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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第八章

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353.知らぬマルク、知るマルク

誤字修正 誤字報告感謝

 事が動いたのは、真夜中であった。

 北の山より現れたのは、オーガの一団であった。

 第三波と呼ぶには小規模であるが、草原に広がり、ばらばらと町に近付くオーガの中に、灰色の個体が交じっている事に、石壁の上に居た魔術師達は、気が付かなかった。

 それでも、上方から戦場を見る彼らの中には、その灰色のオーガの取る行動を見て反応した者もいた。

 この男も、弓を構えるオーガに気付いた一人であった。


「≪魔力(まりょく)(かべ)≫」


 男は咄嗟(とっさ)に、自身の前に薄紫色の壁を作り上げた――その時、男の作り上げた魔法の壁に、三本の矢が突き刺さった。

 同時に聞こえる、石壁を砕く音。その中に(まぎ)れる、苦痛の声。

 矢は、魔力の壁を破壊すると共に、消えていく。

 男は、咄嗟に姿勢を低くし、身を隠しながら移動を始めた。

 男は動く。同じく石壁の上で戦っていた仲間を、同僚を助ける為に。


「矢だ! 治癒を! 上に来てくれ!」


 石壁下で待機している回復術士達に届くように、男は声を張り上げる。

 聞こえた(うめ)き声で、男は状況を理解していた。

 同僚達が、オーガの矢に貫かれたと。

 戦場に声が響く。

 それが何を言っているのか、男には聞き取る余裕は無かった。

 同僚に駆け寄った男は、(わず)かながら安堵した。

 まだ、死んでいない、と。


「すぐに回復術士が来る。しっかりしろ」


 同僚の肩に穴が空いている。

 矢は、既に消えていた。

 流れる血は、ローブを染め、そして止まらない。


「流る水よ、彼の者に留まりて、安らぎの一助を。≪(いや)しの(みず)≫」


 男は、体から抜け出る魔力による虚脱感と抗いながら、同僚の肩に癒しの水を押し当てた。

 歯を食いしばる様に、同僚が呻く。

 男は、次第に柔らかに落ち着いていく顔を見て、魔法の効果を実感する。

 同僚の呼吸音を聞きながら、男は回復術士の到着を待った。




 石壁の内側で休息を取っていた自分の失策を思い知った。

 オーガの群れ。

 石壁の上より聞こえた(しら)せに、問題無いと判断してしまった。

 鋭い魔法。高い命中精度。豊富な魔力。

 (ゆえ)に、石壁の上に居るのがフクロウの瞳の学派員であり、戦闘経験の少ない者であると、心から抜け落ちていた。

 感じた魔力と、石壁を砕く音で気付く。

 オーガの群れの中に、ハイオーガが交っている事に。

 ハイオーガ。

 灰色の肌をした、オーガ。

 成人男性より頭一つ程度大きい、その姿は、ヘヴィオーガ程の圧は感じない。

 筋骨隆々な体は、オーガと同じであるが、色以外にも大きな違いがある。

 それは、弓と剣を扱う点だ。

 魔力で生み出した実物の如き矢を、その発達した筋肉によって放つ。

 人間の力と比べ、モンスターの力は大きい。放たれる矢の飛距離も、当然長い。

 ダンジョンでは、第二十五階層から出現するモンスターだ。

 ダンジョンでは、その弓矢の飛距離を活かせないが、この場は違う。

 魔術師達が、石壁の上から一方的に攻撃できるのは、魔法の有効射程の方が、モンスターの攻撃よりも長い場合だけだ。

 遠距離から攻撃を仕掛けて来るモンスターがいる場では、その優位は無くなる。

 俺とテラさんは、前へと駆けていた。

 回復術士を呼ぶ声が、石壁の上から響く。


「アム! 救助優先! 下は任せろ!」

「了解!」


 上から響く声に、アムの無事を知る。大きな心の淀みが、一つ消えた。

 先手を取られる程の遠距離ならば、弓の命中精度は高くない。

 だが恐らく、何人かは……頭と胸に矢を受けていなれば、即死は無いはずだが……こればかりは、魔術師達の運次第だ。

 前方で戦列を組む皆の姿が、徐々に近付く。


「テラさんは、皆と援護を」

「お主は?」


 戦列を組む皆の脇を駆け抜けながら、全員に聞こえる様に大声を出す。


「前に出ます! ≪火精霊(ひせいれい)球撃(きゅうげき)≫」


 駆ける足をそのままに、十の火球を作りだし、オーガへ放つ。

 遠く離れたオーガの頭部に吸い込まれる様に跳んだ火球は、着弾と同時に爆発し、その頭部を吹き飛ばした。

 オーガの群れ。テーベの黒い影を思い出す。

 あの時は、火球に無理矢理魔力を込めねば、オーガの致命に至らなかった。

 だが、今は、軽く放っただけでも、吹き飛ばせる。

 何の訓練が効果があったかなど、知らない。

 今は、力を振るうだけだ。殲滅速度を上げよう。

 ハイオーガに至るまで、オーガを潰して回る。

 ハイオーガの射線が俺に通った時、ハイオーガの最後だ。

 俺は、腰の剣を抜き、幾度も呟いた。


「≪火精霊(ひせいれい)球撃(きゅうげき)≫、≪火精霊(ひせいれい)球撃(きゅうげき)≫……」




 グレッグは、草原にて行われているオーガの虐殺を見て、(ほう)けていた。

 虐殺されているのは、オーガだ。暴れ回っているのは、見知った青年マルク。

 

「何だ……あれ……」


 遠くでマルクが、オーガの持つ(つち)の一撃を(かわ)した。

 瞬間、マルクの周囲に火球が生まれ、槌を振るったオーガの頭が吹き飛んだ。

 ついでの様に、周囲のオーガ達にも火球が命中する。

 重なる爆発音とともに、十のオーガが命を止め、塵と化した。

 息つく間もなく、視界の中のマルクは、次のオーガへと一足で接近し、剣でオーガの腹を裂く。深く鉄の剣で裂かれれば、()しものオーガも、命を落とす。

 いつの間にかマルクの周囲には、再び火の球が生まれていた。

 放たれた火球は、一つたりとも外れる事無く、オーガの頭部を吹き飛ばす。

 火球、爆発、消失、火球、爆発、消失……。

 オーガの暴力の海を泳ぎながら、マルクが、絶える事無く死の炎を撒き散らしていた……爆発の音が、耳を(つんざ)く。

 それは、グレッグの知るマルクの姿では無かった。

 怪我をした仲間の穴埋めに助っ人依頼を出した時は、あれほど可笑(おか)しくは無かった筈だ。グレッグは、記憶を(さかのぼ)る。

 共に、ヘヴィオーガを討伐した時は?

 共に、血染めの斧を持ったレッドキャップの集団と戦った時は?

 共に、南方の森でダークトレントと戦った時は?

 元から可笑しな奴ではあった、とグレッグは思い返す。

 それでも、オーガの群れに突撃して、平然としている程では無かった筈だ。

 冒険者を辞めた後、マルクが強くなったのは、今日、既に見ていた(はず)であった。

 それは、魔術師としてのマルクの成長であった。

 そう『であった』とグレッグは認識を改めた。


(冒険者辞めた後、マルクに何があったんだ……)


 爆発音の響き続ける中、グレッグの耳は、叱責の声を捉えた。

 瞬間、グレッグは、我に返る。


「何を呆けておる! お主が、この場の指揮官であろう! マルクを独りで戦わせる気か!」


 声の主は、マルクと共に居た少女であった。

 グレッグは今日目撃した、この長い耳の少女に小さく微笑むマルクの姿を、思い出した。


(あれは、俺の知っているマルクだ)


 愛想が無くても、村を助ける為に共に命を懸け、モンスターに立ち向かったマルクの姿を。ただの助っ人、一時の仲間。それでも、俺達の無事を知り、小さく笑うマルクの顔を……グレッグは思い出した。

 グレッグは、己の(ほほ)を叩き、真っ直ぐ戦場を見た。

 出すべき指示が、頭を巡る。


「魔術師は、前方に守りを」

「「「≪魔力(まりょく)(かべ)≫」」」


 グレッグの声に応じ、魔術師達が呟く。

 戦列の前方に、半透明で薄紫色の魔法の壁が生み出された。


射手(しゃしゅ)は、左右の数を減らせ。山なりに、ありったけだ」


 グレッグと同じく呆けていた射手達は、グレッグの声に重なる様に「応」と答え、射撃を開始した。

 戦列という一点から放たれた矢が、左右に散り、次々とオーガに突き刺さる。


「戦士も弓を持て。だが、もしマルクが下がってきたら、前に出るぞ」


 戦士達は、答える声と共に得物を弓に変え、射手に続き、左右へ射撃を始めた。


「ふん! 出来るでは無いか」

「助かった。流石、マルクの女だな」

「当然じゃ。≪魔力(まりょく)(やり)≫」


 グレッグは、少女が空中に生み出した魔力の槍の数を見て、少女が自分と違い、呆けていた訳でない事を知る。


「行くのじゃ」


 少女の声と共に、次々と放たれる薄紫色に輝く槍が、オーガの命を奪っていく。

 それでも(なお)、マルクという誘蛾灯(ゆうがとう)に集まるオーガは、左右から中央へと押し寄せていた。

 その光景を見たグレッグは、マルクが独り、前へ出た理由を知った。

 全てのオーガの目を、ピュテルの町から逸らす為だと。


(なんだ、やっぱり変わって無いじゃないか……マルクは、マルクだ)


 グレッグは、戦況を見守る。

 オーガの、そしてマルクの動きに合わせ、マルクを守る為に。

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