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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第九章

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388.ガランサと打ち合い

 倉庫から引っ張り出してきた予備の木剣を両手に握り、肩口を狙い振り下ろす。

 瞬間、乾いた音と共に、俺の木剣が跳ね上げられた。

 まだ、手から離れてはいない。強く握りしめ、手放しはしない。

 ガル兄の動きを見極めながら、腕と背の筋肉で、木剣を制御する。

 胸元を(えぐ)る鋭い突きを、足捌(あしさば)きで横へ(かわ)す。

 そのまま流れるように放たれた水平斬りを、木剣で弾く。

 庭に響く木剣同士の剣戟(けんげき)音。

 そして、崩れる互いの体勢。

 突きから放たれた雑に思える水平斬りは、重たく、鋭かった。

 弾き、火勢に攻める思考は捨て、一度、距離を離す。

 ガル兄も同様に、既に俺から距離を取っていた。

 互いに追撃を恐れての行動だ。

 仕切り直し、正面に構え直す。


「おにーちゃーん、ガランサさーん、がんばってー」


 シャーリーの元気な声に、少し気が逸れてしまう。

 以前、テラさんが庭に作った土の休憩所から、三本の視線が俺達に向かって飛んで来ている。シャーリー達が日陰に居るのは、正解だ。

 太陽の熱が、服の上から体を熱してくる。

 それでも、動きが鈍る程、俺もガル兄も甘い鍛え方はしていない……はず。

 駆け出す足は軽い。

 体勢低く地を蹴り、ガル兄へ肉薄する。

 待ち受ける木剣。その根元の手。

 狙いを持ち、切り上げた俺の一撃は、軽く躱された。

 だろう、ね!

 お返しの様に手を狙うガル兄の木剣を、弾く。

 俺は、体勢の崩れたガル兄へ、踏み込み、腹を狙い、横一文字を木剣にて引く。

 弾かれた。

 が、俺はそのまま肩、腿へと木剣を振る。

 木剣が重なる、重なる。その度に響く音は、(すず)やかに高い。

 退くガル兄を逃がさない。

 一つ、二つ、三つと、踏み込み、打ち込むも、俺の斬撃が捉えるのは木剣のみ。

 甘い打ち込みなど、一撃もない、が届かない。

 もう一撃――踏み込みを止め、腕を上げる。

 腹の前を、斬撃が通り過ぎた。空振り。

 踏み込めば、腹を切断されていただろう。木剣で無ければだが。

 いや、俺の土人形を木剣で切断してたよな――


「危なっ!」「ちぃ!」


 ガル兄は、小さく言葉を吐き捨てると、素早く体勢を立て直した。

 しまった。

 ガル兄の攻撃に気を取られて、攻めあぐねたか。

 それでもガル兄の息は、乱れている。ガル兄の性格上、剣で罠を張っても、仕草で罠を張る可能性は低い。

 休む暇は、与えない。

 突撃し、打ち合いに持ち込む。

 上段から打ち込み、木剣が重なる。切り上げる木剣に、重ねる。

 重なる、重ねる、重なる、重ねる。

 渾身の力で打ち込んでも、ガル兄に傷一つ付けられない。

 落ちる葉を斬るが如き一撃が襲おうと、傷一つ負うつもりはない。

 ガル兄の動きを読み、そしてガル兄は俺の動きを読んでいる。

 後は、どちらが先に音を上げるかだ。

 打つ、弾く、打つ、躱す、打つ、打つ、重ね、弾く……。

 剣筋と剣筋が重なり、音を立てる。

 位置を変え、姿勢を変え、打ち合うこと三十合。

 薙ぐ一撃に、木剣が飛んだ。

 すかさず、体勢を崩したガル兄の喉元に木剣を突き立て――る寸前で、切っ先を止める。俺の勝ちだ。

 喉が波打ち、流れる汗が、木剣に落ちた。


「降参が、遅い」

「参りました」


 ガル兄の降参と共に木剣を引き、息を吐く。

 集中した打ち合いは、体力を使う。それはガル兄も同じの様だ。

 ガル兄は、首元を緩めながら、荒れた息を整えていた。

 俺はガル兄の代わりに、木剣を拾いに向かう。


「ふぅー。取りあえず、花を持たせてやったぞ」

「ハッ、よく言うよ。もうへばってる癖に」

「なに、次は勝つ」

「なら、すぐ始めよう」


 地面に転がる木剣を拾い上げ、ガル兄の元へと戻った。

 剣先を持ち、差し出した木剣を、ガル兄はしっかりと握りしめた。が――


「暑い」

「だよね……≪魔力(まりょく)(かべ)≫、≪(かぜ)≫よ」


 空一面に広げるは、魔力の壁。吹かせるは、(わず)かに温度を下げた風。

 魔力の壁により、戦場に降る強い日差しは、ほんのり柔らかに変わった。

 そして、庭を流れる風が、俺とガル兄の体を撫でていく……熱を帯びた体が、冷やし、癒されていく。戦いの気分が、抜け落ちてしまいそうだ。


「ふぅー。生き返る……だがな、相変わらず、訳の分からん魔法の使い方をする」

「日除けはともかく、風は普通でしょ」

「あのな……一帯に吹く風の熱を下げ、絶妙に変化させるのが普通と思うなよ」

「ガル兄にも出来るよ」

「無理に決まってるだろ」


 ガル兄は、呆れ顔だ。

 本当に、無理の様だ……無理なのか。難しいのは、熱の調整?

 普段、風呂をどう沸かしているのだろう? 魔道具を使って? 面倒なことを。

 まぁ、良いか。ガル兄の風呂事情なんて、興味ない。


「さぁ、そろそろ」

「ああ、魔法は消さなくて良いのか」

「大丈夫。使いっぱなしが基本だから」

「呆れた奴め……行くぞ」


 互いに地を蹴り、距離が急速に縮まる。


「次も勝つ」

「どうか、な!」


 加速を乗せた一撃同士が、俺とガル兄の間で、弾けた。




 アムとテッラリッカ、そしてシャーリーの視線は、木剣を振り合う二人の男に向かって伸びていた。


「もう始めましたよ」

「少しは休まんか。全くのぅ」

「がんばってー。二人とも」


 アムとテッラリッカの目は、シャーリーの声に反応し、隙を作った金髪の青年マルクが、ガランサに攻め込まれるのを目撃した。

 シャーリーは、気が付いていない。


「シャーリーや。座って見守ろうぞ」

「はい。テラさん」


 テッラリッカの柔らかな声に従い、腰を下ろすシャーリー。

 それを見てアムは、微笑ましく思い、目尻を下げた。

 涼やかな風の吹く中、休憩所の日陰でゆったりと椅子に腰を下ろし、休む。

 全て土で作られた休憩所であるが、表面が魔力で薄く覆われており、触れても、腰を下ろしても、手や衣服が汚れることは無い、

 アムは、休憩所の作成者であるテッラリッカへ、目を向けた。

 ふわりと広がる銀の髪からはみ出した長い耳が、剣戟音に合わせ、上下する。

 その耳は、マルクとガランサの勝負に反応しているらしい。

 アムは、それに触れてみたい気分を押さえ、マルクへと目を向けた。

 眼光鋭く、一足で加速した体が、構えるガランサへと進む。

 瞬き出来ぬ一撃同士が重なる。

 触れるのは一瞬。木剣と木剣が斥力を持つ様に、離れ合う。かと思った次の瞬間には、木剣が重なり、鍔迫り合いが始まった。

 睨み合う二人は、小声で何かを言い合っている。

 アムの耳には、それを聞き取る事は出来なかった。


「カッカッカ。二人とも元気がええのぅ」


 笑うテッラリッカの言葉に『まだまだ』『なんのこれしき』の様な会話であったと、アムは推測した。

 そして、木剣を互いに弾き合うと共に、距離を取る二人を眺める。

 二人とも真剣な目だ。それに――


「楽しそうですね」

(おのこ)とは、そういうものじゃ」

「戦うのが、ですか?」


 マルクは、もしかしたら戦いを望んでいるのではないか?

 そう、大切な友人の事が分からなくなる時が、アムにはあった。

 楽しそうに剣を振る姿を見ている、この瞬間のように。

 アムの疑問に答えたのは、明るいシャーリーの声であった。


「違うよ、アム。ガランサさんと、遊んでるからだよ」

「うむ。友達と気兼ねせず、(たわむ)れる。(おのこ)は、そういう事が好きなのじゃよ」

「なるほど……それは、焼けるね」

「だねー」

「お主ら、男にやきもち焼いとる場合か……」


 呆れた声でそう言うテッラリッカに、アムとシャーリーは笑った。

 ガッという一際大きな音が、庭に響いた。

 決着の瞬間を見損ねたと、アムは、戦う二人へ目を向けた。

 そこには、木剣を持たぬガランサの姿があった。

 木剣は、既に地面に落ちている。

 踏み込むマルクが横に構えた木剣で、無手のガランサの脇を――


「参りました」


 ガランサの声の出始めと共に、マルクは駆け抜けた。木剣を当てぬ様に。

 ガランサへ振り向いたマルクの顔が、してやったりと口角を上げた瞬間を、アムは見逃さなかった。

 本当に楽しそうだと、アムは思う。そして、気負わず、背負い過ぎぬマルクを見て、良かった、と思った。

 木剣を拾うガランサが、再びマルクへ向き直る姿を、アムは目撃した。

 マルクとガランサは、小声で話をしている。


「まだやる気ですよ、あの二人」

「仕方の無いのぅ。無理をするなら実力行使じゃ……から、あと一戦じゃな」

「テラさん、楽しそうだもんね」

「そんな事は無いのじゃ。本当じゃぞ」

「今は、見守りましょう。止める時は、僕も手を貸しますよ」

「うむ。頼りにしておるぞ」


 視線の先で、駆ける二人の男。

 三度目の勝負は、既に始まっていた。

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