352.迎撃とミートパイ
暫し休憩の後、再びモンスター迎撃に出た。
日が落ち、既に夜に包まれた北の草原は、明るかった。
草の中に埋もれた幾数もの魔工石が、草原を照らしている。
魔石回収ついでに、光の魔工石を配置してきたのだろう。完全に光で包むという事は出来ずとも、これならば、不意に接近を許すことも無い。
理想を言うならば、空中から照らした方が、モンスターの接近には気付き易い。
だが、魔工石を浮かせる魔力分、攻撃に使った方が得か。
まぁ、暗かろうが明るかろうが、俺のやる事は変わらない。
モンスターを見つけ次第――
「≪魔力の槍≫」
二十の槍を、同時に放つ。
ゴブリンアーチャーに、コボルトに、ツインホーンウルフ。
混成で現れたモンスターを、一体一本、突き刺し、モンスターを消滅させる。
そして、二十で足りぬ敵には――石壁の上から、魔力の矢の雨が飛んだ。
面を攻撃するように、矢が二本角に降り注ぐ。
まだ遠く、視界の中に小さく映る二本角が、雨に打たれ、絶命するのが見えた。
俺は、槍で狙い撃ちを試みているが、矢による面攻撃も捨て難いな。
倒し終えたら……暫し待機だ。
「ちょこちょこと来よるのぅ」
「まとめて来るよりは、安全でいいですよ」
「今のは、近くで湧いた奴じゃな」
「たぶん、ですけどね」
テラさんと雑談しながら、俺の目は、モンスターを探す……発見した。
視界には映っていない。暗い空を、何かが羽ばたき、飛んでいる。
闇夜に潜んでも、魔力で丸わかりだ。
「アム、ワイバーンだ。狙えるか!」
「当然さ!」
石壁に背を向けたまま、上に居るアムに声を掛ける。
快活で、良い返事が返って来た。ならば――
「≪氷結の投擲槍≫」
頭上に生み出した氷結晶が、一本の槍へと変じる。
その間にも、狙いを修正する。
はばたき、はばたき……モンスターの動きを読み……機を狙い、放つ。
氷の槍が、空を走り、瞬く間に、標的を貫いた。
氷像と化せば、なおその姿を認識しやすくなる。
男性二人分程の長さのワイバーンは、その体が、左右に広がる大きな翼が、揺らめく長い尾が、氷に包まれ、落下を始めていた。
そのまま地面に落ちた後、追撃を仕掛けても良いのだが……先程の返事の通り、既にアムが動いている。
石壁の上で、アムの高まった魔力が解放されたのが、分かった。
瞬間、赤い閃光が、夜の空を貫いた。
空を裂くように走る二条の赤い光が、氷像と化したワイバーンの細い胴体を貫通する。赤い光に照らされ、氷像の姿が闇夜に一瞬だけ現れ、消えていった。
消えたのは姿ではない。ワイバーンそのものだ。
王都で、俺の命を救った魔法だな……アムが呟いた呪文を、聞き取れなかった事が、残念である。
「アム! 助かったよ!」
「お安い御用さ!」
背を向けたまま、右手を挙げ、石壁の上に手を振る。
目と感覚は、そのままモンスターへの監視を続ける。
「このぐらい平和なら良いんですけどね」
「お主ら、平然と恐ろしい事をするのぅ」
「アムですから」
「お主もじゃ」
氷結の投擲槍を覚える以前ならば、俺は、どう対処していただろうか?
矢を放つ? 風で蹴散らされるだけか。
槍を放つ? 距離が離れれば、致命は遠のく。そもそも当たるのか?
近付いてからが、勝負だ。
つくづく、魔法の手数が少ない事を思い知る。まだ、習得したい魔法が多いな。
だがやはり、アムに教わるのだけは、気に入らない。
小さくとも、譲れないものがある。
「マルク。今の内に食事に行ってこい」
唐突に現れたワンダーさんが、そう言った。
青いローブにつるりとした頭。六十程の歳であるが、そのピンッと伸びた背は、ワンダーさんの健在っぷりを主張している。
ワンダーさんは、今日も変わらず、厳しい表情をしていた。
他のパーティーメンバーは……門の近くで待機している様だ。
まだ彼らが戦う時では無いのだろう。
事実、モンスター襲撃の頻度は低い。限りは、変わらず見えないが……。
「ワンダーさん達は、もう?」
「お前が暴れてる間にな。その娘と行ってこい」
「ありがとう、ワンダーさん」
「うむ。休憩とするかのぅ、男よ、助かるのじゃ」
左手を挙げ、大きく振り、休憩の合図を周りに知らせる。
別にやる必要もない行動だが、主張はしておかねばな。
そして、ワンダーさんを置いて、テラさんと共に町へ走る。
「変わってないな、お前」
「グレッグさん。後は頼みます」
「任せろ」
入れ替わりで、グレッグパーティーが前へ出る。
軽く手を振り、戦場へ向かう彼らに、小さく会釈を返す。
射手と魔術師は……今の状況では必要ないという判断だろう。
そのまま北門を抜け、歩く速度へと足を緩める。
「マルクさん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
掛かる声に返事を返しながら歩いていると、テラさんが言った。
「さて、狼のまんぷく亭へ行くとするかのぅ」
「ですね、善は急――あれ?」
見知った顔と目が合った。
店の外に居るなんて、珍しい。
「見つけた! おーい、マルク」
大きな声を上げ、離れた場所から手を振るのは、サンディであった。
何故ここに? テラさんと共に、首を捻っていても仕方が無い。
俺とテラさんは、駆け、サンディの近くへと向かった。
近付くと、魔工石に照らされる褐色の肌が見て取れた。
給仕服を店以外で見ると、どこか違和感を覚えてしまうな。
肌と胸に気を取られてはいけない……それよりも、気になるのは、サンディが手に持つ二つの袋だ。
「こんばんは、サンディ」
「一体、どうしたのじゃ?」
「アハハ。マルクが北門で暴れてるって聞いたからね。食事、持って来たよ」
笑うサンディを見ていると、確かに腹が空いて来た。
夜は進み、夕食時は疾うに過ぎている。腹が減る筈だ。
「助かるよ、サンディ。でも、もう食べてたら、どうするつもりだったのさ?」
「その為に……ほら、ミートパイ」
「おお。前に食べたアレじゃな」
サンディが、袋からミートパイを取り出し、テラさんへ渡す。
受け取ったテラさんは、嬉しそうにピョコりと耳を動かした。
四角く焼かれたパイは、片手に持って食べられる大きさで作ってあり、この場で食べるのには、丁度良い大きさだ。
テラさんが片手で持っている……前回よりも、少し小さめに作ってあるな。
それに、ミートパイなら、俺とテラさんが食事済みでも問題ない選択だ。
少し時間を置いた後でも、食べられる。
「はい、マルクも」
「ありがと、もう一度、食べたかったんだ、コレ」
受け取ったミートパイが、食欲をそそる。
切り込みの入った片面が、上側なのだろう。
肉と野菜の具材を包み込むパイの表面、その照りが良い。
俺達は道の端により、建物の壁に背を預けた。
少々お行儀が悪いが……偶には良いだろう。
「「いただきます」」
食前の言葉を言った次の瞬間には、ミートパイを口にしていた。
急ぎ齧るが、パイ生地を零さぬように、丁寧に食べる。
咀嚼の度に、サクッ、サクッ、と小気味好く、香ばしい。
その上、噛むたびに具材の味が、口の中に広がって行く。
人参が、玉葱が、ニンニクが、そして牛が……野菜が甘くて、牛が少し濃厚で、良い、実に良い。
二口目も……三口目も……止まらない。
残り一口、食べ切りたい気持ちを抑え、一度、口を休ませる。
その代わりに、口から素直な言葉が零れた。
「おいしい」
「うむ。うまいのぅ……」
テラさんを見ると、顔がほんわかしていた。
テラさんが片手に持つミートパイは、半分と言った所だ。俺は、あと一口分。
相変わらず、俺とテラさんの食の速度は、会わない……これも美味しいミートパイがいけないのだ。
まぁ、気にする事でも無いか……俺は、残りのミートパイを口へ放り込んだ。
ゆっくりと咀嚼すれば、その見返りとして、味わいが幸せを届けてくれる。
「はい、これ」
ミートパイを堪能する俺に差し出されたのは、空の樽型ジョッキであった。
それも三つ。
ミートパイを持っていた手で、制止を促し、ゆっくりと、パイを飲み込む。
もう片方の手を、ジョッキの上にかざし、それぞれ指を向け――
「≪水≫よ、≪氷≫よ」
可能な限り冷やした水と細かい氷で、三つの空のジョッキを満たしていく。
流れる水によって氷が動き、ジャラっと音が立つ……良し。
「ありがと」
「こちらこそ」
礼を言うサンディからジョッキを受け取り、礼を返す。
ミートパイは美味しい。が、少しだけ喉が渇くのも事実。故に水は有難い。
「テラさん」
「サンディは、気が利くのぅ」
サンディから水を受け取るテラさんを見ながら、俺は喉を鳴らした。
冷たい水が、口の中を涼やかにし、体に染み渡る。
今日は、あまり水分補給をしていなかった事を、思い出した。
もう一口、飲むか。
ジョッキに口を付け、傾けると、視界の端で動く二人が見えた。
チラリ、チラリと目を向けると、二人も同時に喉を鳴らしている。
そして、俺も……。
「「ぷぅはぁぁぁ」」
「ふぅ」
左右を挟む、吐息を耳にしながら、俺は、ジョッキを空にした。
「ねぇ、マルク」
「ん?」
「「おかわり」」
「あいよ……≪水≫よ」
俺はジョッキを持つ手を入れ替え、指先から、魔法の水を出した。
乾杯するかの如く重ねられた三つのジョッキに、水が満たされていく。
浮かび、鳴る氷の涼しさに癒されながら、自分の中に活力が満ちるのを感じた。
「おかわりあるよ」
「ナイス、サンディ」
戦う男には、ミートパイは一個じゃ足りない。
サンディから受け取り、早速、頬張る。
嗚呼、美味しい……サンディや、なぜ笑うんだい?




