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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第八章

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361.変わらぬ意思を

 シャーリーをリンダさんとビィに預け、俺とテラさんは店を後にした。

 俺は、テラさんに手を差し出してみた。

 (つな)いで歩きたい気分だ。

 テラさんの長い耳が、ぴょこんと動く……やはり可愛い耳だ。

 手を繋ぎ、自然と歩き始める。


「女王の塔へ。少し、ミュール様と話しますね」

「うむ。待たせてしまったからのぅ」


 頭の上でほぅほぅと鳴く、白く小さいフクロウを通して、ミュール様に話し掛ける。頭の中で、思い浮かべるだけで伝わる。


『お待たせしました、ミュール様』

「いいえ。では、道中にて、現状を」

『はい。宜しくお願いします』


 ミュール様の言葉を、聞きながら周囲への警戒は続ける。

 町は、相変わらずであるが、飛ぶのは、(ひそ)めた声に乗る悪意だけだ。

 直接的な暴言も、石も、暴力も、無い。

 そちらは、監視するだけで、今は十分だ。

 ミュール様の話は、想像の通り、朝、俺が北門から引いた後の話であった。

 モンスターの襲撃は、治まり始めているとの事。

 とは言え、ダークマターのモンスターを引き寄せる力が消えた訳では無い。

 引き寄せられたモンスターの多くを、討伐し終えたというだけだ。

 今尚(いまなお)、接近中のモンスターは、そのままピュテルの町に襲い掛かるだろう。

 そして、新しく湧いたモンスター達も。

 こうして俺が町を歩いている今も、四方の門と石壁の上では、鉄骨龍の冒険者、フクロウの魔術師、教会の聖騎士が警戒を続けている。

 そして、近隣の村々では、冒険者達が戦っているだろう。

 ミュール様は仔細を教えてくれないが、既に知っている事だ。

 さて、問題は、俺がどうするか? である。

 防衛に就く皆の負担を減らすなら、四方へ行き、戦うべきだが……。


『ミュール様。皆に対処出来ないモンスターが現れたら、教えてもらえますか?』

「構いませんよ。町の監視は、常に行っていますので」

『ありがとうございます』

「マルクは、これからどうしますか?」


 町の守りは……皆に押し付けよう。

 俺がやりたい事は二つ。絶氷の棺の訓練と、エルに会いに行く事だ。

 後者は、きっと意味はない。それでも、俺がしたいだけだ。


『訓練を。お付き合いいただけますか?』

「フフッ。マルクの頼みですから、もちろんです」

『助かります。それともう一つやる事が。聖女に会いに行きます』

「はい。どちらを先に?」

『修行を。聖女の事は、テラさんにも伝えたいので、女王の塔で後ほど』


 聖女が、生贄が誰か、恐らくミュール様は知っている。

 俺の思考から伝わったか、そもそも情報として知っていたのかは分からないが。

 自ら情報を漏らすことを、ドレイク先生と太陽伯は怒るだろうか?

 それでも、自分の口で伝えよう。


「わかりました。では、お待ちしていますね」

『はい。すぐに』


 そして、フクロウが飛び立っていく。

 白く、小さいフクロウも、翼を広げ飛ぶ姿は、雄大で、勇ましい。

 正直、そのまま頭の上に乗ったままでも良いんだけどな……。


「うむ。美しい姿じゃ」

「はい。もう一匹黒いフクロウも居るんですよ」

「ほぅ……見て見たいのぅ」

「ただ、あの子は……重くて首にくるんですよね」

「普通、大きいとかじゃろ」


 ああ、そうだ。なぜ俺は、頭に乗ること前提に考えているのだろうか……。

 だが、今更、腕や肩に止まる姿は……無いな。

 まぁ、今は良いか。それよりも、情報共有だ。


「テラさん、今聞いた話ですけど、戦況は安定しているみたいです」

「おぉ、そうか。良きことじゃ」


 テラさんは、嬉しそうに笑う。こんな町の為に。


「皆が励んだお陰じゃな」

「テラさんも、ですよ。それは、忘れちゃダメですからね」

「フフッ、そうじゃな。じゃがそれは、お主もじゃぞ」

「……はい。分かってますから」

「本当かえ? マルクの事じゃからのぅ……」


 俺を見上げるテラさんが、疑いの目を向ける。

 だが、それは冗談半分な目だ。

 その楽し気な顔が、温かな手が、それを教えてくれる。




 お茶の香る丸卓へついた俺達へ、ミュール様が言った。


「では、マルク、教会の聖女の事を教えて頂けますか?」

「はい。その前に、テラさん」

「む? 何じゃ?」


 我関せずと、ミュール様の魔法のお茶を飲もうとしていたテラさんが、カップを掴む手を止めた。


「これから話す事は、内密にお願いします。それと……気を確かに」

「うむ。それは構わぬのじゃ。此度(こたび)の件、わしとお主は一蓮托生じゃ」

「ありがとう、テラさん。それでは――」


 何から話すべきだろうか?

 テラさんも居るのだ。聖女の事から話すか。俺の知る事を。


「まず、聖女についてを――」

「教会の聖女とは、浸食の悪魔を封印する為の、生贄(いけにえ)の事です」


 俺の言葉を奪う様に、ミュール様が、解説をしてくれた。

 仕込まれた魔法の話は……不必要だな。

 テラさん達まで、教会関係者に命を狙われる様になるのは、御免被る。


「生贄、とは物騒な話じゃな」

「テラさん、実際物騒です。教会の計画では、明日の昼過ぎに、聖女を殺害し、浸食の悪魔を封印するそうです。太陽伯本人からの情報なので、正しいかと」

「それで、マルク。誰が教会の聖女だったのですか?」


 ミュール様が、その銀の瞳で俺を真っ直ぐに見る。

 この視線に込められた意味は、問う、と云うよりも俺の意思の確認だろう。

 だから、その視線を受け止め、俺は言った。


「太陽教、大司教の孫娘である、エル様です」

「マルクや! ふざけるでない! エルが(にえ)じゃと! 冗談も大概にせんかっ!」


 テラさんが、怒りのままに卓を叩いた。

 響く音と共に、お茶が零れ、真っ白なテーブルクロスに色を移していく。

 一方、ミュール様は、その様子を冷めた目で見ていた。


「テッラリッカさん。マルクがそう言う男だと?」

「クッ! 知ったのは、先程か……」

「はい。エル様の事を知ったのは、先程太陽伯から、直接。聖女の事を黙っていたのは、すみませんでした」

「良い。取り乱して……すまんのじゃ」


 俺は、小さく首を横に振った。

 テラさんが、怒ってくれて、少し嬉しい自分がいる。

 それで、少し落ち着く自分も。

 零れても、カップに残るお茶を、一口。

 茶の香りと、ミュール様の魔力で……心を更に落ち着かせる。


「あの子が、教会の聖女ですか……本人は、知っているのですか?」

「太陽伯(いわ)く、前から知っていると」

「本人は、受け入れているのですね」

「それは何とも……ですので、それを聞きに行ってきます」


 直接聞くことが、酷な事だと分かっている。

 それでも俺は、顔を合わせて、エルの意思を聞きたい。

 テラさんが、内に(あふ)れる怒りを抑えているのが、耳を見て、分かった。


「聞いて、どうします」

「どうもしません。俺のやる事は、もう決まっていますから」

「マルクは、本当にそれで良いのですか? 命を懸け、教会に協力し、得られる物は命一つ。失敗すれば、死ぬのはマルク一人では無いのでしょう? 教会の聖女を見殺しにすれば、シャーリーさんの(かか)った黒風も、治り、安全に、いつもの日常に戻れますよ」

「答えは、変わりません」


 たとえ、エルが覚悟を決めていても、死にたくないと泣き叫んでも、悲観のあまり呆然としていても……俺の意思は、もう決まっている。


「俺が戦います。独りで勝てないなら、皆と共に」


 もし、皆で戦っても勝てない時は……太陽伯の作戦が、失敗した時は……。

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