351.少年達とポーションと小さな罰
魔石の入った道具袋を担ぎながら、俺はテラさんと共に北門へ戻って来た。
溶岩獣討伐の為、前に出て気付いた。
落ちている魔石が、少ない事に。
恐らく、余裕がある間に、魔石回収を進めていたのだろう。
こういう事も、皆に任せっぱなしだな、俺。
「マルク! お嬢さん! 助かった! 残りは俺達が!」
「お願いします!」
「うむ。頼むのじゃ!」
石壁の上から聞こえる声に、大声で返し、俺は北門を潜る。
そこには、整列した冒険者の姿があった……先程の新人冒険者五人か。
「「「「「お疲れ様です」」」」」
突如、彼らが声を上げ、頭を下げた。
テラさんがビクッと反応した瞬間を目撃してしまった……心臓に悪いよな。
「お疲れさま」「お、お疲れなのじゃ」
「すみません」
そのまま通過しようと思ったが、新人冒険者らしきパーティーの一人が声を掛けて来たので、足を止める。
歳は……キオと同じくらい、十三か十四だろう。
うん。普通の少年だな。特徴は特に無い。
帯剣し、皮の鎧を身に着けていなければ、冒険者にも見えない少年だ。
「先程は助けて頂き、ありがとうございました」
「あ、うん。命は大事にね」
「「「「「はい、ありがとうございました」」」」」
「二度は要らないよ。頑張ってね」
彼らに小さく手を振り、俺はテラさんと共に、歩いて町へと戻った。
今の光景に、首を傾げながら。
「何だったのじゃ?」
「さぁ? 取り敢えず、魔石を預けて……あぁ、あっちで待機しておきましょう」
見回し、人の多い場所を探す。
そこに、魔石を回収している人が居るだろうと踏んで、俺達は歩き出した。
「うむ。戦った後は休憩じゃ」
「あの魔法、魔力の消耗が激しそうですからね」
テラさんの作った、透明なナイフ。
溶岩獣を、スッと斬っていた所を見るに、かなりの切れ味である。
魔法自体を見るのは二度目だ。
以前、森で拾った少年スーも、同じ魔法を使っていた。
まぁ、魔法の練度は、天と地ほどの差があるのだが。
「あの魔法は疲れるのじゃ」
「無理したら駄目ですからね」
「お主が、それを言うのかえ?」
「言いますよ」
落ちる夕日の代わりに、町の魔工石が灯り始めていた。
外でも魔工石をばら撒いて、視界を確保し始めた頃合いだろう。
魔石を数えている人を見つけたので、道具袋ごと溶岩獣の魔石を渡す。
「お預かりします」の声と共に、受け取った女性は、再び魔石を数え始めた。
たしか、鉄骨龍の職員だったはずだ。名前は……知らない。
まぁ、今は良いさ。
今は、テラさんがゆったりできる場所を……見回すが、ここは怪我人が多い。
回復術士に治癒を受けているのは、最前線で戦う戦士達だ。
怪我を負っているとは言え、この場に居る戦士たちの顔は活き活きとしている。
むしろ、女性の回復術士に鼻を伸ばす余裕すらあるみたいだ。
だが、ふと、考えが及ぶ。
重傷者は、別の場所に、中央の協会近くに運ぶだろう、と。
「治療の邪魔になりますし、別の場所に」
「うむ。そうじゃな」
少し町の中心へ向け、移動すると、独りの女性が、俺達を手招きしていた。
魔工石の灯りに照らされた姿は、よく知っている人物だ。
三角帽を頭に被り、高い鼻をこちらに向けているのは、パック先生だ。
今日は、大きな鞄を二つ身に着けていた。
そして、パック先生は、何かを右手に持っている。
「やぁ、マルク君、テラさん。一本どうだい?」
「お疲れ様です、パック先生」「パックや、お疲れなのじゃ」
近付けば、パック先生が言った『一本』が何の事なのか分かった。
その魔力回復用の赤色ポーションを見て、俺は拒否する。
「いえ、飲んでも、ほとんど効きませんから」
「そう言えば、そうだったね」
市販品のポーションで魔力を回復しようとしたら、一体、何本飲まないといけないのだか……考えたくも無いな。
パック先生は、笑顔でテラさんへ向け、手に持ったポーションを振った。
「テラさん、どう? お代はフクロウかピュテル持ちだよ」
「カッカッカ。ならば頂こうかのぅ」
「何か、すみません」
これでは、無料だから貰っている風である。
テラさんが、パック先生から赤色ポーションを受け取り、封を解いた。
そのままゆっくりと、テラさんがポーションを飲み始めた。
「気にしないでいいんだよ。おねぇさんの奢りとでも思って、ね?」
「くぅぅ。体に馴染むのぅ。助かったのじゃ、パック」
飲み終えたポーションの空容器を、パック先生へ返すテラさん。
空容器を受け取ったパック先生は、鞄の中に空容器を片付けた。
二つの鞄か……もう一つの鞄に、ポーションが入っているのだろう。
「飲みたくなったら、いつでも私の所に来て下さいね。それじゃ、お仕事行ってくるね。マルク君、テラさん」
「はい。いってらっしゃい」「頑張るのじゃぞー」
ゆったりと歩いて石壁へ向かうパック先生を見送っていると、後ろから声が聞こえた。馴染みのある声が。
「やあ、お疲れ、マルク、テラさん」
「お疲れ、アム」「お疲れなのじゃ」
俺達へ手を振り、歩み寄るアムは、独りであった。
中心側から来たと云う事は、先程まで休憩か他方の守りに就いていたのだろう。
「パトリシアさんは、別行動?」
「パットは、もうお休みさ。明日の朝、ソニアと南側を守って貰うからね」
「交代での守りも大変だっ――何をする」
のしのしと歩いて来たアムが、突如、俺の頬を指で押し始めた……何だこれ?
何故かテラさんも手を伸ばし、逆の頬で同じ事をし始めた。
「人の制止を聞かずに飛び出して行った罰さ」
「うむ。罰じゃ」
制止を――『待つんだ、マルク!』――あぁ、ガルーダの時か。
「いや、既にテラさんは、俺の尻に蹴りを――」
「足りんと言ったじゃろ。ほれ、ほれ」
俺を見上げながらテラさんが、指で頬をぐにゅぐにゅしてくる。
アムもテラさんも、なぜか楽しそうだ……変な二人だ。
俺の頬なんか突いて、何が楽しいのか、全く分からないが……楽しそうだから、そっとしておこう。
頬を突かれながら、アムへ問う。
「しかし、ソニアさんも守りに就くのか?」
「鉄骨龍でも、同い年ぐらいの子は頑張っているよ。白馬も、精霊銀もね」
「そっか。嗚呼、そうだな」
ソニアさんが、確か……十三。
キオ達と、恐らく先程の新人冒険者は、十四。
そうだよな。
キオ達も、何処かで戦ってるんだよな。あいつらの事だ、また無茶に突っ込んだりしてるんだろうな……誰かを守る為に。
戦う者は命懸けだ。きっとソニアさんも、パトリシアさんも、キオ達も。
俺は、何処かで戦う知り合いを守るなんて出来ない。
なら、俺に出来る事は何だろう――痛い。
考えを遮る様に、俺の頬が強く押された。両側から。
「ちょっと痛い」
「おっと、すまんのぅ」
テラさんがそう言うと同時に、俺の両頬は解放された。少しの違和を残して。
アムは指を離したものの、その美少年顔に浮かべた笑顔は、そのままであった。
「フフ。マルクがいけないのさ。また変な事を考えていただろう?」
「変な事なんて考えてないぞ」
変な事は……考えていないはずだ。
しかし、俺の言葉をアムは、一笑いして脇に置いた。
そして、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
先の一笑いから、アムの顔から笑みが消えていた。
「非常事態だからね……悔しいけど、君の力を借りる事になるさ。それでも、町を守るのは、その責を負った者の務めだ。マルクは、こんな町の為に、他人の命の責任を背負う必要はないよ」
「おいおい、アム。俺が何を考えてたと誤解してるんだよ……」
恐らくアムは、俺の考え事を誤解している……本当に心配性な奴だ。
それでも真面目な話なら、真正面から受けるべきだ。
正直、他人の命の責任なんて、一度たりとも背負えた事はない。
町を守る責任も、そして権利も自分で放棄した。
それでも――
「まぁ、モンスターを放っておけないってのは、あるけどさ」
心の中に浮かぶ笑顔が……幾つかある。
モンスターを倒すしか能がない自分にも、笑いかけてくれる人達が。
「守りたい人がいるから……だから、俺は好きでやってるだけだよ」
町を守るのも、誰を助けるのも。
アムが、真顔で俺を見る。
そしてアムは、真顔に似つかわしくない柔らかな声で、俺に質問した。
「その中に、僕も含まれているのかな?」
「当たり前だろ。アム」
「そうか……それは残念」
『残念』と言いながらも、アムは柔らかに笑っていた。
「何で『残念』なんだよ」
「フフ。それは乙女の秘密さ」
そう言ってアムは、お道化る様に、自身の柔らかな唇に指を立てた。
全く……ちょっとした仕草が様になるから、こいつは困る。
その表情は、いつもの作り上げた美少年の顔ではなく、少し昔を思い出す、幼馴染の少女の笑顔だった。




