339.崩れた石壁
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走って戻ると、残っていたのは、バルザックさんとテラさんだけであった。
他の面々が町へ戻って行くのは、見えていたから知ってはいたが……お礼ぐらい言いたかったんだけどな。
「マルクや、怪我は無いかえ?」
「はい」
「無茶すんじゃねぇ。この馬鹿」
「いたっ。心配掛けて、すみません」
心配そうに見上げるテラさんと、俺の頭を叩くバルザックさん。
ゆっくり話をしたい所だが、今は、聞くべき事がある。
「バルザックさん。事態はどうなってます? 他に敵は?」
「戻りながら話そうぜ」
「はい」
「うむ、行くのじゃ」
バルザックさんとテラさん、両名と共に、俺は、再び走り始めた。
「門番の話では、ダークマターが東門で破壊されちまったってよ」
「最初に感じたのは、それだったんですね」
「それで、今、鉄骨龍とフクロウと聖騎士団で、町の守りを固めてる所だ」
ダークマターが破壊されたと言う事は、周囲のモンスターが集まって来る。
援軍に来てくれた人達が、急ぎ帰った理由にも、得心が行った。
「周囲の村は?」
「すぐに冒険者が守りに行く。安心しな」
「はい」
安心は出来ないが、それ以外打つ手も無いだろう。
俺へ目を向けたバルザックさんが、快活に笑った。
「ハッハッハ。一番厄介そうなのは、マルクが倒しちまったからな」
「皆で、ですよ。でもあれ、何だったんでしょう?」
「さぁ? あんなデカくて黒い巨人なんて、知らねえぜ。俺も、ちったぁ戦いたかったんだけどな」
そして、バルザックさんは、再び笑い出した。
バルザックさんでも知らないモンスターなのか。
今、抱えるこの魔石を調べて貰えば、分かるだろうか……。
それにしても持ち難いし、走り難い。前も殆ど見えない。
「マルクや、目の数は幾つじゃった?」
「一つ目でした」
「ならば恐らく、サイクロプスじゃな。尤も、わしが知っておるサイクロプスは、砂漠の砂の様な色をして居るがのぅ」
「へぇ、テラさん物知りですね」
砂漠の砂の色とは、どんな色なのだろうか?
いや、テラさんに聞くのは、後にしよう。
「知っておるのは話だけじゃ。流石に遭遇した事は無いのじゃ」
「リッカ嬢ちゃん。あの地面は、マルクの仕業じゃねぇんだよな?」
「違いますよ」
即座に否定しておく。流石に、アレを俺の所為にされても困る。
「カッカッカ。マルクならば、やりかねんからのぅ。じゃが、残念ながら、サイクロプスの魔力を使った攻撃じゃな」
冗談めかすテラさんは、更に言葉を続ける。
「地を揺らし、大地を砕くと聞いておったが……見ると聞くとは大違いじゃ」
「遠目から見ても、ヤバかったからな。大地が浮き上がったのかと思っちまったぜ。にしても、良く避けたな」
「直感で」
「危なっかしいのぅ」
「戦士の直感は、侮れねぇからな」
俺は情報を共有するために、二人へサイクロプスとの戦いを話しながら、東門へと戻って来た。
俺は足を止め、魔石を地面に下ろし、石壁へ目を向ける。
砕けた石壁を見て、不安が心に圧し掛かる。
誰かの悪意一つで、安全なんて砕けて消えてしまう。
「黒いローブの男に斬りかかった門番兵が一人。嫌な言い方かも知れねぇが、人の被害はそれだけだ」
「はい」
一人だけで良かった……そう思うしかない。
短く言葉を返すと、バルザックさんの手が、俺の髪をぐしゃぐしゃにし始めた。
ごつごつした硬い手が、俺の頭を揺らす。
「ちょっ、何するんですか」
「おめぇのそう言う所は、前から気に食わねぇんだよ」
そう言うとバルザックさんは、俺の頭をかき混ぜる手を止める。
少し見上げる位置にあるバルザックさんの鋭い目が、俺を捉えていた。
「全く、んな顔するな。人が簡単に死ぬ事ぐらい、知ってんだろ」
「嫌ってほど」
知ってる。本当に、嫌ってほど。
モンスターの発生。その報せが少しでも遅れたら、そして到着が少し遅れただけで、一体何人の、何十人の被害が出るのか……嫌と言うほど知っている。
一度失えば、戻らない事も。
「それをお前は守ったんだ。胸張って、堂々としろ。失った数と守った数。どっちか片方しか数えねぇ奴は、俺は嫌いだぜ」
「はい」
そう、答えたものの、簡単に切り替えられるものでは無い。
それでも、サイクロプスを町に侵入させなかった、
それだけは、心の中で誇ろう。
「全く、被害が無けりゃ、素知らぬ顔で帰るくせによぉ。難儀な奴だ」
「ほれ、マルク。まだ朝食を取っておらぬから、暗くなるのじゃ。モンスター対策は、朝食を食べてからにするぞい」
「そうですね。一度、屋敷に――」
俺の頭に、スンッと白いフクロウが乗った。もう、慣れた重みだ。
フクロウに挨拶、している場合では無いな。
「おぉ」
声を上げるテラさんを見ながら、俺は頭の中で、ミュール様に挨拶をした。
『おはようございます、ミュール様』
「おはよう、マルク。働きの報いは後で。バルザック氏に伝言を」
『はい、どうぞ』
急ぎの伝言か。
バルザックさんに直接伝えないのは、俺にも事情を知らせる為だろう。
「パーティーと共に教会へ向かって下さい。一部の聖騎士が遺跡に入りました。調査をお願いします。と、伝えて頂ければ」
町で異変が起こっている時に、遺跡に? おっと。
「バルザックさん。ミュール様からの伝言です。パーティーで教会へ。聖騎士がダンジョンへ入ったので調査を」
「あっ? こんな時にか? まさかモンスターがダークマターに……ミネルヴァ様、了解だ。行ってくる」
「俺も行きます」
走り出したバルザックさんの背へ、声を掛ける。
「テラさん、魔石を預かって貰えますか?」
「うむ。無理をするでないぞ」
「もちろんです」
テラさんが魔石に手を当てるのを待って、俺は手を離した。
この魔石の所有権は、後で鉄骨龍とフクロウに相談しないとな。
だが今は――
『ミュール様、では』
「はい。危険であれば撤退を」
『はい、行ってきます』
脳内での俺の言葉と共に、頭に掛かる重みが消えた。
飛び立つフクロウを見上げ、見送る余裕はない。
既に町の中へ駆けだしたバルザックさんを追って、俺も走る。
何もない、と言う事は無いだろう。
ミュール様が、バルザックさんを動かすのだから。
もしもモンスターが、ダークマターの影響でダンジョンから溢れるなんて事があったら……何にせよ、調査は急いだほうが良い。




