361.変わらぬ意思を
シャーリーをリンダさんとビィに預け、俺とテラさんは店を後にした。
俺は、テラさんに手を差し出してみた。
繋いで歩きたい気分だ。
テラさんの長い耳が、ぴょこんと動く……やはり可愛い耳だ。
手を繋ぎ、自然と歩き始める。
「女王の塔へ。少し、ミュール様と話しますね」
「うむ。待たせてしまったからのぅ」
頭の上でほぅほぅと鳴く、白く小さいフクロウを通して、ミュール様に話し掛ける。頭の中で、思い浮かべるだけで伝わる。
『お待たせしました、ミュール様』
「いいえ。では、道中にて、現状を」
『はい。宜しくお願いします』
ミュール様の言葉を、聞きながら周囲への警戒は続ける。
町は、相変わらずであるが、飛ぶのは、潜めた声に乗る悪意だけだ。
直接的な暴言も、石も、暴力も、無い。
そちらは、監視するだけで、今は十分だ。
ミュール様の話は、想像の通り、朝、俺が北門から引いた後の話であった。
モンスターの襲撃は、治まり始めているとの事。
とは言え、ダークマターのモンスターを引き寄せる力が消えた訳では無い。
引き寄せられたモンスターの多くを、討伐し終えたというだけだ。
今尚、接近中のモンスターは、そのままピュテルの町に襲い掛かるだろう。
そして、新しく湧いたモンスター達も。
こうして俺が町を歩いている今も、四方の門と石壁の上では、鉄骨龍の冒険者、フクロウの魔術師、教会の聖騎士が警戒を続けている。
そして、近隣の村々では、冒険者達が戦っているだろう。
ミュール様は仔細を教えてくれないが、既に知っている事だ。
さて、問題は、俺がどうするか? である。
防衛に就く皆の負担を減らすなら、四方へ行き、戦うべきだが……。
『ミュール様。皆に対処出来ないモンスターが現れたら、教えてもらえますか?』
「構いませんよ。町の監視は、常に行っていますので」
『ありがとうございます』
「マルクは、これからどうしますか?」
町の守りは……皆に押し付けよう。
俺がやりたい事は二つ。絶氷の棺の訓練と、エルに会いに行く事だ。
後者は、きっと意味はない。それでも、俺がしたいだけだ。
『訓練を。お付き合いいただけますか?』
「フフッ。マルクの頼みですから、もちろんです」
『助かります。それともう一つやる事が。聖女に会いに行きます』
「はい。どちらを先に?」
『修行を。聖女の事は、テラさんにも伝えたいので、女王の塔で後ほど』
聖女が、生贄が誰か、恐らくミュール様は知っている。
俺の思考から伝わったか、そもそも情報として知っていたのかは分からないが。
自ら情報を漏らすことを、ドレイク先生と太陽伯は怒るだろうか?
それでも、自分の口で伝えよう。
「わかりました。では、お待ちしていますね」
『はい。すぐに』
そして、フクロウが飛び立っていく。
白く、小さいフクロウも、翼を広げ飛ぶ姿は、雄大で、勇ましい。
正直、そのまま頭の上に乗ったままでも良いんだけどな……。
「うむ。美しい姿じゃ」
「はい。もう一匹黒いフクロウも居るんですよ」
「ほぅ……見て見たいのぅ」
「ただ、あの子は……重くて首にくるんですよね」
「普通、大きいとかじゃろ」
ああ、そうだ。なぜ俺は、頭に乗ること前提に考えているのだろうか……。
だが、今更、腕や肩に止まる姿は……無いな。
まぁ、今は良いか。それよりも、情報共有だ。
「テラさん、今聞いた話ですけど、戦況は安定しているみたいです」
「おぉ、そうか。良きことじゃ」
テラさんは、嬉しそうに笑う。こんな町の為に。
「皆が励んだお陰じゃな」
「テラさんも、ですよ。それは、忘れちゃダメですからね」
「フフッ、そうじゃな。じゃがそれは、お主もじゃぞ」
「……はい。分かってますから」
「本当かえ? マルクの事じゃからのぅ……」
俺を見上げるテラさんが、疑いの目を向ける。
だが、それは冗談半分な目だ。
その楽し気な顔が、温かな手が、それを教えてくれる。
お茶の香る丸卓へついた俺達へ、ミュール様が言った。
「では、マルク、教会の聖女の事を教えて頂けますか?」
「はい。その前に、テラさん」
「む? 何じゃ?」
我関せずと、ミュール様の魔法のお茶を飲もうとしていたテラさんが、カップを掴む手を止めた。
「これから話す事は、内密にお願いします。それと……気を確かに」
「うむ。それは構わぬのじゃ。此度の件、わしとお主は一蓮托生じゃ」
「ありがとう、テラさん。それでは――」
何から話すべきだろうか?
テラさんも居るのだ。聖女の事から話すか。俺の知る事を。
「まず、聖女についてを――」
「教会の聖女とは、浸食の悪魔を封印する為の、生贄の事です」
俺の言葉を奪う様に、ミュール様が、解説をしてくれた。
仕込まれた魔法の話は……不必要だな。
テラさん達まで、教会関係者に命を狙われる様になるのは、御免被る。
「生贄、とは物騒な話じゃな」
「テラさん、実際物騒です。教会の計画では、明日の昼過ぎに、聖女を殺害し、浸食の悪魔を封印するそうです。太陽伯本人からの情報なので、正しいかと」
「それで、マルク。誰が教会の聖女だったのですか?」
ミュール様が、その銀の瞳で俺を真っ直ぐに見る。
この視線に込められた意味は、問う、と云うよりも俺の意思の確認だろう。
だから、その視線を受け止め、俺は言った。
「太陽教、大司教の孫娘である、エル様です」
「マルクや! ふざけるでない! エルが贄じゃと! 冗談も大概にせんかっ!」
テラさんが、怒りのままに卓を叩いた。
響く音と共に、お茶が零れ、真っ白なテーブルクロスに色を移していく。
一方、ミュール様は、その様子を冷めた目で見ていた。
「テッラリッカさん。マルクがそう言う男だと?」
「クッ! 知ったのは、先程か……」
「はい。エル様の事を知ったのは、先程太陽伯から、直接。聖女の事を黙っていたのは、すみませんでした」
「良い。取り乱して……すまんのじゃ」
俺は、小さく首を横に振った。
テラさんが、怒ってくれて、少し嬉しい自分がいる。
それで、少し落ち着く自分も。
零れても、カップに残るお茶を、一口。
茶の香りと、ミュール様の魔力で……心を更に落ち着かせる。
「あの子が、教会の聖女ですか……本人は、知っているのですか?」
「太陽伯曰く、前から知っていると」
「本人は、受け入れているのですね」
「それは何とも……ですので、それを聞きに行ってきます」
直接聞くことが、酷な事だと分かっている。
それでも俺は、顔を合わせて、エルの意思を聞きたい。
テラさんが、内に溢れる怒りを抑えているのが、耳を見て、分かった。
「聞いて、どうします」
「どうもしません。俺のやる事は、もう決まっていますから」
「マルクは、本当にそれで良いのですか? 命を懸け、教会に協力し、得られる物は命一つ。失敗すれば、死ぬのはマルク一人では無いのでしょう? 教会の聖女を見殺しにすれば、シャーリーさんの罹った黒風も、治り、安全に、いつもの日常に戻れますよ」
「答えは、変わりません」
たとえ、エルが覚悟を決めていても、死にたくないと泣き叫んでも、悲観のあまり呆然としていても……俺の意思は、もう決まっている。
「俺が戦います。独りで勝てないなら、皆と共に」
もし、皆で戦っても勝てない時は……太陽伯の作戦が、失敗した時は……。




