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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第七章

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322.ミネルヴァの寸評

 拍手の音がすぐ側で聞こえ、俺はミュール様を見上げた。

 腰を下ろした俺を見下ろすミュール様の表情は、実に楽し気である。


「おめでとう、マルク。実に良い魔力制御でした」

「問題が山積みですけど……これもミュール様のお陰です」

「マルク自身の才と努力の結果ですよ」


 ミュール様はそう言って、視線を凍り付いた偽ミュール様へ移した。

 そして、白く細い指で、ツンッと偽ミュール様の額を突く。

 すると、偽ミュール様の氷像が砕け散った。

 突いた額だけでなく、全身がバラバラに砕け、そのまま宙に溶けるように消えていった。魔力が、女王の塔へと吸い込まれていくのが分かる。

 不要な魔力の行方を追っても、仕方が無い。

 俺は立ち上がり、両手を上げ、体を伸ばした。

 体に問題は無い。感じる虚脱感は、魔力の喪失によるものだ。

 体の力が抜け、腰を下ろしたのも、息が荒かったのも、精神的なものだろう。

 今は、もう落ち着いた。

 

「さて、マルク。魔法の成功は素晴らしいのですが、次は改善点を挙げましょう」

「はい。よろしくお願いします」

「フフッ、良い返事です。まず、魔力の展開が遅すぎます。魔法の大きさに合わせて、無意識化で行えるように」


 魔法の練度を高めるのに、俺が取る方法は決まっている。


「はい。反復練習あるのみです」

「ウフフ。そうですね」


 即座に魔力を準備し、魔法を放つまでの時間を短くする。

 それは、実戦活用の基本にして、奥義の(ごと)き技でもある。

 反復練習により、身と心と魔力に、魔法を染み込ませねば。

 笑うミュール様の言葉は、次へと進む。


「次です。素早く魔力を一点に集中させねば、精度も効果も落ちてしまいます。それに、言葉を紡ぎ、呪文を唱えるまでに間がありましたね」

「はい。こう、まとまりが悪かったので」


 言った言葉も事実であるが……昔の事を思い出していた、とは言わない。

 別に恥ずかしい訳でも、自らの汚点でもない。

 あれは、きっと、大切な記憶だ。口に出す出来事では無い。

 銀の瞳で俺を真っ直ぐに見るミュール様に、少しの罪悪感が()き上がる。

 母が俺に施した封印。その解除に尽力してくれたミュール様に、別段隠す事でもないのだが……俺は、伝えない事にした。

 ミュール様が、小さく笑った。

 相変わらず、その瞳に見透かされている気分になる……だが、嫌いじゃない。


「ええ。研ぎ澄まされた一撃の為には、更なる集中が必要です。魔力制御を高める程に、多くの魔力を扱える様になります、放つ一撃も相応に……今更な話ですね」

「いえ。勉強になります」


 実際に助かる。

 知っている事でも、聞き、再度噛みしめれば、それは身となる。

 テラ師匠にしろ、ミュール様にしろ、俺は恩を受けてばかりだな。


「そして、最後に一つ。魔力の無駄が大きすぎます。先程の魔法は、使用した魔力の半分ほどしか有効に使えていません。たとえ、マルクの内なる魔力が膨大であろうとも、今のままでは実戦使用は、到底許可出来ませんよ」

「そうですよね。何となくは、分かってました」


 一時的とは言え、膝を突き、動けなくなる魔法なんて、危なくて使えない。

 まずは失敗をせぬ様に練習し、この身に染み付くまで練習し、行使しても体と心に不調を与えぬまで、練習し尽くさなければならない。

 実戦投入は、それからだ。


「実戦での使用は控えます」

「はい。賢明です。では、続きをしましょう。≪魔力(まりょく)幻体(げんたい)≫」


 俺の言葉に、強く(うなず)いたミュール様は、再び魔法で標的を作り始めた。

 不定の魔力が人の形へと変わっていく。

 その姿は、ミュール様にしては、ごつく、手も足も腰も太く……何より顔がいまいちであった。

 そこそこ見てくれが良いのは、その鋭い目に、金の髪だけだ……。


「俺じゃないですか!」


 魔力で出来た偽物が、口に弧を描き、目尻を下げた。

 うん。正直――


「気持ち悪い!」

「あら? 可愛く出来たと思ったのですが。ウフフ」


 偽物の俺が、のしっと俺に近付いた。

 目の前に自分が立つ姿は、鏡を見ている気分になる。

 俺は、偽物の鳩尾へ、左手を叩き付け、ミュール様に宣言した。


「早く破壊しましょう……行きます」


 クスクス笑うミュール様を、思考の端に追いやらねば。

 俺は再び、絶氷の棺の行使へと意識を集中させる。

 魔法と向き合う時は、対象も、周囲も関係ない。

 大きく広げ、大きく広げ、そして、一点に集中させる。


(われ)(しめ)すは(ことわり)――」




 俺は、気怠(けだる)い体を引きずりながら、研究棟を進んでいた。

 絶氷の棺の訓練は、長くは続かなかった。

 主に、俺の魔力不足が原因で。

 ミュール様は『何度も使える時点で、可笑(おか)しいのですよ』と笑っていたが、それは。放つ魔力量が少ないからだろう。

 それでも四度も使えば、こうなってしまう。

 後で赤色ポーションを……いや、今、ガル兄は秘密の依頼とやらで忙しい。

 新しくポーションを作って貰うのは、気が引けるな……今日一日、このままで居よう。少し時間を置けば、気怠(けだる)さぐらいは消えてくれるさ。

 ふらりと歩き、目的地の扉を三度叩く。


「どうぞ」


 パック先生の明るい声が聞こえたので、扉を開けた。


「失礼し……片付けましょうよ」


 目の前に広がっているのは、紙、紙、紙。

 足の踏み場も無いが……もしやパック先生は、宙に浮いて移動しているのか?

 もしくは、椅子の上から一歩も動いていないかだ。

 室内でも三角帽を被っているパック先生は、高い鼻をこちらに向けて、ばつが悪そうに笑っていた。


「あはは。おねぇさんと一緒に、片付け、やらないかい?」

「パック先生は、そのままで良いですよ」


 俺はパック先生の研究室に入り、床に散らばっている大量の紙を、拾う。

 一枚一枚、種類を分けながら。

 (さいわ)い、毎度 研究に使う紙しか散らばっていないので、片付けは楽だ。

 小型魔道具。破壊と爆発。魔力吸収……。

 今の研究対象は、怨嗟(えんさ)の炎だな。

 研究資料は、分類するためにざっと目を通すだけだ。

 盗み見ても、パック先生は怒らないだろうが、これが礼儀というものだろう。


「いつもごめんね。ついでにお茶も淹れてくれるかい?」

「いいですよ。茶を淹れるのは、好きですから」

「マルク君に良い趣味が出来て、お姉さんも嬉しいよ」

「俺のは、手抜きですけどね」

「アハハ。魔術師らしくて良いと思うよ」


 そう一笑いして、パック先生は書き物に集中し始めた。

 俺は、引き続き、床の紙集めである。

 分類し、数字を並べて、卓の上に並べる。

 さて、パック先生の邪魔をしない様に、茶でも淹れよう。

 俺は、隣室へと繋がる扉を通り、簡易台所へと向かう。

 用意するのはティーポットと茶葉、そしてカップ二つ。

 先ほどパック先生へ言った『手抜き』の趣味を始めようか。

 俺がやってるのは、分量に合わせて茶葉を用意し、魔法でお湯を注いでいるだけだ。本気で茶を淹れている人からすれば、鼻で笑われるだろう。

 二杯分の茶葉を計り、入れ――「≪(みず)≫よ」――お湯を注ぎ入れる。

 分量を間違えぬ様に、丁寧に。

 後は……待つだけだ。

 他人に鼻で笑われようとも、この茶が躍る時間は、好きだ。

 躍り、踊って、お湯が茶へと変化していく。

 それを、ただ待つ。

 茶葉の抽出時間だけを、心で刻み、頭を空っぽにする。

 その時、扉を叩く音が一つ、二つ、三つと聞こえた。


「どうぞ」

「パックや、今日も――散らかっておらぬのぅ。珍しい事じゃ」


 あぁ、テラさんがやって来たのか……しまったな。

 今更、茶の量を増やす事など出来ない。が、別に良いか。

 俺は、ティーポットを傾け、カップに茶を注ぐ。

 流れる色付いた茶は、目と、鼻と、心を癒してくれる。

 俺は、先に扉を開け、二つのカップと共に、二人の元へと向かった。

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