36.後輩と水
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「先輩。昨日は助けていただいて、ありがとうございました」
ワコが頭を下げ、それに合わせるように全員が腰を曲げた。
律儀な奴らだ。好感が持てる。
うちの屋敷は、来客の寝泊り用に部屋数だけは多いのだが、大人数がゆっくりできる場所は、食堂ぐらいしかなかった。
という訳で、キオ達パーティーを食堂へと通した訳だ。
が、彼らは、座る前に先に礼を言いたかったらしい。
直接助けを呼びに来たワコが、代表という形なのだろうか? パーティーを組まず、お一人様を拗らせてしまった俺には、わからない判断だ。
「よし、礼はもう受け取った。とりあえず適当に座っててくれ」
俺は頭を上げた五人を置いて、台所へ向かう。
茶は出せなくても、水ぐらい出そう。
トレイの上に人数分のコップを用意し、水の魔工石に手を伸ばし――横から伸びてきた手に、遮られた。
ムウである。
「いつの間に……水じゃ流石に嫌か? でも他になにも――」
「呪文」
呪文? 呪文……。
まさか魔工石産の水が嫌いなメンバーがいるとか? まぁ自分で出した水の方が、冷たくて美味しいと思うが、これは個人的な感想という奴だしなぁ。
手間は変わらないし、別に良いか。
ムウの望む正解かは、分からないけど。
「≪水≫よ」
水量を抑えながら、出来るだけの魔力を込める。
一つ、一つと、コップの七割ほどを満たしていく。よし、六つ終わり。
隣で、喉を鳴らす音が聞こえる。ごくり、ごくりと。
隣のムウが小さく息を吐く。その手のコップは、既に空だ。
「マルク水」
「変な名前つけないでくれるか。≪水≫よ」
もう一度、魔力を込めた水を出し、ムウの手の中のコップを満たす。
直ぐに飲もうとするムウを「一気に飲むとお腹壊すぞ」と止め、トレイを片手に食堂へと戻る。
ムウも、後ろからトコトコついてくる。
「ほれ、水だ」
「茶じゃないんっすか? せっかくのお菓子が台無しっす」
「コラッ! キオ、あんたね」
「一人暮らしの男の家に、茶葉があると思っているのか?」
「俺んちも無いっす」「無いな」「ありますよ」
「よし。三対一なら俺の勝ちだな」
無し軍は俺とキオとグルドンで、有り軍がゼノリースただ一人だ。
勝利の御旗の元、俺は四人に水を配り、適当に空いている席に俺も座った。
「改めて、昨日は助かったっす。ありがとうございますっす」
「礼はもう貰ったからいい。それにこっちも、あのギルドマスターをお前らに押し付けたんだから、トントンだろ」
ケッ、と口に出てしまった。
”事情”は全員知っているのだろう。一様に、苦笑いを浮かべている。
「あの後、無理難題押し付けられなかったか?」
「大丈夫っす。いつもより愚痴が多かっただけっすから」
「ギルドマスターは、いつもあんなものだ」
あのクソ野郎を”愚痴が多い”で済ませるキオは、案外大物なのかもしれない。
俺には無理だ。
「まぁ、苦労無いなら良い事だ」
「先輩、先輩。俺、昨日の事で聞きたいことあったっす」
「ん? 何だ?」
「どうして先輩は、俺たちが隠れている場所、すぐに分かったんすか?」
何だそんなことか。
てっきり、ダークマターに関する質問が飛んでくるかと思ったのだが。
興味津々なようで、キオが目を輝かせながら、こっちを見つめてくる。
答えは簡単なんだから、そんな目で見ないでくれ。
「簡単な話だよ。見つけたモンスター全部が、一か所に向かって移動していたんだ。なら、俺とワコが行くべき場所もそこだろ」
本当は、山に近付いた時点で、ダークマターの気持ち悪い魔力を感じていた。
だから、モンスターの行先なんて関係ないのだが、こう言った方が分かり易いだろう。
感じるんだよ、とか言っても、知らない人には意味不明だ。
「おおぉ。そうだったんっすね。なるほどっす。じゃあもう一つ――」
「キオ。失礼だぞ」
ゼノリースがキオを咎める。
だが俺からすれば、話を勝手に進めてくれるのは、助かるのだが。
特に今は、町外外出禁止命令をアムに出されたので、暇なのだ。
現在、何処にも属していない俺が、そんな命令を聞く必要はないのだが……幼馴染の頼みなら断れない。全く、学派も卑怯な手を使う。
「ゼノ、別にいいぞ。聞きたいことがあれば、答えるよ」
「はい。どんどん行くっす。どうしてザギーが、黒い石を持ってた事が分かったんすか?」
「道中ワコから事情を聞いてたからな。先に辺りで討伐依頼をこなしていたのなら、モンスターの異常発生はないだろうし、モンスターに襲われ続けるっていったら、一番に上がる候補がダークマターだからな。この国の冒険者なら、まずそれを疑う」
山の中を移動する商人、とか怪しすぎるんだけどな。
「へー。そうなんっすね」「まだ、未熟ということか」
「私たち知らなかったもんね」「知識だけは、あったんだけどなぁ」
各々、反省をしているようだが、知らなくても可笑しくはない。
ダークマターなんて、見る機会すらない代物である。
パック先生が少し変だった理由も、ダークマターの希少性ゆえだ。
何故この国の冒険者ならダークマターを疑うかというと、一つの事件のせいだ。
「年齢的に知らなくても可笑しくないさ。この国の冒険者の中で、広く知られるようになったのは、十年前の事件からだからな。みんな四つぐらいだっただろうし」
十年前の事件と聞いて、ワコ、グルドン、ゼノリースの表情が渋くなる。
キオは頭をひねっており、ムウはビスケットを齧っている。
「先輩、それって先輩のご両親の話っすよね?」
「俺の親を、犯人みたいに言わないでくれよ」
「ご、ごめんなさいっす。俺が聞きたいのは――」
「分かってるって。そう、邪竜事件の時に死んだんだよ。もう昔の話過ぎて、その時の事あんまり憶えてないんだけどな」
嘘だ。はっきりと憶えている。
あの時、町に残った冒険者たちも……町の人々も……出立前の父と母の姿も……その後も……。
だがそれは、キオ達が聞いても決して気分のいい話じゃない。
忘れた事にした方がいい。
「そうなんっすね……でも一つ気になるっす。何で『事件』なんすか? 『襲来』とか『撃退』とかでもいいじゃないっすか」
「別に事件でも可笑しくないでしょ。キオって、変な所に引っかかるのね」
まぁ事件でも、何も変ではない。
が、邪竜事件が『事件』と呼ばれる明確な理由が一つある。
「あれは巨大なダークマターを利用した、人為的な出来事だったんだ。邪竜を復活させた奴がいたのさ。その後の邪竜との戦い等、色々と関連する話を一まとめで語るから事件なんだ」
隣国の魔術師の仕業であることが判明している。当然、隣国は関与を否定した。
他の国では、邪竜事件がどういう扱いかは分からないが、この国ではそういう話になっている。
ダークマターの話は真実だ。
父と母の後悔を見ているから……いや、今は両親のことを考える時じゃないな。
「で? 実際何があったんっすか?」
話を続けなければ。
「簡単でいいなら。ある魔術師が、邪竜を復活させたのさ。そして復活に使ったダークマターを、この国で破壊したんだよ」
「破壊するとどうなるっすか?」
「魔力が拡散して、モンスターが集まってくるんだ」
顔をしかめたゼノリースが、キオの質問に答える。
俺は頷き、話を続ける。
「そう、そしてモンスターで王国は大混乱。さらに邪竜が呼び寄せられて、滅亡待った無し。それを複数のAランク冒険者パーティーが撃退して、邪竜は帰っていきましたとさ」
「先輩のご両親も?」
「あぁ、その冒険者達の一員だよ」
生き残った冒険者によって、邪竜との戦いは伝えられた。
撃退の決定打となった母の魔法と、父の捨て身の一撃。
嘘と自己防衛で暴走していた人々は、こぞってその話に飛びついた。
『彼らは英雄だ』と。
あの時、この町で何があったのかを話したくなってしまう。
キオ達は、知らなくていい事なのに……あぁ、もう話を切り上げよう。
「まぁそんなわけで、教会内で語られていたダークマターの話が、冒険者や魔術師にも広まったって訳さ。詳しく知りたければ、もっと年取った人に聞け」
これ以上、邪竜事件について俺から話すことは何もない。
話に反応一つせずに、ビスケットと水を口に入れるムウを見ていると、俺も食べたくなってきた。
ビスケットを一つ摘み、口に入れる。
サクッとした食感に、解けた小麦が鼻腔をくすぐる。
そして水を一口。うん……お茶がいいな。
美味しそうに水を飲むムウが、よく分からない。
ムウが空のコップを持って、こちらをじっと見ている。
髪に隠れて目は見えないが、たぶんおかわりを要求しているのだろう。
仕方ない……。
コップを受け取り、魔力たっぷりで――「≪水≫よ」――補充してやる。
「ほら」
コップを手渡すと、ムウの口元がニコリとしていた。
それは怪しげでは無く、純粋に喜んでいるようだ。
なら、別にいいか。




