37.水とお茶と思い出と
読みやすいように全体修正 内容変更なし
ダークマターと邪竜事件の話の後も、あれこれと質問を受けた。
トロルとの戦い方、山の歩き方とモンスターの傾向、持っていく道具の選定、武具屋の紹介、ダンジョン内部の進み方と出現モンスター等々。
どうすれば強くなるかという質問には、実に困った。
強い人に稽古をつけて貰って、反復練習。あとは段階的な戦闘経験。
それしか、俺は知らないからだ。
一足飛びで強くなれるなら、俺も知りたい。
後は俺より強いAランク冒険者にでも聞いてくれ、としか言えない。
そして町の色が変わり始めた時、さらに困った質問がキオから飛んできた。
「先輩。これから、お仕事どうするつもりっすか?」
うん。どうする? どうする……。
野良の魔術師として、やっていくか?
学派の知り合いに――知り合いレベルなら沢山いる。誰か一人にでも――推薦状を書いてもらって、学派に入れるか挑戦してみるか?
この屋敷に引きこもって、資金が尽きるまで魔法研究でもするか?
冒険者ギルドなんて知るか! 精神で、モンスター退治で生計を立てるか?
いっそガル兄に頭を下げて、従業員として雇ってもらうか?
リンダさんに頼み込んで、道具屋の売り子をやらせてもらえないだろうか?
どうする……どうする……。
「先輩! マルク先輩! 大丈夫、きっとなんとかなりますよ」
ワコが、励ましの言葉をかけてくれる。
気が付くと、キオが頭を抱えて、机に突っ伏していた。
キオの事は、気にしないでいいか。
「ありがとう、ワコ……うん、なんとかしてみせるさ」
グルドンとゼノリースも、必死に首を縦に振っていた。
そして、キオパーティーとの座談会は、日の落ちる中、お開きとなった。
「ごちそうさま」
ジョッキを空にして、ひと息つく。今日の晩御飯も美味しかった。
クスクスなる小さな粒は、初めて食べた。何やら小麦粉から作られるらしいが、店長は、何処から料理を学んでいるんだろう。
焼いた挽肉に、蒸したクスクス。
周囲を彩る野菜の上から、豪快にスープをかける。
野菜の味がしみ出したスープとクスクスの相性が、実に良かった。
「サンディ。今日も美味しかったよ」
「お父さんに伝えておくね」
「そうだ、サンディ。もう一つ、空のジョッキ持って来てもらっていい?」
「ん? どしたの?」
「いや、俺の水を美味しそうに飲む子がいてな。サンディに味見して欲しいんだ」
「そのジョッキでいいよ。実は私も、マルクの魔法の水、飲んでみたかったんだ」
「≪水≫よ。はい、どうぞ。これ、俺としては普通の水だと思うんだけどね」
ムウに出したものと同じ魔力たっぷりな水を魔法で出し、ジョッキを満たす。
受け取ったサンディは「いただきます」とジョッキに口を付け、喉を鳴らした。
「ぷはぁぁ。冷たくて美味しい」
「そうなの?」
「個人的には、すっきりし過ぎでちょっと味気ないかな? 魔工石の水より美味しいけど、自然の水は、もっと美味しいよ」
「まぁ魔法で作った水だから、自然の物には勝てないよ」
やはり魔工石の水とは違うのか。俺の味覚の自惚れでは無かったらしい。
ジョッキを卓に置いたサンディが、手を開け閉めしている。
「その子って魔術師? なら、そのせいかな」
「ん? 魔術師だと、味覚か何かが変わるのか?」
「違うよ。私も魔法ちょっとだけ使えるから分かるけど……その……体の中に、マルクの魔力が染み込んでいく感じがするんだ」
むずかゆそうにサンディは、体をくねくねする。
体の中に他者の魔力……赤色ポーションの不味さと異物感を思い出してしまった。
「あーすまん、他人の魔力って気持ち悪いよな」
「ううん。変な感じだけど、気持ち悪くはないよ。ちょっと温かいし」
もっと美味い不味いの評価が出ると思っていた。
はにかむサンディを見て思う。
うん。客人に、魔力たっぷり水を出すのは、もうやめておこう。
今日も、あとは寝るだけだ。が、寝るにはまだ早い。
探したい魔法が有ったので、今日も母の部屋に向かう。
今日、キオ達に邪竜の話をしたせいで、当時の意識が頭に残ってしまっている。
あの事件の時に被害なく済んだのは、母の部屋だけだった。
図らずも”部屋”から”侵入者”を守る罠のおかげで、母の部屋は荒らされなかった。
無理にこじ開けようとして罠に掛かった盗人は、腕一本駄目になったらしいが、腕程度ですんで助かったと思って欲しいものだ。
この家の……それ以外の物は、俺が冒険者として稼いだお金で、コツコツと買い足したものばかりで、昔の面影なんてものは、一つも残っていない。
あぁ、探し物があったんだった。早く母の部屋に入ろう。
俺の魔力に反応して、扉は開くようになる。
他の誰かだと、扉が開かない。
さてと、気を取り直して、魔導書漁りを始めますか。
と、意気込んでみたものの、いくら探しても望みの物は見つからなかった。
魔導書に残すほどの魔法では無かったのだろうか?
俺が子供の頃にも、家に茶葉があった記憶がない。が、家ではお茶が出ていた。
結局、自分で作り上げるしかないのだろうか……お茶を出す魔法を。
朝食後、シャーリーの淹れてくれたお茶を、口に含む。
渋みの中に、若い香りがはしゃいでいる。ふぅ……落ち着く。
「なぁ、シャーリー。母さんの出してたお茶って憶えてるか?」
「うん。マリアおばさんがクッキーと一緒に淹れてくれたから。美味しかったよねー。どこのお茶っ葉なんだろうね?」
「それがさ、昔っからこの家には、茶葉がないんだよ」
「それってマリアおばさんの魔法だったってこと? お茶っ葉を出す魔法なんてあるんだね」
あぁ、俺は、指の先――正確には指の先端のさらに先だが――から水を出しているから、お茶もそのまま出すイメージだったが、茶葉そのものを作り出す方法もあるのか。
植物を作り出す魔法は存在する。
それ専門に研究している人もいるぐらいだ。ならば、茶葉を作り出すことも可能なはずだ。が、俺には、圧倒的に知識というものが足りていない。
「あったとしても、俺には難しいかもな……大人しく茶葉を買ってきて、淹れ方を勉強するか」
「だったら私と一緒にお茶を淹れてみない? ねぇ、お兄ちゃん」
「難しくないのか?」
大真面目に聞いたのだが、シャーリーに笑われてしまった。
「家で飲むのに、そんな難しい事はしないよ。ほら、しよう」
シャーリーと共に、台所へ向かう。
彼女の指示に従い、一つ一つやろう。
多めに水を――「≪水≫よ」――鍋に入れる。
火の魔工石を使って、火を持続させる。
こっちも自分でやってもいいが……少し面倒だ。
ゆったり待っていると、鍋の中の水から気泡がポコリと出る。
「シャーリー。もう――」「もうちょっと」
黙って待つと、お湯の中で、次々と気泡が現れては消えていく。
ティーポットに茶葉を入れる。一杯に一匙でいいらしい。
「本当は、ポットもカップも先に温めた方がいいんだけど……別にいいよね」
「お店じゃないしな」
魔工石を止め、鍋からティーポットへ普通にお湯を移す。
ティーポットから――「五分ぐらい待ってね」――コップに移そうとした所を、シャーリーに止められた。
大人しく待とう……。
茶葉により、お湯がお茶に変わろうとしているのだろう。
零れる香りが、鼻をくすぐる。
『マルク。台所に入ってきちゃ駄目よ。危ないでしょう』
母は、驚いた様子もなく、いつものように陽だまりの様な笑みを浮かべている。
母は膝を曲げ、楽しそうに俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわしていた。
日差しに反射した金の髪が、少し眩しい。
台の上にはトレイが一つ。その上に四つのカップが置いてある。
カップから湯気が立ち昇り、鼻をくすぐった。
母は『危ない』と言っているが、火の魔工石も動いていないし、ティーポットも鍋もそこにはなかった。
「お兄ちゃん。もういいよ」
シャーリーの声で、俺は、幻想から現実に引き戻された。
ティーポットを慎重に傾け、お茶を二つのカップに注いでいく。
もうこの時点で、俺の鼻は幸せだ。
隣のシャーリーも嬉しそうだ。
「よし、一緒にまったりしようか」
「うん。お兄ちゃん」
あぁ、それとシャーリー。
母さんは、指からお茶を出してたよ。




