388.ガランサと打ち合い
倉庫から引っ張り出してきた予備の木剣を両手に握り、肩口を狙い振り下ろす。
瞬間、乾いた音と共に、俺の木剣が跳ね上げられた。
まだ、手から離れてはいない。強く握りしめ、手放しはしない。
ガル兄の動きを見極めながら、腕と背の筋肉で、木剣を制御する。
胸元を抉る鋭い突きを、足捌きで横へ躱す。
そのまま流れるように放たれた水平斬りを、木剣で弾く。
庭に響く木剣同士の剣戟音。
そして、崩れる互いの体勢。
突きから放たれた雑に思える水平斬りは、重たく、鋭かった。
弾き、火勢に攻める思考は捨て、一度、距離を離す。
ガル兄も同様に、既に俺から距離を取っていた。
互いに追撃を恐れての行動だ。
仕切り直し、正面に構え直す。
「おにーちゃーん、ガランサさーん、がんばってー」
シャーリーの元気な声に、少し気が逸れてしまう。
以前、テラさんが庭に作った土の休憩所から、三本の視線が俺達に向かって飛んで来ている。シャーリー達が日陰に居るのは、正解だ。
太陽の熱が、服の上から体を熱してくる。
それでも、動きが鈍る程、俺もガル兄も甘い鍛え方はしていない……はず。
駆け出す足は軽い。
体勢低く地を蹴り、ガル兄へ肉薄する。
待ち受ける木剣。その根元の手。
狙いを持ち、切り上げた俺の一撃は、軽く躱された。
だろう、ね!
お返しの様に手を狙うガル兄の木剣を、弾く。
俺は、体勢の崩れたガル兄へ、踏み込み、腹を狙い、横一文字を木剣にて引く。
弾かれた。
が、俺はそのまま肩、腿へと木剣を振る。
木剣が重なる、重なる。その度に響く音は、涼やかに高い。
退くガル兄を逃がさない。
一つ、二つ、三つと、踏み込み、打ち込むも、俺の斬撃が捉えるのは木剣のみ。
甘い打ち込みなど、一撃もない、が届かない。
もう一撃――踏み込みを止め、腕を上げる。
腹の前を、斬撃が通り過ぎた。空振り。
踏み込めば、腹を切断されていただろう。木剣で無ければだが。
いや、俺の土人形を木剣で切断してたよな――
「危なっ!」「ちぃ!」
ガル兄は、小さく言葉を吐き捨てると、素早く体勢を立て直した。
しまった。
ガル兄の攻撃に気を取られて、攻めあぐねたか。
それでもガル兄の息は、乱れている。ガル兄の性格上、剣で罠を張っても、仕草で罠を張る可能性は低い。
休む暇は、与えない。
突撃し、打ち合いに持ち込む。
上段から打ち込み、木剣が重なる。切り上げる木剣に、重ねる。
重なる、重ねる、重なる、重ねる。
渾身の力で打ち込んでも、ガル兄に傷一つ付けられない。
落ちる葉を斬るが如き一撃が襲おうと、傷一つ負うつもりはない。
ガル兄の動きを読み、そしてガル兄は俺の動きを読んでいる。
後は、どちらが先に音を上げるかだ。
打つ、弾く、打つ、躱す、打つ、打つ、重ね、弾く……。
剣筋と剣筋が重なり、音を立てる。
位置を変え、姿勢を変え、打ち合うこと三十合。
薙ぐ一撃に、木剣が飛んだ。
すかさず、体勢を崩したガル兄の喉元に木剣を突き立て――る寸前で、切っ先を止める。俺の勝ちだ。
喉が波打ち、流れる汗が、木剣に落ちた。
「降参が、遅い」
「参りました」
ガル兄の降参と共に木剣を引き、息を吐く。
集中した打ち合いは、体力を使う。それはガル兄も同じの様だ。
ガル兄は、首元を緩めながら、荒れた息を整えていた。
俺はガル兄の代わりに、木剣を拾いに向かう。
「ふぅー。取りあえず、花を持たせてやったぞ」
「ハッ、よく言うよ。もうへばってる癖に」
「なに、次は勝つ」
「なら、すぐ始めよう」
地面に転がる木剣を拾い上げ、ガル兄の元へと戻った。
剣先を持ち、差し出した木剣を、ガル兄はしっかりと握りしめた。が――
「暑い」
「だよね……≪魔力の壁≫、≪風≫よ」
空一面に広げるは、魔力の壁。吹かせるは、僅かに温度を下げた風。
魔力の壁により、戦場に降る強い日差しは、ほんのり柔らかに変わった。
そして、庭を流れる風が、俺とガル兄の体を撫でていく……熱を帯びた体が、冷やし、癒されていく。戦いの気分が、抜け落ちてしまいそうだ。
「ふぅー。生き返る……だがな、相変わらず、訳の分からん魔法の使い方をする」
「日除けはともかく、風は普通でしょ」
「あのな……一帯に吹く風の熱を下げ、絶妙に変化させるのが普通と思うなよ」
「ガル兄にも出来るよ」
「無理に決まってるだろ」
ガル兄は、呆れ顔だ。
本当に、無理の様だ……無理なのか。難しいのは、熱の調整?
普段、風呂をどう沸かしているのだろう? 魔道具を使って? 面倒なことを。
まぁ、良いか。ガル兄の風呂事情なんて、興味ない。
「さぁ、そろそろ」
「ああ、魔法は消さなくて良いのか」
「大丈夫。使いっぱなしが基本だから」
「呆れた奴め……行くぞ」
互いに地を蹴り、距離が急速に縮まる。
「次も勝つ」
「どうか、な!」
加速を乗せた一撃同士が、俺とガル兄の間で、弾けた。
アムとテッラリッカ、そしてシャーリーの視線は、木剣を振り合う二人の男に向かって伸びていた。
「もう始めましたよ」
「少しは休まんか。全くのぅ」
「がんばってー。二人とも」
アムとテッラリッカの目は、シャーリーの声に反応し、隙を作った金髪の青年マルクが、ガランサに攻め込まれるのを目撃した。
シャーリーは、気が付いていない。
「シャーリーや。座って見守ろうぞ」
「はい。テラさん」
テッラリッカの柔らかな声に従い、腰を下ろすシャーリー。
それを見てアムは、微笑ましく思い、目尻を下げた。
涼やかな風の吹く中、休憩所の日陰でゆったりと椅子に腰を下ろし、休む。
全て土で作られた休憩所であるが、表面が魔力で薄く覆われており、触れても、腰を下ろしても、手や衣服が汚れることは無い、
アムは、休憩所の作成者であるテッラリッカへ、目を向けた。
ふわりと広がる銀の髪からはみ出した長い耳が、剣戟音に合わせ、上下する。
その耳は、マルクとガランサの勝負に反応しているらしい。
アムは、それに触れてみたい気分を押さえ、マルクへと目を向けた。
眼光鋭く、一足で加速した体が、構えるガランサへと進む。
瞬き出来ぬ一撃同士が重なる。
触れるのは一瞬。木剣と木剣が斥力を持つ様に、離れ合う。かと思った次の瞬間には、木剣が重なり、鍔迫り合いが始まった。
睨み合う二人は、小声で何かを言い合っている。
アムの耳には、それを聞き取る事は出来なかった。
「カッカッカ。二人とも元気がええのぅ」
笑うテッラリッカの言葉に『まだまだ』『なんのこれしき』の様な会話であったと、アムは推測した。
そして、木剣を互いに弾き合うと共に、距離を取る二人を眺める。
二人とも真剣な目だ。それに――
「楽しそうですね」
「男とは、そういうものじゃ」
「戦うのが、ですか?」
マルクは、もしかしたら戦いを望んでいるのではないか?
そう、大切な友人の事が分からなくなる時が、アムにはあった。
楽しそうに剣を振る姿を見ている、この瞬間のように。
アムの疑問に答えたのは、明るいシャーリーの声であった。
「違うよ、アム。ガランサさんと、遊んでるからだよ」
「うむ。友達と気兼ねせず、戯れる。男は、そういう事が好きなのじゃよ」
「なるほど……それは、焼けるね」
「だねー」
「お主ら、男にやきもち焼いとる場合か……」
呆れた声でそう言うテッラリッカに、アムとシャーリーは笑った。
ガッという一際大きな音が、庭に響いた。
決着の瞬間を見損ねたと、アムは、戦う二人へ目を向けた。
そこには、木剣を持たぬガランサの姿があった。
木剣は、既に地面に落ちている。
踏み込むマルクが横に構えた木剣で、無手のガランサの脇を――
「参りました」
ガランサの声の出始めと共に、マルクは駆け抜けた。木剣を当てぬ様に。
ガランサへ振り向いたマルクの顔が、してやったりと口角を上げた瞬間を、アムは見逃さなかった。
本当に楽しそうだと、アムは思う。そして、気負わず、背負い過ぎぬマルクを見て、良かった、と思った。
木剣を拾うガランサが、再びマルクへ向き直る姿を、アムは目撃した。
マルクとガランサは、小声で話をしている。
「まだやる気ですよ、あの二人」
「仕方の無いのぅ。無理をするなら実力行使じゃ……から、あと一戦じゃな」
「テラさん、楽しそうだもんね」
「そんな事は無いのじゃ。本当じゃぞ」
「今は、見守りましょう。止める時は、僕も手を貸しますよ」
「うむ。頼りにしておるぞ」
視線の先で、駆ける二人の男。
三度目の勝負は、既に始まっていた。




