 キャベツが肉の美味しさを纏っている。それにキャベツの甘さと豚肉の濃厚さ。足された塩と粗挽きの胡椒が、味を引き立たせてくれる。

 これは良い。ただ二つを合わせただけなのに――


「美味いなぁ」

「うむ。舌が()えるのぅ」


 テラさんと合間合間に会話をしながら、食事を進める。

 パンもスープも、甘い梨も、美味しくて満足だ。

 全てを食べ尽くし、サンディの持って来てくれた空の樽型ジョッキに注いだ水を、ゴクリ、ゴクリと飲み干す。


「「ぷはぁー」」


 テラさんと共に、氷の(りょう)を堪能する。今日は、昨日程は暑くないので、そこまで氷を望んではいないのだが、心地よいものは心地よいのだ。


「「ごちそうさま」」

「アハハ。それだけ美味しそうに食べたら、お父さんも大満足だよ。またね、マルク、テラさん」

「ああ、また来るよ」

「恐らく夕食にのぅ」


 サンディの笑い声を背に受け、そのまま店を後にした。

 次にテラさんが向かったのは、孤児院であった。

 様子を見に行きたいのは、俺も同じである。

 孤児院は町の石壁の近くだ。

 町中への戦闘の被害は耳にしていないが、当然、気になってしまう。

 それ以外にも、盗みの心配もある。

 心配する心を抑えながら孤児院へ向かうと、そこには元気に走り回る子供たちの姿があった。エルとギュスト、そして姿は見えぬがネフツさんも共に居る。

 エルは、十歳の少女であり、教会の重要人物である。

 今日も長い金の髪を二つに分け、淡褐色の瞳で俺を見ていた。

 ギュストは、少年の様なあどけない顔をした褐色の青年だ。俺と同い年には、見えないな。帯剣しているのは、護衛としての任が最優先だからだろう。

 ネフツさんは、相変わらず魔力の揺らぎしか見えない。俺が見ると、ゆらっと魔力が動いた。手を振り返しておく。


「あら? マルクも来たのね。さぁ、共に子供達と遊びましょう」


 エルのこの言葉に、拒否権は無い。

 まぁ避難していた皆が戻ってきているのならば、元よりそのつもりであったが。

 そして俺は、馬になった。

 幾人が俺の背に乗ったのやら……仔細は、語るまい。

 遊びが終われば、勉強の時間だ。

 孤児院の中でも年齢の高いチャック達、エル、テラさん、そして俺が子供たちの文字の勉強を見守る。

 ギュストが先程から変な物を見る目で俺を見ているが、気にしたら負けだ。

 あんなのに構うよりも、目の前の少年、ヨームの事だ。

 紙に描かれた文字をなぞり、小さい指がゆっくりと動く。

 そして、ヨームがニカッと笑った。


「良く出来た、ヨーム」


 俺は大きく頷き、良しを手で示した。

 ヨームは満足したのか、次の字へと興味を移し、文字をなぞり始めた。

 勉強熱心で、実に良い。

 頭を撫でたい気持ちを押さえながら、ヨームの勉強を見守る。

 後ろから服を引っ張られたので、振り向くと、年の頃五つほどの少女が……ステフだったな。

 ステフは、ヨームと同じように文字をなぞり、俺に見せた……なる程。


「ステフ。ナイス」


 再び大きく頷き、良しを手で示し、ステフに見せる。

 瞬間、パっと花が咲いた。良い笑顔だ。本当に、良い子達だな。

 引き続き二人の頑張りを、見守る。文字を勉強する時に、挟む口は無い。

 勉強を見た後は、エル達と共にお(いとま)する事にした。


「またいらしてください、エル様、ギュスト様、テッラリッカさん、マルクさん」

「はい、叶うならば。失礼します」

「まったねー」


 ヒルデ院長に各々礼と再開を望む言葉を返し、子供たちの声に手を振りながら、俺達五人は、孤児院を後にした。

 今度の行先は、教会である。

 夕陽を浴びながら、エル達の前を歩く。


「マルクとテッラリッカは、わたくしに付き合わず、皆と夕食を共にしても宜しくてよ」

「それが苦手じゃから、マルクは逃げたのじゃ」

「マルクは、仕方が無いですわね」

「大人数は苦手ですけど、それよりも、俺が食べる分があるなら、あの子達に食べて欲しいですから。食事は大事ですよ」


 俺みたいに、狼のまんぷく亭に行く以外は干し肉を(かじ)って過ごしていたような食生活は、絶対に駄目だ。


「そう言う事にしてやろうかのぅ」

「ですわね」


 テラさんとエルは、クスっと笑いながら、そう言う。

 振り返ると、ギュストが首を縦に振っていた……それは誰への同意だ? エルに決まっているか。

 赤い大聖堂の前を通るが、避難した人達は独りも見掛けなかった。

 皆、自分の居場所に戻って行ったのだろう。

 そのまま、エルの屋敷へ向かい、屋敷の前で三人と別れる。


「傷が癒えましたら、皆と戦って頂きますわよ」

「出来ればご勘弁を」

「駄目ですの。テッラリッカもまた会いましょう」

「うむ。またのぅ」


 笑いながら去るエルを小さく手を振りながら、見送る。

 去り際にギュストが鼻で笑いやがった。何なんだあいつは……。

 そして二人の後ろを、魔力がすぅーと移動する。ネフツさんも大変だな。


「一度、帰りましょうか」

「じゃな。喉が渇いたのじゃ」

「はい。茶にしましょう」


 嬉しそうに耳を跳ねさせるテラさんと共に、自分の屋敷へ向け、歩き出す。

 まだ、夕食には早い。

 今日は一日、町を歩いたな。

 戦う事もなく、ぶらぶらと出来るのは、嬉しい限りだ。

 それに、想像よりも、テラさんへの視線が強く無くて良かった。

 隣を歩くテラさんと目が合う。俺を見上げる顔は、明るく元気だ。


「ん? 何じゃ?」

「冷たいのと暖かいの、どっちにしましょう?」

「暖かいのじゃな。冷たいのばかり飲むと、体に悪いのじゃ」

「では、暖かいので」


 さぁ、屋敷へ帰ろう。

 とは言え、茶を飲んだらまた狼のまんぷく亭へ行くのだけれど。

 その後は、風呂に入って、テラさんの寝具に魔力を込めて、魔法球の訓練をして、魔導書を読んで、寝るだけだな。

 夕陽が落ちるにつれ、一日の終わりを感じ始める。

 だが、明日の平穏を願うのは、寝る前にしよう。

 今日は、まだ終わっていない。

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