344.巨人とキオ
「≪魔力の槍≫……≪魔力の槍≫……≪魔力の槍≫」
モンスターの数も減ってきた。
見えるモンスターも、厄介なのは、ポイズンスコーピオンぐらいだ。
あれは大きいとは言え、横からだと当てにくい。
地面スレスレに槍を生み出して、地を這うように放った方が当たる。
生み出した二十の槍。それぞれ狙いを定め、放つ。
飛翔する薄紫色の槍は、地を這うポイズンスコーピオンの正面に一本、そして鋏の付け根を吹き飛ばした。
残りの槍も、トロルやゴブリンの体に突き刺さり、緑の体を塵へと変えた。
トロルは、槍で倒すとなると、しぶとくて困るな。
狙える範囲のモンスターは、全て、魔力の槍で倒す。
平面で、大量に現れるなら、対処法はこんな単調なものだ。
「ねぇ、お姉さま。どうしてマルクさんは、大きな魔法を使わないのですか?」
「大きな魔法を繰り返すと、極端に消耗するからね。持久戦には向かないのさ」
「細かく敵を処理して、対処する敵の総量を減らすと言う側面もあるのじゃ」
へぇ、そうなんだ。アムとテラさんは流石に賢いな。
俺は、これが楽だから、そうしているだけだ。
モンスターが一列に並んでくれれば、一気に吹き飛ばせるのだけど……同場所で発生し、単一の群れでも来ない限りは、そんな都合よく並んでなどくれない。
オーガ、オーガ、トロル、ゴブリン……メイジか。
口を止めずに、槍を放つ。
「じゃが、普通の魔術師は、これほど口は回らんがのぅ」
「冒険者の方々でも、これが普通でない事は、重々承知ですが、更に疑問が一つ」
「何でも言ってごらん、パット」
「フフ、ありがとうございます。マルクさんがまとめて魔法を放たない理由です」
「ん? それは僕も知らないなぁ。テラさんは、知っていますか?」
「むう? わしも知らんのぅ」
別に大した理由じゃないのだが。
モンスターの数も少なくなってきたし、散発的に現れるモンスターは、皆に任せるとするか。
展開した二十の槍を、ポイズンスコーピオンとレッド・イービルアイに突き刺し、俺は、一息入れる事にした。
左手を大きく振り、休憩の意思を冒険者達に告げる。
「ふぅ。その方が狙い易いからですよ」
「多く放った方が、当たるだろう?」
アムの目を見て答えたいが、モンスター達から目を話す事は出来ない。
俺が魔法を唱える代わりに、防壁上から、次々と魔法がモンスターへと飛ぶ。
山から来たであろうホークマンやハーピーにも、確実に命中させている。
うん。良い命中精度だ。任せても大丈夫だろう。
俺は振り返り、三人を見る。
ふわりと広がる銀の髪の少女、に見える女性、テラさんを。
短めに揃えた赤い髪をなびかせる美少年顔の少女、アムを。
今日も前髪が真っ直ぐ涼やかな、青い髪の少女、パトリシアさんを。
「百の矢を百の標的に当てるより、二十の矢を二十の標的に当てる方が簡単だろ。敵は自由に動き回るし」
「あら? 聞けば、普通の事でしたのね」
「やってる事は、普通じゃないけど」
アムがジトリとした目で俺を見て来るが、気にしたら負けだ。
皆に退却を促す。
「ほら、一旦引こう。前衛の邪魔になる」
「うむ。お主は、休憩を入れるのじゃぞ」
テラさんの声と共に、俺達四人は、町へと駆け出す。
俺達と交代するように、町から冒険者と聖騎士が前衛へ躍り出た。
「マルク。助かった」
「グレッグさん。後はお願いします」
「任せろ」
Bランク冒険者のグレッグさんと、そのパーティーが前へ出た。
彼らの後ろには、射手の一団と数名の魔術師が。
そして石壁の上には、魔力を温存した魔術師が。
この場は、任せよう。
俺達は、回復術士のいる門まで戻った。
走りを緩め、体を休める様に歩く。
この北側では、怪我人は出ていない。それでも、気を抜いている回復術士は一人たりとも居なかった。士気が高いのは良い事だ。
「お疲れ様です、マルクさん」
「お疲れ様です」
声を掛けられるたびに、声を返して歩く。
門に居ても、これは邪魔になるな……もう少し下がるか。
「して、お主らはどうするのじゃ?」
「北門の防衛に戻るとします」
「アム。なら、ここまで下がらなくても良かっただろ?」
「フフッ。お姉さまは、マルクさんの事が心配なんですよ」
「パット」
「あら? 御免なさい、お姉さま」
仲が良さそうで、実に良い。
しかし、アムは、中々に心配性だな。
きっと、俺が休憩を取らずに、またどこかへ行くと思っているのだろう。
「心配は有難いが、俺も休憩を取らない程、子供じゃ――おっ!」
「またじゃな」「ミネルヴァ様」「これが噂の」
突如、すっと頭に、白いフクロウの重みが掛かった。
ほぅほぅと癒しの声が聞こえるが、フクロウに声を掛けている余裕は無い。
『ミュール様、どこの救援へ?』
「そこから、東にガルーダが接近中です」
『分かりました』
俺の返事を聞くと、すぐにフクロウは飛び立った。
空からの目は、実に有用だ。それに愛らしい。
「という訳で、ガルーダ撃ち落としてくるよ。休憩はその後、≪獣王の跳躍≫」
「待つんだ、マルク!」
アムの言葉を聞く前に、魔法で、東へ向け跳び上がる。
地面へと放たれた魔力に反して、俺の体は、素早く、そして高く跳び上がる。
町を空から見るのは、新鮮である。
「≪風の羽≫、≪魔力の壁≫」
呪文を唱えた俺を、魔力の風が包み込んだ。
風の羽は、空中での姿勢制御と落下速度を操る為の魔法だ。空中へ跳ぶ時の、必須魔法である。無ければ、落ちて死にかねない。
そして、空中に足場を作り、着地する。
はて、ガールダは……いた。一体。だが、まだ遠い。
ピュテルから見て、北東の山から飛んできている。
もう少し引き付けて、氷結の投擲槍で落とすか。
その前に、東側へ近付いておこう。
東門の援護にも回れるように。
「≪獣王の跳躍≫」
足元へと放たれた魔力が、足場である魔力の壁を破壊する。
そして俺は、魔法の力で東へ跳んだ。町を見下ろす暇はない。
周囲の状況を把握しながら。狙うガルーダを、この目で捉えながら。
西門にて、一体のジャイアントが雄叫びを上げていた。
北西よりふらりと現れた一体のジャイアントの姿を、キオは、視界に捉えた。
キオは、初めて見たその巨体に、驚きと恐怖を感じていた。
自身の三倍をも超える身の丈。太い腕。その先に持った一本の大棍棒。
のっぺりとした顔に、薄桃色にも近い肌。
草原に際立つその姿は、異質としかキオには思えなかった。
キオは、ジャイアントから目を離し、接近するリザードマンを見据えた。
丸盾を構え、リザードマンを待つ。
リザードマンが接近と同時に、曲刀を振り下ろした。
曲刀を、丸盾で弾いたキオは、踏み込み、リザードマンの腹を裂く。
一度引いた剣を、怯むリザードマンの胸元へと刺し入れた。
塵と変わるリザードマンから距離を取ったキオには、異質な巨体へ目を向ける。
キオは、ジャイアントの動向が気になって仕方が無かった。
魔術師達の攻撃範囲に入ったジャイアントに、魔法の矢と槍が次々と突き刺さる――が、怯みはすれど、その歩みは止まる事は無かった。
むしろ、歩みが走りへと変わり、町へと急速に接近を始めた。
走るジャイアントに幾十もの魔法が飛ぶ、が、真っ直ぐに町へと突撃するジャイアントは、止まらない。
ジャイアントの前方、町の正面を守っていた冒険者が、跳ねる様に吹き飛ばされた。一人、二人と。
(っ!! このままじゃ不味いっす)
吹き飛ばされた先輩冒険者達の状態を確認する余裕は、キオには無かった。
ジャイアントの動きは、緩慢になっている。だが、その正面を守る者が一人も居ない。そのまま進めば、魔術師が、町が危ない。
キオの体は動いていた。
ジャイアントへ向け、真っ直ぐに。
キオは、走りながら剣と盾を打ち鳴らし、己の存在を主張した。
「こっちっすよ!」
ジャイアントの顔が、キオへと向いた。
足を止め、キオはジャイアントを睨み返す。
Dランク冒険者の自分に何ができる?
キオは、心の中で漠然と浮かぶ迷いを、再び剣と盾を打ち鳴らし、かき消した。
突撃を止めたジャイアントは、一歩、二歩とキオへ足を踏み出した。
魔法による援護が、ジャイアントに当たるも、意にも介さず歩みを進める。
キオは、落ち着いて、動きを見極め、振り払われた大棍棒を、大袈裟なほど大きく後ろへ跳び、躱した。
受身を取りながら、キオは体勢を整える。
キオの視線は、ジャイアントの大棍棒を捉えていた。
そして、キオの想像は正しい結論を導いていた。
大棍棒を打ち据えられ、死ぬ未来を。
それでもキオは、ジャイアントを睨みつける。
大棍棒を、一つ、二つと躱しながら。
その度にキオの体は、地面を打ち、皮鎧に傷が入り、手足が擦れ、血が滲んだ。
絶えず飛ぶ魔法を無視し、ジャイアントは叫んだ。
そして、ジャイアントが大きく踏み込む。
その一歩は、人の一歩と違い、長い一歩だ。
大壁が迫る感覚と、大棍棒の動きに気を取られていたキオは気が付かなかった。
己を襲う、空の手に。
キオが衝撃を感じた時には、もう遅かった。
ジャイアントの手が、キオの胴を掴み、握りしめた。
枝でも持ち上げるかのように、軽々とキオを持ち上げたジャイアントは、己が胸先で、キオの胴を締め上げる。
「がぁ、あぁぁ」
吐き出される息、走る痛み、砕ける恐怖。
耐えながら、キオは剣をジャイアントの手に突き刺した。
力の入らぬ一撃は、無意味に終わる。
その時、キオは、銀の閃光を目にした。
キオを握るジャイアントの手が、腕ごと地へと落ちる。
落下の衝撃に、キオの体に痛みが走るも、締め上げる苦しみからは、解放されていた。
そしてキオは、霞む目で、一人の男を見上げた。
男の持つ、身の丈を超えた鉄塊じみた大剣が、ジャイアントの腰を通り抜けた。
横一閃――男の動きは、止まらない。
「うぉらぁぁ」
そのままジャイアントの股へと進んだ男は、両手で振り上げた大剣を、踏み込む足と同時に、振り下ろした。
銀の線が、股を通り、腹を裂き、胸を割った。
ジャイアントは、そのまま後ろへと倒れ、地を揺らす。
全身が塵と化していくジャイアントを見て、キオは安堵した。
(町は……無事っすね)
視界の中で、振り返った男を見て、助けが誰なのかをキオは知った。
「バル……ザッ――」
「喋んな。ったく、マルクの野郎が『後輩』って言いやがる訳だ……よくやった」
「っす」
キオは、薄れ、溶ける意識の中で、笑うバルザックの姿を見た。




