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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第八章

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352.迎撃とミートパイ

 (しば)し休憩の後、再びモンスター迎撃に出た。

 日が落ち、既に夜に包まれた北の草原は、明るかった。

 草の中に埋もれた幾数もの魔工石が、草原を照らしている。

 魔石回収ついでに、光の魔工石を配置してきたのだろう。完全に光で包むという事は出来ずとも、これならば、不意に接近を許すことも無い。

 理想を言うならば、空中から照らした方が、モンスターの接近には気付き易い。

 だが、魔工石を浮かせる魔力分、攻撃に使った方が得か。

 まぁ、暗かろうが明るかろうが、俺のやる事は変わらない。

 モンスターを見つけ次第――


「≪魔力(まりょく)(やり)≫」


 二十の槍を、同時に放つ。

 ゴブリンアーチャーに、コボルトに、ツインホーンウルフ。

 混成で現れたモンスターを、一体一本、突き刺し、モンスターを消滅させる。

 そして、二十で足りぬ敵には――石壁の上から、魔力の矢の雨が飛んだ。

 面を攻撃するように、矢が二本角に降り注ぐ。

 まだ遠く、視界の中に小さく映る二本角が、雨に打たれ、絶命するのが見えた。

 俺は、槍で狙い撃ちを試みているが、矢による面攻撃も捨て(がた)いな。

 倒し終えたら……(しば)し待機だ。


「ちょこちょこと来よるのぅ」

「まとめて来るよりは、安全でいいですよ」

「今のは、近くで()いた奴じゃな」

「たぶん、ですけどね」


 テラさんと雑談しながら、俺の目は、モンスターを探す……発見した。

 視界には映っていない。暗い空を、何かが羽ばたき、飛んでいる。

 闇夜に潜んでも、魔力で丸わかりだ。


「アム、ワイバーンだ。狙えるか!」

「当然さ!」


 石壁に背を向けたまま、上に居るアムに声を掛ける。

 快活で、良い返事が返って来た。ならば――


「≪氷結(ひょうけつ)投擲槍(とうてきやり)≫」


 頭上に生み出した氷結晶が、一本の槍へと変じる。

 その間にも、狙いを修正する。

 はばたき、はばたき……モンスターの動きを読み……機を狙い、放つ。

 氷の槍が、空を走り、瞬く間に、標的を貫いた。

 氷像と化せば、なおその姿を認識しやすくなる。

 男性二人分程の長さのワイバーンは、その体が、左右に広がる大きな翼が、揺らめく長い尾が、氷に包まれ、落下を始めていた。

 そのまま地面に落ちた後、追撃を仕掛けても良いのだが……先程の返事の通り、既にアムが動いている。

 石壁の上で、アムの高まった魔力が解放されたのが、分かった。

 瞬間、赤い閃光が、夜の空を貫いた。

 空を裂くように走る二条の赤い光が、氷像と化したワイバーンの細い胴体を貫通する。赤い光に照らされ、氷像の姿が闇夜に一瞬だけ現れ、消えていった。

 消えたのは姿ではない。ワイバーンそのものだ。

 王都で、俺の命を救った魔法だな……アムが呟いた呪文を、聞き取れなかった事が、残念である。

 

「アム! 助かったよ!」

「お安い御用さ!」


 背を向けたまま、右手を挙げ、石壁の上に手を振る。

 目と感覚は、そのままモンスターへの監視を続ける。


「このぐらい平和なら良いんですけどね」

「お主ら、平然と恐ろしい事をするのぅ」

「アムですから」

「お主もじゃ」


 氷結の投擲槍を覚える以前ならば、俺は、どう対処していただろうか?

 矢を放つ? 風で蹴散らされるだけか。

 槍を放つ? 距離が離れれば、致命は遠のく。そもそも当たるのか?

 近付いてからが、勝負だ。

 つくづく、魔法の手数が少ない事を思い知る。まだ、習得したい魔法が多いな。

 だがやはり、アムに教わるのだけは、気に入らない。

 小さくとも、譲れないものがある。




「マルク。今の内に食事に行ってこい」


 唐突に現れたワンダーさんが、そう言った。

 青いローブにつるりとした頭。六十程の歳であるが、そのピンッと伸びた背は、ワンダーさんの健在っぷりを主張している。

 ワンダーさんは、今日も変わらず、厳しい表情をしていた。

 他のパーティーメンバーは……門の近くで待機している様だ。

 まだ彼らが戦う時では無いのだろう。

 事実、モンスター襲撃の頻度は低い。限りは、変わらず見えないが……。


「ワンダーさん達は、もう?」

「お前が暴れてる間にな。その(むすめ)と行ってこい」

「ありがとう、ワンダーさん」

「うむ。休憩とするかのぅ、(おのこ)よ、助かるのじゃ」


 左手を挙げ、大きく振り、休憩の合図を周りに知らせる。

 別にやる必要もない行動だが、主張はしておかねばな。

 そして、ワンダーさんを置いて、テラさんと共に町へ走る。

 

「変わってないな、お前」

「グレッグさん。後は頼みます」

「任せろ」


 入れ替わりで、グレッグパーティーが前へ出る。

 軽く手を振り、戦場へ向かう彼らに、小さく会釈を返す。

 射手と魔術師は……今の状況では必要ないという判断だろう。

 そのまま北門を抜け、歩く速度へと足を緩める。


「マルクさん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 掛かる声に返事を返しながら歩いていると、テラさんが言った。


「さて、狼のまんぷく亭へ行くとするかのぅ」

「ですね、善は急――あれ?」


 見知った顔と目が合った。

 店の外に居るなんて、珍しい。


「見つけた! おーい、マルク」


 大きな声を上げ、離れた場所から手を振るのは、サンディであった。

 何故(なにゆえ)ここに? テラさんと共に、首を捻っていても仕方が無い。

 俺とテラさんは、駆け、サンディの近くへと向かった。

 近付くと、魔工石に照らされる褐色の肌が見て取れた。

 給仕服を店以外で見ると、どこか違和感を覚えてしまうな。

 肌と胸に気を取られてはいけない……それよりも、気になるのは、サンディが手に持つ二つの袋だ。


「こんばんは、サンディ」

「一体、どうしたのじゃ?」

「アハハ。マルクが北門で暴れてるって聞いたからね。食事、持って来たよ」


 笑うサンディを見ていると、確かに腹が空いて来た。

 夜は進み、夕食時は()うに過ぎている。腹が減る(はず)だ。


「助かるよ、サンディ。でも、もう食べてたら、どうするつもりだったのさ?」

「その為に……ほら、ミートパイ」

「おお。前に食べたアレじゃな」


 サンディが、袋からミートパイを取り出し、テラさんへ渡す。

 受け取ったテラさんは、嬉しそうにピョコりと耳を動かした。

 四角く焼かれたパイは、片手に持って食べられる大きさで作ってあり、この場で食べるのには、丁度良い大きさだ。

 テラさんが片手で持っている……前回よりも、少し小さめに作ってあるな。

 それに、ミートパイなら、俺とテラさんが食事済みでも問題ない選択だ。

 少し時間を置いた後でも、食べられる。


「はい、マルクも」

「ありがと、もう一度、食べたかったんだ、コレ」


 受け取ったミートパイが、食欲をそそる。

 切り込みの入った片面が、上側なのだろう。

 肉と野菜の具材を包み込むパイの表面、その照りが良い。

 俺達は道の端により、建物の壁に背を預けた。

 少々お行儀が悪いが……(たま)には良いだろう。


「「いただきます」」

 

 食前の言葉を言った次の瞬間には、ミートパイを口にしていた。

 急ぎ(かじ)るが、パイ生地を(こぼ)さぬように、丁寧に食べる。

 咀嚼(そしゃく)の度に、サクッ、サクッ、と小気味好く、香ばしい。

 その上、噛むたびに具材の味が、口の中に広がって行く。

 人参が、玉葱が、ニンニクが、そして牛が……野菜が甘くて、牛が少し濃厚で、良い、実に良い。

 二口目も……三口目も……止まらない。

 残り一口、食べ切りたい気持ちを抑え、一度、口を休ませる。

 その代わりに、口から素直な言葉が零れた。


「おいしい」

「うむ。うまいのぅ……」


 テラさんを見ると、顔がほんわかしていた。

 テラさんが片手に持つミートパイは、半分と言った所だ。俺は、あと一口分。

 相変わらず、俺とテラさんの食の速度は、会わない……これも美味しいミートパイがいけないのだ。

 まぁ、気にする事でも無いか……俺は、残りのミートパイを口へ放り込んだ。

 ゆっくりと咀嚼すれば、その見返りとして、味わいが幸せを届けてくれる。


「はい、これ」


 ミートパイを堪能する俺に差し出されたのは、空の樽型ジョッキであった。

 それも三つ。

 ミートパイを持っていた手で、制止を促し、ゆっくりと、パイを飲み込む。

 もう片方の手を、ジョッキの上にかざし、それぞれ指を向け――


「≪(みず)≫よ、≪(こおり)≫よ」


 可能な限り冷やした水と細かい氷で、三つの空のジョッキを満たしていく。

 流れる水によって氷が動き、ジャラっと音が立つ……良し。


「ありがと」

「こちらこそ」


 礼を言うサンディからジョッキを受け取り、礼を返す。

 ミートパイは美味しい。が、少しだけ喉が渇くのも事実。(ゆえ)に水は有難い。


「テラさん」

「サンディは、気が利くのぅ」


 サンディから水を受け取るテラさんを見ながら、俺は喉を鳴らした。

 冷たい水が、口の中を(すず)やかにし、体に染み渡る。

 今日は、あまり水分補給をしていなかった事を、思い出した。

 もう一口、飲むか。

 ジョッキに口を付け、傾けると、視界の端で動く二人が見えた。

 チラリ、チラリと目を向けると、二人も同時に喉を鳴らしている。

 そして、俺も……。


「「ぷぅはぁぁぁ」」

「ふぅ」


 左右を挟む、吐息を耳にしながら、俺は、ジョッキを空にした。


「ねぇ、マルク」

「ん?」

「「おかわり」」

「あいよ……≪(みず)≫よ」


 俺はジョッキを持つ手を入れ替え、指先から、魔法の水を出した。

 乾杯するかの如く重ねられた三つのジョッキに、水が満たされていく。

 浮かび、鳴る氷の涼しさに癒されながら、自分の中に活力が満ちるのを感じた。


「おかわりあるよ」

「ナイス、サンディ」


 戦う男には、ミートパイは一個じゃ足りない。

 サンディから受け取り、早速、頬張る。

 嗚呼、美味しい……サンディや、なぜ笑うんだい?

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